7 超肝心

 俺が守ると伝えると、椿は目を見開き驚き、僅かに頬を赤らめた。


 これは……もしや今のでちょっとくらいは意識してもらえたりしてないでしょうか?


 あくまでこれは勘違いではなく、そうだといいなっていう期待だ。


「はいっ、椿の事も守ってください――隼人神様」

「ああ、任せろ――って……へ?」


 満面の笑みの椿から反応が返ってくる。その目に涙は既に無い。これでようやく椿が言って欲しかったという言葉を伝えられた形だ。

 それは本当に良かったし、シチュエーションがこんな展開だったから凄く緊張したが、ちゃんと伝えられて安堵もしている。


 で、それでなんだけどさ……え、何です? 『隼人神様』って……。

 まさかお前、うちのクラスの野朗共に感化されて俺を崇めてるつもりなの? やめてくれ……あいつらの真似をするな……。

 俺は神格化じゃなくて、できれば少しくらい異性として意識して欲しかったんですけど……?!


「勝負取り付ける前に言ってくれたら嬉しかったのに、とか言ったくせにこんなの変かもしれませんが、椿は本当に本気で嬉しいです。ありがとうございますっ」

「お、おう……どういたしまして」


 と、先程と変わらぬ満面の笑みで言ってくる椿。

 こんなに可愛い笑顔を向けられると、もはや神でもいい気がしてきた、とはならないが、崇めるのはやめろと言う気は薄れてしまった。


「ちゃんと最後まで守ってくださったら、ご褒美を差し上げますね」

「ん? 褒美? え、そんなの別に――」


 いらないよ、と言おうとしたその時、さっと椿の口が耳元に近付いた。


「今日の椿の下着の色は――」

「ちょい待てぇ! まだ勝ったわけじゃないから……!」


 獅堂との勝負には勝つんだけどさ、その報酬が今日の椿の下着の色っておかしいだろ……!

 いや、本音は教えてくれるなら知りたいんだけどね? そうじゃなくって、まだ勝負の結果も出てないし。


「え、これはご褒美ではありませんよ? 隼人くんがさっきパンツ見たがってたので、だからせめて色だけでもと思っただけで」

「え、今のがご褒美じゃなかったん……って、さっきっていつだよ?! お前は俺を変態か何かだと思ってやがんのか? 別に見たがってねえから……!」


 紛らわしい……褒美をくれるとか言うから、てっきりそうだと思っちまったよ。


 ……じゃなくてさ、こんな真っ昼間、しかも学校で教えるのはやめてくれ。十中八九ムラムラするのに、それを何処で解消しろと? 

 しかもあと二十分くらいで昼休み終わるから、仮に場所があっても移動を踏まえると時間無いし。

 というか、学校で自分の息子慰める奴って実際いるの? どっちでもいいけど、俺はないわ。


「特に変態だとは思ってなかったですし、でも隼人くんがえっちな人でも構いませんよというのが椿の本音ですが……それより、え? 見たがってなかったって……じゃあ覗こうとしてたあれは何なわけ?」

「色々ツッコミどころが多いけど……そもそも覗こうとした覚えがないし」

「ちっ……あっそ……」


 えぇ……何か機嫌悪くなったぁ。


 俺はどうして、パンツ覗こうとしてたの否定してキレられてんの?

 え、まさかパンツ覗かれたかった感じ? そういう趣味だったの?

 違うよな、そうだったら短パンなんか穿かないもんな。なら怒るなよ……。

 何が俺にだけMだ、やっぱSじゃねえか……!


 というか、そもそも鉄壁ガードなわけで、覗こうとしても拝めないの知ってるのにわざわざそんな真似しねえよ。


「ふぅ……にしても今日は暑いわねぇ」

「え、ちょ、何してんの?!」


 俺の頭は混乱している。だって急に椿が立ち上がって短パンずらし始めたんだもん。


 スカートの下から姿を現した短パンの裾が、白のニーハイソックスに重なり始める。


 お、おぉ、風吹け、風……! 


 いつの間にか俺の思考は邪なものに変化していた。


「ふっ、こんなとこで見せるわけないでしょ。他に誰か来たら最悪だし」


 と、椿は鼻で笑い、短パンを穿き直した。


 じゃあ何で脱ぎ始めた。意味不明な行動をするな。


 とはいえ、穿き直してくれて安心したのも事実。


 風に祈っちゃったけど、よく考えたらそのタイミングで他の男子が来たりしたら俺だって最悪だからな。椿のパンツを他の男に見られるのは耐えられんし。


「やっぱ見たかったんじゃないですか。だったら最初から素直に言えばいいのに。んふっ」


 何笑ってやがんだ、言えるわけねえだろ……言ったら見せてくれんのか? んなわけねぇよな。


 そもそも、まだ付き合ってるわけじゃない好きな子へのアピールにパンツ見せてって言うアホとかいるのか?

 ましてや、俺はこれからアピールを開始する立場だぞ。そこそこ進展していてカップルになるまであと少し、とかならまだしも……って、せっかくそんな大詰めまで行って、パンツ見せての一言で全て水の泡と化すかもしれないのにそんなリスク普通は負わないよな。

 じゃあやっぱ進展状況に関わらず、まだ付き合ってもない好きな子へのアピールにパンツ見せてって言うアホなんているわけねえわ。


 ……というか、何で俺がパンツ見ようとしてたって結論に落ち着いてんの? 違うって言ったよな?


「一つ聞いていい? 何で俺がパンツ覗こうとしてたって思ったわけ?」

「ここに座る椿の正面で正座してたので、角度的にそれを狙ってるのかと思いまして」

「んなわけあるかぁ……!」


 誠意を込めて謝罪しようとしてただけなのに、誠意のかけらもない行動をしようとしてたと誤解されていた事実に、声を荒げてしまう。


「は? じゃあ何で正座なんてしてたわけ……あ、そういえば超肝心な事を聞き忘れてた。ねえ、今朝一緒に腕組んで登校したっつう女はどこのどいつよ。答えなさい」

「へ……?」

「さっさと吐きなさい。その答えに椿の命運が懸かってんのよ」


 思い当たる節はありまくりだ。

 つーか、何で知ってんだよ……って、そういやそこら中から凄い見られてたんだっけ。そいつらから広まって、やがて椿にってところか。


 そういえばクラスの奴らにも言われたような気がするな。俺は勉強モードだったから完全に聞き流してたし、だから結局何言ってたのか全く知らないんだけどね。


 クッソが、輝共ききょうの奴がいきなり腕組んできやがったせいで、よりにもよって椿に知られるなんて……こんなところで詰みたくはないんだけど……。


「え、えっとそれは……」


 何と答えればいいんだ。俺と輝共ききょうってどういう関係? 自分でも分からないんだが。そもそもあいつ、何で俺に接触してきたんだ?


「さん、にい、いち――」

「分かりません……!」


 そんな怖い顔してカウントダウンするのやめてください。あと、これでも正直に答えたので怖い顔続けるのやめてください。怖くても結局可愛いけどさ。


「はあ?」

「いや、分かんないっていうか……その子が輝共ききょうひかりって名前で、一年三組ってのは今朝知ったんだけど」

「もしかして初対面?」

「そうだけど」

「なのに腕組んで歩いてたんだ、へぇ……椿には軽いスキンシップしか許してくれないくせに、へぇ……」

「だから違う……! 俺はそんなの許してないから。何か変な奴が絡んできたなって思いながら無視して早歩きしてたら、急に腕に抱きつかれて……って、第一、あの子には軽いスキンシップすら許した覚えはねえし」


 そもそも腕組んだのは一瞬だし、速攻で振り払ったから歩いてはないし。

 あと一つ言うなら、今の俺は椿にはどんなスキンシップだろうがしてほしい。

 観覧車の中で、軽いスキンシップくらいなら何も怒らない、とは言ったけど、またまたその後観覧車にて南条椿が好きだと気付いてからは、更に考えが変わった。


 けど、カップルでもないのに俺の方から手を繋いでくれとか腕に抱きついてくれとか、はたまたキスでもなんでもどんなスキンシップも大歓迎だって言うのは下心丸出しだと思われかねないし、今は椿の思う軽いスキンシップの線引きに全てを委ねるしかないのだ。


「ふ、ふーん……そうだったんですね。そ、それでさ……隼人くんは、その子の事……どう思ってるんです……? ふー、ふー、ふー……」


 とりあえず俺の説明に納得してくれたようだ。そして椿はそんな質問をしてきて、目を泳がせながら口笛を吹き始めた。鳴ってないけどな。


 それ、何かを誤魔化してる奴がする行動だぞ?

 この状況でそれをやるなら、お前じゃなくて俺の方では? まあ、別に俺は誤魔化す気はないが。


「どうって、ただの顔見知りの後輩って感じかな」

「ほっ、なら良かっ――」

「あはあっ、やあっと見つけたぁ!」

「うげっ……」


 なんか今朝聞いたような声が耳に入った。もう誰なのか察しは付いているが、よりにもよって何故このタイミングで……。


 一応、俺が予想した人物ではないのを祈りつつ扉の方に目を向けてみると……はい、残念。


 輝共ききょうひかりがぴょんぴょん跳ねながら既にこちらに向かってきていた。

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