21 淡い期待

 何かを探すかのようにキョロキョロしながら歩いている琴音と美咲を見つけてしまい、少しばかり呆気にとられてしまう。


「どうされました?」

「えっと、あそこに美咲と琴音が……」

「ん……? あ、ホントだ。同じ日にここに来ているなんて、すごい偶然ですね」


 いや、違う……これは絶対偶然なんかではない。

 だって、美咲は今日俺がここに椿と来るのを知っていたから。

 恐らく、あいつらはこの日を狙って富士流に来やがったのだ。


「……どうする? 合流――」

「――嫌です」

「そ、そっか……! ご、ごめん、変な事言って」


 少し機嫌が悪くなった椿から即答で返ってきた反応に、気づけば俺は謝罪していた。


「さてと、んじゃ次は――え、今のそんな怒ってんの……?」


 少し機嫌が悪くなったどころではなく、マジギレの表情をしているから焦りが募ってくる。

 だが、よく見たら椿の目の焦点は俺の顔には合っていない。


「ええ、キレてるわよ――って、ち、違いますよ?! 隼人くんにじゃないですからね?!」

「あぁ、じゃあ美咲と琴音にか」

「ブッブー、違いまーす。多分、美咲ちゃんはどっかの誰かさんに貰ったペアチケットで琴音ちゃんを誘ってここに来てるんですよ。それに対して怒ったりするわけないじゃないですか」


 美咲と琴音にキレてるわけではのなら、その他に椿の知り合いでこの場にいるのは俺のみ。


「つまりやっぱ俺にじゃん……」

「だから違うっ! 見ちゃいけない人を見ちゃったと言いますか……」


 椿のこの言い方的に、思い浮かぶ人物はただ一人。


「……まさか、歩く18禁?」

「イエス……!」

「マジか……」

「ついでに、朱音と良治も一緒に」

「瀬波の野郎もいんのかよっ……! 絶対遭遇したくないわ」

「迂闊だったわ……調子に乗ってあの人にベラベラ喋っちゃったせいで、まさかここまで冷やかしに来るなんて……しかも二人も連れて……」


 と、椿は自身の失態に頭を抱えているが、そこまで気にするような事なのだろうか。

 まぁ確かに、歩く18禁と遭遇して開幕下ネタブッ込まれたりしたら、場所的に普通に嫌だけど……、


「……まぁ、出会さなきゃ何の問題もないっしょ。こんな広いわけだし、それに人だって結構いるわけだし、そう簡単に遭遇したりしないっしょ」

「それもそうですねっ。あの人の事を考えてるとイラッとするだけなので、今日は脳内から存在を抹消しておきます」


 ……それもそれで、楓先輩がちょっと可哀想な気もしないでもないが、せっかくここに来てるのに椿がイラッとして楽しめないのでは意味がないから何も言わないでおこう。


「それじゃ、レッツメリーゴーラウンドですっ」

「お、おう……」


 少しだけ、この歳になってメリーゴーラウンドかぁ……。

 口には出さないが、あまり乗り気になれない俺がいた。



◇◇◇



 あまり乗り気になれなかったメリーゴーラウンドだったのだが、思いの外楽しめてしまった。

 その理由は何度考えても一つだけ。


 乗り物に乗っている最中に、真横の白馬に乗った椿が満面の笑みを浮かべて幾度となく手を振ってきたからである。

 最早、俺の目にはお嬢様を超えたお姫様にしか見えず、あまりの可愛さに昇天しかけたのは言うまでもない。


 俺も白馬に乗っていたわけだから気分は王子様。


 お姫様と王子様……もう、そういう事ですよね……?


「なんて、身の程知らずな思考、良くない……」

「何が良くないんですか?」

「――えっ?! あ、いや、何でもない……!」


 無意識の独り言を椿に聞かれていたようで、咄嗟に誤魔化す。


「むむむ……怪しい」


 だが、椿の目は俺を逃してはくれない。

 そんな目で見られたって、椿の王子様気分だったなんて言えるわけないだろっ!


 だって俺達は友達。言ったら絶対変な空気に……って、友達って言えば――、


「そういや、何で俺と友達になりたいって思ってくれたの?」


 あの時喫茶店で葛西が言ってた理由だったら色んな意味で悲しいのだが……、


「誤魔化しましたね?」

「そ、そんな事ないよー」


 別に誤魔化したつもりだったわけではないが、展開的には誤魔化したようなもの。

 やや焦りを覚えて、結局誤魔化す。


「ふーん、まぁ良いですけどね」

「と、しれっと誤魔化す椿なのでした」

「なっ?! 違いますよっ! 別にそういうつもりじゃ……」


 そう言って椿はそっぽを向いてしまう。


 しまった……ひょんな事から機嫌を損ねてしまったようだ。


「えっと、椿……? そろそろお腹――」

「――知りたい、ですか?」

「……え?」


 時刻は既に昼を回っている。だからそろそろ昼食にしようと言おうとしたのだが、その前に椿が立ち止まり、口を開いた。


「隼人くんとお友達になりたいと、あの日教室まで訪ねた理由――知りたいですか?」


 蒼い瞳が俺を見つめる。

 そのせいか、気付けば心音が俺以外にも聞こえてしまいそうなくらいに激しく脈打ち始めてしまう。


「……そりゃ、知りたいけど」


 そんな俺の返答を聞くと、椿は少しばかり苦笑いを浮かべた。


「隼人くんに嘘を吐いたりはできません。ですから、申し訳ありませんが、今はまだ誤魔化させてください。……まだ、お伝えしても大丈夫だって手応えも確信もありませんから――」


 そのように俺に伝えてくる椿だが、僅かに吹いた風に揺られた金色の髪と、少し潤んだように見える蒼い瞳が俺の目には切なく映ってしまった。


「椿、まさか――」

「――隼人くん、そろそろお昼にしませんか?」


 俺は今、何を言おうとしたのか。

 分かってる。

 俺の事が好きなのか? と、聞こうとしたのだ。


 自分で言うのもあれだが、俺だってそこまで鈍くはない。

 南条椿と知り合ってから今日までの度重なる彼女の言動や行動、それは普通に考えれば恋する女の子のものだという事くらい理解している。


 あくまで、一般的に考えればの話――つまり、南条椿には当てはまらない。


 なのに思ってしまったのだ。もしかしたら、そうなんじゃないかって――。


「あ、あぁ……そうだな」


 もう二度と勘違いをするわけにはいかないのに、まだ自分の中にそんな淡い期待が残っていた事実に虚しくなってくる。

 けど、聞けずに済んで安堵してもいる。


 そうだ……そうなのだ、虚しくなろうが既に俺のラブコメは終わっているのだ。

 実は続いているかもしれないと、淡い期待を抱くなんて論外。

 今この瞬間に、全てをぶち壊さずに済んだ事にホッとしてさえいればそれで良いんだ――。


「そうと決まれば、今朝コインロッカーに預けた荷物を取りに行きたいのですが」

「そういや預けてたっけな。んじゃ取り行くか」

「は、はいっ……!」


 どうしたのか、椿は笑顔を浮かべながらも緊張した様子で返事をしてくる。


「え、何でそんなソワソワしてんの?」

「ふっふっふっ、椿の真の実力をお見せしますですわよっ……!」


 ……答えになってねぇ。


 ツッコミたくなる気持ちを抑えて、入場口前のコインロッカーに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る