第三章 ライバルはいないラブコメ

1 ライバルは存在しないラブコメ


 南条椿と遊園地に行った日から、早くも二週間余りが経過した。


「はぁ……」


 図書室の窓辺の席から見える空は雨模様。そして今の俺の心もそれに近い。何故かと言うと、あの日から未だ何のアピールすらも出来ていないのだ。いいや、何ならその機会すら与えられていないと言っても過言ではない。


 遊園地に行った翌日、俺は意気揚々と登校したが、肝心の椿が学校に来なかったのだ。


 その日の朝、自分の席に座ると電話が掛かって来た。突然家族と海外旅行をすることになってしまったと、嘆き声で。

 何でも、拒否したのに強制だとお父様に言われたのだとか。


 そうして俺は何も出来ずに十日間を過ごし、琴音も相変わらずの出席頻度で五日間くらい欠席したのも相まって、かなり暇な日々を過ごした。


 クラスの奴らも琴音が来た時くらいしか『風見神様』とか言って来ないしであんまり鬱陶しくないし、瀬波も一切ウザ絡みをして来ないしで、非常に味気ない日常……。


 まるで南条椿に出逢う前に戻ったみたいな感覚。


 いや、あったらあったで迷惑なんだが……慣れとは怖いもので、いざ無くなると少し寂しかったのだ。


 故に、椿がお土産片手に帰って来た時は感動ものだった。


 思い出したように『風見神様』って騒ぎ出すクラスの奴ら、及び狂ったように嫉妬の視線を送ってくる他クラスの男子。そして噛み付いてくる瀬波良治。


 これぞ四月から始まった俺の新たな日常。


 やっと戻ってくれたかと妙に安心し、いざ椿へのアピール開始だ! と意気込んだにも関わらず、現実は甘くなかった。


 椿が帰って来ると時を同じくして、テスト週間突入。それだけなら一緒に勉強でもすれば良いと思っていたのだが……椿は欠席していた分の遅れを取り戻すのに加え、順位自体も前回より上げたいと目標を掲げている。

 その為に、放課後は真っ先に帰宅してしまう。どうやら、次女で大学生のお姉さんに自宅で勉強を教えてもらっているらしい。

 学校でも、全ての休み時間を使ってテスト勉強に全力を注いでいるし、それを邪魔するわけにもいかないから結局アピールは始められない。


「あぁ……やる気出ねぇ……」


 そんなわけで、図書室の机の上に広げた教科書を見つめ、俺は一人うな垂れていた。


「ったく……マジでこれのどこに惚れる要素があるんだか……」


 目の前でテスト勉強している赤い髪をツーサイドアップにした女の子、星名琴音がイラッとしたように俺を睨んだ後、視線を下のノートに移してボソッと何かを呟いた。


「何か言ったか?」

「知ってた? ライラちゃんって、無気力な男はあんまり応援したくないらしいわよ?」


 何でいきなりライラちゃんを出してくるんだよ……そもそもそんな設定だったの?

 俺だってライラちゃんファンだけど、それは初知りだわ。世界一ライラちゃんを愛する自分だから知ってますってか? それ、絶対お前の中でだけの設定だろ。

 

 仮にそうだとしても俺は既にライラちゃんに応援されたのだ。故に、その設定は俺だけには通用しない。


「ふっふっふっ、自慢し忘れてたが琴音よ、実は俺、富士流で本物のライラちゃんと会話したのだ!」

「ふーん、で?」


 えぇ……反応薄……何なら、まるで信じてなさそう。いや、確かに俺が琴音の立場でも同じ反応するかもだけど、これは実話だ。


「嘘じゃないぞ……! マジでホントにライラちゃんに話しかけられたし、顔は見てないけど絶対本物の仏織姫歌ふつおり ひめかだったし……!」

「必死過ぎ、別に疑ったりしてないから。でもま、一ファンがそんなに熱くなってくれるなら、ライラちゃん……の中の人、仏織姫歌も少しは喜んでる……かもよ?」

「え、あ、だから……」


 何なんだよその反応は……疑ってないならもっと食いついてくるはずだろ?


 なのにそんな様子は一切無く、当たり前のように落ち着いているのが不思議で堪らない。


 だってお前、世界一ライラちゃんを愛する女の子なんだろ? だったら、俺がライラちゃんと会話したなんて羨ましくて仕方がないはずなのに……これじゃいちいち自慢した俺が恥ずかしいだけじゃないか。


「ふぅ……第一、静かにしなきゃいけないこんな場所でそんな自慢されても、大袈裟に反応できないでしょうが。ま、とにかく今はその情熱をテスト勉強に注ぎなさい」


 そう言って琴音はペンを走らせる。今更だが、このテーブルは周囲に注目されている。


 当然、野朗共が俺を睨んでいるだけなのだが……琴音の安定の気にせずっぷりも相変わらず凄いな。そんな俺も優越こそ感じても、これも慣れの一つなのか、前回のテスト勉強の時みたいにこのせいで集中できないとかでもないんだけど。


 結局、今の俺が集中できていないのは椿の事ばかり考えてしまっているからだ。


 とはいえ、どの道ある程度はテスト勉強もやっておかなきゃならないわけで……、


「仕方ない……やる気出しますか……」


 と、口ではそう言いながらもそんなものは出ず、無気力に教科書をペラペラとめくった。


「あ、そうそう、あたしつばきちの家に興味があってさ、今度遊びに行く約束をしたのよね」

「へぇ、羨ま」


 俺でさえまだお邪魔した事ないのに……って、男の俺より女の琴音の方がそりゃ圧倒的に難易度低いに決まってるよな。


 友達といえど女の子の家にお邪魔するなんて、男にとってはハードルが結構高めなはずだ。いや、実際は知らんけど俺にとっては高い。


 そんなの小四の時以来記憶にないわ。ま、そもそもその辺りから今年の四月になるまで女友達なんていなかったんだけどね。


「今回の期末試験、順位であたしに勝てたらあんたも連れてって良いか聞いてあげても良くてよ?」


 そんな提案をしてくるが、それはやはり自分自身で聞くべきだろう。ただ、それは琴音にも同伴してもらわねば無理だが。


 だって、琴音と別日に行くとなるとそれは椿と二人きりを意味する。

 椿が勝手にうちに来たりするのはともかく……男の俺が家に来ないかと誘うとか、はたまた家に行って良いか聞くとか、そっち目的かと疑われても不思議じゃないし。


 いや、付き合うともなれば最終的にはそこに辿り着きたいのは当然だが、まだその段階にかすりもしてないのに押し倒す勇気など持ち合わせてはいない。

 仮に俺にその勇気があったら、その瞬間にこの恋はゲームセットを迎え、俺の敗退が確定だ。


 まあ、仮の話をしても意味はない。とにかく、そっち目的だと疑われるのは避ける必要があるというだけで。


「それは自分で聞くから、その時は同伴だけ頼む」

「ま、別にそれでもいいけど。そもそもあたしに勝とうなんざ二万年早いわよ」

「やけに自信あり気だな」

「だってあたし、毎回学年順位十番以内には入ってるし」

「はあ?!」


 耳を疑ってしまった。あり得ない……学校休みまくってるくせに、何でそんな順位が高いんだ?

 正直な話、勝手に椿以下の学力だとばかり思っていたんだが……まさか天才だったんですか?!


「ま、ちょいちょい学校休んじゃってるから、その分勉強する時はめっちゃ集中してるのよ。それに、暗記力も昔から優れてるし。というわけで、結局あんたはつばきちの家に行きたきゃ一人で聞かなきゃならないのでした」


 と、琴音は悪戯な笑みを浮かべた。やってしまった……これではプラン崩壊だ。琴音による当初の提案を飲んでさえいれば、勝てなかったら同伴してもらうのも可能だったかもしれないのに……。


「あのぉ……やっぱ最初の琴音の提案に戻してもらう事は……」

「は? 男に二言は無いわよ。同伴してほしかったらあたしに勝ってみせなさい」


 ……無理だ。普段は妥協ラインまで勉強して大体平均より少し良いくらい。普段よりも勉強した前回の中間テストでそこから三十位くらいアップした程度。

 ざっと見積もって、学年順位十番以内には前回より八十以上順位を上げる必要がある。


 学年順位TOP10にいる人達はテスト前だけではなく日頃から物凄く真面目に自主勉強に取り組んでいるはずだ。

 もしかしたら中には例外もいるかもだが……普通は、テスト前だけ全力で勉強したところで到底辿り着けるわけがない順位。

 常日頃の積み重ねが無い俺には、それは流石に不可能に近いと思う。


「ぐぬぬ……分かった、やってやるよ」


 しかし、こう言われてしまっては他に道は無いのも事実。

 この勝負? に乗らなければ、自分一人で聞くしかなくなる。つまり、そっち目的だと疑われるのを覚悟しない限り、椿の家に行ける可能性も無い。


 まだ俺が超天才の可能性も残されている。こうなったら、例え不可能に近かろうが挑戦しようではないか。


「お前に期末の順位で勝ったら、絶対俺も椿の家に行くからな……!」

「――ちょ、しーっ! あんた、バカじゃないの……? 声デカ過ぎ……」


 熱くなった俺に、琴音が焦ったように注意した。

 ハッと我に帰り周囲を見渡すと、そもそも男子からは注目を集めていたが更に睨みが強烈になり、ついでに女子の視線も集めてしまった。まあ、女子に関しては睨まれてはいないが。


「やべ……」


 女子の皆さん、勉強中に申し訳ありません。と、心の中で謝罪しつつ教科書で顔を隠すと、


「風見隼人くん、次に大声を出したら出禁にしますからね」


 図書委員らしき女子生徒が俺達が座る机までやって来て、そう告げてきた。


「はい……ごめんなさい……」


 いくら何でも出禁は厳し過ぎ。図書委員とはいえそこまでの権限は無いだろ……と思いつつもとりあえず詫びを入れる。


「はぁ……あんた、目立つ素質でもあんの?」

「自分でも最近薄々感じてたんだけど、もしかしたらそうなのかもしれないな。二年になってから意味分からんくらい注目されちゃってるし、色々と」


 そう、全ての始まりは南条椿がうちの教室にやって来たあの日。

 そこで勘違いして以来、俺は注目の的だ。女子はどう思ってるのか知らんが、男子からは悪い意味で。


「――面白そうな話してんじゃねえの。俺も混ぜてくれよ」


 イケメンが話しかけてきた。相変わらず子分みたいなのを二人連れている。話に混ぜる気も無いし、俺は今から全力でテスト勉強に取りかからなければならないから無視一択だ。

 琴音も一瞬ダルそうな目をした後、すぐにノートに視線を移した。


「おいおい、シカトなんてツレねえな」

「風見隼人、テメェ獅堂しどうさんが話しかけてるってのに何だその態度は……!」

「そうだ、ぶっ飛ばされてえのか?!」


 ここで図書委員がとんぼ返りの如く再び出現。


「風見隼人くん、注意したばかりですよね? 退出願います」

「はあ?」


 何で俺が出て行かなきゃならんのだ。

 今うるさくしたのは俺ではないんだぞ? それよりこいつら何とかしろや。


「今のは隼人じゃなくてこいつらでしょ。どんな耳してんの?」


 琴音の正論と強烈な言葉に図書委員は顔をしかめる。


「星名さん……あなたちょっと顔が良いからって……」

「ちょっとどころじゃねえよ。なあ、星名」


 と、イケメンが琴音の肩に手を置いた。


「触んな。汚らわしい」


 琴音はその手を振り払い、イケメンをギロリと睨み付ける。


 このイケメン、獅堂徹しどう とおるという男は以前トイレで俺に絡んできた奴だ。美男子ビッグ5とか呼ばれてやがるが、貞操観念がまともな女子からの評判は良くないらしい。

 だが薄い女子からは大人気。その子達を喰いまくってる羨ましいヤリチン。

 故に男子からの評判は基本悪い。つまり嫉妬だ。


「相変わらずの照れ屋だな」


 どこをどう読み取れば今の琴音の反応がそれになるんだ? メンタル鋼過ぎないか? 自分に都合のいいように解釈したにしても無理があるだろ。


「おいお前ら、騒がしくなると迷惑だからちょっと外で待ってろ」

「「うすっ!」」


 獅堂に命じられて、舎弟二匹が図書室から出て行く。


 テメェも一緒にどっか行けや。と言っても俺の言う事など聞くわけないし、だったらこうしようか。


「んじゃそろそろ帰るか」


 と、帰り支度を開始。


「そうね。ゴミが真横に転がってるとイラッとするし」


 言葉選びが強烈だ。こんな事言われたら、俺だったらショックで塞ぎ込むものだが……獅堂にはそんな様子は一切無い。

 以前、琴音はこいつによく絡まれるって言ってたけど、もしかしてその度にこれに近い発言ばかりしてるのかな? それで、獅堂の感覚が麻痺したとか。


「まあちょっと待てよ。なあ星名、こいつ連れて南条椿の家に行くんだろ? なら俺も連れてってくれよ」


 なるほど、こいつの狙いはそれだったのか。


 だが何故獅堂がそれを知っている……って、絶対俺のせいじゃねえか……! ムキになってあんな大声出すんじゃなかったよマジで……!


「ダメに決まってんだろそんなの……!」

「テメェには聞いてねえんだよ」


 獅堂の鋭い目つきが俺を射抜く。威圧しているつもりなのだろうが、俺はその程度では動じない。


 何故なら……ガチギレ椿の方がよっぽど怖いからな!


「風見隼人くん、またやりましたね。出禁です」

「マジかよ」


 いや、でもこれは逆に都合がいいのかもしれない。強制退出、すなわち獅堂からの解放だ。そう思って荷物を持って立ち上がる。


「まあそう早るな、俺はこの野郎に話があるんだ」

「獅堂くんがそう言うならっ」


 と、図書委員は頬を赤らめる。


 ……は? あなたそっち側ですか? さっきから真面目なフリしておいて、実は裏では獅堂と遊んじゃってる感じですか?


「テメェ、俺は釘を刺したよな? 星名琴音と南条椿は俺が貰うから、チョロチョロ邪魔すんなって」

「知るかボケッ! それに言ったよな?! テメェじゃその二人は無理だって」


 睨み合う俺と獅堂。図書室を異様な空気が支配する。

 さっきまで俺を睨んでいた野郎共は、どいつもこいつも俺に同調するかのように獅堂を睨んでいる。

 女子は……まあ、半分くらいは獅堂の味方で、残りは迷惑そうにしているって感じ。


「それはテメェがそう思いたいだけなんだろ? そうだよなぁ? 全てのスペックで俺に完敗してんだからよぉ」


 クッソうぜえ……こいつと比較すれば、瀬波なんて可愛すぎて笑っちまうわ。


 瀬波は俺的には頭がおかしいやばい奴だが、ここまで俺を煽ったりはしてこない。


 同性に煽られるのがこんなにムカつくとは……瀬波よ、これまで色々煽ってごめんな。


「まあいい、テメェがどれだけ邪魔して来ようが、俺がちょいと本気出せばそれも無害同然になるからな。感謝しろよ、低スペ」


 と、獅堂は謎の自信と共に不気味な笑みを俺に向けた後、未だ座ったままの琴音に視線を移した。帰り支度は完了しているみたいだが……顔を下に向けて動かない。


「で、どうなんだ星名。お前が協力してくれれば、この低スペより遥かに厄介な瀬波と葛西の野郎の障害もクリアでき、妹のついでに姉の方も喰えるかもなんだが」


 などと聞いているが、そもそも獅堂は本気で協力を得られるとでも思っているのだろうか。


 だとしたらこいつもただのバカだぞ。分かっていないのか? 自分に対する琴音からの印象が底辺だって。

 というか姉って楓先輩の事だよな? あの人は確かに歩く18禁だけど、多分今の発言聞かれてたら破壊されるぞ? 


「何となく疑ってたんだがよぉ、星名、お前ってさ――」

「――っ?!」

「その反応、当たりみたいだな。だったらそれを――」


 獅堂が屈んで耳元で何かを言うと、琴音の顔色が明らかに変わった。まるで、何か弱みでも握られているかのように。


「……愚問ね。そんなんであたしがゴミに大切な友達を売るとでも? そもそも、普通に不正解だし。常識的に考えれば分かるのに、そんな頭も無いなんてやっぱゴミね。さあ、帰るわよ隼人」


 琴音は立ち上がり、歩き出す。


 本当にこれでいいのだろうか。いいや、絶対に駄目だ。

 何を脅されたかは知らないが、琴音の反応から見てそれは十中八九当たっている。不正解なんて、それは嘘だ。

 仮に本当に不正解でも、このままでは獅堂が琴音にとって都合が悪い何かをやらかす。


 だったら、これで終わりにして良いわけがない。


「そんな強情なところも好きだぜ」


 獅堂が琴音の背にふざけた言葉を投げつける。琴音は無視して出口に向かっているが、俺にとっては聞き捨てならない言葉。だって――、


「好き、だと? テメェ、脅した相手によくもそんな言葉使えたもんだな」


 例えば、恋愛感情が無い相手に言ったりする場合だってあるのくらい知っている。けど、それも決まって相手を思いやっての言葉であるはず。決して、悪意を持って使う言葉では無い。


 しかし今回のこれは、類いは不明だが絶対に何かしらの悪意が含まれている。

 俺にはそう思えて、だからこそ許せない。何より、やられた相手が友達だから尚更に。


「あ?」

「良いじゃねえの。連れてってもらえよ、南条邸に」

「――ちょ、隼人あんた、何言って……」


 琴音が立ち止まり、驚いたように俺を見るが問題ない。

 だって最初からそんな気なんてさらさら無いし。俺だって行った事ないのに、こんなやばい奴絶対行かせるわけねえだろ。その為に――、

 

「但し、俺が琴音に南条邸に連れてってもらえる条件は、期末テストの順位で勝ったら、だ」

「いや、連れてくんじゃなくて、行っていいか聞くのに同伴してあげるだけだから……」


 ……やべ、そうだったわ。勝ち筋見つけた気になって調子乗りすぎた。


 けれど、南条邸に行ける条件が多少俺と獅堂とで違ったところで、この勝ち筋が消えるわけではない。というか、勝ち確だ。


「……だから、テメェも南条邸に連れてってもらえるのは、期末テストで琴音に勝った場合のみ。負けたらさっきの脅しは無し。これでどうだ?」


 この手の遊びまくって勉強なんて全くしてなさそうな奴に、常に学年順位TOP10の琴音に勝てるはずもなかろう。この勝負に乗らせれば全て上手く事が運ぶのだ。


 と、俺は挑発的な笑みを浮かべて獅堂を見る。


「まさか超低スペの俺でさえそんな条件で勝負してるってのに、テメェがこの勝負に乗らないわけがないよなぁ?」


 追撃の如く口が動いた。散々煽ってきやがったのだ。だったらこっちもとことん煽ってやる。


「はっ、いいぜぇ。何ならハンデとして勝敗の決め方を変えてやるよ。テメェと星名のペアと俺の二対一。対象は主要七科目、その過半数で得点が上回った方の勝ち。テメェと星名はそれぞれ得意科目に重点を置いて二人で四科目以上を取りに行けばいいのに対して、相手の得意科目を知らない俺は全科目を満遍なく一人でフォローしなければならない。どうだ? 悪くねえハンデだろ?」


 と、獅堂は余裕そうな笑みを浮かべる。


 バカだな、こいつ。そもそも、俺なんて要らないくらい琴音は頭が良いのだし、それじゃ余計に圧勝じゃねえか。けどまあ、ハンデとか言って調子乗ってくれてるわけだし、この際だから惨敗をお見舞いしてやろう。


 俺が六科目捨てて一科目だけ満点取る勢いで勉強して、残りの三科目以上は琴音が楽勝で取る作戦だ!


 残念だが琴音との勝負は諦めよう。こうなってしまっては、逆に椿から家に来ないかと誘われるように己を高めるしかない。


「おう、それでいいぞ。言っとくが男に二言は無いからな? 精々敗北後の言い訳でも考えときやがれ」

「テメェがな」


 獅堂はそう言って出口に向かって歩き出し、それとすれ違うように琴音が焦った顔して俺の前にやって来る。


「ちょ、あんた何勝手に決めてんのよ……!」

「だってお前、何を脅されたのか知らねーけど、それを無しにしたいだろ?」

「そりゃそうだけど……」


 琴音は俯き呟いた。やはり脅しの内容は不正解ではなく正解だったようだ。

 獅堂の姿は既に無い。勝負は成立だ。


 周囲が騒々しい。お前らって俺を敵視してなかったっけ? とツッコミたくなるほど、野朗共が俺達に声援を送ってやがる。獅堂派の女子からは完全に敵視されてしまったらしく強烈に睨まれているが。その他の女子は割と野朗共と同じ感じだ。


「皆さんお静かに……! ここは図書室です」


 図書委員の一声で静まり、皆勉強に戻り始める。


「ひとまず出るわよ……」


 そう言って歩き出す琴音について行く。図書室を出ると琴音がこちらに振り返り、鬼の形相で睨んできた。


「……何のつもり? あんた、何がしたいの?」

「何って、それはさっき――」

「あたしがバカだった……あんたにだってつばきちの家に行くだなんて教えなければよかった……そうすればこんな事には……」


 琴音は俯いてそう言った。

 しかし何故だ。個人的には、完璧に問題解決できる方向に持っていけたと思っているのだが……。


「……人は見かけじゃないよ。何よりも大事なのは――心――だからね」

「え……?」


 唐突なその言葉に動揺が走った。

 魔法天使ライラちゃんのセリフの一つ。

 以前に琴音がモノマネしていたセリフであり、最近本物に伝えられた言葉でもある。


「確かにそうなんだけど、中途半端じゃ無理に決まってるでしょうが……! あんた、THE普通なのよ……?! 自分でも分かってるんでしょ?!」

「あ、は、はい……」

「ならどうして一番大切な人だけを守る事に徹さないの? せっかくあの二人は今まで何の関わりも無かったのに、むざむざその一番大切な子の家にゴミの侵入を許すような真似して……可能性はめちゃくちゃ低いはずだけど、それであの子の心があのゴミに向いたら、あんたどうすんのよ……!」

「それ、は……」


 考えていなかった。勝ち確なのだから、そうする必要が無かったのだ。

 しかし琴音の言い方には違和感を覚える。何故既に勝負に負けているかのような口振りをしているのだろうか。


 だが、仮にそうなってしまったら俺は一体どうする……? 基本スペックで圧倒されている相手に太刀打ちなんてできるのか……?


「ライバルなんて存在しなかった――なのに、わざわざそれを作りかねない真似してんじゃないわよ……! そんなの出現したら、THE普通のあんたが簡単に勝てる程甘いわけがないじゃない……!」


 その答えを琴音が教えてくれた。そう、THE普通な俺がハイスペック相手に太刀打ちなんて簡単にはできやしない。


 それにライバル、か……考えてみれば、この海櫻学園で美少女ビッグ5と呼ばれている南条椿に好意を抱いている男が俺だけなはずがない。


 ただ、男子では瀬波を除けば俺だけが交流があるようなものだし、その存在について考えた事もなかった。うちのクラスの男子は、椿がうちの教室に来た時に話しかけててたまに反応してもらっているが、あいつらはそれでウホウホ言ってるだけだから交流してるかと言えば微妙だし。


 だがどうして琴音は『ライバルなんて存在しなかった』と言い切るのか。南条椿に好意を寄せる男は皆、俺のライバルと言えるはずなのに。


 何にせよ、琴音のそれが正しかろうが間違っていようが、俺が椿と獅堂に接点を持たせかねない勝負を持ちかけた事実は変わらない。

 つまり、新たなライバルを生み出しかねない真似をしてしまったのは疑いようもないのだ。


 でもそれは琴音の為にやったわけで、なのに中途半端……? 本当にそうか?

 俺は半端な気持ちで行動してしまっていたというのか……?


「中途半端はやめろ……! その心を伝えたいなら、本気出しなさい……!」

「――っ?!」


 いいや、違う。決して中途半端なんかじゃない。俺は本気だ。


 想い人と友達――椿と琴音。


 俺にとってはどっちも大切で、どちらも一番だ。


 好きな子だけを守って、一番大切な友達を見捨てる真似などできるはずがない。


 そんな真似をする俺に好きな子が振り向いてくれるか?

 椿はそんな俺には振り向いたりしないだろう。


 THE普通だからそれ以上のスペックには勝てない。もしそうであるならば既に俺は脱落している。今存在するライバルには、既に俺よりスペックが高い男がゴロゴロいるだろうから。


 だがそうではない。絶対に勝てないわけではなく、簡単には太刀打ちできないだけだ。

 それにそもそもあの椿だ。どう防ごうが俺以上のスペックを持つライバルなんて次から次へと増えるのは目に浮かぶ。

 どの道その全員に勝たなければならない。


 だったら獅堂がライバルになろうが同じ事だ。

 まあ、奴の場合は目的がクソだからライバルと呼ぶべきか怪しいが……。


 まあ、それはひとまず置いといて――例え今後どれだけライバルが出てこようが、最後に勝つのはこの俺だ。


 魔法天使ライラちゃんだって言ってくれた。『もしあなたがあの子を好きになったら、その心で振り向かせるの。大丈夫、きっと伝わるから』と。


 俺自身もそれを信じてる。いつかきっと、俺の想いは椿に伝わる、と。


 だから俺は、一番大切な友達を本気で守る。


「とりあえず、ファミレス行くから付いて来なさい」


 そう言って歩き始める琴音の後ろをついて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る