16 椿のお願い

 中間テストも無事終わり、全クラスのテスト返却が完了した翌日の本日、五月三十日の昼休み――ようやく試験結果が張り出される。


 今回の中間テスト、俺は放課後になると真っ先に家に帰って、これまでのテスト前よりは勉強した。


 その甲斐あってか、各教科普段より平均五点くらいの得点アップに成功。


 これなら、椿は今まで俺に勝った事が無いらしいし、今回も負けたりはしていないだろう。


 俺の金、守られたり。


 なんて、そうと決まったわけでもないのに安心している俺がいる。


「こんにちは、隼人くん」


 椿が俺のクラスにやってきた。

 これから一緒に試験結果の掲示場所に行く事になっている。


「椿のお願い、聞いてもらいますからね」

「残念だったな。間違いなく俺が勝ってるから」

「いいえ、椿は絶対負けてません」

「いいや、俺が勝つ」

「だから、椿は負けてません」


 軽く言い合ってから席を立ち、掲示場所に向かう。


「覚悟は良いですか? 隼人くん」


 掲示場所の前まで来ると、椿が勝ち誇った顔で俺を見てきた。


「良いぞ」

「ふぅ……じゃあ、結果を見ますよ。――ちょっとそこを空けてもらえるかしら?」


 椿が掲示板の前にできていた生徒の人集りに向かってそう言うと、一瞬で道が開けた。


 ……女帝かよ。


 実際は違うけど、その光景だけならそう見えなくもなかった。


 相変わらず男子からの視線は殺意に満ち溢れているが、そんなのは気にせず掲示板の前に立ち、自分の総得点付近の順位に目を向ける。


「――なっ?! がっくし……」

「え……?」


 自分の名前を発見する前に、椿が膝から崩れ落ちた。


 どうやら俺が勝ったようだな。

 もう順位を確認する意味もないけど、一応目を通しておくか。


 と、自分の名前探しを再開すると、普段よりも三十位くらい高いところに俺の名前を発見した。


「お、あったあった――って、あっぶなっ!」


 まさかの椿の名前が俺の真下にあったのだから冷や冷やものである。


 もしかしたら後数点低かったら負けていたのかも――、


「あれ、同じ順位……?」

「――っ?!」


 俺の呟きを聞いてか、椿が生き返るように立ち上がった。


 何か、めっちゃ目を輝かせている。


「ホントだっ! 同じじゃないですか! 隼人くんが三組で椿が八組だから、それで隼人くんの名前が上にあっただけみたいですね」

「そうみたいだな。ま、でも引き分けだしお願いを聞くのは無し――」

「――はぁ?」


 椿は少し怒り気味に口を開いた。


「言いましたよね? 椿が負けなかったらって」

「え、そうだっけ……? 勝ったらじゃなくて……?」


 勝負って言うくらいだから、てっきりそうだと思ってたんだけど……。


「むぅ……ちゃんと聞いてなかったのですか?! 椿は確かにそう言いましたよっ!」


 顔を赤くして必死に言ってくる事から考えても、嘘を吐いているってわけではなさそうだ。


 椿的にはその条件で承諾されたと思っていたはずだし、だったらそれをないがしろにするわけにもいかない。


「分かったよ、ちゃんと聞くから。で、お願いって何?」

「そ、それはですね……! ――あっ、えっとその……ここじゃ言えません」


 椿は一瞬後ろに振り返ると言うのを躊躇った。


「ん? 何で?」

「男子に聞かれると、いよいよ隼人くんに危害を加えられかねませんから」

「……うしっ、ここで言うのはやめてくれ」


 一体どんなお願いだったらその可能性があるのか知らないけど、殺意が行動に変わって襲いかかってくるのだけは御免だ。


「場所を変えましょうか。あ、その前にお弁当持って階段集合にしましょう」

「了解」


◇◇◇



 一度教室に弁当箱を取りに行き、その後に行き着いた先、そこは屋上。


 俺と椿の他には誰もいないこの空間で、目の前に立つ椿が視線を俺に向けては逸らしを繰り返し、微かに頬を赤らめて膝の前辺りで両手を合わせてこすっている。


 その一々可愛い仕草が胸の鼓動を加速させてくる。


 いや、原因はそれだけじゃない。


 ……なんだ? このシチュエーションは……。


 椿の雰囲気、それから場所、加えて今からお願いをされる。


 これらが表すものと言えば……まさか告白っ?!


 ――って、やめろぉっ! そもそも、お金が掛かるお願いなんだから、そんなわけがないだろうがっ。余計な期待なんてするんじゃねぇ。


 勘違いを引き起こす原因になるじゃねぇか……バカか俺は。


「は、隼人くんっ!」

「――はいぃっ! 何でございましょうか?!」


 名前を呼ばれると、つい大袈裟に反応してしまった。


「私と……椿と――」


 一瞬、時が止まったような感覚に陥ってしまう。


「――二人で富士流ハイランドに行ってくれませんか?!」

「……へっ? 富士流に、二人で……? ――はあああっ?!」


 椿の口から出てきたお願いは、俺にとってはとんでもなく衝撃的なものだった。


 女の子と二人で遊園地、それって一般的に考えたらデートとしか言いようがない。


 けど、俺と椿はそんな関係ではなく、ただの友達。


 本当に遊園地に行くのだとしたら、かなり珍しいパターンに当てはまると思う。


 一体全体、椿はどういうつもりでこんなお願いをしてきているというのだ……。


「椿のお願い、聞いてくれるって言いましたよね……?」

「言ったけど……ホントに行くの?」

「嫌ですか……?」

「嫌じゃないけど、俺達って友達だよね?」

「はいっ、だからちゃんと調べました。アルバイトもしてない高校生がお友達の遊園地代を全額払ったりするのはダメだって。だから、隼人くんの分を払うつもりはありません」


 別にそれがダメってわけじゃないと思うけど……まぁ、珍しい事には違いない。


 それは置いといて、椿はあくまで俺を友達として誘ってきたようだ。

 だったら断る理由は特にない。

 それに、お願いを聞く約束だったわけだし。


「分かったよ。んじゃ行くか、富士流ハイランド」


 俺がそう言うと、椿は嬉しそうに頬を緩めた。


「ありがとうございます。そうと決まれば、今から計画を立てませんか? ここでお昼食べながら」


 と、椿は持ってきていた弁当箱を掲げる。


「オッケー」


 そう答えてベンチに座り、弁当箱を開けた。

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