4.

 雨――それは俺を憂鬱にさせる。


 雨――それは俺を退屈にさせる。


 雨――それは


 「こう、おーい好ってば、聞こえてるか~?」


 「あ? 何? 今そんなダル絡みに付き合ってるところじゃないんだ。 そっとしてくれ」


 「あれ?この流れなんかデジャブ......?」


 「どーでもいいー」


 俺はかまってちゃんを軽くあしらってその場を後にする。


 「あれ?今日はお前から行くのか?」


 「いいだろ別に俺から行ったって」


 「ふーん、っまいいわ、じゃあな」


 「おう」


 やっと帰ってくれたか。奴の相手をするのは面倒なんだよなほんと。


 「あ、好君。 帰ろ」


 「おう、帰るか」


 俺は凪と二人で下校する。いつもと同じ道で帰っているのに妙な懐かしさを感じる。


 「好君はさ、憶えてるかな? 去年の今頃のこと」

 

 「憶えてるさ」


 忘れることのない記憶、思い出、出来事。何もかもが初めての経験。忘れるはずがない。


 「叶うといいね、約束」


 「約束......か」


 「うん」


 なぜ凪がそのことを知っているのか疑問を抱きつつも約束について二人で話していると、公園の前まで来ていた。そこで俺と凪が通っている学校と同じ制服を着た傘を差した人が一人、立っていた。それはまるで誰かを待っているような――


 「あ! 雨生ちゃん!」


 「あ、ちょ!? え!?」


 傘を差した人を見るや否や凪がその人のほうに向かって急ぎ足で行った。ん? 今雨生って


 「雨生ちゃん! 雨生ちゃん!」


 「なんだい? 義姉さん」


 「雨生ちゃん! もとの生活に戻れたんだね!」


 「うん、これもと好のおかげだよ。ありがとう」


 「へ?」

 

 俺を除いた二人が喜びを分かち合っている中でこの展開についていけてないのか腑抜けた返事をしてしまった。だって凪のことをって


 「実は好君に内緒で時々雨生ちゃんのお見舞いに行っててさ、そしたら雨生ちゃん頑張ってたから理由を聞いたら好君と約束してるっていうから何で話してくれなかったんだろうなあって思ってさ、全部聞いちゃった」


 「そ、そうなのか」


 「そ、だからなんか応援したくなっちゃって色々お手伝いしたんだあ」


 「うん、義姉さんにはすごく助けられたよ。 おかげで同じ学校にも行けるしね」


 凪が事の経緯を話してくれた。どうやら俺が雨生とした約束について凪に話さなかったせいで気になってしまい、仕返しなのか俺には内緒で時々雨生の様子を見に行っては手伝ってたみたいだ。


 「まあそれに関しては俺からも何も言わなかったのが悪いからいいけど、なにはともあれよかったな約束果たせて、雨生」


 「うん」


 雨生は強くうなずいた。


 「すごいんだよ雨生ちゃん、ものすごく頭いいの」


 「なんで凪が嬉しそうなんだよ」


 「やめてくれよ、義姉さん」


 雨生が凪の誉め言葉に照れているのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。


 「それはそうとして、何で雨生は凪のことを義姉さんなんて呼んでるんだよ」


 「それは―― 「それは、雨生ちゃんは私のところで引き取ることにしたの!」 そうだね」


 「へぇー、そうなん――えぇぇぇ!!?」


 「ちょっと、少し驚きすぎじゃない?」


 俺の質問に雨生が返そうとして凪がそれにかぶせるように衝撃的事実を答えた。その答えに俺は驚かざるを得なかった。だって


 「だって、俺はてっきり凪が色々手伝ってくれてたからその流れで呼んでるのかなと」


 まずそのことを初めて聞いて特にリアクションもせずに受け入れる奴なんていないだろう。いたらそいつはエスパーか何かだ。


 「でも、あながち間違いではないよ。実際、まだ入院して手伝ってもらってる時も そう呼んでいたしね。 だから退院した際に引き取ってもらえるって話を聞いてすごくうれしかった、こんな僕を受け入れてくれるんだ、もっともっと頑張れるんだって、もう――っ!」


 雨生が立ち直れたことのうれしさ、これからも普通の生活ができるうれしさを話しているときに凪が傘を放り投げて雨生に抱き着いた。


 「そうだよ、私と好君は受け入れるよ、雨生ちゃんのこと。 雨生ちゃんももっともっとじゃない、これからもずっとずっと頑張れるんだよ!」


 「......うん......ありがとう」


 「どうやら俺は不必要だったかな?」


 「日川さん」


 雨生と凪で姉妹愛をお互いに感じ合っている中で、いつの間にか日川さんが来ていた。


 「あいつは色々と厄介な奴だったが、ほんとに退院まで頑張ってくれたよ。 東君が元の生活に戻れるよう手伝ってくれたおかげでもあるね」


 「お節介でお人好しなんですよ。 よくそうゆうのやってるときに母性がわいてくるかなんか言ってるんで」

 

 「......君のパートナーはきっと良いお嫁さんになるな。 ......じゃあ俺は行こうかな」


 「いいんですか、声かけなくて。 いくら嫌われてたとは言え、長い付き合いなんでしょう」


 「いやいいんだ、これで......頼んだよ、雨生のこと」


 「もちろんです」


 そう言って姉妹愛を感じ合っていると同時に男同士で硬い約束が結ばれた。日川さんは車に乗って公園を去った。


 「おーい! お前ら、いつまで抱き合ってんだ? そろそろ帰るぞ」


 俺はいまだ抱き合っている二人に声を掛けた。雨生は嬉しそうに笑顔でいる、凪は目元が赤くなっていた、どうやら泣いてたらしい。

 俺は凪が放り投げた傘を拾い上げ、それを渡す。凪は礼を言う。

 

 いつもの帰り道、3つの傘が横並びで進んでいく。


 雨――それは俺を――には忘れられない思い出になった。



 

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梅雨時 こまつだ @CV_KOMA

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