17 未来を見据える椿

「都合の良い日とかありますか?」

「いつでも良いけど。土日は常に暇だし」


 部活に入っていない俺に予定が埋まっている休日なんて存在しない。


 土曜は起きてライラちゃんを観て――いや、あったわ予定っ!


 って言っても、録画すれば良いし土曜日でも良いか……。


「じゃあ日曜日にしましょう! 土曜日はリアルタイムでライラちゃんを観なきゃいけませんし!」


 あぁ、そうだっけね……あなたもライラちゃん好きでしたっけね。

 リアタイにこだわる分だけ、椿の方が俺よりもライラちゃん愛が高いのかもしれん。


「いつの日曜にする?」

「うーん、まだが足りないから――」

「――何の?」

「な、なんでもありませんっ……! ろ、六月十五日なんてどうですっ?!」


 と、椿がスマホのカレンダーを見せてきた。

 今から約二週間後の日曜日。


「良いよ、その日で」

「じゃあ日程はそれで決まりで。……直通バスってものがあるみたいですけど、それだと隼人くんの負担が大きくなってしまいますので、こちらで車を用意させてください」

「あぁ、そりゃ助かるわ」


 交通費まで含めると楽勝で一万円を超えてくる。

 掛かるお金は七千円くらいって言ってたし、椿なりに俺の負担が最小になるように考えてくれていたんだな。


「ごめんなさい隼人くん、本当だったらペアチケットを手に入れてそれでお誘いしたかったのですが……」


 なるほど、だからあんなにペアチケットに固執していたのか。

 それが俺と富士流に行きたかったからだったとは、少しだけ心嬉しく思ってしまう。


「謝んなくて良いから……てか、何十万も使って手に入れたペアチケットだったら逆に誘いを受けにくいし」

「椿の金銭感覚は普通じゃないみたいなので、それは今後隼人くんを見ながら治していきたいと思っているところです」

「椿にとっての普通が俺の普通とは違ってるってだけだからあんま気にしなくても良いんじゃね?」

「それじゃダメだから治さなきゃなんですっ!」


 もしかして怒らせてしまったのか、椿が声を荒げた。


「例えばの話ですけど、将来隼人くんが結婚した時にそのお嫁さんと金銭感覚が合わなかったら困りませんか?! 隼人くんにとっての大金を躊躇ためらいもなくじゃぶじゃぶ使う女だったらドン引きしたりしませんか?! しますよね?! 現にこの前ドン引きしてきましたもんねっ……!」


 椿は顔を真っ赤にしてそう言い、そっぽを向いてしまった。


「え、えと、椿……? 必要な物を適度に買っただけで済んだからドン引きまではしてないよ……?」

「それでも、今後そんなところを見せたらドン引き確定じゃないですか」

「ま、まぁそうかもだけど……」


 確実にドン引きする自信はあるとはいえ、超大金持ちの家庭に生まれたお嬢様の椿からしたらそれが普通だったんだろうし、欲しい物を金で手に入れようとするのには文句なんてない。


 単に福引きの景品の為に十万オーバーの大金注ぎ込もうとしてたのが理解できなかっただけの事だ。

 だって、欲しいなら普通に買った方が無駄な金を使わなくても済むし。


 ……って、良く考えたら大富豪にとっては数十万円使って福引きでペアチケットを手に入れるのと、普通に買って手に入れるのって金銭的に大差なんて無いのかもな……。


「ほらぁ……だからやっぱ隼人くんと同じ金銭感覚を身に付けなきゃなんです。未来の旦那様を金銭面で困らせたくはありませんし」

「……はい?」


 ちょっと待ってくれ。

 その言い方だと、捉え方によっては俺が未来の旦那様――って、だからそんなわけないだろうがっ!


 ここ最近やけに多い、勘違い寸前まで足を踏み入れて、何とか自分に言い聞かせて耐え切る展開。


 ……いかん、このままじゃその内やらかしかねん。


 今一度自分に言い聞かせるんだ。


 もう絶対に勘違いだけはしない――。


 両頬を叩き、その信念を胸に刻み込む。


「……な、何やってるんですか?」

「――椿っ! きっと未来の旦那様とやらは俺と違って、顔良し性格良しスタイル良し頭脳超明晰の究極ハイスペックな男だと思うから、収入だってトップレベルなはずだ! 何なら椿のお父様にも気に入られてグループ企業の社長とかにもなるやもしれん。だったら使えるお金だって今と同じくらい沢山あるだろうし、十中八九並の収入しか得られない俺みたいな男の金銭感覚に合わせる必要なんてないんだぞ?」


 金銭感覚を俺に合わせたって、それが未来の夫の金銭感覚なわけがない理由を熱く語る。


「……は?」


 が、しかし……逆効果だったのか、椿はほぼ間違いなくブチギレモードに入ったであろう表情を浮かべている。


「……楓お姉様の言ってた事の意味、ちょっと分かったわ」

「あの、その……何故お怒りに?」


 恐る恐る聞いてみると、椿は怒りに怒った顔を俺に向けた。


「誰が高収入の男と結婚したいなんて言ったかしら? ……そりゃあ、当たり前のようにお金があるから何の考えも無しにじゃぶじゃぶ使ってきちゃったけど、無きゃ無いでそれでも良かったのよっ! 何なら、こんな大金持ちの家に生まれなきゃ良かったのにって思った事だってあったのよっ!」


 怒った顔はそのままに、椿は俺に怒鳴り散らした。


「知らなかった……そんな事思ってただなんて。なんかごめん」

「ほんっとにもう……ふふっ、言っちゃった」


 何故か急に、椿は嬉しそうに微笑んだ。


「ど、どしたの?」

「いえ、何でも。そういうわけで隼人くん、椿は結婚相手を収入で選んだわけではありませんからね?」

「お、おおん……?」


 椿は優しく微笑みながらそう言ってくるけど、発言には違和感しか感じない。


「どうされましたか?」

「え、いやその……もしかして婚約者でもいるのかと思いまして……」

「い、いるわけないでしょ?!」

「だ、だって選んだって――」

「――それはっ! つ、椿の中ではそうゆう事になってるから……」

「ん? なんだって?」


 冒頭の勢いは何処へやら、消え入るような声でボソッと呟くから良く聞こえなかった。


「何でもありませんっ……! と、とにかく、椿は婚約者どころか異性とお付き合いした事もありませんからねっ! 分かりましたか?!」

「は、はい……」


 椿の勢いに流されるままに返事をしてしまう。


「分かってくれたならそれで良いです」


 椿はそう言ってから、あまり進んでいなかった弁当を一口分、口に運んだ。


「ゔぇ……!」


 すると、何やら苦しそうな声を出して涙目になった。


「そういや今日の弁当、いつもと違って見た目がアレだけど、新人の使用人でも入ったの?」

「……隼人くん隼人くん? こんな見た目のお弁当を用意する使用人なんてそもそも雇われませんよ?」

「はいごめんなさいっ……!」


 この雰囲気、俺には既に分かってしまった。


 その弁当、自分で作ったんだね……?


「食べます?」 

「是非とも食べさせてくださいっ……!」


 ぶっちゃけ食べたくないけど、ここは一口だけいただいてテキトーに味を褒めて機嫌を取るとしよう。


 だって今の椿、絶対機嫌悪いもん……。


「ふふっ、言ってみただけです。味がよろしくないので食べていただくわけにはいきません」


 ホッ……なんか機嫌も戻ってるっぽいし、何より食べなくて済んで助かったぁ。


「何で自分で作ったの?」


 使用人が作っているらしい普段の弁当。

 これが弁当かよ、と見た目だけでツッコミたくなるほどに豪勢なんだから当然味も超美味しいに決まっているし、わざわざ自分で手間を掛けたりしなくてもそれで良かったのでは? と思ってしまう。


「せめて不味くない料理くらい作れないと色々困りますので。だから今、メイドに教えてもらってしている最中なんです」

「へぇ、そうなんだ。まぁ、頑張って」


 理由は分からないけど、作れなかったら椿的には困るのなら、ここはエールを送っておくのが友達としての役目だろう。


「はいっ、期日までには不味くないのを作れるように頑張りますね!」

「期日って? 金持ちパーティーか何かで振る舞わなきゃとか?」

「そんなパーティーの予定は今のところはありません……! 期日は期日ですっ!」

「お、おう……」


 顔を真っ赤にして必死に金持ちのパーティー開催を否定する椿の勢いに押されてしまい、これ以上の反応ができなかった。


「もうっ……そのワードを聞きたくないくらいには、身内以外の人もいるその類の催しは苦手なんです。だから禁止ワードに設定します」

「分かった、気をつけるよ」

「今度椿の前でそのワードを喋ったら、実際にそれが開かれる事になってしまった時に隼人くんも来てもらいますからね?」


 うん、そんな場違いな現場に足を踏み入れる勇気は一ミリもない。

 気をつけるんじゃなくて、絶対言わないようにしよう。

 

「それで、『おい、金持ちおぼっちゃま共! 分かってんだからな?! 南条家の娘と結婚してその資産で今よりもっと豪遊してやろうってたくらんでやがんだろっ?! そんなんだからお前らは俺以下なんだよっ! あぁ、ちょっと間違えたわ……そんな理由抜きにしても一生俺以下だったっけ。だからもう諦めなっ!』って、叫んでもらいますからね?」


 なんか最近聞いた気がするセリフパターンだなぁ――、


「――って、言えるかそんな事! 相変わらずよくそんなセリフ思いつくよな……!」

「椿の中での事実を基にしてるので簡単ですよっ」

「つまりは金持ちおぼっちゃま達は幹並み俺以下と」

「はいっ、彼らはもれなく全員圧倒的に隼人くん以下です。そもそも、彼らに限らず隼人くん以上の男性なんてこの世に存在しませんし」

「はあっ?! だ、だからちょっと待ってくれ……」


 その言い方だと、そんなわけないのくらい分かってるけど、俺に好意を持ってるって勘違いされてもおかしくないからね?


「何を待てばいいんです?」

「やっぱなんでもない……」


 俺しか男友達がいないからこそ、そのように思い込んでしまっているのだと納得する他に方法が無かった。

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