30 ラブコメを新しく始めたい/このラブコメを永遠に続ける為に
富士流からの帰りの車――乗ってから三十分ほどが経過した。空は暗くなってきており、山道なのも相まって見通しが悪い。窓の外に目を向けて景色どうこうの話にもならない状態だ。
右隣に座っている椿は、帰り始めこそ騒がしかったが、いつの間にか静かになったと思ったら眠っていた。
故に暇――というわけではなく、俺の脳内は椿一色で次から次へと色んな妄想が出てきてしまって忙しい。
チラッと横を見ては、その寝顔を写メって待ち受けにしたい、とかその他諸々。
「何をそんなにソワソワしてるのかなぁ?」
先程まで椿が騒がしかった理由がこれだ。帰りの車には楓先輩も何故か同乗している。
楓先輩が何かしらの理由を付けては椿を煽り、それに対して椿がキレる、といった気付けば見慣れてしまった光景が繰り広げられていた。
きっと、早起きに加えて一日中遊園地で遊び、最後の最後で楓先輩にキレることで体力を使い果たして寝てしまったのだろう。
「べ、別にソワソワなんてしてませんが……つーか、何でこっちの車に乗ってんすか?」
「こっちの車もあっちの車も南条家の車だしぃ、どっちに乗ろうが楓の自由じゃん?」
「ま、まあ、それはそうなんですが……」
とはいえ、わざわざこっちに乗らなくたっていいではないか。正直邪魔なんだが。俺は余韻と妄想に耽りたいんだ。
「それに椿だって寝ちゃったんだし、楓がいた方が弟くんも暇しなくて済むでしょ」
だからそうじゃなくて……って言っても、この人には妄想したいだなんて口が裂けても言えんが。絶対変態的な誤解されるしな。
「ま、寝ちゃったのは怒らないであげてよ。何時に起きたんだか知らないけど、やたら早い時間からお弁当作ってたみたいだし」
「いや、別に全く怒ってないですし」
むしろそれを聞いて嬉しくなってしまう。考えてみれば、出発した時間から逆算したら相当早起きしたのは間違いない。
それが例え、俺の事が好きだからというわけではなく、友達だからという理由だとしても、俺の為に作ってくれたのは事実。
しかも、普通に美味かった。雇っているメイドに料理を習っていたみたいだが、こんなにも短期間でここまで上達するとは……いや、勝手に下手だって決めつけてただけで元々才能があったのかもしれないけど、それにしたって凄いのに変わりはない。
相当な努力家なんだなと、尊敬の念を抱いてしまう。
「弟くん、チャンスだよ」
「何がですか?」
聞いてはみたが、俺は確信している。どうせロクでもない事だと。
「寝ている隙に、椿の体触っちゃいなよ。大丈夫、椿以外には誰にも言わないから」
やはり思った通り、ロクでもない事だ。
というか、仮に触ったとして、本人に告げ口されるのが一番困るんだが。その瞬間に俺の恋は終わるだろうしな。いや、そもそも触らんけど。
「ん……」
「――っ?!」
ニヤニヤしながら俺の動向を
横をチラ見すると、椿がもたれかかってきていた。寝息がはっきり聞こえる。
俺はというと……心臓バクバクだ。心音で起こしてしまわないかちょっと心配……。
楓先輩はキョトンとした顔をした後、何を思ったのかすぐに前を向き直した。正直なところ、絶対冷やかしてくると思っていたから意外だ。
しかし今はそれを気にしている余裕はない。好きな子が自分にもたれかかってきているのだから。
「隼人くん……」
寝言が聞こえた。夢でも見ているのだろうか。椿がどうかは分からないが、今の俺の状況が夢ではないのは確かだ。でなければ、こんなにも熱を感じたりはしないはずだから。
仮に今、椿が夢を見ているのだとしたら、その内容には俺も登場している。
だからと言って、やはり俺に気があるのでは? 終わったはずのラブコメが実は続いてたり? などと勘違いしたりはしない。
俺にとってのラブコメは、例の件が勘違いだと発覚した時点で既に終わっている。以来、幾度となく勘違いしかけたが……その事実は、最初から椿にはその気は無かったことを証明している。
だったら今後どうするのか。ラブコメはもう終わっていると、椿のことを諦めるのか。それとも――。
答えは決めている。
南条椿が好きだと気付いた瞬間に、決意はした。
今日は、とある友達からエールを貰えた。それが無かったら、こんなにも簡単に決意なんてできなかったかもしれない。
南条椿を振り向かせてみせる、と――。
この場ですぐに告白は無理だ。フラれるのは目に見えているし、これまでの関係が一瞬で崩壊しかねない。椿だってそれは望んでいないだろう。
故に、俺には失敗は許されない。
絶対的な自信……確信を得る必要がある。椿が、俺を彼氏にしても良いと思ってくれているという確信が。
今はまだ、そんな自信も確信も無い。
それらを得る為にこれから頑張る。この他に言いようがない。
俺のラブコメは既に終わっているとはいえ、それが椿を諦める理由にはならない。
俺は、椿とのラブコメを新しく始めたい。
その為に、南条椿に好きになってもらえるように努力しよう。
その決意を再確認すると、急に目蓋が重くなり――。
□□□
「んんっ……はっ、しまっ――た……?」
いつの間にか眠ってしまっていた。せっかく隼人くんと同じ空間にいられているというのに何たる失態……と思ったのだけれど、頭部に少しばかりの重みを感じた。
「これは……」
圧倒的期待を胸に、そっと首を横に動かしていくと――、
「――っ!!」
隼人くんの寝顔があった。
ほんのちょっと唇を近付けてしまえば、そのままキス出来てしまう。
したいしたいしたい……!
そんな欲望を抑え、起こしてしまわないように慎重に自身の頭をずらしていくと、隼人くんの頭が椿の肩に乗った。
さっきからドキドキが止まらない。同時に、顔がニヤけて……、
「――なっ?!」
今の今まで気付かなかったが、助手席から見られていた。
けど、楓お姉様は普段と違って真顔で、目が合うとすぐに前に向き直ってしまった。
絶対下ネタを絡めた何かを言われると思ったのに、これはこれで逆にある意味ホラーだ。
しかしまあ、変態発言に返す言葉を探すのも面倒だし、ちょっと怖いけど無駄に疲れずに済んだか……。
それよりも今は隼人くんだ。
……今日は楽しかった。頑張った甲斐があったかな。
幼少期は、恵まれた環境に生まれながらも何の努力もしてこなかった。
私は末っ子。お兄様や桜お姉様がほとんど全てを背負っているから、お父様にも過度な期待はされて来なかった。ただ、時折お見合いはセッティングされかけるけど……。
お見合いどうこうは置いといて、期待されないが故にそれに甘え続けていたのが、小五の11月20日までの私だ。
葵お姉様は言わずもがな、今となってはこんなどうしようもない楓お姉様でさえ、幼少期から今に至るまで勉学には真面目に取り組み、加えて以前は立ち振る舞いも完璧だったにも関わらず、だ。
だからとは断言出来ないが、幼少期の頃は頻繁にいじめられていた。
女の子には、お嬢様のくせにバカだとか華がないとか、なのに金持ちなのがムカつくとか。男の子には、何かこれといった理由を言われた覚えは無いけど……何故かいじめられた。
友達なんて、朱音と……それから良治くらいだった。って言っても、もしかしたら二人はそうは思ってくれてなくて、ただ家の付き合いが理由で良くしてくれていただけかもしれないけど。
そんな私にも、転機は訪れた。
それは小五の誕生日、家の近くの公園で朱音と二人で遊んでいた時のことだった。
小学校の同級生達がその公園に遊びにやって来て、私は取り囲まれた。
朱音がすぐに家にいる誰かを呼びに戻ってくれたけど、それと入れ替わるように現れた人がいた。
同い年ぐらいに見えたけど、同じ学校に通ってはいない人。
これからいじめられるのは分かっていた。だから助けてもらえないかと、半泣きで視線を送ったのは覚えている。
私は罵詈雑言と同時に突き飛ばされ、砂を投げられたり軽く蹴飛ばされたりした。
きっと見るに耐えないくらい鼻水や涙で顔は乱れていたと思う。
助けてほしいとか、淡い期待だって知っていた。これまで誰も、身を挺して守ってくれた同世代の人なんていなかったから。
でもそんな淡い期待も、その日だけは味方した。
『そこまでだ、お前たちっ! 魔法勇者ハヤトくん、悪を退治にただいま参上っ!』
公園内がシーンっと静まったのを覚えている。その口上は、当時放送していた魔法女神アルネちゃんのセリフを真似たもの。
私をいじめていた同級生達は、一斉にその人をバカにし始めた。
けれど私にとってはその逆で、本物の勇者に思えた。
あれだけ勇者様を笑ったくせに結局はびびっていたのか、同級生達は逃げるように去っていった。
私がお礼を言うと、砂を払ってくれた。そんな彼に思わず抱きついてしまった。
生まれて初めてだった。歳が近そうな人が身を挺して守ってくれたのは。加えて男の子だ。
私は一瞬で恋に落ちた。
心に誓った。これが、最初で最後の恋だと。
小学生のくせに何言ってんだと思われるかもしれないけど、私は本気だったし今でもそれは変わらない。
そして、勇気ももらえた。
実はその時に魔法女神アルネちゃんのキーホルダーをくれたのだけど、何でもそれを持っていると変身出来るのだとか。
実際には変身は出来なかったけど、精神的には変身出来ていたのかもしれない。
その人の言う通り、私がアルネちゃんの真似をして立ち向かうと、いじめは次第に減っていった。
以来、最強のお守りとして常に持ち歩いている。
私にとっての運命の出逢いを境に、努力をするようになった。
いつか奇跡的に再会出来たなら、恥ずかしくないように最低限の学力は身に付けておこうと真面目に勉強するようになった。
名家の令嬢としての立ち振る舞いも葵お姉様から学んだ。
その甲斐あってか、中学生になる頃にはいじめは皆無となり、何ならとんでもなくモテ始めた。
だからといって嬉しかったわけでもないけど。だって、椿が好意を抱かれたい異性はたった一人だから。
努力はしていた。
最低限の学力は身に付けた。令嬢としての表向きの立ち振る舞いも完璧。
けど、その程度では全然駄目だ。何なら、立ち振る舞いなんてどうでも良かったのかもしれない。
致命的に欠如していたのは一般常識、教養等。
出来るのは洗濯のみ。だからまずは料理をメイドから学び始めた。
その成果を今日は披露し、感触は良さそうだった。頑張った甲斐があったなと思えた。
これからももっと努力して、隼人くんに見合う女性になりたい。
もしそうなれたなら――、
「――隼人くん、愛しています」
想いを告げたら、きっと受け入れてくれますよね?
寝ているところに囁くなんてずるいかもしれない。でも、抑えきれなかった。
だからこれは今回きりにしなくてはならない。
次に言うのは、隼人くんが起きている時。ちゃんと目を見て、想いを伝えるんだ。
その為に今はひたすらに努力し続けよう。
全ては、このラブコメを永遠に続ける為に――。
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