10 義理の弟(予定)

「ふぅ、今日も買った買ったぁ! やっぱテスト勉強始める前は、盛大に散財するに限るよねぇ。キミもそう思うでしょ?」


 俺は今、満足げな表情を浮かべている楓先輩とななぽーと内を歩いている。


 俺の両手は楓先輩が買った物で塞がれており、荷物持ち要員ってのは本当だったんだなと、何だか良いように使われている気がして釈然としない。


「いや、全然思いませんから。テスト後ならまだ分かるんですけどね。大体さぁ、散財って言っても今日の買い物なんてお嬢様には端金はしたがねでしょ?」

「まぁね。今日は十四万くらい? しか使ってないし」

「――十四万?!」


 手が震えた……けど落とすわけにはいかない。

 計十四万円の紙袋達だ、丁重に扱わなければ……。


「ま、そりゃ驚くよねぇ。キミからしたら常識から外れてるだろうし」

「この女、俺の約二年分の小遣いをたった一日で使いやがった……マジ引くわ、って思いました」

「まぁそんなに引かないでよ。そうだ、何か買ってあげよっか? パソコンとかどう?」

「そんな高い物買ってくれたら余計引きますから……つか、家にあるし」


 この人、将来ロクでもない男に引っかかって貢いだりしちゃうような女性にならないか心配になってきた。


「んじゃ、ゲーム機とかは?」

「だから、それもドン引きですから」

「そっかぁ……んじゃ、コンドームは?」

「ある意味ドン引きっすわ……! 使い道無いんで要らないです!」


 パソコンとかゲーム機よりかは、値段的には遥かに常識的かもしれない。

 だけど、それはいくらなんでも金額以前の問題過ぎる。


 どうして女子高生の先輩にそんなもん買ってもらわなきゃならねぇんだよ!


「なるほどぉ……キミは避妊しない派か」

「そうじゃなくてっ! ……はぁ、どうして俺に何か買いたがるんですか?」

「キミは楓の弟になるからね。今のうちから可愛がってあげようと思って」

「……何それ? 俺って南条家の養子にでも出されるんすか?」


 まさか、秘密裏に俺の両親と南条家との間にそんな取引でもあったのか……?

 ま、そんなわけないけど。


「それはそれで面白そうだけど、違うよ」

「んじゃ弟にはなりませんね。めでたしめでたし」


 こんな歩く18禁が姉になるとか、マジで勘弁だわ。

 恥ずかしいったらありゃしない。


「いやいや、だとしたら全然めでたくないから。ちゃんと弟になってもらわなきゃ困るから。はい、呼んでみ? 楓お姉ちゃんって」

「嫌です。それより、買い物終わったならさっさと帰りません? 妹に見つかったら滅ぼされますよ?」


 椿が電話口からガチトーンでそう言っていたのを俺は忘れていない。

 もうとっくにななぽーとには着いているだろうし、俺達を探してるならいつ見つかってもおかしくはない。


 正直、ここで遭遇しなくてもどの道南条邸に帰ったら楓先輩は滅ぼされるだろうけど、ここでそうされるのだけは俺に飛び火しかねないから、見つかるのは願い下げだ。


 となると、用も済んだし早くここから撤退したいのだが……。


「あの子そんな事言ってたの?! こんな公衆の場で怒鳴られたり殴られたりするのは流石に楓も勘弁だわぁ……よし、フードコートに避難しよう」


 椿もきっと、公衆の場で下ネタ言いまくるのは勘弁してくれって思ってるだろうな……だって他人のはずの俺でさえ思ってるくらいだし。


「何でわざわざ見つかりにいくようなマネしようとするんです? さっさと帰れば良いじゃないですか」

「チッチッチ、甘いな童貞くん。椿はななぽーとに来るのは初めてだと思うから、フードコートの場所なんて分かんないって」

「偶然通りかかって見つかる可能性もある、というか地図見りゃ分かるっしょ」

「チッチッチ、またまた甘いな童貞くん。こんな広い建物の中、無闇に動き回る方が見つかる可能性は高くなるってもんよ」

「だとしても、帰ってしまいさえすれば絶対見つからないんですけど……」

「つべこべ言ってないで行くよ! 童貞くん!」


 そう言って楓先輩に腕を掴まれる。

 両手も塞がってるし、凄く歩きにくい。


「……その呼び方マジやめて。さっきから周りの目がとっても冷ややかなんですけど」


 俺に向けられているのか、それとも楓先輩に向けられているのかは定かではないが、特に子連れの母親らしき人達からの視線が辛すぎる。


「フードコート行くならやめてあげるよ」

「分かりました……行けば良いんでしょ」


 それでやめてくれるなら喜んで行きますよ……はぁ、マジ帰りてぇ……。


 なんて思いつつも、渋々フードコートに向かった。



◇◇◇



 楓先輩は言っていた、何か買ってあげるよと。

 

 そういうわけでクレープを買ってもらった。


「弟くん、どうどう? 美味しい?」


 楓先輩は自分のイチゴ味のクレープを食べつつ、俺の食べるチョコ味のクレープを見つめている。


「うん、マジ美味いっすよ。……って、だから何で弟って事になってるんですか?」

「将来、楓の義理の弟になるんだから良いでしょ?」


 楓先輩はクレープを食べながら、当然とでも言いたげな顔でそう言った。


「……ん? 義理の、弟……?」


 楓先輩の義理の弟……それは楓先輩の結婚相手の弟の事を言うが、俺は長男だからそれはない。


 だとしたらもう一つ……楓先輩の妹の結婚相手も義理の弟。


 もし俺が楓先輩の妹と結婚するのであれば、楓先輩の義理の弟という事になる。


 ここで整理してみよう。


 南条楓の妹、それは南条椿――、


「――はああぁっ?! そんっなわけないでしょうが! え、はああぁ?!」


 整理した途端、頭の中がテンパりすぎて逆に理解が遠くなる。


「いや、ないからっ……! あり得ませんからっ!」

「なーにがあり得ないのかなぁ?」

「俺と椿が結婚とかするわけないでしょ?!」


 一体全体、どうしてこの人の中ではそういう事になってるのか不思議でしょうがない。


 そ、そりゃあ、一時期は椿と結婚とかできるならしたいとか思っちゃってたけどさ……。


 もう今はそんな事は思ったりしていない。


 だって、結婚したいと思う――それすなわち恋だとしたら絶対に避ける必要があるから、そう思ったりするわけがないのだ。


 それ抜きにしても、そもそも椿がそんな事思ってるわけがないし……。


「なるほどなるほどねぇ……童貞くんの気持ちは何となく察したよ。まだ時間がかかりそうだね」

「それはどうも……でも、どれだけ時間が経っても考えは変わりませんけどね」

「ふむふむ……童貞くんの勘違いはまだまだ続くと……」

「何が言いたいのかよく分かりませんね。……というか、その呼び方やめてくれるんじゃなかったんですか?」


 フードコートについていけばやめてくれる約束だったはずなのに、結局童貞くんと呼ばれている。


 まさか俺、騙されたの……?


 まだ弟って呼ばれる方がマシなんだけど……。


「卒業したらやめてあげるよ」

「ふざけんなっ! 相手いねえよ! 絶対バカにしてますよね?!」

「今時の若者は早いらしいからねぇ。取り残されつつある我が弟よ、頑張れ」


 その励ましが逆に虚しい。

 きっとこのまま取り残され続けて、残り物となり気づけば魔法使いに……。


「はぁ……」

「ちょっと、ため息吐いてないでお姉ちゃんの事も励ましてよ!」

「何をですか?」

「楓も処女なんだけど?」

「知らんし……」


 それに対してどう反応すれば良いのか、童貞の俺には分かんないし。


「反応薄……マジ言い損だわ」


 楓先輩は不機嫌そうにクレープに噛り付く。


「――あっ、やっと見つけた!」


 聞き覚えのある声がした気がして反射的にその方向に顔を向けてしまった。


「さて、椿先輩に連絡っと――」

「――どうしてお前がここにいる! 美咲っ……!」


 あたかも俺がななぽーとにいるのを知っていて、それでいて俺を探していたような言い方をした妹に、そう叫ばずにはいられなかった。

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