11 迷子からの電話
俺の叫びが聞こえたのか、美咲はスマホを操作する指をピタッと止め、目を細めながらこちらに近づいてくる。
「どうしてって、椿先輩に連れてきてもらったから。で、まずは手分けしてお兄ちゃんを探し――」
美咲は俺の目の前に座る楓先輩を見ると固まってしまう。
「――お兄ちゃんがまた奇跡起こした?! も、申し遅れました! 私、風見隼人の妹の風見美咲と申します! いつも兄がお世話になっております!」
数秒の間の後に美咲は激しく驚いて、慌てて楓先輩に自己紹介をした。
「キミが妹ちゃんかぁ! 椿から話は聞いてるよ、とっても良い子なんだってね。でもまぁ、楓にそんなペコペコしなくて良いから。キミのお兄ちゃんの夜のお世話はしてないからさ」
「夜のお世話……? って何ですか?」
楓先輩の発したある言葉に、美咲がキョトンとした顔で首を傾げる。
「それはだねぇ――」
「――言わんで良いからっ!」
妹にそんな知識が身につく瞬間を目の当たりにしたくないが為に全力で止めに入る。
既に身についてるかもしれんけど……。
「妹ちゃんだってもう高校生でしょ? なら良いじゃん」
「そういう問題じゃなくて……さっきからずっと言いたかったんですけど、場所を考えて下さいよ、場所を! ここ、フードコートね? 周りに小学生くらいの子とか結構いるんですけど!」
それに、周りに聞き耳立ててる大人とかいたら学校に苦情入ってもおかしくないからね?!
「ってなわけで妹ちゃん、さっきのはあんま気にしなくて良いから。何が言いたかったかっていうと、キミのお兄ちゃんのお世話は楓の役目じゃないからそんな事してないよって話、それだけだよ」
流石の楓先輩もやばいと思ったのか、下ネタ発言を控えてくれた。
歩く18禁のそんな姿に感動すら覚えそうになってしまう。
「それを聞いて安心しました……楓先輩にこんな愚兄の世話なんてしていただくわけにはいきませんから」
「ううん、そんな事ないよ。昼のお世話だったらしてやらんでもない、だって弟だし」
「へっ……?」
美咲は再びキョトンとした顔で首を傾げた。
そんなの当然だ。気付いたら自分の兄が他人の弟になっているのだから。
まぁ、楓先輩が勝手に言ってるだけで俺にはその気は無いけど。
「気にすんな美咲、テキトーに聞き流しとけ」
「おい愚兄……偉大なる楓先輩のお言葉なんだから、一つたりとも聞き逃して良いわけないでしょ?」
それはない、楓先輩の発言の大半は聞き流して良いものだ。
それどころか、全く関係ない他人のフリをするのが大正解なパターンが過半数を占めると言っても過言ではない。
「まぁ落ち着きなよ妹ちゃん。そうだ、何か食べる? 弟の妹だし何か買ってあげるよ」
「いえ、そういうわけには……」
美咲は遠慮気味に苦笑いを浮かべる。
「良いから良いから! お金だけはいっぱい持ってるし、遠慮しないで」
「は、はい……ありがとうございます……」
楓先輩の強引さに、美咲は流されるように頭を下げる。
「んじゃ何食べる?! 何でも買ってあげちゃうよ!」
「えっと、じゃあ私もクレープで。おっと、その前に――」
美咲はスマホを取り出してこの場から離れた。
誰かに電話をかけているようだ。
うん、というか椿だな。
楓先輩の寿命も後僅かか……ご愁傷様です。
……じゃなくて、こんな場所で喧嘩はやめてね?
一分くらい経過した後、美咲が戻ってきた。
「んじゃ買いに行こっか」
楓先輩はそう言って立ち上がり、美咲を連れてクレープ屋の列に並ぶ。
それをボーッと見ていると椿から電話がかかってきた。
「……もしもし?」
機嫌が悪い可能性もあるから出るのを
『……隼人くん。あの、そのぉ……』
何か言いたげだが、機嫌が悪いというわけではなさそうで少し安心した。
「どうかした?」
『ちょっとの間だけ楓お姉様と美咲ちゃんから離れてもらえませんか? 隼人くん以外には知られたくない話なので』
「あの二人なら今クレープ買いに行ってるから近くにいないよ」
『そうでしたか、なら早速……じ、実はフードコートの場所が分からなくてですね……』
「地図見りゃいいじゃん。その辺にあるっしょ?」
『見ても分かんないから電話したんですよ』
「……え、まさか方向音痴?」
『違いますっ! 初めて来たから分かんないだけです』
はいはい……何にせよ迷子なんだね。
もう分かりました。俺に探しに来いって言ってるんだよね?
「さっき美咲と電話した時に何で言わなかったん?」
『だ、だって、こんなの誰かに知られたら恥ずかしいじゃないですか! そ、それに楓お姉様に知られようものならどれだけバカにされるか……』
「俺には知られてるんだけど……」
『それだってホントは恥ずかしいですけど、隼人くんになら知られても良いんですよ。他の人には絶対内緒にしてくださいね』
電話口からでも恥ずかしそうなのが伝わってくるが、何故か嬉しそうなのも声音から伝わってくる。
「……分かったよ。で、探しに行けば良いんだよね?」
『はいっ、お願いしたいです。……あの、ご迷惑をおかけ――』
「――良いよ別に。あっ、でも絶対ここでは楓先輩と喧嘩しないでね」
「肝に銘じます……。家までお預けとします」
「そっか、なら安心。で、どこら辺にいるの?」
近くにある店とかが分かれば、俺はななぽーとには何回も来た事はあるし地図さえ見ればその場所にすぐに行けるはず。
『えっと……ゲームセンターの前なんですけど』
「あぁ、そこね。んじゃ今から向かうよ」
フードコートがある二階から三階に上がって、そこから正反対の最奥の場所……遠い。
この人混みの中だし、歩いたら十分くらいかかりそうだな。
『あの、できれば早く来てほしくて……柄の悪い学生が多くてちょっと……さっきからジロジロ見られてて怖いんです』
「マジか……じゃあめっちゃ急ぐわ。っていうか、ゲーセン着いたら掛け直すからそこの近くにある店に避難しといて」
究極美少女南条椿に
だが、柄が悪いのなら話は変わってくる。
ナンパとかしかねん……それも椿が一人でいるわけだし尚更だ。
十分くらいかかるとか言ってられん。三分以内に到着せねば……。
『分かりました。安全そうなお店を発見したのでそこにいますね』
ひとまず、これで一時的な時間稼ぎはできるだろう。
とはいえ、急ぐに越した事はない。
「んじゃ切るわ」
そう言って電話を切り、席を立とうと思ったのだが……楓先輩の荷物と美咲の荷物がある。
盗まれる可能性は低いだろうけど、否定はできない。
仮に楓先輩の買った物が盗まれでもしたら最悪だ……だって十四万円分らしいし。
学生の分際でそんな買い物してんじゃねえよと、改めて思ってしまった。
「荷物番ご苦労、どうて――弟くん」
おい、今童貞って言いかけたろ……?
ちょっと気を抜くとすぐそういった発言するの、将来の為になんとかした方が良いと思いますよ。
でも、このタイミングで戻ってきてくれて助かった。
それだけは感謝しといてやろう。
「んじゃ、ちょっとトイレ行ってくるんで」
「ちょちょちょっと弟くん?! 家まで我慢できないの?!」
「できません」
何言ってんだこの人。
トイレ行きたいのをここから家まで我慢とか、普通はできるわけないだろ。
まぁ、実際は今から向かう場所はトイレじゃないけどな。
「マジかぁ……分かった、でも一時間とかはやめてね」
「ちょっと何言ってんのか分かりませんけど、そんなかからないんでご安心を。んじゃ、行ってきます」
ただのトイレでどうすりゃ一時間とか掛かるんだよ。
混んでても普通そこまで掛からんだろ。
なんて思いつつ、大急ぎでゲーセン前に向かった。
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