24 選択と選択肢

「……で、結局こいつらも一緒に行くのかよ」


 お化け屋敷への移動中、俺は無意識にそんな独り言を呟いていた。


 つか、椿と一緒に来たのは俺なのに、どうして瀬波と葛西が普段の様に両脇を歩いてんだよ……。


 と、前を歩く三人を見て疑問を抱いてしまう。


「お? 何やら不満そうだねぇ」

「それを理解してくれてるだけマシなんじゃないかって思えてくる自分が悲しいです」


 俺の胸中を的確に当ててきた楓先輩に対し、包み隠さずにそう答える。


「つまり、弟くんの中で楓に対する好感度は高まったと」

「どこをどう聞き間違えればそうなるんです? 普通に現状維持ですけど」

「となると……エロゲの世界なら、まだまだこの先の展開次第ってところだね」

「ここは現実なんですが」


 つーか、そもそも楓先輩とそんな関係になるのは望んでないし。この人、容姿だけだったら申し分無いのに、中身が歩く18禁なんだもん。


「ところで弟くん、そんな現実世界で、エロゲの中で稀に出てくるスポットのお化け屋敷に行こうとしてるわけだけど、何か良い作戦はあるの?」

「はい? 作戦って、何の?」

「何って、椿のハートをゲットする作戦だよ」

「――はあ?! 無い無い、無いですけど?! 急に何なんですか?!」


 何を言い出すかと思えば、そんなのあるどころか考えてすら無いに決まってるだろ。そんなのは終わったラブコメには不要なものじゃないか。


「あれま、やっぱ考えてなかったか。まぁ、ぶっちゃけ作戦なんてあの子相手には必要無いっちゃ無いんだけど――」


 そりゃそうだろ……用意するだけ無駄。したらその分だけ反動でダメージを食らうのも体験済みだからな。


「――いつまでも選択を間違え続けてたら、仮にバッドエンドには向かわないとしても、ハッピーエンドにも辿り着けない。それくらいは頭に入れておきなよ」

「えっ……それってどういう」


 今の俺が選択を間違えていると言いたいのか?

 そんなはずはない。以前の俺が、勘違いという最大の選択間違いを犯したのは確かだが、それを乗り越えて今日まで最善の選択をして来れたはずだ。

 なのに楓先輩のこの言い方、妙に心に引っかかるものがあるのはどうしてか。


「でもまぁ、現実はゲームみたいに選択肢を用意してくれないから難しすぎだよね。……だからこそ、弟くんにはいつか勇気ある選択をしてほしいな」

「……勇気ある、選択?」


 これまでしてきた最善の選択以上の、見えない選択肢が存在したとでもいうのだろうか。

 逆に、これだけはダメだと選ばなかった、全てを台無しにするであろう選択肢は頭に浮かんではいたというのに……楓先輩の言うそれは一瞬も頭に浮かんだ覚えはない。


 だからこそ、その勇気ある選択が何なのか、今の俺には分からない。

 それとも――今後、浮かんでくるかもしれない、という事なのか……?


「例えば、前にいる椿のとこまでダッシュしていきなり抱きついて、そのままどさくさに紛れて胸を揉むとか!」

「それは桁違いの勇気が要りますね! 主に、自分の今後の人生を捨てる勇気とか」


 てなわけで、やっぱ楓先輩だったわ。

 いきなり抱きつくだけでもやばい奴なのに、それを越えて胸を揉むとかやらかしたら、ハートをゲットどころか牢屋行き濃厚だわ。


 はぁ……もう深く考えるのはやめよう。普通にこれまで通りで何ら問題なんて無いわけだし。


「むぅ……隼人くん、今日は椿とここに来てるって忘れてないですよね?」


 椿達より数十秒遅れてお化け屋敷の前に着くと、椿が不満げに頬を膨らませて俺を見てきた。


「お、おう? 忘れてないけど……?」

「なら良いんです。……何で椿じゃなくて楓お姉様と歩いてるのかなって、ちょっとムッとしただけなので」


 そうは言われても困ってしまう。

 フードコートから移動開始と同時に葛西と瀬波が椿の両脇を陣取って、そのまま三人でこっちを気にする事もなく歩いていたではないか。


「多分、楓先輩は一人で歩く俺を見て気を利かせてくれただけだから。ですよね?」

「そうそう。だって椿ってば、朱音と良治と先に行っちゃったしさぁ。それじゃ弟くんが可哀想じゃん」

「それは……朱音との話に夢中になっちゃってて……本当にごめんなさい」


 椿は申し訳なさげに頭を下げてくる。

 だが、俺としてはちょっと疑問に思ったくらいの事で、特に怒っていたわけではない。


「あぁ……いや、別に何も気にしてなかったから」

「えっ……気にして、ない……?」


 何かまずい事を言ってしまったのか、椿が切なげな表情を向けてくる。


「えっと……何で一緒に来てる俺が――」

「――あれまあれまぁ?! 椿たんショックなのぉ? でも自分が悪いんだから、楓が弟くんと一緒に歩いてたのにケチつけないでよねぇ」


 この女……俺が言い直そうとしてたのに余計な事を……。

 煽ってどうすんの?! キレ始めたら責任取ってくれるんですよね?! 絶対取ってくれませんよね?! だったら余計な発言は控えてもらえますかね?!


 そんな風に思ったものの、椿はキレるどころか肩を落として更に落ち込んでしまった様子だ。


「はい……ショックでしたけど自分が悪かったです。楓お姉様、文句を言ってしまい申し訳ありませんでした」


 こうして楓先輩に素直に謝っている椿を見る事になろうとは……毎度毎度キレるわけじゃないんだな。


「良いの良いの、そのおかげで楓は弟くんからの好感度を爆上げ出来たから。もう時期に、愛に発展っ」

「……は?」


 え……そこはキレるの?


 椿は半端じゃない睨みを楓先輩に向けている。


「どう? そろそろ楓に惚れたっしょ? 弟くんっ」

「いえ、全く。もう一度だけ言っときますけど、特に好感度も上がってません。普通に現状維持です」

「もおっ、素直じゃないなあっ!」

「――どはっ?!」


 楓先輩が急に抱きついてきて、そのまま押し倒される形で地面に横たわってしまう。


「離れっ……離れてくださいっ!」

「いやーだよぉーだ!」


 俺の叫びは届かず、楓先輩はさらに力を強めてくる。


 何考えてんだこの人はっ……! ここ、遊園地な?! 周りに人、大勢いるんですけど?!

 動画とか撮られてSNSで拡散とかされたらどうしてくれんの?! 今の時代、特定班の能力は桁外れに高いんだぞ?!

 こんな迷惑行為してたら、すぐに学校とか特定されて苦情殺到しちゃうでしょ?!


「な、何を……してるの……? 隼人くんから早く離れてっ……!」


 椿は楓先輩の体を掴み、俺から無理矢理引き剥がそうとする……が、力及ばずなのか楓先輩は微動だにしない。

 というよりも、椿も楓先輩の上から乗り掛かってきたような状態になってしまった為、俺の力さえも完全に封じられてしまった形が出来上がってしまった。


「……風見隼人、貴様、ついに僕達の我慢の限界ラインを越えたようだな」

「僕達って、もしかして私も混ぜてる? 個人的には面白いからアリなんだけど」


 瀬波は普段の噛み付いてくる様子とは違って静かに言葉を発し、それに葛西がアホっぽい反応をしている。


「おい瀬波っ! どう見ても俺は受け身だろうがっ……! それより早くこの二人を何とかしてくれっ!」

「……いや、椿お嬢様だけ何とかして、貴様と楓お嬢様はこのまま放っておこう」

「……は?」


 えぇ……ちょっと待てや。お前、南条家の使用人なんだよね? この状況を問題視してるからこそのさっきの発言なんだよね?

 なのに放置しようって、どういう事……?


「良治、良くない事考えてる」

「我ながら底辺の思考だとは思うが、これが最大の近道だと判断した」

「何をわけのわからん発言してやがるっ……早くこの18禁女も一緒に何とかしやが――」


 カシャッ――そんな音が聞こえてきた。


 終わった……これでSNSで拡散されて、実名及び学校特定までされてニュースになり、社会的に抹殺されるんだ……。


 父さん、母さん、ごめん……俺、人生詰んだわ。


「……なーにやってんの? お兄ちゃん。鼻の下、伸びてるよ」

「え……美咲?」


 俺の顔を真上から覗き込む妹。その手にはスマホが握られている。


「お兄ちゃん、まさかの展開ハーレムルート突入っと」

「――ちょっ?! 何してんの……?」

「お母さんにメッセージ送った。写メ付きで」


 つまり、さっきの音の正体は美咲のスマホのカメラだったのか。助かった……。


 などと安心している場合ではない。

 今後見知らぬ誰かに撮られてもおかしくはないのだ。


「つばきちぃ、早く退いてあげないと隼人が圧迫死しちゃうよ?」

「――えっ?! 椿はただ、このバカ姉を何とかしようと……」


 琴音の指摘で椿が楓先輩の上から離れると、圧迫感が薄れて体の力が戻ってくる。


「んじゃ楓先輩、さっさと退いてください」


 と、言葉で伝えても退いてくれないのは承知済みだから、自分の力で強引に引き剥がしつつ起き上がる。


 やっと解放された……クソ暑い中、マジでやってくれたな楓先輩よぉ。


「チッ……」

「何でテメェが舌打ちしてんだよ」

「そのまま貴様が楓お嬢様と――いや、何でもない」


 んだよ……相変わらずわけわかんねぇ奴だな。

 まぁ、何はともあれこれでやっとお化け屋敷に入れるわけだ。


 ……って、あれ? そういえば確かここのお化け屋敷って、フリーパスとは別にお金掛かるんじゃ……。


 そう思ってふと財布を取り出して中身を確認。


 あぁ……これで今月の残りも厳しくなるなぁと、お化け屋敷行きを選択を少しだけ後悔した。

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