22 美味しいお弁当

 昼食の為に富士流内にあるフードコートにやってきた俺と椿。

 丁度お昼時というのもあってか、非常に混雑している。そんな中、何とか見つけた空席の確保に成功。


「んじゃ、ここで待ってるから先に買ってきなよ」


 せっかく確保した席なわけだし、二人同時に離れたりして他の誰かに取られるわけにはいかないと思ってそう言ったのだが、どうしてか椿はもじもじしながら何か言いたそうな顔をしている。


「ど、どしたの……?」

「あ、あのぉ……これ、お弁当を持ってきてまして」


 と、椿は今さっきコインロッカーに取りに行った荷物をテーブルの上に置いた。


 なるほど……遊園地に行くのにも南条家の使用人は弁当を用意したというわけか。お勤めご苦労様です。


「そっかそっか、んじゃ自分の何か買ってくるからちょっと待ってて」

「――ちょ、ちょっと待ったぁ!」


 席を立った瞬間、目の前にいる椿が割と大きめな声で俺の足を止めてきた。


「は、隼人くんの分も、ありますからっ……!」

「え、マジで?」


 だとしたら、俺としては非常にありがたい話だ。それから、凄いワクワクもしている。だって、今まで何度も目にしてきた、南条家の使用人様がお作りになられた異常なまでに豪勢な弁当が食べられるのだから。


「はいっ」

「じゃあ頂こうかな」

「では、準備しますのでちょっとお待ちくださいな」


 そう言って椿がバッグの中から弁当箱を二つ取り出してテーブルの上に置いた。


 椿の手が、俺の前に置かれた弁当箱の蓋に当てられ、その豪華であろう中身を想像しながらベールが脱がれるのを今か今かと凝視して――、


「……あれ」


 蓋が開けられた弁当箱の中身を見て、無意識にそんな声が漏れていた。


「さぁ、どうぞ召し上がって下さいなっ」


 椿の弾んだ声が聞こえてくる。


 俺の目に映る弁当は豪華と言うには無理がある、いわば極普通の弁当。

 想像と違った事に困惑しつつ椿の弁当に目を向けてみると、全く同じ物だった。


 それでようやく理解できた。使用人が庶民の俺に合わせてくれたんだな、と。


「いただきます」


 手を合わせてから箸を持ち、まずは玉子焼きを一口――、


「……美味い」


 それは心の底から出た感想だった。

 俺好みの甘めの卵焼き。俗に言うお袋の味というやつだ。


 これを作った使用人様、感謝です。


「お次はっと――」


 食べるのが楽しくて、つい独り言を呟きながら海苔が乗った米を口に運ぶ。


「……これもマジ美味いな」


 いや、海苔弁なんて誰が作っても醤油が適量なら味に大差なんて無い気もするが、それにしてもこれはやけに美味い。


 もしかしたら超高級海苔が使用されてるのかもしれないな……大事に食べよう。


 椿も本日の弁当がお気に召したのか、美味しそうに食べている。


 その後も箸は止まる事なく、タコさんウインナーやらブロッコリーやらプチトマトやら、普通に美味しくいただいて無事完食。


「いやぁ、美味かった美味かった! うちの母さんが作る冷凍食品詰め込み弁当より圧倒的に美味かった!」

「でしたら、これから毎日お作り致しますよ?」

「おぉ! そりゃ嬉しい話――って……え?」


 上機嫌になってて聞き逃しそうになったが、今の言い方はまさか……、


「つ、椿が作ったの……?」

「はい。美味しく食べて頂けたみたいで、一生懸命特訓した甲斐がありました」


 と、椿は嬉しそうに微笑んだ。


 お、おいおい……美少女ビッグ5であられる南条椿が俺に手作り弁当を振る舞ってくれただと?

 しかも、料理は確実に下手だと思っていたのに普通に美味かった。

 いや、料理の練習をしていたのは知っていたけど、まさかそれが今日の為だとは思いもしなかった。


 俺の、為に……。

 やっぱ俺の事が好きなん――じゃなくてっ!


「あ、あのさ椿、本当に美味かったよ。ありがとう」

「はいっ、そう言っていただけて嬉しいです」


 ソワソワと緊張しつつも何とか感謝を伝えると、椿は照れた様子で微笑する。


 それを見ていると、緊張が胸の高鳴りのような感覚に変化していくのが分かる。


 いかんいかん……違う、違うに決まってる。俺がそんな感情を持っていいはずがないんだ。


「……それでなんだけど、嬉しい話とは言ったけど別にわざわざ今後も用意してもらわなくても――」

「――おっ、椿たんはっけーん!」

「うげっ……バ楓」


 言い切る前に妨害が入った。この遭遇は面倒極まりない。

 椿もそう思ってるのだろう。あからさまに嫌そうな顔がそれを語っていた。

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