部署内の皆は仕事の手を止め、イケメンさんの観察をしている。
そのせいで、部屋はシーン……と静まり返り、部長が書類をパラパラとめくる音だけが聞こえていた。
私はどうする事も出来ず、呪いがかかってしまったかの様にその場から動く事が出来なくなり、早くこの呪縛から解き放って欲しいと願うしかなかった。
それから数分後、音が止んだ。
そして、そのすぐ後にバンバンと書類を揃える音がした。
やっとチェックが終わったみたいだ……。
「……佐藤、ミスは無かったぞ。お疲れ様」
「は、はい。ありがとうございます」
部長からの合格点と取れる言葉をもらい、私は呪縛から解放された。
あぁ……良かったと安堵し、私は席に戻り始めた。
「佐藤、ちょっと待て」
しかし、それは部長によりすぐに止められてしまった。
やっと解放されたと思ったのに、今日はなんて日だ……。
心の中でガックリと肩を落とし、無理矢理笑顔を作って部長がいる方へと体の向きを変えた。
「何か間違いが……ありましたか?」
「いや、佐藤は急ぎの仕事は無かったよな?今から頼みたい事があるんだが」
……急ぎの仕事?
まぁ、あると言えばあるけど。
「あの、品川さんに頼まれた……仕事が……今日中だったような。なので、すみません……」
そう、私の仕事じゃなくて……。
2つ先輩の、品川昭(しながわ あきら)さんの仕事。
早く帰りたい時は、私に仕事を押し付けてくる。
多分、今夜は合コンか飲み会なんだと思う……。
髪型がいつもと少し違って気合い入っているし、落ち着かないしね。
でも……今日だけは、品川さんからの仕事はありがたいと思った。
だって、部長からの頼まれ事を回避出来そうだし。
「品川、佐藤に何か頼んだのか?」
「あ、いえ!仕事を頼もうと思ったんですけど、俺……大丈夫になったんで、自分でやります!」
……品川の裏切り者。
せっかくのチャンスを、自分の保身に使うな!
「そうか、それなら大丈夫だな。佐藤、案内役を頼むな」
……案内役?
「あの、部長。案内役とはどういう事でしょうか?来客でもありましたか?それなら受付に連絡を入れますが……」
「来客は無いぞ。佐藤の目の前にいるだろう。彼の案内役を頼むな」
へっ!?
目の前のイケメンさんの案内役!?
「佐藤春子さん、はじめまして。天瀬光彦(あませ みつひこ)です。今日からよろしくお願いします」
……あぁ、イケメンさんのキラキラスマイルが眩しい。
こんな眩しい笑顔が近くにあると、私の心臓が数分後に破裂しちゃいそう。
「ぶ、部長!佐藤さんより、私が天瀬さんの案内役をします!ほら、佐藤さんは忙しそうですし……ね?そうよね?」
……あぁ、今度は松山さんの視線が恐い。
まるで、メデューサのヘビように私を睨んでいる……逆らうと石にされるかも。
「う、うん。そうなんです、私……忙しいし、松山さんなら適任ですよ!」
発言にかなり無理があるけれど、もしかしたら松山さんと役目を代われるかも。
「……松山、お前は今から俺達と会議だろ?そんな暇は無い筈だ」
「はい、そうでした……。今回は仕方無いから佐藤さんに頼むわ。くれぐれも粗相の無いようにね」
松山さんが戦意喪失しちゃった。
大人しく席に戻っていっちゃうし……部長達と会議じゃ誤魔化せないよね。
でも、今回は……って案内役をするだけだし、次回は無いでしょ?
それに粗相って言われたけど、社内を案内するだけだし、特に難しい事では無い筈。
「話は終わったな。彼は、今日からうちの部署で実習をしてもらう事になった、天瀬光彦君だ。皆、よろしく頼む」
「天瀬光彦です。皆さん、今日からよろしくお願いします」
天瀬さんが、またキラキラスマイル出したから、松山さんがうっとりしてるよ……。
『素敵ね~』とか『私が狙うわ』とか……数人の女性達が天瀬さんを見て囁いているけれど、ここまで丸聞こえ。
天瀬さんだって聞こえている筈なのに、笑顔で流している。
これがイケメンの余裕というやつなのだろうか……。
「それじゃ、佐藤頼むぞ。天瀬君、また後程」
「……はい、分かりました」
「では、角野(かどの)部長。行って参ります」
部長は私達に挨拶をすると、資料を持って松山さん達と共に会議室へ行ってしまった。
私は、とりあえず気持ちを落ち着けようと席に戻ってみた。
だが、イケメン……もとい天瀬さんが私に着いてくるものだから、余計に落ち着かなかった。
「佐藤さんの席は、ここなんですね」
「……はい」
天瀬さんの顔を見れなかった。
私は、この緊張をどうしたら解消できるかという事だけで、頭がいっぱいだったからだ。
「佐藤さん、忙しいのに私の案内役をお願いしてすみません。もし、時間が無いようでしたら適当に見てきますから」
……えっ、それで良いの?
それなら私はすごくありがたいのですが。
「それはダメでしょ。部長に怒られますよ」
……品川、また余計な事を!
自分の仕事に集中しているかと思えば、聞き耳を立てていたらしい。
でも、確かにその通りかも。
私が案内役なのに、天瀬さんが1人で社内をフラフラと歩いていたら……。
イケメンだし、目立つし、絶対に誰かに見られたり噂になる。
そして、それが部長の耳に入り……私が叱られる。
しかも、天瀬さんは社長の息子さん。
これは、大問題だ!
もしかしたら、クビ……とかありえるかも!?
「そうです、それは絶対にダメです!私がしっかり案内しますから、それだけは止めてくださいね」
勝手に歩かせていただけでクビだなんて、今まで目立たず地味にやってきたのに、ここで終わりだなんてそんなの嫌だ!
「わかりました。でも、迷惑な時は言ってください」
言って良いんですか?
迷惑だし、地味女の私じゃ無理ですって。
……言える訳無いでしょ。
「大丈夫です。これも部長命令……いえ、業務ですので、お気になさらずに。では、行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
「佐藤さん、ごゆっくり~」
……何が、ごゆっくりよ。
他人事だからって、嬉しそうに見送らないでよね。
あぁ、女性達からの視線が痛い……。
このまま凍結してしまいそう。
こうして、私はアメリカからの帰国子女……天瀬光彦さんと出会った。
ここで彼の案内を止めていれば、あの何事もない平和な日々に戻れていたのに……。
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