15 中間テストで勝負

 テスト勉強、それを好き好んでやる人がいるのは分かっているし、本当に偉いと思う。


 だが、そういった人は恐らく少数派だろう。大多数の人が嫌々やっているはず。


 かくいう俺も嫌々やっている側の人間……こんなもんでいっか、なんて毎回妥協している。


 でも、あくまでそれは、これくらいやっておけばそれなりの点数が取れるだろうと算段が立っての妥協だ。


 そして今回、もしかしたら俺はそもそも妥協するラインにすら到達できないのかもしれないと、五月十三日火曜日の放課後の図書室にて頭を悩ませている。


「……やりにくい」


 椿と琴音と勉強する事自体には問題なんて何もない。

 が、しかし……周囲の机からの視線が気になって仕方がない。


「あんた、この視線好きなんじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだけど……」


 普段ならこの殺意混じりの視線に優越感を感じてしまうが、勉強中は流石に違う……。


 まったく集中できなくてテスト本番が不安でしかない。


 そんな不安を他所に、図書室が閉まる時間になってしまった。


「やっと帰れる……何もできんかったけど」

「あんたさぁ、それなら放課後はさっさと家に帰って勉強した方が良いんじゃないの?」

「それもそうかもな。明日からそうするわ」


 今日は椿に誘われたからこうして図書室で勉強していたわけだが、明日からは誘われても断わろう。


「だってさ、つばきち――って、どしたの? そういえば、誘ってきた割に一番集中してなかったわよね? ずっと心ここに在らずって感じだけど、なんかあった?」


 琴音の質問が耳に入ってないのか、椿は昨日本屋で買った参考書をボーッと見つめている。


「おーい……」

「――えっ?! な、何?!」


 琴音が椿の顔の前で手を振ると、椿はやっと反応した。


「どしたの? なんかあった?」

「……昨日福引きやったんだけど、外れた。それがショックで……」


 まだ立ち直ってなかったんかぁーい……。


 昨日椿が一回だけ挑戦した福引き、緑玉が出た瞬間の青ざめた顔は記憶に新しいし、帰りはずっと拗ねていた。


 そこまで落ち込む事でもないと思うんだけど……外れたって言うけどさ、一応四等当たったじゃん?

 普通の弁当箱、まぁそんなの要らないんだろうけど。


「ぷっ、あっはっはっ! お嬢様のつばきちが福引きって、イメージ違いすぎて想像しただけで何かウケる!」

「なっ、笑わないでよっ!」

「ごめんごめん……ぷっ、これだけで今日の移動が乗り切れそう。んじゃ、私は家に帰ったらすぐに東京に行かなきゃだから、お先にぃ!」


 琴音はそう言い残して図書室を後にした。


 ……いや、今から東京って、着いたら帰ってくる勢いじゃないと終電無いですよね?


 え、まさか明日、また欠席ですか?


 以前聞いた時は教えてくれなかったけど、やっぱ何でそんなに東京行ったりしてるのか理由が気になるなぁ、なんて思いながら図書室を後にする。


「もう……琴音ちゃんったら。こうなったら――」


 昇降口を出た時、椿がやけに真剣な目つきで俺を見てきた。


「……え、何?」

「隼人くん、勝負です!」


 宣戦布告とでも言わんばかりに、椿が俺を指差してくる。


「勝負って……?」

「ルールは簡単。今回の中間テスト、椿が隼人くんに順位で負けなかったらお願いを一つ聞いてください。この勝負に拒否権はありませんからね? 勝負してもらいますよ、隼人くん」

「そんな勝負しなくてもお願いくらい聞くけど」

「普通のお願いならこんな勝負持ち掛けませんよ。隼人くんにとっての大金が掛かってしまうお願いだから、こういった形を取ってるんです」


 おいおいマジかよ……超大金持ちのお嬢様から大金が掛かるなんて言われると、そんなわけないって分かってても億単位の金額を想像しちゃうんだけど。


「……そのお顔、まさか数百万掛かるお願いとか思ってたりしますか?」

「いや、その上。桁が二つ違う」

「そんなの椿的にも超超超大金ですよっ……!」

「冗談だよ、冗談」


 一般的な金銭感覚とズレてるとはいっても、流石にその次元までズレてるとは思ってない。

 椿の言い方からして、精々ゼロ四つくらいの金額が掛かるお願いってところだろう。

 とはいえ、一万円以上掛かるお願いとか余裕でお断りだけどね。


「むぅ……七千円くらいあれば足りますからっ」


 ゼロ三つ、予想よりも低くて少し驚いた。

 それくらいなら、この間の父さんから貰った金のお釣りもあるし、何とか大丈夫だ。


「分かったよ。んじゃ、勝負はしてやるよ」


 大丈夫とはいっても使わなくて済むに越した事はないから、勝負という形を取ろうと思う。


「決まりですね。ふふっ、今から楽しみです!」


 気が早い事にもう勝った気でいるのか、椿は嬉しそうに笑っている。


 それを見ていると、どんなお願いをしてこようとしているのか少し気になってきてしまう自分がいた。

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