13 美しすぎる姉妹
「ん? 何の音です?」
二階に降りてフードコートの近くに来ると、ベルの音が聞こえた。
椿はそれが気になったらしく、首を傾げて聞いてかる。
「福引き。誰か良い景品でも当てたんじゃね?」
と、福引きの列を指差してあげる。
「あぁ、噂に聞くガラガラのやつ――あっ、楓お姉様」
姉の名前を呟いた椿の視線を追うと、丁度楓先輩が景品を受け取っていた。
ポケットティッシュじゃないのを見る限り、もしかして今のベルって楓先輩が何か当てたからなのか……?
「凄いですね楓先輩! それからありがとうございます!」
美咲もいたらしく、景品を受け取った楓先輩に駆け寄って話かけている。
「うっひっひっ、当たっちゃったぁ! ちゃんとあげるからね――お? やっと戻ってきたね! それに椿も一緒じゃん」
楓先輩は満足げな表情を浮かべた後すぐ、俺達に気づいて美咲と一緒に駆け寄ってきた。
「遅すぎだよ弟くん。ショッピングモールのトイレで何時間息子のお世話してたのさ。他の利用者に迷惑だよ」
……そうか、そういう事だったのか。
トイレに行くと嘘を吐いたのは間違いだったと反省した。
「……してませんから」
「なら溜まったままだね。あ、ポケットティッシュこんなにあるから全部あげるよ。これだけあれば流石の弟くんと言えども当分はティッシュ不足にならないっしょ」
「この歩く18禁がっ……要りませんよそんなにいっぱい。一つで結構です」
「んじゃ残りは良治にでもあげるとしますか」
そう言ってポケットティッシュを鞄に詰め込んでいる楓先輩を、椿がめっちゃ睨んでいる。
お、おい……喧嘩しないって約束だったよね?
「……楓お姉様、どうせ今隼人くんに卑猥な事でも言ってたんでしょうけど、良い加減やめていただけませんかね? 身内にだけにしてください」
「分かってないなぁ椿は。彼は楓の弟だから良いんだよぉだ」
だから、弟じゃありません。
つまり身内じゃないんでやめてください。
「その発言の意味は理解しかねますが、もう一度言いますね? 椿を知ってる人の前で卑猥な発言は控えてください。椿までそういう目で見られたらどうしてくれるんですか?」
「良いじゃん、椿もそういう目で見られれば。楓みたいになればお見合い話も滅多にこなくなるしぃ、わざわざ断る手間もかなり省けるじゃん?」
「学校の男子生徒とのお見合い話なんてあるわけないでしょうが……だから学校でそんな目で見られる意味なんて無いわよね?」
椿の口調が変わった。
何で変わるのか聞いた事ないから分からないが、今一つだけ言えるとしたら、間違いなく椿のイライラが大きくなった。
「いやいや、甘いぞよ我が妹よ。学校でも変な虫が寄って来なくなる、かもしれない……よ?」
「自信なさげね。それもそうでしょうね、だって卑猥な目的で寄ってくる虫が多いものね、楓お姉様には……!」
「チッチッチ、それも甘いぞよ椿たん。男という生き物は大半がそれを期待しているものなのだよ。つまり、楓だからその目的で寄ってくる虫が多いわけじゃないんだなぁ! モテる女には必然! あの二人が追っ払ってなきゃ、椿にもエロ目的で寄ってくる虫が大量発生してるんだよなぁ!」
美咲が静かに怒る椿とニヤニヤ笑う楓先輩を交互に見て震えている。
「お、お兄ちゃん……まさかこの二人って仲悪いの……?」
「実際のところは知らんけど、多分そんな事は無いっしょ……」
椿から見た楓先輩に関しては分からないが、楓先輩から見た椿は可愛い妹だと知っている。
だから、本当に仲が悪いとは思えなかった。
「ふぅ……話の続きは帰ってからにしましょうか。ごめんなさい隼人くん、ちょっとだけやらかしちゃいました。それから美咲ちゃんも、見苦しい姿を見せちゃってごめんね」
椿は小さく息を吐いて気持ちを切り替えたのか、苦笑いを浮かべつつ謝ってきた。
「まぁ、発端は楓先輩だし」
「わ、私も椿先輩の意外な一面を見れた気がしてむしろ良かったって言いますか……!」
美咲もそう言ってるわけだし、やはり別に謝られるような事じゃない。
「これにて一件落着だね! んじゃ椿、ちょっとおいで」
「はぁ……? 何ですか?」
分かってはいたが、楓先輩には一ミリも反省した様子はない。
何なら、事の発端のくせしてまるで当事者じゃなかったかのような口振りだ。
そんな楓先輩が、俺と美咲から十メートルくらい離れた所に椿を連れていってしまった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、ちょっと自慢しても良い?」
「何だよ?」
「さっき楓先輩が二等の富士流ハイランドのペアチケット当てたんだけど、それを貰える約束なんだ!」
何か当てたのは分かってたけど、随分と凄い物だった。
「へぇ、良かったな」
「あ、まだ誰誘うか決めてないけど、お兄ちゃんとは行かないからね」
「あっそ……」
どうせ誘われないって分かってたし、正直どうでも良かった。
□□□
楓お姉様に隼人くん達から少し離れた場所に連れてこられた。
「椿ぃ、これなーんだ?!」
妙にムカつく笑みを浮かべる楓お姉様が、いきなり私の目の前に何かをチラつかせてきた。
「何って、紙切れ――」
「――残念、不正解! これはさっき当てた景品、何と二等! 富士流ハイランドのペアチケットなのでしたぁ!」
「――なっ?! 遊園地のペアチケット?!」
紙切れなんかじゃなかった。
ほ、欲しいっ……! くださいってお願いしたら譲ってくれるかしら?!
「その反応、欲しいと見た」
反射的に首を縦に何度も振ってしまった。
「椿ぃ、楓の弟の事好きだよねぇ?」
「私達に弟なんていませんが」
またわけの分からない事を言って――、
「椿の結婚相手は楓にとっての義理の弟じゃん?」
「――っ?!」
たった今、楓お姉様が隼人くんを弟と言っていた意味を理解した。
ただし、私達はまだ婚約もしていなければお付き合いすらしていない。
「ねぇねぇ、どうなのどうなの?! お姉ちゃんもう分かっちゃってるけど、ちゃんと妹の口から聞きたいなぁ!」
この人だけには答えたくない答えたくない答えたくないっ……!
っていうか……分かっちゃってたの?!
「ささっ、教えてよ椿ぃ! あっ、そうだ、じゃあ好きか嫌いかの二択にしよっか!」
「ちょっ、何勝手に――」
「――制限時間は一分、時間内に回答を得られない場合は嫌いと判断して弟くんに伝えちゃいまぁす!」
「だから、何で勝手に――」
「――よーい始め!」
私の言葉を聞こうともしてくれず勝手に始められてしまった。
楓お姉様が相手でも、隼人くんの事は好きじゃない、なんて嘘を吐くのは椿には無理。
でも、この人の事だから答えた瞬間に隼人くんに言ったりする可能性がめちゃくちゃ高い。
それを聞いたら隼人くんはどう思うだろうか。
隼人くんと友達になってから今日まで、自分なりに一歩ずつ前に進んでこられたとは思っている。
意識してくれているとまではいかなくても、ほんの少しだけ異性として見てくれてるんじゃないかな? って実感もある。
でも、それだけじゃダメだ。
絶対的な自信……確信を得なきゃダメ。
隼人くんが、椿を彼女にしても良いと思ってくれてるって確信が必要だ。
失敗を恐れずに、なんて今すぐ告白して良い立場なんかじゃ決してない。
隼人くんは今の関係性を本当に大切にしてくれている。
それを壊してしまってリセットしてしまうのだけは絶対に避けなければいけない。
隼人くんのおかげでもう一度舞い降りたチャンス。
これは壊すんじゃなくて進化させる為の機会。
もう二度と失敗するわけにはいかない――椿にとってのラストチャンスだから。
それ抜きにしても、楓お姉様の口から隼人くんに伝わるなんて御免だ。
この想いだけは、他の誰でもない椿の口から伝えたいから。
「……さん、に、いち、ぜ――」
「――待ってっ! こ、答えますから、制限時間とか設けないでください」
答えなきゃ隼人くんに『嫌い』だと伝えられてしまう。
隼人くんは椿がそんな事言っただなんて信じないでくれると思うけど、それでもそんな間違った情報を伝えられるのは嫌だから。
「……正直に答えますから、絶対に他言無用でお願いします。今回が、ラストチャンスだから――」
こんなにも真剣に楓お姉様にお願いをするのはいつぶりだろうか。
もう、何年も前な気がする。
「流石の楓も空気読むって。あの様子じゃ、弟くんは大きな勘違いをしてるからね」
「勘違い……?」
「こっちの話。まぁ気にしないで」
そう言って楓お姉様は苦笑いを浮かべた。
多分、今のところ制限時間の縛りは無しにしてくれている。
でも、この人の事だからいつ気が変わってもおかしくはないから、今答えるんだ。
「椿は、隼人くんが好きですよ。でなきゃ、あの騒動だって起こりませんでした」
「知ってる知ってる! それにしても椿ぃ、あの時ホントに告白してりゃ今頃ムフフだったのにねぇ」
「失敗してしまったのくらい分かってます。それでも隼人くんのおかげで取り返しがついて、今があります」
「それが分かってるなら良し。……うひっ、五年半も抱き続けてきた想いかぁ!」
と、楓お姉様はニヤニヤ笑って見てくるけど……、
「そ、それまで知ってたんですかっ……?!」
「何を知ってたかによるかなぁ。好きなのが弟くんなのは知らなかった。だって、楓が弟くんの存在を知ったの、つい最近だし。……でも、椿が小五の頃から誰かを想い続けてるのは小六の頃から察してた」
耳を疑ってしまった。
先日、朱音にバレるまで誰にも言った事がなかった椿の想い。
楓お姉様がそんな昔からそれに気付いていたなんて。
……なんだ、いつもふざけてるようにしか見えなかったのに、椿の事、ちゃんと見てくれてたんだ。
そんな優しい姉に対して日頃暴言を吐きまくってる自分に腹が立ってくる。
「それはさておきこのペアチケット――」
「――くださいっ!」
「うーん、どうしよっかなぁ! 他の誰かにあげちゃおっかなぁ」
この流れ、楓お姉様はそれを譲ってくれるつもりで椿と二人きりになってくれたと思ったんだけど、もしかして思い違いだったのか迷う様子を見せてくる。
「か、楓お姉様! いつもお誘いくださるエッチなビデオ鑑賞とか、エロゲープレイ、一度も誘いを受けて差し上げた事がありませんでしたね! きょ、今日は是非お供いたしますよ?!」
最近少し感じていた。自分にはその手の知識が少なすぎると。
基本的な用語しか知らないし、何かを別の意味で表すとしたら全然分からない。
これじゃ、いざ本番って時に隼人くんに満足してもらえないんじゃないかと不安になる。
今日こそが、実際の映像またはゲームで知識を蓄える時!
楓お姉様はほとんど毎日のように誘ってくるし、受けてあげればペアチケットを譲ってくれるはず。
「いや、テスト期間はやらないから」
「じゃあテストが終わったらやりましょう! そういう事で、ペアチケットください!」
「ん? あげないよ?」
やったぁ! これで隼人くんを誘って一緒に富士流に――って、あれ?
「……は? くれるんじゃなかったんですか?」
「福引きで手に入るって教えてあげようと思っただけだよ。二等、残り二本だってさ」
「またまたぁ、そんな事言いつつもくれるのが楓お姉様です! ね? そうですよね?」
「それは無理。これは弟くんの妹ちゃんにあげる約束だし」
「なっ……がっくし……でもまぁ、それならしょうがないですね」
あげる相手が美咲ちゃんなら貰うのは諦めるしかない。
ついでにエロゲーをやるのもやっぱやめよ……。
よくよく考えたら、そんなのやったなんて隼人くんに知られたら色んな意味で終わっちゃいそうだし……。
「椿も当てりゃ良いじゃん。誰でも無料で参加可能だし、はよ列並びな」
「誰でもできるんですね! それじゃちょっと行ってきます!」
椿の為にこんなにも良い情報をくれるなんて、楓お姉様には今度お礼しなくっちゃ!
普段は喧嘩ばっかだけど、実は仲良しなのよね、私達って!
ホント、美しすぎる姉妹ねぇ!
ウキウキ気分でくじ引きの列に並ぶ。
前に並んでいた三人は白玉。
残念賞のポケットティッシュらしいけど、それに用はない。
狙うは赤玉の二等!
気合を入れてガラガラのハンドルを握る。
「あ、あの、お客様……? レシートの方を確認させていただきたいのですが」
係員の人が苦笑いを浮かべてそう言ってきた。
「レシート? そんなのありませんけど」
「五千円のお買い上げ毎に一回の参加が可能でして、それを証明するレシートが必要なのですが……」
「えっ……?」
知らなかった。
というよりも、楓お姉様からはそんな事聞いてない。
無料って言ってたんだけど……まさか、遊ばれた?
「こ、ここで五千円払うじゃダメですか……?」
「申し訳ありませんが、お買い物のレシートのみで参加可能です」
「ぐぬぬっ……分かりました……」
ショックだ……福引きができなかったのもそうだし、それ以上にこれじゃただ恥をかいただけ。
係員の苦笑いがそれを私に痛感させてくる。
バ楓、許すまじ……。
怒りの対象を見つめながら、列を離れた。
□□□
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