13 お屋敷初訪問
今日は七月二十日、日曜日。
俺と琴音は今、とある場所に訪問している。
「マジ凄っ」
「まるでアニメや漫画の世界ね!」
金色の髪の美少女に連れられて門を潜り、その土地に足を踏み入れると、俺達の口からそんな感想が溢れていた。
「ようこそ、椿のお家へ」
と、この土地の所有者の娘が微笑する。
そう、ここはこの街で一番――それどころか日本有数の大豪邸。
南条椿が生活しているお屋敷。
「えっと……あの建物が家だよね?」
正門を潜ったばかりのこの場所から推定50メートル以上は離れた正面にある、この敷地内で一番大きな建物を指差し聞いてみる。
「はいっ、そうですよ。で、あれが両親の車があるガレージで、その隣の建物は椿達の送迎車があるガレージ。で、むこうのあれはパーティーとかをやるだけの建物です」
と、椿は俺の質問に答えるついでにその他の建物についても説明してくれた。
「マジ凄え!」
「あんたさっきからそれしか言ってないわね」
仕方ないだろ。それ以外に言葉が思いつかないんだから。
敷地内は芝生が広がっているが、正門から各建物までは車二台くらいが並んで通過できるくらいの幅のコンクリートの道が伸びている。
その道を正面の屋敷に向かって歩いていき、目の前までやってきた。
屋敷の正面左側は綺麗な花々で彩られている。
そして、右側には何とプールがある。今年はまだ使われていないのか、水は張られていないっぽい。
そこのプールで遊ばないかと言ったら椿は承諾してくれるだろうか。もししてくれたら最高だ。
スク水でもいいから椿の水着姿が見たいんだ!
……少し妄想してしまったが、今日の目的はそれではない。そもそも水着とか持ってきてないし、何より初めて来たのにいきなりプール使いたいだなんて図々し過ぎだしな。
「どうぞ、お入りください」
「「お邪魔します」」
椿は屋敷への大きな玄関扉を開き、言葉と身振りで入るように促してくれる。
琴音はどうかわからないが、俺はめちゃくちゃ緊張しながら屋敷の中へ入った。
「マジ凄え」
「玄関だけでうちの家より広いわね! マジ凄い!」
言いたいことは琴音と同じなんだけど、結局お前もその反応じゃねえか。まあ、それが庶民の反応だよな。
にしても、靴を脱がずに上がってしまっているのに違和感が無い。まるでホテルのロビー感覚だ。
「ささ、では椿のお部屋に――」
「つばきち、その前に屋敷の中を案内してよ! めっちゃ興味そそられるわぁ!」
「いいけど、そんなに面白くもないと思うわよ?」
「いやいや、庶民の憧れよ! 見るだけでワクワクして楽しいって!」
「わかった。じゃあ一階から順に見せていくから付いてきて」
先導してくれる椿のあとを付いていく。
「まずは、ここがリビング」
そう言って椿はその部屋の扉を開いた。
この屋敷のリビングは俺が住む家の一階の面積を四倍にしたくらいの広さだ。
家具も何か……正直よくわからんけどめっちゃ高級そうなのだけは察した。
「あら椿ちゃん、お友達?」
「はい、そうです」
リビングのソファーには青髪の女性が座っている。
この人は以前見たことがある。椿の姉で、確か名前は南条葵さん。
「ゔゔぅ……あの椿ちゃんがぁ……! お友達を連れてくる日が来るなんてぇ……!」
その南条葵さんが、何か大袈裟に泣き真似をし始めた……そういうキャラなのだろうか。
俺はもう、理想のお嬢様像が現実のお嬢様なわけではないことを理解している。
椿こそ学校では理想のお嬢様そのものだが、プライベート、又は俺達しかいない場ではその限りではない。
楓先輩に至っては学校だろうがどこだろうが歩く18禁だ。
だから南条葵さんがどういうキャラをしていようが俺はショックを受けないと思う。
「まさか……つばきちのお母さん?!」
「ちょっとぉ、そこの赤い髪のかわい子ちゃん! 椿ちゃんのお友達ってことは……星名琴音ちゃん、でいいのかな? 私はピチピチの大学三年生、まだママじゃないわよぉ!」
「ご、ごめんなさい……!」
「あ、別に大丈夫よ琴音ちゃん。あれは全く怒ってないから」
「そうそう、別に気にしなくていいのよぉ! 私は南条葵、椿ちゃんの姉です。よろしくねぇ」
「よ、よろしくです!」
「それからそっちの坊やは、お久しぶりね! 風見隼人くんっ」
「は、はい……お久しぶりです」
クソ……流石は南条椿の姉だけあって容姿が素晴らしい。
こうも優しく微笑まれるとどうしても少しはドキッとしてしまう。
なのに楓先輩だったら全くそうはならないのはどうしてだろうか……それはあの人が下ネタばっか言ってるのが悪いんだ。
「なるほどぉ……やっぱそれしかないよねぇ!」
「えっと……何かありましたでしょうか?」
南条葵さんが俺を品定めでもしているかのようにじろじろと見ている。
「やっぱ似てるわぁ」
「はい?」
「面影ばっちし、やっぱ坊やだったのねぇ! その節は椿ちゃんをありがとねぇ!」
「ど、どういたしまして……?」
一体何のことなのやら……よくわからなくて首を傾げてしまった。
「さ、さあ次に行きましょう……! リビングの紹介はこれで終わり!」
椿はリビングの扉を閉めて、どこか動揺でもしているかのように焦った顔して長廊下を歩き始めた。
「あのぉ……もしかして、葵お姉様の発言の意味を理解できたのですか?」
「いや、実はよくわかんなかった」
「……ですよね」
「椿……?」
「さ、さて……ここがダイニングですっ!」
と、椿は次なる場所の扉を開く。
で、だから何をそんなに動揺してるの?
◇◇◇
屋敷の中を一通り案内してもらい、丁度今椿の部屋の前に着いた。
「どうぞ」
「お邪魔しまっ!」
椿が自分の部屋の扉を開けて入室を促してくる。その中に、琴音が我先にと入っていく。
「わあおっ! マジ広くてお嬢様!」
中から琴音のはしゃぐ声が聞こえる。
俺も中に入りたい……が、やはり緊張する。
「し、失礼します――」
「あっ、風見隼人、貴様……!」
緊張でソワソワしつつも椿の部屋の中に入ろうとしたその時、今となっては聞き慣れた声が耳に入った。
南条家の使用人見習い、瀬波良治だ。
狂犬め……また現れたか。今ので緊張感吹っ飛んだわ。逆にありがとよ。
「あれ、さっきまで客室の掃除してなかったっけ?」
「それはもう終わった。それより貴様、そこがどこかわかっているのか?!」
「――もう、うるっさいな……! 誰だよ廊下で叫んでるバカは!」
俺と瀬波の会話を遮断するが如く、椿の部屋の隣の部屋の扉が物凄い勢いで開き、怒号が飛んだ。
「あれ、弟くんじゃん。いらっしゃい」
「どうも」
出てきたのは楓先輩。どうやらそこは楓先輩の部屋のようだ。
特に俺に怒っているわけではなさそうで、楓先輩がそう言ってくれるからペコリと頭を軽く下げた。
「ん? おやおや、そこは男子禁制の椿の部屋じゃないかぁ!」
「男子禁制……?」
「椿はね、小五の頃の誕生日を境に父親だろうが兄だろうが誰であっても男は一切部屋に入れなくなっちゃってさ」
そ、そうなのか……何で小五の誕生日を境に……?
というかそれって、俺も入っちゃダメなやつじゃないの……? 俺、女子じゃなくて男子なんだが。
「そうだぞ風見隼人……! 故に僕でさえ入室させていただいたことがないのに――」
「あ、叫んでたのテメェか良治。うるせえんだよ、静かにしろやボケッ! こっちは今エロゲやってんだよ……!」
「す、すいません……!」
楓先輩に怒られて瀬波が申し訳なさそうに謝っている。しかも、責められ方が笑える。
こんな風に怒る女子高生って世界中どこを探しても楓先輩だけだろうな。で、こんな風に怒られる男子高校生も瀬波だけだろうな。
「おう、わかったから暇なら一緒にエロゲやろうぜ」
「え、いや、しかし……」
「いいから来いっつってんだよ」
「はい……」
楓先輩に言われるがままに、瀬波は楓先輩の部屋の中へと消えていった。
……つーか、エロゲって誰かと一緒にやるとかあんの?
「さあ隼人くん、どうぞ中へ!」
「あ、うん」
そして俺も、椿に言われるがままに部屋の中へと入ったが……やっぱめちゃくちゃ緊張するわ。
「うわ、隼人めっちゃソワソワしてる」
「しょ、しょうがないだろ……美咲以外の女の子の部屋に入るのなんて生まれて初めてだし。しかも、楓先輩は男子禁制って言ってたし……」
加えて好きな女の子の部屋でもある。緊張どころか興奮してきた。
いかんいかん……抑えろ俺。
「そうなの?」
「まあ、実際部屋に男の人を入れたのは六年くらい前が最後だけど……男子禁制っていうか、そもそも男の人は家族しか入ったことないわよ」
「へえ、めっちゃ大きいベッドだからこの上で色んな男と沢山してきたもんだとばかり思ってたわぁ!」
「――んなっ?!」
確かに一人で寝るには大き過ぎるベッドだ。
物語のお姫様が使ってそうなメルヘンチックな造りで
……が、そんなはずがないだろうが! 琴音は何を言ってるのかな?! 椿に限ってそれは絶対ない! 俺は信じてるからな!
「ん? してきたって何を?」
「それはね――」
「はあっ?! そんなわけないでしょ! 大体、前に聞いてきた時に処女だって答えたわよね?! あと、男の人は本当に家族しかこの部屋には入ったことないから! ……違う、違いますからね隼人くん……椿にはそのような経験はありませんから……!」
椿には琴音の発言の意味が理解できなかったらしい。だから詳しく教える為か、琴音は椿の耳元でひそひそと口を動かした。
すると椿は必死な様子で全力否定を始めた。
それを見て、俺は心底安心した。もし椿が否定せず認めてたら、俺は多分この場でショック死してたな。
「冗談だってば。必死なつばきち可愛いわぁ」
「ふんっ! あ、そうだ、これに履き替えてそこのソファーにでも座ってちょっと待ってて」
椿はそっぽを向いた先にあった、部屋の入り口の所にあるスリッパラックを指差してそう言い、一度部屋から出ていった。
言われた通りに靴から履き替える為にスリッパを手に取ろうとすると――何かマジックでデカデカと『隼人くん』って書いてあるやつがあるんだが……多分これを使えってことだよな?
そう思ってそのスリッパに履き替える。
「何かでっかくあたしの名前書いてあるんだけど! マジウケる」
ヘラヘラと笑いながら琴音も『琴音ちゃん』と書いてあるスリッパに履き替え、室内を歩き回る。
「おいおい、あんまりうろちょろしない方がいいんじゃねえの?」
「別にうろちょろはしてないじゃない。それより見てよ、これ!」
琴音が窓の外を指差して楽しげに笑う。
その窓に近付いて確認すると、外はベランダになっている。
「おほっ、ベランダがクソ広い!」
「ルーフバルコニーって言うのよ。下の階の屋根を利用してるの」
「へえ、そうなのか!」
テーブルや椅子も置かれていて、その上には屋根が広がっている。
そして、屋根の範囲外の場所には物干し台が設置されている。
「洗濯が干してあるわね。自分でやってるのかしら」
「そういえば前に聞いたことある気がするな……下着を見られるのが嫌だから洗濯は自分でやってるって言ってた気がする」
「下着って……あんた、つばきちと普段どんな会話してんのよ。変態ね」
「待ってくれ、誤解だ。俺の方からそっち系の話題を振った過去はない」
では何故、そっち系に話が進んでいる時があるのだろう。これまでも何度かあったぞ。
ななぽーとでランジェリーショップに無理矢理引き込まれた時とか、この前の学校の屋上での時とか……え、どれも全部椿からじゃねえか。
「お待たせ――って、窓のとこで何してるの?」
「洗濯が干してあるのに下着がないって、隼人が」
「んなこと言ってねえよな……?!」
勝手に話を捏造するな。変態扱いされたらどうしてくれるんだ。
「ああ、それならちょっと付いてきて」
「へ……?」
「ほら、つばきちがああ言ってるんだし、早くしなさいよ」
「お、おう……?」
どこに向かうのかわからないが、とりあえず後をついていく。
「ここ、椿専用の脱衣室とバスルームなんだけど――」
とある扉の前まで来ると、椿はキーケースから鍵を一本選び、それを使って扉を開いた。
中に入ると、洗面台や洗濯機に乾燥機、折り畳み式の物干しスタンドやらがあった。
「下着はここで干してるの」
今は何も干されていない物干しスタンドを椿が指差す。
「椿やお姉様方以外には、掃除の為にここの合鍵を持つ一部の女性使用人しか入れないの。つまりここも男性入室お断りの場所ってわけ」
「はぁ……」
「残念そうにしちゃって、そんなにつばきちの下着が見たいの?」
「そうなのですか?!」
「え、ちがっ……」
「くううううっ……! だったらまだ干したままにしておけばよかったぁ……!」
「なんでそうなる?!」
なあ、もしかして椿って変態なの? 言葉にしないだけで、思考回路は楓先輩と同類……?
好きな下着の色聞いてきたりさ、はたまたその日付けてた下着の色教えようとしてきたりさ、挙げ句の果てには目の前で短パンずらし始めたりさ。
完全に変態の行動じゃん……。
でも、パーフェクトガードとやらは男子にとってはマジで鉄壁なんだよな。
あれ、ちょっと待って……椿の部屋とこの場所は男子禁制。なのに俺は入室しても何も言われない。
加えて、パーフェクトガードとやらを俺の前では解除しようとしたこと、または最初からしていたこともある。
……もしかして俺、男として認識されてない説。
それは困る……めちゃくちゃ困るんだけど!
「にしてもつばきち専用のお風呂とはマジで凄いわね! しかも当然のようにめっちゃ広いし」
「まるで温泉、大浴場じゃねえか」
浴槽こそ一つだが、一度に十人は余裕を持って入れそうな大きさだ。
もっと面白いのが、洗い場が四ヶ所もあること。椿専用バスルームなのにな。
「こんな感じのバスルームが、家族の個人用にここを合わせて六つ、来客用に三つと、使用人達用に男女それぞれ一つずつあるわよ」
さっき屋敷の中を案内してもらった時に、ここはバスルームだけど個人用で鍵が掛かってるとか、ここは使用人用だけど丁度誰か入ってるっぽいとかで中身は見れなかった。
そのどれもがこのバスルームと同じ規模でそれだけの数があるなんて……マジ凄。
「むふっ、今度つばきちの家に泊まる時に使えるのが楽しみだわぁ!」
「え、泊まるの?」
「つばきちがいいって言うなら」
何だよ、てっきりそういう約束もしてるのかと思ったじゃねえか。
「別にいいけど。その時は、来客用じゃなくてこの椿用のバスルームを使ってもいいわよ」
「マジ?! んじゃつばきちと一緒に入ろうかな!」
よかったな、言質取れて。女子同士だから泊まりも問題ないし、本当羨ましいわ。
「友達と一緒にお風呂かぁ。それもいいわね! あ、隼人くんもお泊まりの時はこのバスルーム使っていいですからね!」
「へ……?」
え、だからちょっと待って……マジで俺って男として認識されてないの……?
女の子だと思われてるの……?!
「あたしは隼人と一緒に入るのは御免だからね。ここ使うなら、あたしが出た後につばきちと一緒に入ってちょうだい」
「何で一緒に入る前提?! あり得ねえだろ……!」
「大丈夫、つばきちには長風呂してもらうから」
「全然だいじょばねえわ……!」
仮にそんなシチュエーションになったら確実に理性吹き飛ぶわ……! 本能に支配されて何やらかすか怖えよ。
「隼人くんがそれをお望みでしたら、椿は構いませんよっ」
……これで確定したな。どうやら俺、女子だと思われていたみたいだ。
その時になって俺が男だって気付いても遅いからな?
「あのさ……俺、女じゃないんだけど?」
「ん? そんなのわかってますよ。隼人くんはちゃんと男の子です」
だよね。いくらバカでもそのくらいは理解してるよね。
……………………え、じゃあ何で?
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