嫌な奴、登場。

「天瀬さん、まずは1階から案内します」


「はい、お願いします」


私達は総務部のフロアから出て、エレベーターに乗り込んだ。

勢いのまま無計画に案内を始めたけど、既に思考停止状態。


何故なら……いつも誰かしら乗っているのに、今回に限って無人で開いたから。


このエレベーターの密室空間に、2人きりって想定外でしょ。

こうなると知っていたら、無理矢理にでも階段を使って降りたのに……。


私がいた総務部は3階、今から行くのは1階。

ほんの数十秒なのに、こんなに長く感じるなんて……イケメン効果恐るべし!



ポーン……。


「佐藤さん、着きましたよ」


「あ……はい」


いつの間にか、エレベーターは1階に到着していた。

声を掛けられるまで気付かなかった。

意識が飛んでいたらしい。


はぁ……緊張が増してきてクラクラしてる。

まだ1ヶ所も案内していないのに、こんな感じで最後まで案内できるのかな……。


「佐藤さん、大丈夫ですか?何だか顔色が良くな……」


「大丈夫です。では受付から行きましょう。今後、仕事で連絡を取るようになりますので」


「分かりました」


そう、総務部と受付と連絡を取ることがある。

特に、お客様が来社する時の日時と場所の連絡が多いかな。

失礼があったらいけないから、事前に連絡しておく決まり。

その日に会議室や接客する場所が空いているとも限らないし、他の部署のお客様と予定が被らない様にする為に確認も必要だしね。



「ここが受付です。ここには、常時誰かは居ますから。今は1人しかいませんね……。休憩か来客の案内で席を外しているのかも」


「交代制で休憩を?」


「そうです。華やかに見える受付ですが、いつでも笑顔で応対しなくてはいけないですし、お客様が必ず通る場所ですので、緊急時以外は不在になる事は無いですね」


天瀬さんは、熱心に私の話を聞いてくれた。

いずれはこの会社の社長になる人だし、私達の事を色々と知っておきたいのかもしれない。


こういう人の下になら、いつまでも働いても良いって思える。

社長の息子だからと、偉ぶったり持っている権力を使って理不尽な命令とかする人いるもんね……。



「春子、珍しいねここに来るなんて」


「あ、うん。部長にね、彼の案内役を頼まれたから……。紹介するね、天瀬光彦さん。今日から総務部に実習に来たの」


「はじめまして。私は受付の加藤千夏(かとう ちか)です。春子とは同期で、仲良しなんです」


千夏は、とても美人でスタイルも良くて笑顔も素敵な女性。

入社した日に、昼食時に1人でいた私に気付き、声を掛けてきてくれた人。

そんな私を心配してくれる彼女は、姉御肌で優しい人……。

彼女に、私が叱られる時もあるけどね。



「はじめまして。今日から総務部でお世話になる天瀬光彦です。よろしくお願いします」


天瀬さんは、素敵な笑顔で千夏に挨拶していた。

イケメン慣れしている千夏には、このキラキラオーラは効かないみたい。


流石、受付嬢だな……。


「では、そろそろ次に行きましょうか。千夏、仕事中にありがとう」


「いえいえ。春子、頑張ってね」


私達は受付を離れ……一通り1階を案内した後、次の場所に向かった。



「次は、2階を案内しますね」


「はい」


再びエレベーターに乗った私達は、1階から2階のフロアへ移動した。


ここまでは順調に来たよね。

あと少し頑張れば、私の任務も終わる!


「この2階のフロアは、まず営業部から案内しますね」


「営業部ですか。先月いた部署ですよ」


えっ、そうなの?

それなら案内しなくてもいいかな……。


「では、別の場所を案内しますね」


「いいえ、来たついでですから挨拶していきましょう」


え……。

営業部に行くの?

ついでと言えばそうだけど、ま……良いか。


「わかりました。では、行きましょう」


笑顔で先にいく天瀬さんの後に続き、私は営業部のフロアへ入っていった。



「失礼します、総務の佐藤です。天瀬さんの案内で営業部に来ました」


用事が無いと来ない部署……営業部。

ここってピリピリしている時があるから、来たくないんだよね。


「おっ、春子ちゃん。案内役か、お疲れ様」


「松川主任、こんにちは。お邪魔にならないようにすぐ帰りますから」


「了解」


松川貴之(まつかわ たかゆき)主任は、営業部で私が唯一話せる人。

というか、他の人とは親しげに話したことがない。

必要時以外は、この部署には来ないしね。



「天瀬さん、営業部に出戻りですか?」


「いや、戻らないですよ。ここには挨拶に来ただけですよ。今月から総務部なんです、あちらにいる彼女が私の案内役をしてくれています」


「あれがですか?総務部は、あんな変なヤツしかいなかったのか?かなりの地味女だな」


……ん?

誰、あの人。

天瀬さんと親しげに話しているけれど、私を睨んでるし。

しかも変なヤツって……。

否定はしないけど、本人がいるのに聞こえるように言わなくても良くない?


イケメンで出来る男って感じを醸し出しているけれど、かなり感じ悪いな。


私は特に用事も無いし、腹が立つから外で待っていようかな……。



「天瀬さん、私はフロアの外で待っています」


「案内役なのに、天瀬さんを置いていくのか?こんな簡単な仕事も出来ないなんて、使えないヤツだな……」


はぁ!?

今、私の事を使えないヤツって言った?

すっごく失礼なんですけど!


私、極力揉め事は避けたいと思って行動してきたけど、これは……許せない。

他部署の人だけど、怒っても良いよね!?



「あの、言わせてもらいますけど、貴方……何様!?私の何を知ってるって言うのよ!」


「何様だって?俺はこの営業部の、鈴木太郎(すずき たろう)だ。お前の何を知ってるかだよな?初対面なんだから、知る訳無いだろ。教えられても、知りたくもないし、二度と会いたくもないね」


ちょっと、こっちだって会いたくない!

何で初対面の男なのに、こんなに見下されなくちゃならない訳!?


はぁ……ますます腹が立ってきた!

このまま引き下がるなんて出来ない、徹底的にやってやろうじゃないの。



「ちょっと……!ブッ……」


私が勢いよく鈴木太郎の前に飛び掛かろうとした時、突然目の前に大きな壁……ならぬ、長身の松川主任が立ちはだかった。


しかし、勢いが止まらなかった私は、そのまま顔面が背中にぶつかってしまった……。


「はい、春子ストップ。太郎、お前は言い過ぎだ。営業部のエースだからって、調子に乗るな。その態度と言動は失礼だろ、佐藤さんに謝れ」


松川主任……なんて良い人なの。

それに比べて、鈴木太郎……あんたは営業部のエースだか何か知らないけど、最低。



「何で……俺が」


「太郎、改めて紹介するよ。彼女は、総務部の佐藤春子さん。可愛いし、優しくて素敵な女性だ。それなのに、彼女に酷い事を言ったんだよ。謝って欲しいな」


天瀬さんまで私を庇って下さって、ありがとうございます……。

あぁ、イケメンでもこんなに違うとは。

ほら、鈴木太郎……黙っていないで何か言いなさいよ。


「……佐藤春子さん、酷い事を言って申し訳ありませんでした」


「いえ、私も大人気なく皆さんの前で騒いでしまい、すみませんでした……」


我に返って周囲を見ると、営業部の人達から注目を浴びていた。

煩くしていたし、仕事の邪魔だったよね……ごめんなさい。

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