「よし、これで終わりな。太郎、今後……春子をいじめるなよ?春子は、俺の妻の友達でもあり、俺の妹みたいな存在なんだ」


「……わかりました」


松川主任の奥さんの愛(あい)ちゃんは、私の元後輩で2歳年下。

同じ部署で働いていた事もあって、その頃からの付き合い。

今ではとても仲の良い友達です。


時々……家に遊びに行ったりしていたので、松川主任とも仲良くなったの。


松川主任が私を妹みたいに思ってくれていたなんて、嬉しいな。



「佐藤さん、嫌な思いさせてごめん。太郎も反省しているから、私に免じて許してあげて下さい」


「はい」


松川主任と天瀬さんに癒されたし、鈴木太郎の無礼な振る舞いは水に流してあげよう。


今後は、もう関わらないと思うしね。

……多分。


「天瀬さん、そろそろ次に行きましょう。お忙しい中、失礼しました」


「そうですね。松川主任、太郎、皆さん、お邪魔しました」


営業部の皆さんは、私達を笑顔で見送ってくれた。

ただ1人だけは……私を睨んでいたけど。



「佐藤さん、さっきは本当にごめんなさい。太郎は、良いヤツなんだけど……。今日は虫の居所が悪かったのかもしれない」


「天瀬さん、謝らなくても良いですよ。私が地味女なのは間違いないし。使えないヤツ……と言うのだけは聞き捨てならなかったけど」


私、地味だけどしっかり仕事はしている。

だから、今まで使えないヤツなんて言われたことはない。


関わった事がないのに、見た目だけで判断されたから腹が立っただけ。


「地味女だなんて、太郎は見る目が無いんです。佐藤さんは、とても魅力的な女性ですよ」


あぁ……イケメンって、地味女でも最上級の社交辞令を言ってくれるのね。

なんて心の広い人なんだろう……。




「はぁ……やっぱり腹が立つ。天瀬さん、ちょっと付き合ってもらっても良いですか?」


「えぇ、良いですよ」


仕事中なのに、私用で動こうとしている。

本当はいけない事なんだけど、ムカムカしちゃって平常心で行動出来そうもないから……。


エレベーターに乗り込むと、すぐに最上階のボタンを押した。


「屋上に行きます」


「わかりました」


天瀬さんが返事をするのと同時に、扉が完全に閉まった。

そして、私は『ふぅ……』と無意識に溜め息を吐いた。



屋上に着いた。

屋上への扉を開けると、日の光を浴びた植物たちが私達を迎えてくれた。


この屋上は、社員なら自由に使用可能。

ベンチもあるし、天気が良い日なら休憩には丁度良い場所なのだ。


「……大丈夫ですか?」


何が大丈夫なんだろうか?

ムカムカしているけど、それ以外は大丈夫だと思うし。


「あ、まぁ……大丈夫です」


「これ、良かったら使ってください」


天瀬さんが然り気無くハンカチを差し出した。


「…………?」


何故、私にハンカチを?

不思議に思っていると、天瀬さんがハンカチで私の頬に触れた。



「涙が流れていたので。佐藤さんの許可無く、触れてすみませんでした」


悔しくて、うっかり涙を流してしまっていた私。

……でも、バレないように拭ったのに。


「いえ、ありがとうございます。あの……この事は黙っていてください」


「勿論です。今回の事は、私にも責任がありますし……佐藤さんにどうお詫びして良いか」


「お詫びなんて、そんな事はしないでください。天瀬さんのせいでもありませんから」


そう、こんな事で泣く私が未熟なだけ。

しかも初対面の男性の前で……。

かなりの失態だよ。


天瀬さんにもう気にしないでと念を押し、近くのベンチに腰を掛けた。



「ここは、眺めが良いですね」


「ええ、私が好きな場所です」


休憩で来るのは滅多に無いけど、ここに来れば気が晴れるの。


上を見れば青い空が広がっているし、囲っている天井も無い。

前を見れば緑の木々や草花や芝生。


仕事での嫌な事なんて、すーっと忘れられる場所なの。


「私も……好きな場所の1つにしようかな。佐藤さんと好きなものが同じになるし」


「えっ……?」


今のは……何?

うっかり真に受けて、キュンとしてしまったじゃない。

これだからイケメンって、侮れないのよね……。



カタン……。

背後の扉が開き、誰かが屋上エリアに入ってきた。


「おい、お前……こんな所でサボってるな」


「げっ……」


さっきの嫌なヤツ!


「太郎、こんな所まで追い掛けてくるなんて、どうしたんですか?佐藤さんに用事でも?」


「こんな女に用事は無い。天瀬さん、角野部長が探してましたよ」


部長が……?

もう会議が終わったのか……。

それじゃ、私の案内役は終わりで良いのかな。



「わかった、探しに来てくれてありがとう。私は先に戻ります。佐藤さんはもう少し居て下さい。私がうまく言っておきますから」


いや、そういう訳にはいかないと思うんだけど……私は案内役だし。


もし……天瀬さんが1人で戻ったりしたら、部長は変に思って私を呼び出すだろう。


「私はもう大丈夫です。ですから一緒に戻ります」


「あぁ、そうだ忘れてた……お前は俺と来い。松川主任が呼んでる」


えっ、松川主任が?

何の用だろう……。



「それなら佐藤さんは太郎と一緒に行ってください。私は部長が呼んでいることですし、先に帰りますから」


「わかりました。私は用が済み次第、戻ります」


私と天瀬さん……鈴木さんは、屋上からエレベーターに乗り、天瀬さんは総務部がある3階のボタンを、私は営業部がある2階のボタンを押した。


「太郎、佐藤さんを松川主任の所までしっかり送り届けてくださいね」


「送らなくても、コイツは自分で行けるだろ」


えぇ、そうですね。

自分で行けるので、私に構わないで。



「そうですか、それなら頼みません。太郎はいつまでも拗ねた子供なんですね。私が佐藤さんを送り届けてから総務部に行きましょう」


いや、そんな面倒な事はしなくても……。


鈴木さんは天瀬さんに拗ねた子供だなんて言われて、大きな溜め息を吐いていた。


「大人気ない事をして、申し訳ありません。ちゃんと佐藤さんを送り届けますので、天瀬さんは角野部長の所へ行ってください」


「わかりました。お願いします」


天瀬さんが笑顔で鈴木さんにそう言うと、タイミング良くエレベーターのドアが開いた。



「では、お願いします。私はこのまま3階へ行きます」


「……わかりました」


私と鈴木さんは、開いたドアから2階のフロアに降りた。


そして天瀬さんを見送りつつ、閉まっていくエレベーターのドアを無言で見ていた。


「ほら、行くぞ」


完全にドアが閉まったのを確認したのか、上から発言に戻った鈴木さん。


簡単に態度が変わるわけないよね……と内心溜め息を吐きつつ、先を歩く彼の後を黙ってついていった。



「松川主任、佐藤さんを呼んできました」


「ありがとう」


鈴木さんと共に営業部のフロアに入った私は、用事があるらしい松川主任がいるデスクの前に来た。


「あの……私に何か用事ですか?」


「では、俺はこれで……」


「いや、待って。2人に用事があるんだ」


えっ……私達に!?

何故、この人も一緒なんだろう……。


デスクに戻ろうとした鈴木さんは、驚きつつも松川主任が話し出すのを待っていた。

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