ぴいこちゃん

 暴走列車が行ってしまうのを待っていたように、小鳥は言いました。

「ほらね。線路があるから、暴走列車はやってきても、しばらくすれば行ってしまうでしょ」


 仔猫には、小鳥の言っていることがわかりません。


 小鳥はキョトンとしている仔猫の顔を見ながら続けました。

「線路ができる前は、暴走列車はガタゴトガタゴトって休みなく走り回っていたじゃない? 今よりもっともっと大きな音で」


 言われてみれば、そのとおりです。

 絶え間なく続く轟音ごうおんで、さっきまで仔猫は頭が押しつぶされそうで、痛くて怖くて必死にかあさん猫を呼んでいたのです。


「だから、ママがぴいこちゃんの声に気がついて、助けるために頭に線路をつけてくれたのよ」


「ぴいこちゃん?」

 仔猫は「ぴいこちゃん」というのは、何だか自分のことのような気がしました。

「ぴいこちゃんって、あたし?」


「そう。ママがね、名前をつけてくれたのよ」

「線路といっしょに?」

「うん。だから、こうして、ぴいこちゃんとお話ができるようになったの」


 ぴいこちゃんは、小鳥の言っていることが何だか、わかってきたような気がしました。でも、そんな気がしただけで、やっぱりよくはわかっていません。


 小鳥は、辛抱強しんぼうづよく説明しました。

「だって、お話をしようにも、線路ができる前は暴走列車がずっと、ぴいこちゃんの周りでガタゴトガタゴト轟音ごうおんを立てていたから、他には何も聞こえなかったでしょ。ママが良い線路をつけてくれたから、暴走列車のいない間に、こうしてお話できるようになったのよ」


 良い線路の意味がようやくわかって、ぴいこちゃんはにっこりです。でも、すぐにぴいこちゃんから笑顔が消えました。 

「ねぇ、鳥さん。線路は、ずっと頭の上にあるのかな。線路があれば、また暴走列車はやってくるよね」


「そのうち、線路はなくなるから、きっと」


「そうなのかな。だけど、線路がなくなれば、また、暴走列車はあたしの周りを走り回ったりしないかな」

 ぴいこちゃんはママが線路をつけてくれる前のことを思い出して、ぶるっとふるえました。それだけ怖くて痛かったのです。


「それは、だいじょうぶ。暴走列車は線路の上しか走らなくなったんだもの。線路がなくなれば、どこを走っていいのかわからなくなって、どっかに行っちゃうよ。それに、ママが来てくれたから。ママだけじゃなくて、パパも、おねえちゃんも、みんなが、いつもぴいこちゃんといっしょにいてくれるから、もう、あんなふうにはならないよ」


「おねえちゃん?」

「うん。ぴいこちゃんには、今は人間のおねえちゃんも、猫のお姉ちゃんたちもいるよ。それから、猫のお兄ちゃんたちも」


「えっと…… にんげん?」

「そう。ぴいこちゃんの声を聞いて、人間が助けてくれたのよ」


「それが、ママ?」

「うん。パパもね。これから、ずっと、ママとパパになってくれるんだって。ぴいこちゃんには猫のかあさんの他に、人間のママとパパができて、それから、人間のおねえちゃんができたの」


「猫のお姉ちゃんたちとお兄ちゃんたちも?」

「うん。ママのおうちには、人間以外に、ぴいこちゃんと同じ猫もいるから。みんな、ぴいこちゃんのお姉ちゃん、お兄ちゃん、いっしょの家族だよ」


「ほんと?」

「ほんと」


「ほんとに、ほんと?」

「ほんとに、ほんと」


「よかった!」

「うん。よかった、ぴいこちゃん」


 ぴいこちゃんはホッと安心したものの、あたりをいくら見回しても暗闇のどこにも、ママもパパもおねえちゃんも、猫のお姉ちゃんお兄ちゃんも見えず、小鳥の姿しかありません。


 ぴいこちゃんは不思議に思って、小鳥にたずねました。

「でも、ママはどこにも見えないよ。パパもおねえちゃんも見えないよ。猫のお姉ちゃんお兄ちゃんも見えないよ。あたし、鳥さんしか見えないよ」


 それには、小鳥は答えてくれませんでした。

 黙っている小鳥を見ながら、ぴいこちゃんはしばらく考えていました。

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