19 世界で唯一かもしれない

 富士流ハイランドに到着後、開園の列に並んで待つ事約三十分程。

 後二、三分で入園ができる時間になる。


「そういえば、隼人くんは富士流に来た事ってありますか?」

「無い。今日が初めて」

「でしたら椿と同じですね。……ここ、噂だとジェットコースターが凄いみたいですけど、乗っても大丈夫そうですか?」

「全然余裕。他の遊園地でも大丈夫だったし、凄いっつってもここも大丈夫だろ」

「じゃあそれも同じですね。椿も他の遊園地で攻略済みです」


 実は俺、高い所はあまり得意ではない。

 その昔、家族旅行で東京にある某タワーに行った時にガラス床の上に立ったのだが、あまりの怖さにそれから多少の苦手意識を覚えてしまったのだ。


 けどジェットコースターは大丈夫。

 落ちる前にゆっくり上がってる時は基本空を見てれば良いし、落ちてから加速しても目に優先的に映るのは地上ではなくレール。

 それに、高い場所にいるそもそもの時間が短い。

 だからジェットコースターが怖いと思った事はない。


 ちなみに観覧車は無理。

 乗ったら最後、地上に着くまで震えながらじっと待つしかない。

 窓から真下に目を向けでもしたらその場で気絶する自信があるくらいには苦手だ。


 って言っても、今日観覧車に乗ったりはしないだろう。

 あんなのに男女二人で乗るなんて、それはもはやただのカップル。でも俺達はそうではない。


 つまり、あれに乗って怖い思いをする心配は何もないわけだ。


「あっ、九時になりましたよ」


 椿がスマホを見ながらそう言うと、列が動き始めた。

 その流れに乗って入場口を通り、園内に足を踏み入れる。


「どれから乗りましょうか――えっ?! 『ビビンバ』に乗りたいのですか?! 良いですよ、まずはそれに乗りましょう!」

「おう、椿はそれに乗りたいんだな。んじゃ行くか」

「わーいっ! わくわくっ」


 入場口から丁度近くにあるみたいだから、まずはそれで肩慣らしと行こうではないか。


 ……にしても、はしゃいでるのもホント可愛いな。


「五分待ちですか。これならすぐに乗れますね」

「みたいだな」


 俺の体感だけど、今日はそれほど混んでいないと思う。

 それに加えて開園したばかりともあって色んなアトラクションに人が散っているからか、人気アトラクションの『ビビンバ』も待ち時間は短い。


 個人的には遊園地あるあるの二時間とかの長い待ち時間は嫌いだから、まず最初はサクッと乗れそうで良かった。


 列に並んで適当に雑談をしていると、五分もしないうちに順番がやってきた。


 案内された真ん中辺りの座席に座ると、係員が安全バーを下ろしてくれる。


「この安全バー、凄い頑丈そうなのは良いんですけど、これじゃ隼人くんのお顔が良く見えません……ちゃんと横にいてくれてますよね?」


 と、椿が安全バーの隙間からこちらを覗いてくる。

 実はビビってるのか、その不安げな表情がまた可愛い。


「いないって言ったら?」

「この場で暴れます。まぁ、いるの見えてますけど」


 そう言ってジトッとこちらを覗いてくる。


「暴れるとは……。この安全バー、これだけ頑丈なわけだしめっちゃ怖いのかもな」

「もしかしてビビらせようとしてます?」

「バレた?」

「もうっ……! 生憎あいにく、椿はへっちゃらですよ。単に隼人くんのお顔が見えにくいのが気に食わなかっただけですから」


 さっきまでのわくわくはどこへやら、椿は不満げにそう言った。


「ほほう……なるほど分かったぞ。俺がビビってる顔を見れると思ってわくわくしてやがったんだな? 残念だったな、ぜーんぜん怖くないから」

「隼人くん隼人くん、乗り終わったら写真買いますので、ご覚悟を」


 そんな椿の予告と同時にコースターがゆっくりと動き始めた。


 写真だと……? それじゃ、ビビった顔をしちまったら一生記録として残るし一生バカにされそうだな。

 何としても余裕の表情をかまさなければ……。


 一度コースターが暗闇のトンネルの中で止まり、流れるBGMが恐怖を煽っている。


「……どうしてここで止まるのでしょう。上に登るの待ちですかね?」

「なんだ、知らないのか? 『ビビンバ』はなぁ――」


 ――いや、やめておこう。

 知らないままでいさせて、へっちゃらって言ったのを後悔させてやろうではないか。


「……なんで口閉じるんです? あっ、またビビらせようと――ひゃっ?! ひゃああああっ!」


 コースターが急発進して、一瞬で猛スピードに到達してレールの上を突き進む。


「ぎゃあああっ!」


 流石は日本一の速度を誇るジェットコースター。

 楽勝だと思っていたが、椿と同じく俺も絶叫してしまう。

 半端ないスピードに、どうなってるのか理解できない景色の変化。

 半端ない風の抵抗で乾くはずなのに、何故か全く乾いている気がしない俺の目。


「へっ……? 聞いてない聞いてない聞いてないっ……! おぎゃあああっ!」


 空中大一回転っ!

 あぁ……真下が見えるなぁ……死んだ。


 意識が飛びかけたところで、コースターが終着地点に辿り着いた。



◇◇◇



「リニューアルしてたなんて知らなかったわ……ちゃんと調べてくるんだった……」


 昔見た映像では空中大一回転なんて無かったのになぁ……。


 なんて思いながら、『ビビンバ』の出口から外へ。


「赤ちゃんみたいに泣いてて可愛かったですよ」

「はぁ? 泣いてないんだけど」

「誤魔化そうとしても無駄ですよ。椿の耳にバッチリ残ってますから」


 別に誤魔化そうとしてたわけじゃなくて本当に身に覚えがないだけなのだが、椿は証拠はここにあると自分の耳を楽しげに指差している。


「それに、ほら。すごーく怖がってるお顔をしてますよ?」


 そう言って椿が購入した写真を見せてくる。


 主観的には並レベルだったはずの俺の顔面が恐怖からめっちゃ崩れてる。


「めっちゃブサイク……マジきめぇ」

「隼人くんは自己評価が低いみたいですね」

「自己評価以前に百人にこの写真を見せて、この男の顔面はキモいですか? って聞いたら百人がイエスって答えるわ」

「その百人に椿が含まれてたら、ノーって答えますから九十九人の間違いですよ」

「そこは半分くらいの人はノーって答えるって言ってもらえた方が、もしかして俺ってちょっとイケメンなんじゃね? って思えたんだけどね」


 なのに自分だけノーで、その他九十九人はイエスって答えると言ってくるあたり、ただの気遣い。

 ほぼ間違いなく椿もこの写真の俺をキモいと思っているのだろう。


「だって、それだと五十人近くがライバルになっちゃうじゃない……」

「ん? ライバルって何が?」

「……いや、半分は男の人だとすると二十五人くらいかしら? それならまだ勝算は残るわね……」


 考え事でもしてるのか、椿はぶつぶつと独り言を呟いていて反応が返ってこない。


「お、おーい……」

「あっ、ごめんなさい。ちょっと計算してまして……間違えていたのは椿の方もでした。この写真の隼人くんを見たら五十人がカッコ可愛いって答えますよ!」

「え、何? 急に……」


 この短時間で思考回路にどんな変化があったんだ……。

 しかも、カッコ可愛いって何なんだよ……子供扱いでもされてるのか?


「前にも言いましたが、椿的に隼人くんはカッコ可愛いって事ですよっ」

「いや、そんな記憶無いし……」


 あるとすれば、寝顔がカッコいいと言われた記憶のみ。

 今更ながら、例え寝顔でも俺の顔面がカッコ良く見えたなんて目でも腐っているのだろうか。

 眼科でも勧めてやった方が良いのかもしれないな。


「隼人くんはどんなお顔の時でもカッコいいですっ」

「はぁ? どんな顔も?」

「はいっ。……えっと、他の女の子にどう見えてるかは知りませんけど、椿的にはカッコいいですっ」


 寝顔に限っての話だと思っていたが、どうやら違っていたらしい。


 こう言われてしまうと……あれ? もしかして終わったはずのラブコメ、まだ続いてたりするの?


 などと勘違いしかけてその度に踏みとどまってきたのが以前までの俺だが、今はこの程度では動じたりはしない。


 椿だって俺を異性として見てこんな発言をしているはずもあるまい。

 仮にそう見てくれているとするなら、恥ずかしさから逆にこんな発言をしたりしないはずだ。


「まぁ、ありがと」


 一瞬眼科を勧めようかと思ったが、逆にそれで目が正常になってしまったら、世界で唯一かもしれない、俺の顔をカッコいいと思ってくれている貴重な存在を失う事に気付いた。


 それに、言われて嬉しい事に変わりはない。


 そう思って礼を言うと、椿は満足げに頷いた。


「んじゃ、次あれ乗るか」


 そう言って俺が指差したアトラクションは『フジマウ』、日本で知らない人はいないかもしれないくらいには有名なジェットコースター。


 何も考えず提案してしまったが、『ビビンバ』の想像以上の絶叫っぷりのおかげで、あれもやばいんじゃないかと多少不安になってくる。


「また隼人くんの可愛い泣き声が聞けるってわけですね!」


 が、椿も乗り気みたいだし後には引けなくなってしまった。


「だから泣いてない! 見てろよこの野郎……」」

 こうなってしまっては不安とか言っている場合ではない。

 意地でもビビらずに乗り切ってやるとムキになって、『フジマウ』乗り場に向かった。

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