12 スカートの裏側
急いでゲーセン前までやってきたのだが、椿が言うように確かに柄の悪い学生が多いような気がする。
ショッピングモール内のゲーセンだけあって小さい子供だって多いんだから、お前らちょっとは悪目立ちしない努力とかしろよと言いたくなりそうだ。
まぁ、そんな奴らの事なんて今はどうでも良い。
さっさと椿と合流しなければ……。
と、歩きながらスマホを取り出して電話をかけようとしたその時――とある店の中にいる椿を発見した。
「うーん……やっぱ気が早過ぎるかしら? でもでも、椿の予定では絶対そうなるわけだし今から用意しておくのもアリね……勝負下着」
口が動いているように見えるから、多分独り言でも言っているのだろう。
「どんなのだったら可愛いって思ってもらえるかしら……。隼人くんの好きそうなのは……分かんないわね……」
だが、真剣に悩んでいるようにも見える。
これから下着でも買うつもりなのかもしれないし、だったらこんなとこでその様子を眺めているわけにもいかない。
何より、店内に堂々と入っていくならまだしも、挙動不審にランジェリーショップを眺めている男子高校生なんて傍から見てヤバすぎる……。
さて、居場所も分かった事だし近くのベンチに座って待ってるとしますか……。
「うーん、どうしようか――あっ、隼人くーん!」
ランジェリーショップに背を向け、ベンチに歩き始めた瞬間、椿に気づかれてしまった。
振り返ると、椿が小走りでこっちに向かってきていた。
「探しにきてくれてありがとうございます。そういうわけでこっち来てください」
「――えっ、ちょっ?!」
腕を掴まれ、そのままランジェリーショップの中に引きずり込まれてしまう。
「これは、何展開……?」
「は、隼人くんはどんな下着がお好きですか?! こんなのですか? それとも……こっち系?」
椿が目の前にある女物の下着を手に取り、交互に見せてくる。
「何聞いてくれてんの?! はぁっ?!」
「さ、参考にですよっ……! さぁ答えなさいっ!」
「誰が答えるかっ! つーか、好みなんて特にねぇよ」
これが嘘か本当か、自分でもよく分からない。
以前見てしまった水色のあれ、つい思い出してしまう度に鼻息が荒くなる自分を知っている。
だったらあれが好みなのかもしれないけど、本人を目の前にしてそれを言う勇気はない。
「裏を返せば、全部大好き……」
「違うわっ、どんな裏の返し方してくれてんだ」
「裏といえば、こんなのはどうですか?」
何を思ってしまったのか、椿はこの場でスカートを少し
「何やってんのっ?! ……って、え、短パン?」
「椿のスカートの裏側です」
椿はそう言いながらスカートを元に戻した。
「常に穿いてるんですよ。で、隼人くん的に下着と比べて短パンはどうです?」
「い、良いんじゃね……? 短パンも……」
「真面目に答えてくれます?」
椿の怒りメーターの針が動いた気がした。
このまま誤魔化し続ければそれが振り切れて怒り始めるかもしれない。
流石にこんな場所でだけはやめてほしいから、ここは正直に答えるとしますか……。
「……パンツの方が好きです、はい。僕も男なんで、これは必然なんです」
「ちなみに、どんな色がお好きですか?」
「今は水色です、はい。……ん? え、何しれっと誘導してくれてんの?」
「てへっ」
椿は舌を出して悪戯な笑みを浮かべた。
ムカつくけど相変わらずクッソ可愛いなマジで……。
「……で、結局何か買うつもりなの? だったら近くのベンチで待ってるけど」
「いえ、また今度にします」
「んじゃ、さっさとフードコート行くぞ」
そう言ってランジェリーショップを出たのだが、椿がついてきていない。
店内に目を向けると、椿がニヤニヤしながらノートに何かを書いていた。
「お待たせです」
「何書いてたん……?」
「メモです。隼人くんは短パンよりパンツ派、好みの色は水色。ふっふっふっ、これで完璧です」
と、得意げな顔でピースを突き出してくる。
「何が完璧じゃ! 一々記録すんな……!」
「言っときますけど、いくら隼人くんが短パン嫌いでもやめるつもりはありませんからね」
「いや、誰も嫌いとは言ってねぇし……やめてくれとも言ってねぇわ」
「でもご安心ください。短パンの下にちゃんと穿いてますから」
だから、それも聞いてねぇし……これじゃまるで俺がヘンタイみたいじゃないか。
会話が全く噛み合ってる気がしない。
「そーですか……」
反応するのも疲れるな、なんて思いながら歩き始める。
「そうお気を悪くなさらないでください。短パンは将来を添い遂げる旦那様以外の男性に見られるのを防止する為に毎日穿いているんです。どうかご理解願います」
椿が歩く俺の前に回り込んできて、深々と頭を下げてきた。
「って言われても、短パンが原因で気が悪くなってたわけじゃねーし……。つーか、毎日穿いてるってそれ、嘘だろ? 休みの日は穿いてないんじゃねーの?」
そう言いながら再び歩き始めると、椿もそれに合わせて横に並んできた。
「嘘じゃありませんよ。スカートの時は例え休みの日でも穿いてますから。何で疑うんですかぁ……?」
椿は不満げに頬を膨らませて俺を見る。
「だってゴールデンウィークにうちに来た時は穿いてなかったじゃん。……あっ」
何も考えずにそう答えてしまった。
でもすぐに気付いた……これって、パンツ見ましたって自白したようなものだと。
「……隼人くん隼人くん? どうしてそれを知ってるんですか?」
再び俺の前に回り込んでニッコリ笑って聞いてくるけど、今はその笑顔が逆に怖い……。
「な、何となくそうかなぁって思って……」
椿は言っていた。将来を添い遂げる旦那様以外の男に見られたら最悪だ、と……。
つまりは、俺に見られたと確信したらマジギレしてくるだろう。
だったらここは、何とか誤魔化し切るしかない。
「隼人くん隼人くん? 嘘吐いてるとここでキレますよ?」
「あっ、いや、そのですね……」
誤魔化そうなんて浅はかだったらしい。
この感じ、椿は既に確信してやがる……。
「正直に答えてください。怒ったりしませんから」
さぁどっちが正解だ。
誤魔化せば、確信してるが故にキレられるのは確定。
正直に答えれば、未来の旦那様以外の男に見られたのを理由にキレる可能性激高。
どっちにしろキレられるやんけぇ……。
「……王様ゲームの時に見えました。椿がスカート捲って俺の顔を内側に動かした時に……水色のが……」
諦めて正直に答える方を選択した。
思ったんだけど、俺はただの不可抗力だし悪くなくない?
見せてきたのはあなたですよ……?
「あわわわわぁっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ! み、見えてたなんて気付かなかったんですぅっ……!」
椿は顔を真っ赤にして、取り乱したようにそう言ってくる。
「……うん? あれ?」
「ど、どうかなさいましたか……?」
「怒ると思ってたもので……え、何で怒んないの?」
逆に謝ってきたのが予想外で、つい首を傾げてしまう。
「正直に答えてくれたら怒ったりしないって言ったじゃないですか。で、でもでも……恥ずかしすぎますぅ」
顔は真っ赤なまま、椿は視線を下げた。
言葉通りの恥じらう姿が可愛くて心臓がうるさくなってくると同時に、脳裏に焼き付いている水色のパンツが勝手に頭に浮かんできて呼吸が苦しくなってくる。
……いかんいかんいかん、やめてくれ俺の中の悪魔っ……!
「は、隼人くん……? もしかして今……思い出してます?」
「えっ?! ちがっ、違わないけど今すぐ忘れる努力をしますからどうかお許しを……!」
「はぁ……それは逆にショック」
椿は妙に切なげな表情で下を向き、何かを呟いた。
思い出していたという事実に呆れられてしまったんじゃないかと冷や汗が出てくる。
こんな勢い任せの謝罪ではダメだ。ちゃんと誠意を見せなければ。
「ごめん、やっぱ今すぐ忘れるのは無理そうだけど、できるだけ早めに絶対忘れてみせるから許してください」
椿の顔をちゃんと見て謝り、深々と頭を下げる。
恐らく、キレられるだろう。
でも、それで明日以降もこれまで通りの関係でいられるならそれでも構わない。
「バカァッ! わ、忘れなくたって良いから!」
「……へっ?」
頭上から椿に怒声を叩きつけられた。
だが、キレられるのは予想していたとはいえども予想外な事もある。
忘れなくていいって、どゆこと……?
「い、言い忘れてたけど、休日に隼人くんの家に遊びに行く時だけは短パンを穿くつもりはないわっ……! ま、まぁ隼人くん以外の男性がいる場合は穿かせてもらうけど……!」
物凄く必死な顔してそんな事を言ってくるけど……、
「ちょ、ちょっと待って……それってつまり俺には見られても良いって言ってるの?」
だとしたら椿の中では未来の旦那様とやらは俺のつもりで……って、そんなわけないだろうがっ……!
俺の中の悪魔よ、もう二度と勘違いするわけにはいかないんだからマジでやめてくれ……。
「良いかダメかじゃなくて、わざと覗いたりしたら怒るわよ?!」
こうして、俺の中の悪魔は追い払われた。
やはり椿の中での未来の旦那様は俺ではなかったようだ。
勘違いせずに済んで良かった……。
「そ、そんな事絶対しないから……!」
「
「……はい?」
「じ、事故なら許すって言ってんのよ! 分かった?!」
「え、あぁうん、分かりました」
どこをどう受け取れば事故なら許すと言っていたのか理解不能だが……とりあえず、あの日見てしまったのとそれを今思い出してしまったのに関しては許してくれるって解釈で良さそうだ。
「なら良しです。それじゃ、行きましょうか」
そう言って椿は歩き始めたのだが……、
「おい、そっちじゃねーから。こっちな、こっち」
「いっけない、また迷子になるとこだった……。つ、椿の傍から離れないでくださいねっ!」
なんて言いながら俺の前に戻ってくる。
「それ、俺のセリフなんだけど……」
「じゃあ言ってみてくださいよ」
「無理」
それだけ言って歩き始める。
俺の傍から離れるな、とか、冷静に考えたら言うには恥ずかしすぎる。
「あっ、待ってくださいよぉ!」
慌てて横に並んできた椿と一緒に、フードコートに向かった。
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