2 信頼
「気付いてたんだな……」
ファミレスで注文を終えると、俺は開口一番そう聞いた。
何に関してかというと、俺が椿に恋している件について。
「何にかしら?」
「だから、それは……」
え、まさか気付いてない……? って、さっきの感じからしてそれは無いよな。でないと、あんな発言が出てくるわけがないし。
「ま、いいわ。それより、今後について話しましょう」
「お、おう……」
結局気付かれてるのかそうでないのかは聞けないまま、話は先に進んでいく。
「明日、あたしがあのゴミの所に行って勝負は無しって話を付けてくるから、あんたはもう余計な事はしないで」
そしてまず先に出された話は、俺にとっては到底納得のいくものではなかった。
「は? いやだね、勝負はするから」
「まだ迷ってたの? 中途半端はやめて、本気出せって言わなかったっけ?」
「ああ、言われたな。それに、別に迷ってもない」
「だったら、どうしてそうも頑なに勝負しようとするのかしら?」
「逆に聞くけど、どうしてそんなに勝負を避けようとすんの? 勝つのはこっちなんだから、このまま勝負すればいいじゃん」
どうにも意見は一致しない。完全に真逆だ。しかし、こればかりは退くわけにもいかないし、だから勝負を避ける必要がない理由を口にする。
「は? 勝つってどうやって? 相手は常に学年三位以内をキープしてるような奴なのよ?」
「……うん? 今、何と……?」
聞いてはいけなかった事実を告げられた気がする。いいや、最初から情報として持ち合わせておかなければならなかった話だからこそ、耳を疑いたくなってしまっているのだ。
「はぁ……まさかあんた、それを知らずにあんな勝負持ちかけたわけ? やっぱマヌケね」
「うおおおおっ……やっちまったぁ……!」
痛恨の極み。最初から知ってさえいれば、もっと別の勝負を持ちかけたというのに。
俺は人の順位は前回の椿のやつくらいしか知らない。これまで他人の順位には一切興味を示してこなかったツケが回ってきた形と言う他ないだろう。
しかし、この事実を知ったからといって絶対に諦めたりはしない。
「……けど、それでも勝負はする」
「だから、中途半端はやめろって――」
「本気だ」
真剣に琴音の顔を見る。俺の意思を伝える為に。
「一番大切な人だけ守れって言ったな――俺にとってのそれは、お前もだ」
「……………………………………はい?」
俺の言葉を聞いた琴音が目蓋をパチパチしながら数秒固まった後、キョトンとして首を傾げた。
あれ……めっちゃ真面目に言ったつもりなのに、伝わってない……?
「ちょちょちょ、ちょっとあんた……! 自分が何言ってるか分かってんの?!」
「ああ、分かってるけど」
「は、はあ……?! つば……え、はあ……?!」
琴音はあたふたし始め、言葉が
え、どうしてそんなテンパってるの?
「あ、あんたまさか……二股? え、そうだったら余裕でお断りなんだけど……!」
「違うわ……! 誰が二股なんかするか……!」
何で急に二股だなんて言い出すんだよ……! どっから出てきたんだその言葉は……今そういう話してなかっただろうが。
「え……じゃあそれって……待て待て待てぇ……! はああ……?! 嘘だと言いなさい……今ならまだ許すから……!」
そうは言われても無理だ。俺が琴音を一番大切な友達だと思っているのは本当だし、ついでに何でそんな言葉が出てきたのかはよく分からないが二股だってしていない。何一つとして――、
「嘘じゃねえよ、俺は本気だ」
「――っ?!」
俺の意思が伝わったのか、琴音は前屈みになっていた姿勢を正し、背筋を伸ばした。それを見て安堵しつつ続ける。
「琴音は俺にとって一番大切な友達だ。だから俺は、お前を守るよ」
「――あっ…………はぁ……ふふっ、なんだそういう意味だったのね、良かったぁ……ってなるかこのアホッ……!」
力みが抜けたかのようにテーブルに突っ伏す様子から安堵しているのかと思いきや、琴音はすぐに顔を上げて声を荒げた。
え、まさかここまで言ってまだ伝わってないの……?
「焦らせんじゃないわよ……! せっかくできた友達失うかと思ったじゃない……」
「えと……俺からは友達やめたりしないけど……」
「あんたじゃなくって……もういい……」
「あのぉ……」
急に頭を抱えてしまった琴音を見て、何を言えばいいか思い浮かばず、今度は俺が少しあたふたしてしまいそうだ。
「はぁ……これが噂の勘違いというやつか……まさかあたしが当事者になろうとは……ふぅ、あんたの気持ちは分かったわ。ちょっと待ってなさい――」
琴音は席を立ち、ドリンクバーの方に向かった。これはまさか……あの時の再来か……?
嫌な予感を感じつつ、待つ事数分――、
「頼んだのにまだ取りに行ってなかったわね。あんたの分も取ってきてあげたわ」
やっぱりか……! そんな気がしてましたよ!
と、目の前に置かれた濁った液体が入ったコップを見て冷や汗が流れる。以前、椿が作ったミックスジュースを飲んだのだが、それは琴音の入れ知恵であり、しかも歴代三番目の不味さだとも言っていた。その名の通り、クソ不味かったのを俺の舌が記憶している。
こうして持ってきたって事は、これを飲めと言っているのだろう。
嫌に決まってんだろうが……! 今回は何番目だ? もしや一番不味いレシピで作ったやつじゃないだろうな?
「さあ、飲みなさい。まさか嫌だとは言わないわよね? 何せこのあたし、あんたにとって一番大切な友達である星名琴音が心を込めて作ってきてあげたんだから」
琴音は頬杖を突き悪戯に笑みを浮かべた。赤い瞳が俺を逃さんとばかりに捉えている。だが、何故か俺は逃げたいとは思っていない。これを絶対飲みたくないと思っていた気持ちが、いつの間にか何処かに消えていたのだ。
しかし不味いのには変わりないはず。気持ちの変化だけで味が変わるわけがない。そう思いつつ、恐る恐るコップを手に持ち、でも一気に口に近付け――、
「あれ……」
一瞬で飲み干した。
舌にも喉にも不快感は無く、むしろ高揚感がある。
……めちゃくちゃ美味い……だと?
「ふふっ――あんた、もう後には退かせないわよ。あのゴミとの勝負はやっぱ無しだなんて言い出しても、あたしがそれを許さない」
俺が飲み干すのを見た琴音が、一瞬笑みを浮かべてから真面目な顔して口を開いた。どうやら、獅堂と勝負するのを認めてくれたようだ。
「勝とうが負けようが、あたしもあんたと一緒に戦うわ」
すっと右手が差し出され――、
「ああ、よろしく頼む」
俺はそれをガッチリと握った。
すると琴音は微笑する。何とも頼もしい笑顔だ。二次元と比較するのは変かもしれないが、言うなればライラちゃん級の頼もしさ。
つい最近も似たような頼もしさを感じたなと、遊園地での出来事を思い出す。
あの時は、ライラちゃんの声優である仏織姫歌に背中を押された。そして今回は、星名琴音と手を取り合う。
一見違うように思えるこの二つの出来事だが、俺にとってはほとんど同じだ。
だって、頼もしい――それは信頼しているからこそ思える気持ち。
星名琴音が友達で、本当に良かった。
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