2.
「ねえ、雨は好きかい?」
入院着を着た少女がそう聞いてきた。
「私は――「俺は嫌いだ。退屈だし、憂鬱だ。」
少しの沈黙の後、破ったのは凪だが遮るように俺は言った。
「嘘は......言ってないね」
「もちろんだ」
「......」
また沈黙。少女の様子を見るに落ち込んでるように思えた。
「えっと、あなたって名前なんていうのかな?」
「名前? ウイって言うよ」
またも沈黙を破ったのは凪だった。名前を聞くなり少女は自分のことをウイと名乗った。ここは凪に任せよう。
「ウイちゃんね、私は凪って名前で、こっちは好って言うんだ」
「凪に好......ね、よろしくね」
「おう」
凪が自己紹介したのち、俺も紹介してもらった。ウイは指をさしながら名前を復唱した。俺も反応なしはかわいそうなので返事はしておいた。
「ウイちゃんはさ、どこに住んでいるのかな?」
「凪、 さすがにそれはまずくないか? 確かに恰好からして気になりはするけど」
「病院だよ。中央だっけかな? 大きいとこだから多分そう。そこの507号室だよ」
「「へ?」」
凪の明らかな地雷質問からのウイから普通の返答が返ってきて俺と凪は驚きと同時に困惑した。
だってそうだろ。人には聞かれたくないことがあって今回はそれが見た目という前面に出している状態だ。普通は察して同情の目で見ながらスルーするだけだ。
......と頭ではそう若干崩壊している理論を思いつつ、思いのほか普通の返答が返ってきて、俺は逆にこの先の好奇心が勝ってしまった。
「ごめん好君、つい気になっちゃってウイちゃんもごめんね」
「別に気にしてないよ、ただ聞いてきたのが君たちが初めてだからね......ぅゎ」
「うわ?ってちょっと」
ウイが凪の謝罪に対して許した後に小さく拒否反応を起こすと同時に、俺たちが立っている後ろ――公園の出入り口にグレーのセダンが止まった。
おそらくウイはこの車に反応して即座に凪の背中に隠れるようにして張り付いた。
「時間だ、戻るぞウイ」
「やだ」
車から高身長のガタイのいい髪をオールバックにした男がウイに向かって言った。多分ウイの担当医か何かだろう。しかしウイは嫌と拒否している。
「どうやらお迎えが来たみたいだぞ」
「やだ」
「ウイちゃん戻らなくていいの?」
「いい」
俺と凪が戻るように呼び掛けてもウイは相変わらず拒否している。これはしばらくこのままかもしれない。
「やだやだ言うな、ほら行くぞ......!?」
「いやだ......!?」
男が強引にウイの手を引っ張ろうとした瞬間にウイがその手を強く振りほどいた。男が目を見開いて驚き、その後に続いてウイ自身も同じように驚いた。
「......ウイ......戻るぞ」
「......うん」
ウイがバツが悪そうに返し、男に手をひかれて車の後部座席に乗った。男がウイを車に乗せるとこちらに戻ってきた。
「君たちを巻き込んですまない。しかし、君たちはウイに好かれているようだ」
それだけを言って男は車に乗り、去っていった。
* * *
「ここか、あいつがいるのは。しかしやっぱりでかいな、できるだけここのお世話にはなりたくないな」
「そうだね、私もできるだけ丈夫になりたいな」
「凪が健康でいてくれるだけで俺は満足だ」
翌日、俺と凪は昨日の出来事がどうしても忘れるはずもなく学校帰りに実際に病院に行ってみることにした。
「すみません、ここの507号室にいるウイのお見舞いに来たんですが」
「お二人で泉さんのお見舞いということでよろしいでしょうか?」
「はい、よろしいです」
受付の人にお見舞いの旨を伝えると、ひものついた面会札を渡され、病院関係者に見えるように付けてくださいと言われた。俺と凪は、札を左胸に付けた。
「ウイちゃんって名字泉っていうんだね」
「そうだな、思ったよりシンプルなんだな」
「ウイってどうやって書くんだろうね羽に生きるって書くのかな」
「シンプル路線で行くならそれはありだな」
移動中、名前の話題になり花を咲かせていると、目的地の507号室に着いた。ドアの横にあるプレートに部屋の番号と”泉 雨生”と記してあった。
「ここだな、雨に生きるか......らしいっちゃらしいけど」
ドアにコンコンコンと3回ノックをすると中から僅かながら反応があった。おそらく入っていいのだろう。静かな病院だとこうゆうごく小さな音も聞こえるのかと感心した。
「失礼します」
「失礼します」
俺が言うとそれに続いて凪も言う
「やあ、好に凪、よく来たね。」
「まあな、でも今日は挨拶くらいだからそう長居はしないが」
「そうなんだ......」
やべ、ちょっと元気なくしたかな
「雨生ちゃん、元気してた? 風邪とかひいてない?」
「うん、元気だし風邪とかもないよ」
「そうだ、雨生ちゃんにお土産持ってきたんだよ。 はいこれゼリーとバームクーヘン」
「わあ、ありがとう」
「凪、お前お土産なんか用意してたのか」
凪からのお土産に雨生は顔をぱあっとさせて喜んでお礼した。俺も何か用意しておけばよかった。
「ふっふーん。実はこれだけじゃなんですよ......じゃじゃーん! 雨生ちゃんって絵描くの好き?」
「いや、出してから聞くのかよ」
「うん、好きだよ」
「おお! じゃこれをあげるね」
凪が得意げにバックをもぞもぞとしながら出したものはスケッチブックと色鉛筆。きっと雨生がこの生活に退屈にならないようにと思って持ってきたのだろう。雨生も喜んでいるし。
「そういえば、好からは何かないのかい?」
「気持ち」
「そう......」
なんか俺にだけ冷たくないか。まあ用意してきてないのが悪いんだけども。お土産話で盛り上がっていると、ドアのほうからノックが聞こえ、ドアが開き昨日会ったばかりの男が入ってきた。やっぱりあの男は雨生の担当医だった。雨生はまた嫌な顔をした。
「雨生、そろそろ検査の時間......君たちは昨日の、お見舞いに来てくれたのか」
「ええ、来ちゃいました」
「そうか......よかったな雨生」
「......」
雨生は嫌な顔のままぷいとそっぽを向いた。
「どうやら、俺は嫌われているようでね」
男性医は苦笑いした。俺と凪もつられて苦笑い。
「済まないがこれから雨生は検査の時間だから帰宅するほうがいいだろう」
「俺たちもそのつもりです。俺たちもそう長居はするつもりはなかったので。ほら凪、帰るぞ」
「う、うん。じゃあね雨生ちゃん、また来るからね」
「......」
男性医から帰宅を勧められ俺と凪は変える支度をし、病室を出た。出る直前、凪が雨生に一声かけると、雨生は何も言わずただうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます