20 他の誰でもない
意地でもビビらずに乗り切ってやると決意した甲斐あってか、それとも『フジマウ』が俺にとっては余裕なアトラクションだったからなのか、椿の言う泣き声とやらは発していなかったらしい。
椿はこれまた購入した写真を見せてきてカッコいいとか言ってくれはしたものの、何が何でももう一度俺の泣き声が聞きたいと言って次に乗るアトラクションを提案してきた。
そんなわけで今はそのアトラクションの列に並んでいるわけだが……マジで今すぐに逃げたい。
「どうしたんですぅ? 実はやっぱ怖いとか?」
提案してきた時から今まで、こうやって何度も煽ってくるものだから、
「は、はぁ? 怖くないし……!」
本当はビビってるくせにムキになってこう返し続けているのだ。
というわけで俺達が次に乗るアトラクションは『鷹飛車』。
さっき『フジマウ』の列に並びながらどんなアトラクションか調べてみたところ、落ちる時は垂直以上の角度らしい。
つまり、思いっきり真下が見えてしまうのだ。おまけに空中大一回転も存在する。
俺にとって、これより怖いジェットコースターとか他に存在しないだろと言いたくなるほどに無理ゲーアトラクションだ。
なのにムキになって……頭悪すぎだな、俺。
怖いと正直に言えば良かったと後悔しても今更遅い。
順番がやってきてしまった。
せめてコースターの最後列であってくれと願ったものの、係員に連れていかれた先は最前列。
「あの、一列四人みたいですし、椿が外側に乗っても良いですか……?」
あぁ……これから死ぬんだなぁ。
なんて思いつつコースターに乗り込もうとすると、誰かに腕を掴まれて足が止まった。
「――っ?! ……って、椿か」
「外側になりたいので先に乗らせてください」
そう言って椿が先にコースターに乗り込む。
「どうして外側が良かったん?」
「あまり大きな声では言えないんですけど、隼人くん以外の男性と隣にはなりたくないんです」
コースターに乗り込んでから椿に尋ねると、椿は俺の隣に座っている二人組の高校生くらいの男子をチラ見しつつ、そのように耳打ちしてきた。
「聞こえたらまあまあ失礼だな、それ」
「だから小声で言ったんですよ。……はぁ、バカッ」
椿がため息混じりにポツリと呟く。
「は? もしかしてバカって俺の事?」
「そうよ、この鈍感。ふんっ」
「は、はぁ……? ――っと?!」
何故かいきなり不機嫌になってしまった椿に戸惑うのも束の間、コースターが動き始める。
まず初めに暗闇のトンネルに入ったと思ったらすぐに抜けて、その先に待ち受けていたもの――、
「――おぎゃあああっ! じぬゔぅっ! ぐぎゃあああっ!」
「ひゃあああっ! んふっ、かぁわいいっ!」
それは空中大一回転の連打だった。
「ぜぇ……はぁ……死ぬかとおもた」
「可愛い泣き声でしたよ、んふふっ」
さっきまで不機嫌だったくせに一瞬で上機嫌になってやがる……相変わらずスイッチのオンオフが謎だ。
「だから泣いてな――ひぐっ?!」
いえ、泣きそうです。
だって、コースターがゆっくりと垂直に上昇し始めたのですから。
あぁ……これから天国に行くんだなぁ、俺は。
いや、違うか……せめて天国に行ってくれると見せかけて落下、地獄行きか。
はぁ、流石にそこに落ちるほどの悪い行いは人生で一度もしてないのに……。
コースターが垂直に上がっているの自体は怖くはないのに、その後を考えると震えが止まらない。
「……少し調子に乗ってしまいました。鈍感なのは、椿もです……」
「は、はぁ?! な、何が?!」
これまたどうしてか急に落ち込んでいるけど、正直まともに聞いている余裕は今の俺には無く、あるのは刻一刻と迫る落下の瞬間への恐怖だけ。
「泣き声も写真の表情もノリでやってくれてるのだと、アトラクションを楽しんでいるのだとばかり思い込んでいました。でも、そうじゃなかったみたいで……本気で怖がってたのに気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
「だから怖くな――」
「――隼人くん、震えてます」
「……え?」
自覚はもちろんあった――あったのだが、椿に気付かれていたという事実に、思わず彼女の方に顔を向けてしまった。
「隼人くんが楽しめないのでは意味がありません。次からは乗りたくないものは遠慮なく言ってください。私達、友達なのですから」
「でもそれじゃ椿が楽しめない――」
「――いいえ、椿は隼人くんとここに来ている、それだけで楽しいです」
そう言って微笑する椿を見ると、感じていた恐怖心が薄れていった。
「……分かった、次からはそうするわ」
「はいっ、お願いしますね。んふっ――」
嬉しそうに笑いながら前を向き直した椿の顔が急激に青ざめた。
「は、隼人くん……こ、これは流石の椿も、む、無理ですぅ……」
半泣きで声を震わせる椿に釣られて顔を前に向き直すと――、
「おぎゃあああっ! なんじゃこりゃあっ!」
――本ジェットコースターの最高地点から目に映る光景、それは地上。
これまでの人生史上、一、二を争うほどの恐怖が押し寄せる。
「な、なんでここで停止するのよ……?! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう……まだ死にたくないよぉ……」
と、生への執着をみせる椿を他所に、俺はそっと目を閉じ、魔法天使ライラちゃんの笑顔を想像した。
すると心が安らいできて、恐怖がどこかへ吹き飛んだ。
やっぱライラちゃんは最強だなぁ。
思い浮かべた二次元天使にそんな感想を抱いていると――、
「――いやあああっ!」
――隣から聞こえてくる悲鳴が、コースターが落下したのだと教えてくれた。
◇◇◇
最恐アトラクション『鷹飛車』から無事生還した俺達は、只今ベンチで休憩中。
あれだけ怖がっていた椿だが、毎度ながらの写真購入をするとすっかり恐怖を忘れてしまったようで、今も写真を見てニヤニヤしている。
ちなみに俺も、あれだけビビっていた割に目を閉じたら楽勝だった。
だって目に映ってたのは地上じゃなくてライラちゃんだし、怖いわけないよな!
ここ、富士流にはあと一つ『よいではないか』という空中大回転どころの話ではないヤバめのジェットコースターが存在するのだが、目を閉じてしまいさえすればライラちゃんが救ってくれるから、もはや余裕過ぎて笑みがこぼれそうだ。
「隼人くん隼人くん、目を閉じててもカッコいいですっ」
そう言って椿が写真に写る俺を見せてくる。
どう見てもライラちゃんを妄想してニヤついてるだけのキモい顔にしか見えないが、椿の目にはそうは映っていないらしい。
「そりゃどうも。……てか、何で自分の顔だけ指で隠してんの?」
「こ、これには事情がありまして……! あまりにも酷くはしたない顔をしてしまっているので……」
そう言って椿は顔を赤くして写真を自分の背後に隠してしまう。
「ほほう、ちょっと興味あるわ」
「うぅ……興味を抱いてくださっているのなら仕方ありませんね。はいっ、どうぞ」
椿は恥ずかしそうな表情をしつつも写真を渡してきた。
その写真に写る椿を見て思った事……これでもお嬢様です、なんて言われても初見だったらまず信じないくらいには、確かに顔が崩れている。
なのに、結局クソ可愛い。
マジで反則だな、この顔面チート女……。
「ど、どうでしょうか?」
「ん? どうって、いつも通り可愛――」
――いい、と言いかけたところで口が止まった。
俺は今まで一度でもこの子に面と向かって可愛いと言った事があっただろうか。
そんな考えが頭を過ってしまったが故に、いざ言うとなると緊張から言い切れなかった。
どうして言えないのか、今となっては椿を恋愛対象として見ていないはずなのに……気恥ずかしさが勝ってしまう。
「かわ? なんですか?」
椿がキョトンとした顔でその先に続く言葉を求めてくる。
「……なぁ、椿。俺にカッコいいって言ってる時、緊張してたりする?」
こんな事を尋ねてしまったものの、これはこれで恥ずかしいなと言い終わってから感じた。
「はいっ、してますよ。えへっ」
椿は気恥ずかしそうに視線を斜め下に逸らしてそう答えた後、苦笑いを浮かべた。
それを聞いた俺は少し安心している。
だって、俺を恋愛対象として見ているはずがない椿がそれを言うのに緊張しているのなら、俺が椿に可愛いと言うのに緊張するのもごく自然だと言えるから。
「それで、感想の方は……?」
「だからその……いつも通り可愛、いいよ?」
ただの友達である俺にカッコいいなんて言ってくれるなら、こちらからも友達である椿にそう言ってあげるのは問題ないはず。
そう思って緊張しつつも先程言いかけた感想を最後まで言い切ると、身体が妙に熱くなってきてしまった。
六月半ばだから暑いのは当たり前だけど、それを考慮しても熱すぎる……。
椿に目を向けると、顔が真っ赤になっている。
熱そうだ……。
「ちょ、何ですのその反応?! 俺じゃなくても全人類がそう思ってるからね?!」
「全人類は大袈裟だと思いますけど……自分の容姿が幸運にも優れているのは自覚してます。まだあの二人が付き人じゃなかった中学生の頃は沢山告白されましたし、それに今だって学校で何と呼ばれてるのかも知ってますから」
「そ、そだったの……」
まぁ、この容姿で自覚が無いならある意味罪だし、そうじゃなくてちょっとホッとした。
「……正直、美少女ビッグ5って呼ばれたりとか他の誰かに可愛いって思われても全く嬉しくありません。でも――」
椿の瞳が真っ直ぐに俺の顔を捉えてきた。
「――他の誰でもない、隼人くんにそう思っていただけているのだけは、凄く嬉しいですっ」
「――っ?!」
ほんの一呼吸置いた後、彼女はそう言って頬を緩ませた。
そんな椿から視線を逸らせない俺の身体は益々熱くなり、良からぬ思考が脳内を駆け巡る。
他の誰でもない俺だから嬉しいと言われてしまった今回は、これまでで最も威力が高いが故、動じざるを得ない。
勘違いしかける要因が、回数を重ねる毎にだんだん強力なものになっている。
こうやって繰り返す度に自分に言い聞かせ、最後の一歩を踏み越えないように耐えてきた。
今回もそれは同じ。
あれだけ必死になって手に入れたこの関係を壊したくないから――もうあんな思いはしたくないから。
何があっても、自分に気があるなんて勘違いをするわけにはいかないのだ。
もう何度目か、こうして今回も何とか耐え切る。
「……そっか。んじゃそろそろ次――は?」
次のアトラクションに行こうと言うつもりだったのだが、偶然か、それとも今日を狙いやがったのか、俺の視界が良く知る人物を二人捉えた。
一人は椿の他にいる、もう一人の友達。
一人は俺にとって世界で一番身近な存在。
……なんでお前ら、ここにいるの?
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