第3話

 やがて何かが終わったらしく二人を包む濃厚で甘い空気が少し薄れた頃となり、そこでようやく私はキャシーと呼ばれし令嬢の姿を垣間見る事が出来ました。


 貴方と同じ金色に輝く瞳と貴方と同じ涼やか……いいえ情熱に満ちた青い瞳を持つ女性らしい姿態に、本当に貴方によく似た面差しの――――殿



 確かに一度だけお会いした事がありました。

 ええ、キャサリン王女……それは貴方の愛する

 一卵性なだけあってとても似ておられます。

 男女の差があるだけで身体や細部の造りは違いこそあれ、お二人は確かに血の繋がったご兄妹である事を私を含め誰も疑いはしないでしょう。

 

 そうして昔幼い頃に一度だけ我が家へ来られたキャサリン殿下。

 私と対面された殿下は泣きながら貴方に抱き着いたかと思えば私を激しく睨むと共に――――。


『エセルは私のモノなのっ!! 貴女なんかにのだから!!』


 あの頃は意味も分からず激しく泣きじゃくられる王女殿下を貴方は愛おし気に抱き締めておいでになられてましたわね。

 ええ、本当に仲の良いご兄妹なのだと信じて、本当にこの瞬間まで信じて疑いませんでした……わ。

 ああ、ある意味今も仲の良いご兄妹ですわね。

 多分、きっと私の理解とは違う意味で……。


 そして小説で語られる甘い恋人同士の様に草陰越しとは言えです。

 私の目の前で何度も甘い口づけを交わされる様子を見た私は、彼らの関係が只の兄妹の域を超えている事に気づかされてしまいました。

 繰り返す甘い口づけをしながらお二人は腕を絡ませその場を静かに去っていきます。

 


「おえぇっ!!」


 お二人が去っていくまで何度も胃よりせり上がってくるだろう物を必死に我慢していたからでしょうか。

 音が聞こえなくなるまで我慢し、そうしてもう大丈夫なのだと安心した瞬間私は自身の口より噴き上げる様にキラキラを大量に吐き出してしまいました。

 いいえキラキラだけでなく涙に鼻水……それは凡そ淑女にあるまじき姿と言っても差し支えはないでしょう。

 それでも最後の意地とばかりに声だけは一音も漏らさず、必死に声を押し殺したまま私は時を忘れ泣いてはそれらを吐き出していました。



 生まれて初めて地面に蹲りそして感情の思うままに吐き出したのがよかったのかもしれません。

 確かに瞼は腫れ、鼻も赤く顔はぼろぼろでドレスも吐瀉物や涙に鼻水……兎に角様々な体液等で汚れ人様には決して見せられたものではなかったと、自分の事ながらにそう思いましたしこの姿を見た監視人である使用人達からも驚きが隠せなかったようです。


 部屋へ戻れば直ぐに入浴に着替え、それから腫れた瞼のケア等を施された上で侍医の診察迄されましたもの。

 

 まあ結果から言えば身体的には何も異常はなかった……それは当然ですわね。

 最初から身体的には何もなかったのですもの。

 ある方が可笑しいのです。


 そう、異常があるとすればそれは……私の心。


 恋する心が悲鳴を上げた――――筈だったのですが、意地で声を押し殺したとは言えです。

 生まれて初めてあの様に感情を吐き出す事が出来たからなのでしょうね。

 私は思っていたよりも私の心が傷をついていない事に喜びを感じましたの。

 それと同時に貴方へ恋をしていたのはもしかしなくとも私のではないのか……と。


 両親達の創り上げた箱庭によって魅せられた錯覚だろうと。


 そう結論付けたのであればこれ以上王太子宮にいる事は許されませんし私自身そうすべきではないでしょう。

 私が貴方に対して錯覚をしていた様に……いいえ貴方の方は最初から錯覚どころか、確実に私とは一線を引いていられましたものね。

 

 今にして思えば――――です。


 決められた日に

 決められた季節の花束を以って

 決められた同じ言葉と微笑みだけの関係……でしたものね。


 愛情何て最初から存在しなかったのですね。

 ならば最初からそう仰って下さればよかったのに……。


 そうすればお互いに無駄な時間を過ごさなくともよかったでしょうに……。

 でもそれももう終わりなのです。

 何故なら私がそれに気づいたからですもの。

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