23 苦手なもの
「よ、弟くん」
「あっ……」
「ん? どうしたの? 顔赤いけど暑さにやられた?」
「え、ちがっ、違います、多分」
衝動的に否定したものの、ちょっと体が熱い気がする。
弟くんと呼ばれた事で、また無駄な想像が頭を過ってしまったからだ。
「……おい、風見隼人。貴様、いつから楓お嬢様の弟になったのだ? 答え次第ではこの場でその首を切り落とす」
本日は楓先輩の付き添い? の瀬波が、手刀を構えて頭のおかしい発言をしてくる。相変わらずの狂いっぷりだ。
「物騒な事言ってんじゃねえ! 勝手に呼んできてるだけだわ!」
「楓お嬢様にそう呼ばせているのは貴様だろうっ……!」
あぁ……クソめんどくせえ。
やっぱ遭遇したのは不運、それどころか不幸とさえ言えるような気がしてきた。
「だからさぁ、もう一回言うけど――」
「――うるさい」
仕方なく、瀬波に再度説明してやろうと思ったその時、独り言のような冷え切った小声が俺の耳に聞こえてきた。
……へ? 椿さん、それ……俺に言ってるのかな?
やはり遭遇してしまったのが相当気に入らないのだろう。
そのおかげで俺にも飛び火したとしか言えない状況だ。
「言うなら早く、もう一度言ってみろ」
場の空気が読めないのか、瀬波は俺に向かってそう言ってくる。
そんな事言われても、怖くて言えたもんじゃないわ。
だって椿、絶対ブチギレてるもん。
その椿がうるさいって言ったんだから、黙る以外に選択肢なんてないだろ?
「どうした? 言えな――」
「――おい、聞こえなかったのか? 黙れっつってんだよ」
ひょええぇ……怖えぇ。
明らかに一回目の時よりも凶暴化した言葉を発した椿を見て、流石の瀬波も顔を引きつらせて押し黙る。
さっさと黙っておけばよかったものを、バカな奴め。まぁ、小声だったし聞こえてなかったのかもしれないけど。
ちなみに、瀬波と同じく楓先輩と一緒に来ている葛西は先程から一言も言葉を発さないが、この空気の何が楽しいのかニヤニヤと笑っている。
やっぱ葛西はアホだな。
「おやおや、椿たんお怒りだねぇ。あーあ、良治のせいで」
まるで自分には一切の原因が無いかのような口振りですけど、多分最大の原因はあなたですよ? 楓先輩。
「……おい楓、お前に一番キレてんだよ。何でここにいんの? 邪魔なんだけど」
「何でって、やっぱ気になるじゃん? 姉として」
「あっそ……ならもうそれで良いけど、一々接触して来ないでっ!」
楓先輩の言い分を聞いて、椿は人目もはばからずに声を荒げた。
当然、フードコートという場所であるから周囲の目が一斉にこちらに向いてしまう。
ま、まずい……ここは何とか椿の気を落ち着かせなければ。
「まぁまぁ椿、深呼吸、深呼吸」
「は?」
「いえ、何でもありませんごめんなさい」
今の椿には完全に逆効果だったようだ。更に怒りが増幅したかのような声音が返ってきてしまった。
せっかくさっきまでは機嫌良さそうだったのに……なのにこいつらのせいで……。
……ん? 待てよ? そもそもがこいつらがこの場に現れたから機嫌が悪くなったわけで――そうか、思い付いた!
「あのぉ、楓先輩? お声掛けいただいたのは有難いのですが、今日は椿と二人で来ているので、そろそろ二人きりにしてもらえますと嬉しいのですが……」
そう、こいつらさえどっかに行ってくれれば多分椿の機嫌は元に戻るのだ。
「隼人くんっ」
……あれ? まだ楓先輩達はここにいるのに、なんかちょっと椿の機嫌が元に戻ったぞ?
可愛い声で名前を口に出され、何となくそう感じてしまった。
「うっひっひっ! ねぇ聞いた朱音?!」
「はい、バッチリ。大勝利ですね」
え、何で急に二人で盛り上がり始めたの……? どっか行ってくれるんじゃないの?
「そっかそっかぁ、なら早いとこうちらは消えた方が良いよねぇ」
良かった……この人もちゃんと空気読めるんだな。
「でも消えませぇーん!」
「「何でっ……?!」」
流れは完全にその逆だったよね? え、この人俺達の事おちょくってるの?
「もういいや……んじゃ逆に俺達が消えるか、椿」
「最初からそれが正解でしたね……バ楓は話が通じませんし」
そう、何もこいつらにどっかに行ってもらわなくても、俺達がさっさと移動してしまえば良かったのだ。
そういうわけで、テーブルの上を片付けて席を立つ。
「ねぇねぇ椿? お化け屋敷は行ったのかなぁ?」
「……あぁ?」
歩き始めた俺達の背に投げかけられた楓先輩の一言に、椿が立ち止まって反応してしまう。
「その反応、まだ行ってないと見た。まぁ、椿はお化け屋敷――」
「――それ以上言ったらこの場で引き裂くっ……!」
「大の苦手だもんねぇ」
あれま、言っちゃったよこの人……引き裂かれたいのかな?
「椿が知られたくない五大秘密の内の一つを、よくもベラベラとっ……!」
「――あっ、ちょっとやめっ……!」
楓先輩に飛び掛かろうとする椿の腕を咄嗟に掴んで止める。
すると、意外にも椿は俺を振り解こうとはせずに大人しく力を緩めた。
まったく……周囲から大注目だよ。恥ずかしいからやめてくれ……。
というか、どうしてそこまでお化け屋敷が苦手なのが知られたくなかったのか……苦手な人結構いるはずだから別に隠すほどの事でも無いと思うけどなぁ。
「……風見隼人、貴様、この僕の目の前で良い度胸だな」
「は? 何いきなり」
ここで突然、瀬波が俺にご立腹だ。俺が今、こいつに一体何をしたというのだろうか、やはり狂犬の思考回路は複雑過ぎて俺には理解が程遠い。
「早くその手を椿お嬢様から離せっ……!」
「え……? ――うわっ、ごめん……!」
先程椿を止めた時から腕を掴んだままだった事に気付いて手を離す。
なるほど、これなら瀬波が俺にご立腹だった理由も頷ける。相変わらずその辺りの仕事っぷりだけは優秀だ。
俺に腕を掴まれてた当の椿本人は……当たり前だが微妙な表情をしている。
これが何故かちょっとショックな俺がいた。
「さて、傷心の風見さんはさておき、これからお化け屋敷に行きませんか?」
おい葛西よ、俺の胸中を読んで言葉にするのやめてくれませんかね?
……って、そうじゃなくて、
「何でそうなる。椿がお化け屋敷苦手なのに行くわけないだろ。つか、どさくさに紛れて何で一緒に行動しようとしてんの? お断りだわ」
「そうよっ! お化け屋敷は全然苦手じゃないけど、今日は隼人くんとここに来てるのよ。それを邪魔しようっていうなら許さないわよ」
……お化け屋敷が苦手なの、どうしても認めたくないんだな。
まぁ、そのプライドはさておき、椿に言われれば葛西だってここは退いてくれるはず――、
「――椿お嬢様、ちょっとちょっと」
「何よ……?」
葛西が椿を手招きして、何かを耳打ちし始める。
すると、見る見るうちに椿の表情が良くなり――、
「隼人くん、お化け屋敷に行きましょう!」
「……へ?」
「行きましょう、お化け屋敷」
「え、だって苦手なんじゃ……」
だったら無理しなくても良くないか? 葛西に一体何を吹き込まれてしまったのだろうか……。
「家族だけには知られてしまっていますが、あの二人は知らない椿の五大秘密の内の一つを隼人くんには教えちゃいますっ。……実は椿、お化け屋敷が大の苦手なんです」
なんて耳打ちしてきますけど……いや、だから知ってるから。だってさっき楓先輩が言ってたじゃん。
何なら葛西と瀬波も知ってるぞ。だってさっき楓先輩が言ってたもん。
「……なのに行きたいの?」
「はいっ、行きたいです」
「分かった。入ってから泣くなよ?」
先が思いやられるが、謎の期待に満ち溢れた表情を向けてくる椿に、そう答える他になかった。
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