3 自称アイドル
あれから一夜明け、当然だが俺は今日も学校に向かっていた。
日本史の教科書を開き、事故にだけは遭わないように注意しながらそれを読みつつ歩き、やがて校門を通過。
実は昨日ファミレスで琴音と決めた作戦がある。
それは、俺と琴音がそれぞれ二科目で獅堂に勝つというもの。
自分の得意な科目上位二つだけを全力で勉強し、残りの科目は完全に捨てる。
獅堂が常に学年三位以内という事実を知るまでは俺自身は一科目だけで充分だと思っていたが、その事実がある故にそれは琴音の負担が大き過ぎるという話に落ち着いた。
琴音の得意科目は、現代文と古文とのことだからその科目を任せることに決まった。
当の俺はというと、ぶっちゃけこれといった得意科目も苦手科目も無いから、なら暗記が多い科目にすれば? と琴音に言われた為、日本史と公民の担当。
昨夜も夜遅くまで勉強し、今朝も早起きして日本史の教科書を読み込んで来たが、別に眠くはない。三時間ほど前に起きたからか、逆に目は覚めきっている。
というか……さっきから俺の周りをぴょんぴょん跳ねる物体が視界にチラついてやがるんだが。ええい、鬱陶しい……誰だ俺の邪魔をする奴は……!
と、一旦教科書から目を離しその物体を確認すると――、
「あはあっ、やあっと気付いてくれたあ!」
琴音より少しだけ背が高いくらいの、くりっとした紫色の目に桃色の髪をサイドテールにした女の子が、俺の顔を下から覗き込むようにして微笑んでいた。
……何だこの可愛い生き物は。
つーか、距離近いわ。初対面のくせしてナチュラルに俺のパーソナルスペースにズケズケと入り込みやがって……。
ちなみに見た感じ胸はそこそこ。まな板な琴音よりは大きいが、椿よりは少し小さい。
……って、そんな分析はどうでもいい。大体誰だこの子は。相手にしてる暇はないし、日本史の勉強に戻らないと。
と、日本史の教科書に目を戻し、桃髪の女の子の横を通過する。
「風見隼人せーんぱいっ、ひかりんと一緒に教室まで行きましょうよぉ」
そして再び俺の周囲を跳ねる少女。
全く集中できん、マジで何なんだこの子は。俺は今、必死に奈良時代について暗記中なんだよ……!
「ああああっ……鬱陶しい。邪魔すんなぶりっこ野郎……!」
我慢の限界を迎え、桃髪の少女に声を荒げた。『せーんぱいっ』とか可愛い声して言ってきたくらいだから、一年生で間違いないだろう。だったら、相手は三年生ではないわけだし言葉遣いに気を付ける必要もないと判断し、少々乱暴な口調にしておいた。
「あはあっ、やあっと反応してくれたあ!」
全然効いてねぇ……多少怖がれても止む無しと思っての口調だったのに。
ならばどうする……こんな奴がいたら日本史の勉強など不可能だ。今、俺がするべき最善の行動は……これしかない!
俺は一旦日本史の教科書を仕舞い、早歩きを始めた。
この子に粘着されたまま勉強を続行しても何も頭に入ってこない。
だったらさっさと教室まで行って、そこで勉強すればいいのだ。若干タイムロスだが、それは移動速度で補う。その方が遥かにマシなはずだ。
「ふふんっ」
「――なっ……にしてくれてんだ……!」
腕組みされて、高速でそれを引き剥がす。
俺にとって、それをされてもいい相手は椿のみ。というか、あの椿にでさえお化け屋敷でされた時には抵抗があったのだ。まあ、椿が好きだと気付いてしまったからには、今となってはいつだってされたいのだが。
それをよりにもよって、誰かも知らないこんな子に……。
「先輩を教室まで連れてってあげようと思いまして」
「それで何で腕組む必要があんだよ……」
「今となっては先輩だけが私にとってたった一つの光なのですよ」
「はあ……?」
言っている意味が分からない。ニコニコしてるから、それが本気の発言か、それともふざけてるのかも不明。
やはり相手にしてられない。というか、更にタイムロスしてしまった……急がなければ。
と、早歩きどころか走り出したのだが、すぐに足を止めた。
まだ付いてきやがる……このまま放置しておいたら間違いなく教室まで付いてくる気がしてならない。それだけでも最悪だが、その後を想像すると頭を抱えてしまう。
絶対この子……始業寸前まで自分の教室戻らねえだろ……。
教室でも粘着されたらタイムロスを取り戻すどころか勉強すらできない。
ならばこうしよう……致し方ない……、
「……分かった。昇降口までなら一緒に歩いてやる」
「わあーいっ、ありがとう、せーんぱいっ」
「但し、腕を組むのは禁止」
伸びてきた手を瞬時に回避しつつ、条件を伝える。
「むむむ……」
「それから、絶対教室までは付いてくんなよ? いいな?」
「はあーいっ」
本当に分かってんだろうな……と、間の抜けた返事にイライラしつつも歩き始める。
すると、桃髪の女の子は一応理解はしてくれていたらしく、腕を組んでこようとはせず、俺の横を歩き始める。
「というか君、名前は?」
「ひかりんですっ」
「あだ名じゃなくて、真面目に答えろや」
まあひかりんなら、多分ひかりって名前なんだろうけどさ。
「日本一のさいかわアイドル、
「へえ、美咲のクラスメイトなのか」
というか『日本一のさいかわアイドル』って……いや、実際やたら可愛いのは事実だけど、それ、自分で言う? しかも、何の恥ずかしげもなく堂々と。
「っていうか、先輩はひかりんの事知らなかった感じですか? そんな人海櫻にいないと思ってました。ちょっと……いやめっちゃショックですよぉ」
「何その言い方……まさか本当にアイドルなの?」
何故だろう、そう思うとちょっと緊張してきた。だって本当ならこの子、芸能人ってことになるじゃん。
「いえ、自称ですよ」
俺の緊張を返しやがれ……と思ったのだが、
「何回かオーディション受けましたけど、全滅で。いざとなるとあがっちゃって、何も歌えないし踊れなくなるんです。書類は通るんですけどね、書類は」
「へ、へぇ、そうなんだ……」
「まあでも、ひかりんの実力が発揮出来れば、その内余裕で合格しますよ。というか、それがゴールじゃありませんし! 日本一輝いてるアイドル、これが夢ですからっ」
そう言って
つまり、別に悪い子なわけじゃなく、普通に良い子ではあるんじゃね? とは思っている。
「ま、少しだけ応援はしといてやるよ」
だから、このくらいは伝えておいてあげよう。
俺にそう言われた
これじゃまるで妹みたいだな……って、いかんいかん……俺には美咲がいるんだ。変な考えはやめるんだ、俺よ。
と、一旦
女子は素通りしているように見せかけてちょいちょいこちらを睨んでいる人がいて、男子に関しては椿や琴音といる時に近い視線を俺に向けている。
ま、
この視線には慣れているどころか普段通りに優越を感じつつ、そのまま
いや、ごめんやっぱちょっとだけ嘘……え、ちょいちょいだけど何で女子にまで睨まれてんの? 椿や琴音の時はそんな事ないのに。
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