14 『ペアチケット』が欲しい椿

 鋭い目つきをした椿がこちらに向かってくる。


「……あの、楓先輩? めっちゃ怒ってる気がするんですが」

「そりゃそうでしょ、福引きできなかったわけだし。でもまさか、ホントに無料って信じるとは思わなかったわぁ!」

「いや、騙したんですか?! そりゃ怒りますよ……」


 何でこうも、この人は椿を怒らせたがるのか……好きな女の子に意地悪する小学生の男の子かよ。


「……おい楓、騙しやがったなオラッ」


 さしもの美咲も、まさか南条椿にここまでの一面があったとは思わなかったのだろう。椿の迫力を見て顔を青くしている。


「おやおや椿ぃ、弟くんの前で大丈夫なのかなぁ?」

「隼人くんは短気で怒ると怖い女の子がめっちゃ好きって言ってたから、これで嫌われたりはしないのよ」


 それはその場凌ぎで言っただけであって、特に好きというわけではないんだよなぁ……だって俺、Mじゃないし。


 まぁ別に嫌いというわけでもないし、そもそも椿を嫌いになるわけないから、その言い分も間違ってはないけど。


「そっかそっかぁ、弟くんはドMだったと……」

「違います」


 即座に否定しておいた。

 だって事実とは異なってるもん。


「じゃあ弟くんはドSなんだね。なら安心、S極とM極はくっ付くからね」

「N極な?! はぁ、意味不明ですけどそれも違います……」

 椿もバカだし、きっと楓先輩もバカなんだろうな。

 お嬢様って頭良いイメージだったけど、それはただの幻想だったみたいだ。


「……おいバ楓、ボケてる暇があったら何で騙しやがったのか答えろや」

「社会勉強の一種だよ。庶民の常識も知らないんじゃ将来的に困るんじゃないかって思って」

「だったら最初から教えてくれれば良かったでしょ?! おかげで赤っ恥かいたのよ?!」

「人は恥を知り成長するんだよ」


 聞こえの良い事を言ってやがるが、これに関してはわざわざ恥をかかせる必要なんてなかったと思う。


「ふっざけん――」


 椿は動く口を止めた。


「……またやっちゃった。ここでは喧嘩しないって約束だったのに……」


 電話での俺との約束は頭から抜けていなかったらしい。

 椿は落ち込み気味の表情で俯いた。


「いや、よく耐えたと思うぞ。俺が美咲に同じ事してたら、間違いなくブチギレてきてるから」

「ねぇお兄ちゃん? なんで今、私を引き合いに出した?」


 と、美咲が固い笑顔を浮かべて俺を見てくる。

 怖いから目を逸らしておこう。


「あっ、そうそう妹ちゃん。はいこれ」

「わーい! ありがとうございます楓先輩!」


 楓先輩が富士流のペアチケットを手渡した瞬間、美咲の機嫌は一瞬で良くなった。

 これは俺としては、ある意味助かったと言える。


「椿だって、それが欲しい……」

「えっ?! あ、あの……だったらこれは楓先輩の妹の椿先輩に……」


 美咲は申し訳なさそうな顔をして、チケットを椿に差し出そうとしている。


「あっ、違うのよ美咲ちゃん……! そういう意味で言ったんじゃなくて、椿も福引きでゲットしようって改めて決意してただけだから。それは美咲ちゃんが受け取って」

「で、では遠慮なく……」


 そう言われた美咲はチケットをぎこちなく鞄に仕舞った。


「ちなみに言っとくけど、楓は二十八回で当てたからね」

「二十八回……五千円分の買い物で一回って係員の人は言ってたから、十四万円か。そのくらい買えば椿にも当てられるってわけね」


 期待に満ち溢れた顔でそんな事を言ってますけど……、


「ちょっと待って……まさか今から福引きの為に十四万円分の買い物でもするつもりなの?」

「そうですよ。だってペアチケット欲しいですもん」

「あのさ、当たる保証とか無いんだけど?」


 楓先輩は運良く当たっただけで、二等なんてそう簡単に当たるとは思えない。

 なのに福引きの為に十四万円使おうとしてるとか、金持ちの考える事はよく分からん……。


「当たらなかったら追加します」

「つ、椿先輩……? やっぱこのチケットは椿先輩に……」


 美咲が鞄にしまったはずのチケットをいつの間にか取り出していた。


「ううん、それは美咲ちゃんの物よ。椿は自分で当てるから安心して」

「って椿は言ってますが美咲さん……安心できませんよね?」

「うん、全く」


 流石は俺と同じ一般庶民。

 実の妹が同じ感覚の持ち主で良かった。

 何せ、ここには金銭感覚の狂ったお嬢様が二人もいるし、俺がおかしいのかもと思ってたからマジで安心だ。


「ど、どうして……? 私、何か間違った事言っちゃったかしら?」

「庶民からしたら普通にドン引きっしょ」

「……常識を身に付けたい」


 楓先輩が椿の疑問に答え、それを聞いた椿は肩を落とした。


「富士流のチケットが欲しいなら普通に買えば良いんじゃないの? 福引き一回やるのに使う分くらいの金額で買えると思うけど?」

「弟くん? 椿が欲しいのは二人分のチケットだからその二倍だよ」


 つまり、椿は誰かと富士流に行きたいってわけか。

 それが男だったら羨ましいけど、その可能性はほぼ無いと思うから何とも思わない。


「あぁ、そうだったけ。なら二枚買えば良いんじゃね?」

「その方が常識的ですか?」


 それを聞いて、俺も美咲も頷く。


「じゃあ一回だけで良いので挑戦させてください。福引きやってみたいんです。ちゃんと必要な物を買いますから」

「まぁ、それなら良いんじゃね?」

「それなら早速――あっ、ここって本屋さんってありますか?」

「あるよ」

「そこに行きたいです! えっと、だからそのぉ……」


 察してと言いたげに椿が俺を見てくる。

 一人で行くと迷子になるからついてきてほしいと言いたいのだろう。


「んじゃみんなで行きますか」

「オッケー」

「お兄ちゃんお兄ちゃん、先週発売の漫画が欲しい」

「あっそ、自分で買えば?」

「ケチッ」


 悪態を吐く美咲から目を背けて椿を見ると、ホッとしたような表情を浮かべていた。


 それを見て、ちゃんと察してあげられたのだと安堵し、みんなで本屋に向かった。

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