18 遊園地への車内で

 今日は六月十五日――椿と富士流ハイランドに行く約束の日。


 マジで眠い……。


 結局、究極美少女と二人で遊園地に行くなんて緊張しないわけがない。

 そういうわけで、昨夜はソワソワしすぎて良く眠れなかったのだ。


「お兄ちゃーん、椿先輩来たよー」


 美咲が俺の部屋の扉を開けて声をかけてくる。

 迎えに来てくれるという約束の時間だったはずの午前七時より二十分ほど早い。


「おぉ……」

「ほら、シャキッとしてよ。せっかくのデートなんだからさ」

「デートじゃねぇし」


 母さんにだけ富士流に行くのを伝えたはずなのに、当然のように知っている美咲。


 こんな事なら母さんにも言わなきゃよかった……。


「つか、何で美咲までこんな早く起きてるわけ? うざったいから寝ててくれた方が良かったんだけど」

「お兄ちゃんが寝坊でもしでかしたら行く前からデートが台無しになっちゃうからね」

「だから違うって言ってんだろ……それに寝坊もしてねぇし……んじゃ、行ってくるわ」

「いってらっしゃぁい」


 ニヤニヤしている美咲の見送りを受けて玄関に向かうと、そこで椿が待っていた。


「おはようございます、隼人くん」

「あっ……」


 ニコッと微笑む椿に、思わず息を呑んで見惚みとれてしまう。


「どうされました?」

「いや、なんでも……。お、おはようっ!」


 普段みたいなスカートも良いけど、デニムも似合っててとても可愛いよ、眠気吹き飛んじゃったよ、なんて恥ずかしくて言えない。


 妙な緊張を感じつつ挨拶を返した。


「ふふっ、では行きましょうか」

「お、おうっ!」


 ソワソワしながら玄関を出ると、いつもの高級車が家の前に停車していた。


 外で待機していた執事が後部座席の扉を開き、先に椿が乗り込む。


「えっと、おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 車に乗る前に執事に挨拶をする。

 以前見た瀬波父とか、この前ななぽーとに連れて行ってくれた人とは違う執事だ。

 一体南条邸には何人の執事がいるのだろうかと、少し疑問に思ってしまう。


「おはようございます、風見隼人様。本日はわたくしめが責任を持って送迎を担当いたします」

「あ、ありがとうございます……」


 なるほど、これが本来の執事の姿というやつか。

 瀬波の野郎も一人前になりたいなら、まずは俺に対する態度を改めるところから始めたらどうだろうか。


 ……ちょっと想像してみたけど、ある意味やりにくいな、それ。


 なんて思いつつ車に乗り込む。


「あの人、朱音の父親なんですよ」

「ふぉっ?! あんまり顔は似てねーな」

「口の軽さだけは似てるんですけどね。あ、ちなみに顔が似てないって言うとショック受けちゃうんで、シーッですよ」


 口の前に人差し指を立てる椿を見て、理解した意味を込めて頷く。


「富士流ハイランドまで、渋滞等が無ければ約一時間半ほどでの到着となります。それでは、出発いたします」


 葛西父が運転席に座ってそう言うと、車がゆっくりと動き始めた。


 県外に出るなんていつ以来だったかな。

 単身赴任中の父さんの所に最後に行った以来だから、多分一年ぶりくらい。


 隣の県に行く、たったそれだけで少しワクワクしている自分がいた。



 ◇◇◇



「お二人とも、窓の外をご覧になってください。富士山が物凄く近くにありますよ。本日は時期に反して天気が良いおかげで、はっきりと見えて幸運ですね」


 うちを出発してからしばらく経った頃、運転手こと葛西父がご機嫌そうに口を開いた。


「だから何よ? いつも見えてるから逆に興味なんて無いわ」


 椿が言葉通りの興味なさげな顔をしている。


 実は俺も、椿と同じ理由で全く興味が無い。


 だが、わざわざ教えてくれた葛西父にそれを正直に言うのは申し訳ない気もする。


 故に窓の外に目を向けてみた。


 ……あれ? なんか、いつも見てる富士山よりも迫力があるような……。


「おぉ……すっげぇ」


 天気さえ良ければいつだって見れるものに、距離が近づいただけでこんなに感動させられるなんて思いもしなかった。


「風見様には富士山の真の素晴らしさがご理解いただけたようで何よりです。それに引き換え、椿お嬢様は……」


 葛西父は演技っぽく、まるで泣いているかのように声を震わせた。


「――は、隼人くんっ! 椿もよく見たいです!」

「え、興味無いんじゃなかったの?」

「いえ、それは数秒前までの話、今は興味深々です!」

「そ、そなの……じゃあ見れば?」


 今の一瞬の間にどんな心境の変化があったのかは知らないが、目の輝きっぷりから考えて嘘は言っていないだろう。


「では――」

「へっ……?」

「――ちょっと失礼しますねっ」


 元々座っていた位置からでも俺の座る側の窓に目を向けるだけで見れるはずなのだが、何故か椿は俺との物理的距離を近づけて、窓に手を当て外を見た。


「わあっ! 富士山ってこんなに綺麗だったのねぇ!」


 と、椿は感動でもしたのか楽しげに声を弾ませているが……俺はもはや富士山どころではない。


「……乳」


 富士山とは比にならないほど感動的な光景。

 俺の顔の前……ポロシャツ越しに存在する椿のそれに視線を固定させられてしまう。


 邪念を振り払おうと脳内で悪魔の誘惑と何度戦っても正義が負けてしまって、目をつむれない。


「ん? ちち?」

「――ああっ! そう、父っ……! こんな景色を教えてくれるなんて流石は葛西の父だなぁと思って!」


 咄嗟とっさの思い付きで誤魔化そうと試みる。


「確かに隼人くんの言う通りね。たまにはやるじゃない、褒めてあげるわ」


 椿はそう言いながら元の位置に戻った。


「有難き幸せ、お褒めに預かり恐縮です」


 上手くいったのか、椿には俺の視線に気づかれなかったっぽい。


 ……にしても、歳上に対してめっちゃ上から目線だな。

 まぁ、使用人相手だから普通なんだろうけど。


 そういえば、なんで俺に対しては基本的には敬語なのだろうか。


 今更ながら少しだけ気になったものの、特に嫌なわけでもないから今ここで理由を聞く必要もないだろう。


 そう思って、その後は富士流ハイランドに到着するまでの車内雑談を楽しんだ。

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