8 ナンバーワン
一体どうしてこうなった。昼休みも残すところ約十五分ほどとなった今、俺の正面では輝共ひかりがにっこりと笑いながら立っており、左隣には椿が座っている。
正直、今すぐに逃げ出したい。主に、隣に座る人が醸し出すオーラがめちゃくちゃ怖いから。いや、一応笑顔なんだけどね……絶対表情作ってるだろってくらい固すぎる。
「さてと……流石に暑すぎだし俺たちはそろそろ――」
「せーんぱいっ、ひかりんとお話ししましょ! ね、いいでしょ?」
「おいコラッ」
「――ひっ?!」
立ち上がろうとする俺を止めるように、輝共が右腕を掴んで右隣に座ってくる。すると、左隣から俺と輝共のどちらに対してか分からない、ボソッとした呟きが聞こえた。
俺はヒヤッとしながらまずは輝共の手を振り払う。
「……あなた誰かしら? 申し訳ないのだけれど、今は椿が隼人――」
「先輩、聞きましたよぉ! あの人間のクズと勝負するんですよねぇ?」
椿としても、その優雅な立ち居振る舞いでこれまで積み上げてきた日本有数の名家のお嬢様としての人物像を、たった一度この場でブチギレるだけで壊すわけにはいかないはず。
基本、椿がマジギレするのは家の関係者か俺や琴音の前だけで、その他の海櫻生の前ではそんな姿見た事ないから、それで多分当たってると思う。
だから椿は普段通りの感じで輝共に話しかけたのだと思うが、それを途中で遮るように輝共が口を開いた。
おい、頼むから椿の話を最後まで聞きやがれ。これでキレたらお前が全部の責任取ってくれんの?
耐えろ、耐えるんだ椿……!
無理やり笑顔を作っているが、それが更に固くなり肩を震わせる椿を見て、とりあえず心の中でエールを送った。
「だ、だから何……?」
輝共は当然のように俺の勝負相手をクズ扱いしていた。
獅堂は美少女に嫌われる傾向にあるのだろうか。なんて考えてみたけど、それは無い。貞操観念の薄い美少女に限り、大人気だ。
つまり、輝共の貞操観念はまともらしい。
「それで今朝、日本史の勉強してたんですかぁ?」
「そ、そだけど……?」
「そうなんですかぁ!」
いつ椿の苛立ちが爆発するかも分からぬ中、俺はこの輝共との会話に綱渡りのような危なさを感じていた。
「ねぇあなた、何がしたいの?」
そして椿が割って入ってくるが、まだ耐えている模様。ただ、その質問には明らかに怒りが込められていそうなのは言うまでもないが。
「ん? あなたって、もしかしてひかりんに言ってます? ひかりんにもちゃんと輝共ひかりって名前があるんですけど」
椿の質問に、輝共はどう考えても煽っているようにしか思えない反応をした。
お前さっき誰なのか聞かれた時にあだ名しか答えてないだろうが……そんな反応するなら、せめてさっきあだ名じゃなくて名前を名乗っとけや。
「はぁ……まさか風見先輩だけじゃなく、他にもひかりんを知らない海櫻生がいたなんて、ショック……」
「あなたに興味なんて無かったからね、隼人くんと同じく」
落胆する輝共に、椿が刺の入った言葉を向ける。
だが、多分これでもまだ優しい方だ。本気で怒る椿は最恐だからな、個人的には。
あと椿さん? しれっと俺を巻き込むな、間違ってはないけど。
「で、風見先輩と違ってひかりんに興味が無いお方が何の用です? 悪いんですけど手短にお願いしますね、風見先輩とイチャつくのに忙しいので」
「「――はあ?!」」
何言ってんだこいつ。何の用って、そもそもお前が俺と椿の間に強引に入り込んできやがったんだぞ? なのにどうして椿を外野扱いしてんの。こんなの、椿じゃなくてもキレる人はいるぞ?
それと、お前とイチャついた覚えも無ければその予定も無いし、誤解を生むような発言はやめやがれ。しかもこいつ、よりにもよって椿の前で……。
「さて、マジで暑すぎだしそろそろ戻るぞ、つば――」
「ダメですよぉ! 先輩はひかりんと熱いお昼を過ごしましょ」
立ち上がろうとしたところを、輝共に無理やり止められてしまう。
ダメじゃねえよ、お前が決めるな。俺は日焼けが心配なんだよ、自分じゃなくて椿の。こんなにも白く透き通る肌なんだから、多分普通の人よりダメージ大きいだろ。ぶっちゃけ詳しくは知らんけど。
と思ったら、椿はいつの間にか日傘を差していた。さっきまで使ってなかったけど、そういや持ってきてましたっけね。お高そう。
しかも俺も入れてくれてるし。ありがとう。
「あのな――」
「隼人くんを困らせないで。嫌がってるでしょう?!」
どうにか輝共を説得しようとした時、椿が割って入ってきた。流石にいい加減作り笑顔は止め、やや不快感を表に出している。
「南条椿先輩にだけは言われる筋合いはありませんね。あとその傘おいくらですか? 暑いんでひかりんも入れてください」
「どういう意味かしら……って、値段なんてあなたには関係ないし、せっかく今いい感じなのに入れてあげるわけないでしょう……?!」
俺にも輝共の発言の意味が分からない。事実俺は椿には困ってないし――いや嘘、たまに困らされるけど……だからって嫌じゃないし、むしろ真逆の大好きだ。
「何で南条先輩が風見先輩と一緒にいるんですかぁ?」
「それもあなたには関係ないわ」
「へぇ、じゃあひかりんは今この時をもって風見先輩の彼女になりますので、さっさとどっか行ってください、邪魔なので」
「何でそうなる?! 勝手に決めんな……!」
はあ?! お前って俺が好きだったの? でもごめんなさい、俺には心に決めた子がいるので。
というかさ、それってお前が目指してるアイドルって存在からかけ離れそうなもんだけど? 今時のアイドルって暗黙の了解で恋愛禁止なんだろ? そりゃ裏では彼氏とイチャコラしてるだろうけどさ。
って、そうじゃなくて、これ以上椿を煽るな……!
今でも既にちょっと表情に出始めてるのに、これ以上は危険すぎるぞ? まあ、椿がキレる姿なんて見た事ないだろうから仕方ないんだけど。
「いいじゃないですかぁ、同じ美少女ビッグ5でも、南条先輩よりひかりんの方が一億倍可愛いですよぉ!」
と、輝共はまたまた腕に抱きついてくる。振り払おうとしても、今回はいつもの比にならないくらい力が強くて難しい。
やはりそうか……こいつも美少女ビッグ5か。どうりで今朝の男共の反応が椿や琴音といる時と同じくらい過剰なわけだ。そういや以前美咲が自分のクラスに美少女ビッグ5が一人いるって言ってたっけな。
言っておくが、確かにお前の顔は超可愛いけど、それでも椿には遠く及ばないからな? まあ、俺の主観だけど。
というか、今朝女子に睨まれてたの、俺じゃなくてお前だろ。そんな気しかしないし、それだったら合点がいくんだが。女子に嫌われそうな性格だし。
「いいから離しやがれ……!」
ここでこちらも本気で力を入れて強引に引き剥がす。
こんなクソ暑い中でやめてくれ。暑くても椿だけはオッケーだけどな。
「いいか輝共、俺はお前と付き合うつもりは一ミリもない。何か振ってるみたいな言い方でごめんだけど、でもそもそもお前って多分俺の事好きでも何でもないだろ? 聞き忘れてたんだけど、お前が俺に接触してきた本当の狙いって何なんだ?」
輝共の肩を掴み、事の真意を確かめる。
願わくば、この質問には正直に答えてほしい。
昨日の一件があって間もない今日というこのタイミングで突然俺の前に現れた、日本一のアイドルを目指すと言う美少女。
さっきあんな風に獅堂をクズって言ってたから無いとは思うが、だけどほんの僅かに疑ってしまっている自分がいる。
輝共ひかりは、獅堂徹からの刺客なのではないか、と。
「……それを聞いてくるって、風見先輩って意外と鋭いんですね。……だったら……分かりました、答えます。……他の男子より魅力は感じてますよ?」
「はあ?」
「先輩には、私の夢は教えてありますよね?」
「そりゃ聞いたけど……」
「私に残された最後の希望は、この海櫻学園でNo. 1の男子である風見先輩を自分の物にする事……それをクリアしさえすれば、塞がってしまった道を取り戻せるはずなんです……! ここに入学していきなり大失敗しちゃったので、もうこれしか手段が無いんですよ……!」
当たり前に俺を物扱いするのな。しかも何、そのミッションみたいな言い方は。俺を手に入れたら逆にアイドルへの道は遠のくと思うんですが。まさかプロデューサーでもやらせるつもり? いや、無理だから。
とはいえ、今の輝共はやけに必死だったのも事実。どうも切羽詰まったような、余裕が全く感じられない。この様子なら嘘は言ってないだろう。
とりあえず分かったのは、輝共は自分の夢へのルートを切り開く為に俺に接触してきたという事。だったら獅堂の刺客という線も消える。
そんなの手助けしたって、獅堂には何のメリットも無いしな。だってあいつだったら、こんな可愛い子を俺の元へ逃すわけないし。
まあ、元々ほんのちょっと疑ってた程度だし、入学して間もない、しかも獅堂をクズ呼ばわりするような貞操観念がまともな子が刺客なはずもないか。
それでも結局、俺を自分の物にすればってのは意味不明だけど。
「……No. 1って、俺よりハイスペックな男なんてゴロゴロいるだろ……」
「そうですね、確かに風見先輩の外見はぶっちゃけ普通です」
「ぐさっ……なら何で……」
そう思ってるのなら俺がNo. 1というのも矛盾しているではないかと、輝共を睨んだ。
「生徒会副会長さんは彼氏持ちだからか話に聞きませんが、南条椿先輩と星名琴音先輩、それから南条楓先輩とも仲が良いみたいではありませんか」
「だから何だよ……」
「美男子ビッグ5ですら精々一人が限界なのに、そんな美少女ビッグ5を三人も手中に収めてるなんて、先輩の他に誰がいます?」
「いや、言い方……!」
確かに俺しかいないけど、まるで俺が三人を所有物として扱ってるかのような言い方やめてもらえます?
「結局、この学校のイケメントップ層ですら誰も成し得ていない偉業を達成してるんですから、風見隼人がNo. 1に決まってるじゃないですか」
その評価は素直にありがとうなんだけど、それでどうして俺がお前の物にならなきゃならねえんだよ。
あと椿さん……何か静かだと思ったら、なんであたかも自分がその評価を受けたかのように得意げな顔してんの? ついさっきまで輝共にめっちゃイラついてましたよね?
「だから風見先輩を手に入れれば、必然的にひかりんが女子のNo. 1です」
なあ、アホなの? 確かに俺はクラス内では何故か崇められてるが、学校全体で考えたらそこまでではない。
というか、ここ数ヶ月の間に男子からの嫌われ率の方が校内No.1に踊り出てしまった可能性すらあるくらいだ。
そんな俺を手に入れたところで、海櫻学園の女子No.1になれるはずもない。
せっかく美少女ビッグ5という地位にいるのに、むしろ逆効果なのではないかと思うんだが。
「ひかりん以外の美少女ビッグ5の方々も国民的アイドルと比較しても全く引けを取らないんで、そんな中でNo. 1になれればまた夢に挑戦できるはずなんです……多分……」
なるほどそういう事か。あくまでこいつの中では海櫻学園で人気No.1の女子になることは通過点。その目は先を見据えている。
が、どこか自信なさげなのはどうしてだろう。
「正直心底嫌なんですよ……こんな汚いやり方をするのは……でも私は、はまってしまった光が見えない暗くて深い深い落とし穴から逃げ出したい。だって私は、輝共ひかりですから……!」
いいや、自信がないというよりも、自身がやろうとしていることに対して後ろめたさを感じているといったところか。
輝共ひかりが何をしようとしているのかはわからないが、どうやら輝共が暗闇の底から浮上するには必要な企みらしい。
「輝きを奪われた光には価値はありません。ですから今の私は無価値です。けど私だって別の光と一緒ならきっとまた輝ける……だから、風見隼人先輩――」
輝共は真顔で自身の価値を否定した後、俺の前に立った。
「必ずひかりんの物にしちゃいますからねっ」
そしてにこっと笑みを作り、そんな宣言をしてきた。
少なくとも、告白されているわけではないのはわかる。
だが、これはある意味予告。ただ、真意は不明。輝共の本心が見えてこない。
「その為に……南条椿先輩、それからここにはいませんが星名琴音先輩も……個人的にはお二人に対してなーんの恨みも無いんですが――ひかりんの夢の犠牲として、暗くて深い落とし穴の底に消えてもらいますからねっ」
輝共は続いて椿にも、俺とは違った類の予告をし、悪戯な笑みを浮かべた。
それを聞いた椿は、一度目を閉じて何かを思案し、そして物悲しげな顔で輝共を見る。
「輝共ひかりさん、あなたは本当にそれで良いの?」
そんな椿からの問いに、輝共は俯き唇を噛む。
「……良いに決まってるじゃないですか。もしかして人生転落予告されてビビりましたか?」
「誰が鋭いですって? そんな曖昧な姿に物言いじゃ、多分この鈍感には理解できてないわよ? あと、あなた物凄く中途半端よ」
この鈍感とは、間違いなく俺のことを言ってるのだろう。
って言われても、たったこれだけで輝共が何を伝えたいのかなんてわかるわけなくね?
何重人格だよってくらいコロコロと態度変わるし、なのに本心を見抜くとか無理だろ。
中途半端、というのは輝共のその態度について言っているのだろう。
というか、椿は輝共が何を伝えようとしてるのか見抜けてるのか……? だとしたら凄えな。
「何が言いたいんですか? ひかりんがこれで良いって言ってるんですから、黙って予告だけ喰らっといてもらえます?」
「あっそう……あなたが本当にそれで良いならこれ以上口を出す意味も無さそうだし、もう私からは何も言わないわ。あ、ちなみに全く怖くなんてないわよ? だってあなたがそうしようとしてくるなら、隼人くんが守ってくれるから。ねっ?」
聞く耳を持とうとしない輝共に、椿も既に迎撃態勢だ。と言っても戦うのは俺っぽいが、可愛く微笑まれるとやる気はみなぎる。
椿は俺が守る。それはついさっき約束した。それは獅堂との勝負限定のものではなく、俺としては永遠に。だから、輝共が椿に何かしようとするならそれも阻止する。
悪意が向けられるなら、相手が女だろうが美少女ビッグ5だろうが関係ない。その全てから、椿を守るんだ。
「……では、ご覚悟を」
そう言って輝共は校舎内へと戻っていく。
「椿達も戻りましょうか。そろそろお昼休みも終わってしまいますし」
「そうだな」
そして俺達も輝共の後を追うように、各々の教室に戻った。
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