12 勝者


 一学期の期末テストも終わり、各々のクラスでその結果が返却し終わった七月十六日、水曜日。


 明日の昼には結果が張り出されるだろう。

 だが、それを待つ必要はない。そういうわけで俺と琴音は今、放課後の理科室で獅堂徹と対峙している。


「覚悟はできてんだろうなぁ?! 低スペ野郎」

「は? 覚悟すんのはそっちだろ。ハイスペ野郎」


 先制攻撃と言わんばかりに、獅堂が俺を煽ってくる。相当自信があるらしい。流石は毎回学年三位以内に入り続けている男だ。


 が、今回覚悟しておかなければならないのは俺ではない。

 ハイスペなのに低スペに負けるという屈辱を味わせてやる。


「威勢だけはいいじゃねえの。それともただの強がりか?」

「……どっちから出す?」

「敗北を知り絶望するテメェの顔が見たいから、先に俺が出してやるよ」


 獅堂は悪意に満ちたような笑みを浮かべ、自身の期末テストの用紙を机に並べた。


 獅堂徹の点数は高い順に、数学と生物が100点、日本史が98点、英語が95点、公民が90点、古典が87点、現代文が85点。


 ……え、学年トップレベルになるとここまで全教科点数高いもんなの? 90点越え三科目に、満点も二科目もあるし……こいつ、マジのインテリじゃん。


「星名の得意科目は把握してる。だからそれは捨てた。風見隼人、テメェは数学と生物らしいじゃねえの。テメェに完全敗北を味合わせる為に、その二科目を徹底的に突き詰めてきてやったぜ。あとは残りの英語と社会系二つをそれなりにやっときゃ、俺から見て5ー2で勝ちってわけだ。どうだ、失意のドン底に落ちてくれたかぁ?!」


 やはり獅堂も作戦を立てて今回の勝負に臨んでいたようだ。

 現代文と古文は捨てたと言ってこの点数……神様さ、この男を優遇し過ぎじゃない? 俺にももう少し学力というものを与えてほしかったんですが……まあ、実際はこれも獅堂の日頃からの努力あってこその結果なんだろうけど……。


「はははっ! 見たか風見隼人、これが獅堂さんの学力だ!」

「ちびって声も出ねえのか! はははっ!」


 お馴染みの獅堂の舎弟二人がうるさい。自分のことならまだしも、獅堂の学力で何故こいつらがこんなに誇らしげなのだろうか。お前ら、見るからに絶対頭悪そうじゃん……。


「お、おい……風見隼人、大丈夫なのだろうな……?」

「まあ、ぶっちゃけ風見さんが負けたところで椿お嬢様的には何の問題もないと思うけど」


 獅堂が舎弟を連れて来ているように、こちらも応援隊を用意している。

 厳密には勝手に付いてきただけだが……おい、いるなら真面目に応援しやがれ。

 まあ、瀬波はまだ許す。そりゃ、獅堂のこんな点数見たら不安にもなるよな。

 けど葛西……お前、怒るよ? とても応援しに来たとは思えん発言だな……俺が負けたら椿的に問題大有りだっつーの!


「何だと?! そんなわけないだろう?!」

「そんなわけありあり。だって、獅堂徹さんを南条邸に招くだけで、それ以上は何もないんだし」

「獅堂徹が何もしないと思うのか……?!」

「しようとしたとして、椿お嬢様は絶対にそれに応じない。というか、来るならそれで使用人の方々にちゃんと目を光らせてもらうだけだし。当然、見習いの私達も含めてね」

「そうじゃない……違うんだ朱音……あの男が来ること自体がダメなんだ……!」

「『来ること』って……見習いとして住み込ませていただいてるだけで、別に良治の家じゃないでしょ。それに、あんな羨ましいくらいの高得点なんか、二人合わせたところで四科目も勝てるわけないんだし、もう来るで決定じゃん」


 こんな時に喧嘩するな。お前ら一体何しに来た。俺達の応援だろう?

 ちなみに俺は、今日だけは瀬波の意見に賛同だ。

 というか葛西……勝手に俺達の負けにするな。


「二人とも、ちょっと黙って。隼人くんと琴音ちゃんは絶対勝ってるから」


 言い争う二人を椿が黙らせる。

 この子からの信用、信頼があればもはやなんでもいい。

 そして、それを裏切るわけには絶対いかない。

 今日だけではなく、これからもずっと――。


「じゃあ、俺達の番だな。ほれ、俺の二科目――」

「それからあたしの二科目」


 俺達が勝負を賭けた四科目のテスト用紙を机に並べると、獅堂の表情が凍りついた。ついでに、獅堂の舎弟達も口を開けたまま固まっている。


 それもそのはず。

 現代文と古文と日本史が100点で、公民が91点。その全てで、獅堂の点数を上回っているのだから。


 すなわち、4ー3で俺達の勝ちだ。


「残念だったな、ハイスペ男くん。俺が数学と生物が得意? どこ情報だか知らんけど、低スペの俺に得意科目なんかあるわけねえじゃん。だったら、暗記で頭に叩き込めば何とかなるかもしれない日本史と公民だけを死ぬ気で勉強するしか、勝てる可能性無くね?」


 正直なところ、こちらは三科目も満点があるわけで、残りの一つも90点越えだから余裕で勝てるとばかり思っていた。

 しかし蓋を開けてみれば、日本史は2点差、公民は1点差という超接戦。もし仮に俺がどちらかの科目であと一問でも不正解だったらと思うと、冷や汗が出そうになる。


 何かよくわかんないけど、獅堂が勝手に俺の得意科目を決めつけてくれてて助かったぁ……。


「………………ちっ、あの野郎――」


 と、獅堂はこの場にいないであろう誰かに悪態を吐いた。

 恐らくその誰かが獅堂に俺の得意科目を教えたのだろう。


 いや、間違ってますけどね。残念、俺には得意科目なんかありません。

 あ、でも……日本史と公民でこんな点数取れたわけだからこの二科目が得意科目だな! 決まり。


 何はともあれ、どこぞのビッチさん、獅堂への誤った情報提供ありがとうございます。


「つーわけで、勝負は俺達の勝ちだな。約束通り、琴音への脅しは無しな」

「テメェ、獅堂さんにハンデもらってんの忘れてんのか?!」

「そうだ! それさえ無けりゃ獅堂さんの勝ちなんだよ……!」


 何やらまた舎弟共がわめいている。

 そうは言われても、俺達の勝ちなんだけど?


「だから何だ。ハンデを与えたのは獅堂徹だろう? それで負けたらハンデのせいにして言い訳か? やはり、所詮貴様らは小物だな。この勝負、風見隼人達の勝ちだ」


 ここでまさかの瀬波が口を開いた。

 いつもは俺に噛み付いてくるだけの狂犬が、俺達の敵に対して正論を言い放っている。

 これは完全に俺達の味方、瀬波良治だ。


 もう一生お目にかかれない光景だったかもしれないな。やべ……目に焼き付けるの忘れた……。


「んだと、瀬波テメェ……! 調子乗ってんじゃねえぞ!」

「そうだそうだ! テメェなんかが獅堂さんと同じ美男子ビッグ5とか笑わせんなよ……!」

「うるせえぞお前ら……この勝負は俺の負けだ」


 瀬波に噛み付く舎弟達を獅堂が黙らせる。


「へえ、意外とすんなり受け入れるんだな」

「ああ、そういう条件下での勝負だったからな」


 獅堂徹はクズである。それが俺の中の認識だったから、舎弟同様に言い訳でもかましてくるものだと思っていた。

 が、意外と勝負事に対しては真面目なのか素直に負けを認めてきた。


 って言っても、俺の中でのクズ認定は取り消しませんが。


「……しかし、クックックッ……そっかそっか、それがテメェの選択かぁ!」

「はあ? 何言って――」

「ただの独り言だ」

「ふーん……」


 獅堂は不気味に笑い、誰かに対して声を荒げた。


 多分、獅堂に誤った情報を提供してしまった女の子に対してだろう。

 獅堂は裏切られたとでも思ったのかな。でも、それはないんじゃね? 俺の得意科目を知った気になっちゃって、これで獅堂とさらに深い仲になれるとウキウキしてたんじゃないかな。


 そういえば……図書室での一件の時に俺が机の上に出してた勉強道具って……数学と生物だったような気がするな。

 それを見たのって琴音を除くと、獅堂派の図書委員の女の子と獅堂本人……。

 え、獅堂に誤った情報を教えたのって図書委員の子?

 それとも……まさか獅堂本人がそれ見て俺の得意科目だって勘違いしちゃった感じ?


 ……まあ、どっちでもいいか。勝ったことが全てだ。


「この勝負はテメェらの勝ちだ」

「そりゃどう――」

「だがな、結局最後に勝つのは俺だったみたいだぜぇ」


 意味深な笑みを浮かべる獅堂に、俺は首を傾げた。


「言ってる意味がわからないんだけど」


 俺がそう言うと、獅堂が机を回り込んで俺に近づいてきた。


「――隼人くん……!」


 それを見て、俺が殴られるとでも思ったのか、椿が動いた。


 が、そういうわけではなく、獅堂は俺の横を通過――するのかと思いきや、立ち止まった。


 それを確認してか、椿の動きも止まった。


 すると、獅堂は口元を俺の耳に近づけてきた。

 

「どうやら星名よりこっちが先になりそうだ――いずれ南条椿は俺が喰う。テメェは所詮敗者なんだよ――」


 そして、俺の耳元でそうささやき、そのまま立ち去ろうとする。


 こんな発言をされて、黙っていられるほど俺だってまだ大人じゃない。


「おい、待てやハイスペ野郎……いいや、獅堂徹……! 何考えてんだか知らねえけどな、テメェだけは何があっても絶対に俺のライバルにすらなれやしねえよ!」


 ライバルは多く、険しい道のりなのは理解している。それでも、誰が相手だろうと負けたくはない。


 けど、こいつの場合は違う。それ以前の問題なのだ。このレースにおいては、負ける気は一切しない。


 それは何故なのか。そんなの決まってる。


 南条椿が、獅堂徹という男を受け入れないからだ。


 これも椿に対する信頼だ。


「そりゃそうだろ。俺のライバルになれる男なんざ海櫻にはいねえからな」


 獅堂は最後、そう言い残して立ち去った。そのあとを舎弟達が追っていく。


「相変わらずキモい男……あんた、あのゴミに何言われたの?」

「別に……」


 わざわざ教える意味もないだろう。そう思ってはぐらかす。


「どうせくだらんことだろう。貴様の言う通り、獅堂徹など僕達のライバルではないな。今度何か仕掛けてこようものなら、次こそはこの僕が――」

「おう瀬波、珍しく俺達の味方だったな。何の風の吹き回し?」

「当たり前だろうが……! 貴様らに負けられては困るのだからな!」


 まあ、そりゃそうだよな。だってお前も、南条椿が好きなんだもんな……。


 でも、それも今回限り……またこれからはお互いに負けられないライバルなんだよな。


「風見さん風見さん、とんでもない高得点ですね! しかも日本史に関しては100点なんて――カンニングでもしました?」

「してないわ……! あ、そういえば葛西は勉強もバカだったけ……ごめんな、低学力仲間になれなくて」

「『勉強も』とは何が言いたいのか問い質したいですが……まさかあんな点数に勝てるとは思えませんでした。お二人とも、素直に凄いです」


 もし仮に勝負してるのが俺ではなく、自分が第三者として戦況を見る立場にいたとしたら、葛西と同じように勝てるわけないと思ってしまっていたかもしれない。

 それくらいには、冷静に考えずとも獅堂の各科目の点数は高く、特に上位四科目は凄すぎる。


 だからこそ、勝った俺達も普通に凄いな!


「隼人くんに琴音ちゃん――ありがとね、椿の為に戦ってくれて」


 椿が駆け寄ってきて微笑んでくれる。


 この笑顔だけで、勝負した意味があったんだと実感させられる。


「何言ってんの、つばきちはあたし達に巻き込まれた側でしょ? だからそんな感謝なんかしなくていいの。むしろ、あたしの方こそありがとう」

「俺も、ありがとな――椿」


 巻き込んだのは完全に俺だ。でも、なんか巻き込まれたいとか言ってたし、それ自体は椿的にもよかったのだろう。

 けれども、琴音の言う通り感謝すべきなのはやはり俺達の方だ。


「あんた、今がチャンスなんじゃないの?」


 琴音に腕を引っ張られ、五歩ほど後ろに後退させられ、そしてひそっとそう言われる。


「え、チャンスって?」

「つばきちの家に行きたいのでは?」

「――っ?! あ、でも俺、学年順位絶対琴音に負けてるけど……」

「ああ、あたしとあんたの勝負は無しで。今回の勝負に勝てたからそれでいいわ。てなわけで、同伴――というか、この場にいてあげる」


 ここまで言ってくれたのだから、俺もやらなくては……!


 そう決意して椿の正面に立ち――、


「あ、あのさ……!」

「は、はいっ……! なんでしょうか?!」

「琴音が椿の家に行くっていう日に、俺も行っていいかな……?」


 俺は緊張しつつも勇気を出して聞いてみた。

 断られたらどうしようとか、不安だって当然ある。が、消極的なままではライバルとの差は埋められない。

 結果がどうあれ、積極的になれたという事実は今後に繋がるはずだ。


「……それ、今から聞くつもりだったんですが、先を越されちゃいましたねっ」

「っ……! てことはつまり――」

「はいっ、是非お越しください!」

「うおっしゃあっ!」


 思わず拳を握って上に突き出してしまった。それほどまでに、椿からの返事は嬉しかった。


 これぞ、俺的には現時点での展開として100点満点。


 やはり、今回の勝負の勝者は俺なんだ。

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