25 運命
お化け屋敷にはお金が掛かる。
そう思ったのも事実だが、考えてみれば表示されているのは一人あたりの値段ではなく一組での値段だ。
つまりは割り勘。そう考えると、厄介な三人がここにいる事実に初めて価値を見いだせた。
というか、美咲と琴音もここにいるけど、まさか二人もお化け屋敷に……?
まぁ、行くなら勝手にしてくれ。特に興味はない。
「んじゃ、二人一組のペアを決めよっか」
「え、ちょっと待ってください。全員で一緒に入るんじゃないんですか?」
楓先輩の提案では割り勘の価値が下がってしまう。つまりは厄介な三人の価値も無に等しい。
ここまで散々邪魔してくれやがったんだ。ここくらいは価値を発揮してくれ。
「違うよ? だってだって、じゃじゃーん! 事前チケットがここに二枚あるのだぁ! せっかく二枚あるんだし、分かれて入らないと一枚無駄になっちゃうじゃん」
楓先輩は誇らしげに二枚のチケットを天に掲げた。
なるほど、それなら楓先輩の言い分も理解は出来る。
これで負担金は上がってしまったわけだ。予め用意なんて、余計な事を……。
「楓先輩、このチケット、改めてありがとうございます」
美咲が楓先輩にお礼を言っている。
楓先輩が福引きで当てたペアチケットを譲ってもらった事に再度感謝しているのだろう――って、それは今楓先輩が手に持つ券と同じ物?!
「ま、まさか美咲……お前それも貰ったの……?」
「えへへっ」
俺の問いに美咲は苦笑いを浮かべる。
「楓先輩、うちの妹をあんまり甘やかさないでもらえますかね?」
「良いじゃん良いじゃん。弟の妹は可愛がってあげたくなっちゃうのがお姉ちゃんの性分なんだから」
楓先輩はありがた迷惑な母性溢れる顔を俺に向けてくる。
「あんた、いつの間にドエロ先輩の弟になったの?」
琴音が俺に若干引いた目を向けて聞いてくる。
「この人が勝手に言ってるだけだから」
この説明、一体何回目だろうか。段々と面倒くさくなってきた。
「おやおや? 星名ちゃん、楓へのその失礼な物の言い方、一体どういうつもりなのかなぁ? 自分がどうして今日ここに来れてるのかちゃんと理解出来てるのかなぁ?」
「うぐっ……失礼しました、南条先輩」
流石の琴音も一つ上の楓先輩には反抗できないらしい。
罰が悪そうな顔で頭を下げている。
つーか、今の恩着せがましい発言だけ聞くとめっちゃ嫌な先輩だな。
……そんな事より、ドエロ先輩って言われたのに対して失礼だって思える思考を持ち合わせていたとは驚きだ。てっきり喜んでるとばかり思ってました、ごめんなさい。
「ごめんね琴音ちゃん、うちのバ楓が。そんなに落ち込まなくても良いからね? 琴音ちゃんは事実を言ったまでなんだから」
「おっと椿、偉大なる姉に対してバ楓とは何たる無礼。これは家に帰ったらお仕置きが必要だね。覚悟しておきなさい」
ここにきて、楓先輩は何故か姉としての威厳を保とうとしている。実際のところ、家での様子は知らないからこれが家庭での楓先輩の本来の姿なのかもしれないが、俺から見たらただのキャラ変である。
まあ、椿が今の楓先輩の発言をガン無視している事から考えても、俺が知っている楓先輩が本来の姿で間違いないとは思うけど……。
「……んじゃ二人一組なら、俺は椿と入りますんで」
「隼人くんっ」
当たり前のようにこの場にいるメンツのせいで感覚が薄れてしまいそうになるが、そもそも俺は富士流には椿と二人で来たのだ。
故にお化け屋敷にも椿と入るのが普通なはず。
椿も俺と入るのに文句は無さそうだし問題ないだろう。
「貴様、それは許さんぞっ!」
「俺はさも当たり前のようにこの場にいるテメェが許せねえよ。……というわけで、それで構いませんよね?」
何やら俺に意見がありそうな瀬波は放っておいて、楓先輩と葛西に確認を取る。
「ダメダメ。それじゃ運命、感じないじゃん?」
「「はぁ……?」」
当然了承されると思っていたのだが、まさかのNGが出てしまった。
加えて、運命だのよく分からない発言も。
「朱音、例のアレを」
「承知しました」
楓先輩の指示で葛西が鞄を漁り始める。
例のアレ……一体どんなブツが出てくるのやら。
「お待たせしました。――さあ、選ばれし五人の勇者達よ、己の運命を切り開きなさい。……あ、星名さんと妹さんは申し訳ありませんが用意がありませんので、このくじ引きには参加せずにお二人で一組でお願いします」
そう言う葛西が右手に持つのは筒状の箱で、五本の割り箸が差し込まれている。
どう見ても事前に用意してあったとしか考えられないし、何なら最初から今日富士流で俺達に接触してくる気満々だったんだなと思わざるを得ない。
「というわけで楓はこれーっと」
我先にと楓先輩が割り箸を一本抜き取った。
「ちょっ、何を勝手に始めてるんですか?! 椿は納得してませんっ!」
「あれまぁ、椿は運命を引き寄せる自信が無いと? それじゃ楓が何もかも全部貰っちゃおうかなぁ」
「……は? 喧嘩売ってんのかクソ三女」
「だったら?」
「買ってやるよその喧嘩。全部貰うですって? 二度とそんな発言できないようにここで完膚なきまでに叩きのめすっ……!」
楓先輩の挑発に乗せられた椿が筒の中から割り箸を一本引いてしまった。
一体何に関する喧嘩をしていたのかは謎だが、椿はこのくじ引きに参加してしまった形だ。
「もうなるようになれや……」
「あっ、風見さんはちょっと待ってください」
「はぁ?」
割り箸を引こうとしたのだが、葛西が筒を自分の胸元に引っ込めてしまった。
「良治、あのね――」
「――何?! それは本当か?!」
そして葛西は瀬波に何か耳打ちをして、それに対して瀬波が大変嬉しそうな反応をしている。
「じゃあ私はこれでー」
葛西が割り箸を引き抜く。
「ふむふむ……じゃあ、僕はこれにする」
続いて、上機嫌となった瀬波が筒から割り箸を抜き取り、俺に勝ち誇った顔を向けてくる。
結局、俺は最後の一人になってしまったわけだ。
残り一本、運命もクソも無くただの余りじゃねえかよ……。
どうしてか不満を感じつつ割り箸に手を伸ばすと、とある不審な点に気が付いた。
「……まさか、これって――」
嫌な胸騒ぎがしてゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「お気付きになられましたか?」
葛西は俺の顔を見てニヤッと笑い、俺にしか聞こえないほどの声でボソッと呟いた。
その瞬間、俺の中の疑惑が確信に変わったのだった。
……やられた。
残る一本の割り箸の先端には色が付いている。ピンク色だ。
間違いなく他の割り箸にも色が付いていて、葛西は既に誰と誰がペアになるのかを知っているのだろう。
先程は瀬波を誘導していた。きっとあれは、自分が瀬波か俺とペアになるのを避ける為の誘導だったんだ。
瀬波は多分……この色が付いた割り箸を引けば椿お嬢様とペアになれる、とでも言われたに違いない。
だが俺の推測が正しければそれは葛西のフェイク。
だって、仮に椿と瀬波をペアにしてしまうと葛西は俺とペアになる羽目になるはずだから。残り三本となったタイミングで引かせてくれなかったのが何よりもの証拠。
多分、葛西は椿とペアになっているのだろう。別にそれは構わない。
構わないのだが……これって絶対俺と瀬波がペアになるやつだよな?!
嫌だ……それだけは絶対、嫌だ……。
例えば、お化け屋敷に男同士の三人組以上で入るのには特に変だとは思わない。
けど、二人っきりはちょっと……いや、最悪それだって変だとは言わない……世の中にはそういう人達だって五万といるだろう。
それでも……相手が瀬波だけは絶対違うっ! 気色悪いわっ……!
「さあ、どうされました風見さん。早く引いてください」
俺の指は、先程から割り箸まで後数センチの所で停止している。
否、震えて動かないのだ。
「そうだ、早くしろ、風見隼人」
瀬波が俺に命令風に促してくる。
そんな事言って、いざ俺とペアになったらキレるんだろ? なあ、そうだろ?
テメェは知らないんだもんな。葛西の真の策略を……!
つーか葛西、お前最初から俺と瀬波をペアにするつもりだっただろ。そういうの面白がりそうだもんな、お前。
「ニッヒッヒ、これで弟くんと良治がペアだったらマジで爆笑だね」
……おい、あんた葛西とグルだろ。爆笑って、既に笑ってやがるじゃねえか……!
「残念ながらそれはありませんよ、楓お嬢様」
と、瀬波は余裕の笑みを浮かべている。
そして俺がくじを引いた瞬間、絶望の顔に切り替わると……。
「大丈夫ですよ隼人くん。椿を信じて、何より自分を信じてください」
後一本しか残っていないのに一体何を信じろと。
信じて願ったところでこれは細工されたイカサマなくじなのだ。
瀬波とペアになる以外の運命など存在しない確定事項のようなもの。
……もう、諦めよう。こうしている内に時間だって過ぎていくのだ。
そうだ、俺は今日、椿と二人でここに来ているのだ。
さっさとこの茶番を終わらせて、瀬波と二人きりのお化け屋敷を乗り切って、その後の椿との時間をできる限り確保しよう。
意を決して、俺は残り一本のくじを引いたのだった。
◇◇◇
俺は今、非常に晴れ晴れとした気持ちでお化け屋敷の列に並んでいる。
瀬波と二人きりのお化け屋敷。それが仮に実現していたとしたら、俺の心には大雨洪水警報が発令されていた事だろう。
しかし、全ては杞憂に終わり、俺は大逆転勝利を掴み取ったのだ。
「うおおっ! 勝った、勝ったぞ!」
「お兄ちゃんうるさーい」
二つ前方から美咲の呆れ声が聞こえてくる。つい心の声が漏れていたようだ。以後、気を付けなければ。
「……朱音貴様、何故僕を騙した」
一つ前に並ぶ瀬波が、ペアとなった葛西に不満そうに異議を唱えている。
「騙したって? 私は、それを引けば良い事あるかもね、としか言ってないけど。それとも何か? 私とペアになったのがそんなに嫌だった?」
「そうではない……そうではないが、風見隼人が調子に乗っているのが気に食わん」
悪かったな、調子に乗ってて。そりゃ、テメェとのペアを回避出来りゃ調子にも乗るわ。
「……隼人くん、あの、そのぉ……」
椿が人差し指を合わせながら、何か言いたげに話しかけてくる。
「ん? 何?」
「も、もしかして嬉しかったですか? その、椿とペアになれて」
「あ、あぁ……うん、そうだけど」
実のところ、瀬波とのペアを回避したのが嬉し過ぎたせいか、それに関してはあまり何とも思わなかった。
だが、こう聞かれてしまうと嬉しかったと答えないのも変な感じがするからとりあえず頷いておく。
「ふふっ、椿もです。やっぱ、運命感じちゃいますねっ」
……え?
ドクンッと、心臓が大きく脈打ち始めたのが分かる。
運命を感じる……? 誰と?
それを考えると、話の流れ的にその対象は俺しかいないのだ。
椿の言う運命が意味するものとは……?
それは、今俺が考えている運命と一致するのだろうか。
一致していないのであれば、やはりそれは勘違いに繋がってしまう羽目になる。
だから、考えるのは許されない事だというのに、俺は……俺は――またしても度重なる椿の発言に、惑わされそうになっている。
何度振り払っても襲いかかってくるそれは、俺の対処領域では今後何とかできなくなるかもしれないほどに、段々と強くなっているのだ。
勘違いするのが怖くて、それで全てをぶち壊すのが嫌で、だからもう絶対に勘違いをしないと決意したのに――また俺は、勘違いしてしまうのか……?
「隼人くん……? 隼人くんっ」
「え……ああっと、どうかした……?」
「えっと……思いつめたお顔をしていましたので……もしかしたら椿が何かまずい事を言ってしまったのではないかと思いまして……」
椿は自分が悪いんじゃないかと不安げな眼差しを向けてくる。
「違う違う。えっと……楓先輩はお化け屋敷来なくて本当に良かったのかなって」
椿が悪いわけがない。俺が勝手に勘違いしかけて思い悩んでいるに過ぎないのだ。
でも、それを言うわけにもいかずに適当に誤魔化す。
「楓お姉様は絶対これで良かったと思ってますよ。だって、椿以上にお化け屋敷苦手ですもん。だから、お化け屋敷の前まで来たのにびっくりしたくらいです。本当に入る気なのかな? って」
「へぇ、そうだったんだ」
なるほど……だから我先にとくじを引いたのか。絶対葛西とグルだったわけだし、誰ともペアにならない割り箸の色を把握していたに違いない。
そもそも、二人一組のペアを作るって発言していた段階で、あのくじ引きのイカサマ性に気付くべきだったんだ。
全員で五人なのに二人一組のペアを二つとか、最初から誰かが余るの前提の提案だしな。
「ちなみにそれ、他に知ってる人は?」
「今隼人くんに教えた他に、家族以外知らないはずです」
だとしたら好都合だ。
この事実、今後また何かやられた際の復讐のネタに温存しておこう。
その時の楓先輩の反応を想像しながら、お化け屋敷入りの時間が経つのを待った。
それが、先程の思考を誤魔化す為の想像だと理解していながら――。
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