3.

 初めて雨生のお見舞いに行った日を境に俺と凪はちょくちょく雨生のお見舞いに行った。主に凪からの提案ではあったが。悪い気はしなかった。むしろ凪から動き出してきたから驚いた。

 それに、雨生の話も面白かった。病院内でのこと、担当医に対する愚痴、外出した時の話、一緒に入院している子供たちのこと、とか色々話してくれて退屈しなかった。それと凪がお土産としてあげたスケッチブックに描いた絵を見せてくれたりもした。うますぎて凪と二人で唖然とした。ああ、あと、俺からお土産渡したときは目を真ん丸にしてまさかとか言ってたな。あれはしてやったりだ。そうして関わっていくうちに俺たちは互いに信頼するような関係になった。

 そんなある日、この時期には珍しく晴天となり凪は家族とお出かけに行ってしまったから俺は一人で若干の寂しさを覚えながらも街を歩いている。


 「君が好と言ったかね?」


 「へ? なんで俺の名前知ってんだよ」


街を歩いていると突然声を掛けられた。声のしたほうへ向いてみると見覚えのある大きいガタイ、オールバックにした髪。間違いなく過去何回も会っている雨生の担当医だ。なんで名前を知っているのかはわからないが、もしかしたら雨生が俺たちのことを話したのだろう。


 「君とは色々と話しがあるんだ。今時間はあるかな?」


 「まあ、あるけど」


 「そうか、それはよかった。じゃああそこのカフェで話をしよう。無論、俺が全部出すよ」


 「そうですか、ありがとうございます」


 男性医の誘いを受け入れ、俺と男性医はカフェにいる。男性医はコーヒーを、俺はココアをそれぞれ頼んで外にあるテラス席に向かい合うように座った。


 「自己紹介が遅れたね、俺は泉雨生の担当している内の一人の日川というものだ。今日はよろしく頼む」


 「ど、どうも南好です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 日川は俺に自己紹介すると一緒に名刺を渡してきた。


 「それで、話したいことって何です? 雨生のことですか?」


 「その通りだ。最近君たちが雨生のお見舞いに来てくれているからか、彼女の様子もいい方向でだいぶ変わってきてね。感謝するよ。」


 「いえいえ、あれは凪が率先してるだけで俺はついて来てるだけです」


 「いや、それだけでもありがたい」

 

 日川さんは俺と凪の行動について雨生にいい影響になっていることを伝え、そして感謝した。俺はそこで雨生の見舞いに行ってるときに感じた違和感を質問してみることにした。


 「日川さん、質問したいんですけど」


 「いいぞ」


 「俺は雨生の見舞いにもう結構行ってます。もちろん彼女の描いた絵も、そのスケッチブックに描いてある絵にたびたび他の絵とは一線を画すものがあったんですけど、あれって彼女との関係はあるんですか?」


 「......!」


 この違和感は見舞いに行くようになってしばらくした時だ。部屋に入ったとき、雨生はちょうど寝ていて俺と凪は起きるのを待っている間に彼女の描いた絵を見ていた。そこで一枚、とんでもないを見つけた。いつも見せてくれる絵とはとてもかけ離れていて、その絵には負の感情がすし詰めになっていた。

 俺はそれは雨生の過去か何かに深く関係していると思い質問したが、日川さんの様子が変わったことで確信になった。やはり何か関係してるらしい。


 「......そうか......気づいてしまったか......まあいづれ直面することだろうから黙ってはいたが、今とはね」


 「何かあったんですね。よかったら聞かせてください。彼女の、雨生の過去について」


 「わかった。だが、覚悟しておいたほうがいい」


 「......」


 覚悟しておいたほうがいい。その言葉が出てきて俺は心して聞いた。

 日川さんの口から語られる雨生の過去。それはとても酷なことだった。幼いころに親が何者かに殺され、自身も襲われ、心に一生ものの傷をつけられ、そして家族を襲った奴の家を燃やし、そいつは重傷を負い、雨生は警察に連れていかれたがそこで舌を噛み千切ろうとして未遂に終わり、精神病と診断され俺たちに会うまでずっと独りで病院で過ごしてきた。どれもこれも惨いことだった。


 「だから、君たちが――」


 「へ?......っうわ!?」


 日川さんの語りが止まったかと思うと、俺の視点が急に暗転し空を見ていた。がたんと椅子が倒れる音が聞こえたから椅子ごと倒されたのだろう。


 「うぅ......ん......!? う、雨生!?」


 「雨生!! 今すぐ離れるんだ!!」


 「......」


 何か俺に乗っかられている感覚を覚え、その方向を見る。正体は雨生だ。雨生が俺に跨りまた、俺の両手を押さえつけている。体重がかかっているせいかなかなか振り解けない。日川さんも離れるよう促すが、雨生は聞く耳を持たない。


 「雨生! なんの真似だ!」


 「聞いたんだ!!! 聞いちゃった!!! 聞いたんだろ!!! 僕のことを!!!」


 「俺は! お前のことが!」


 「うるさい! 同情なんていらない! 離せ! 離せよ!」


 「日川さん!」

 

 怒りに狂った雨生が俺の首元に手を伸ばそうとする瞬間に雨生の体がふわっと浮き、日川さんに抱きかかえる形で抑えられた。


 「はっなっせ!!」

 

 「ッぐ!」


 雨生の肘が日川さんの脇腹に刺さった。さすがの日川さんもこの痛みに耐えきれないのか雨生を離してしまった。

 自由になった雨生は俺に向かって走ってくる。俺はそれをよけることはせず、受け止めた。


 「雨生」


 「うるさい!」


 雨生は俺に打撃を与え続けた。正直痛い。けどここで折れたら雨生にも俺にもなんにもならない。


 「雨生!!」


 「だまれ!」


 「もとの生活に戻りたいんだろ! もとに戻って! 学校に行って! 友達創って! 一緒に遊んで! 思い出創って! そんな生活に戻りたいんだろ! こんなことしてたら! 一生変われずに今の退屈な生活を続けていくんだぞ!」


 「――っ!」


 俺は雨生の両肩を強くつかみ訴えかけた。俺の訴えかけに雨生はハッとしたのか急に静かになった。そしてその目に涙を浮かべた。


 「怖かったんだ、、、、僕は、、、えぐっ、、、、本当のことを知って、、消えていくのが、、、、ひぐっ、、だから、、、、この関係がずっと、、、続けば、、、けど、、、うぐっ、、、、いつか終わるって、、思うと、、、うっ、、、わぁぁぁぁ!」


 自分で感情が抑えきれなかったのだろうか、雨生が大声でわぁわぁと泣き出した。俺は雨生をそっと抱き寄せて頭を撫でた。

 きっとあれが雨生が本当に言いたかったことだろう。仲良くなった人が、自分の忌々しい過去を知って離れることを恐れた。きっとこれが俺自身のことになったとしても同じことになるだろう。それくらいには自信にとって辛いことだから。


 「......ねえ、1つ、約束してもいい?」


 「うん、いいぞ。なんだ?」


 しばらくして泣き止んだ雨生から1つ、約束を入れてきた。


 「僕が普通の生活に戻れるまで待っててくれるかい」


 「ああ、約束しよう。凪もそうしてくれる。」


 「絶対だよ」


 「絶対だ」


 約束すると雨生は俺から離れ、日川さんのもとへ行った。日川さんは痛みから解放されたのか、いつも通りに戻り俺に1つ礼をして雨生と一緒に去っていった。

 今日1日天気が晴れていたのはもうすぐ梅雨の終わりを知らせる7月の末だったからだろうか。

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