8 鬱陶しい
ゴールデンウィークも無事終わり、それから一週間弱が経過した金曜日の昼休み。
――
人は誰だって少なくとも一度はそんな感情を抱いた経験があるはずだ。
かく言う俺も、そんな経験は一度や二度に収まらない。
それどころか、今現在鬱陶しさを全力で感じている。
何故かって……? それは――、
「お前らマジで鬱陶しいなっ……! 何度も同じ事言わせんなやっ!」
――ここ最近、クラスの男連中が休み時間の度に俺の机を囲ってくるからだ。
椿と友達になった一件、予想通り瞬く間に学園中に広まっていたのは狙い通りだった。
その甲斐あって、俺に向けられる視線を嘲笑から怒りに強制変更させる事には成功した。
あれだけ俺を嘲笑してやがったんだ。
だからこそ、学園中の男子生徒が俺に怒り狂っていて本当に心の中でざまぁって思ってた。
悔しかったらお前らも椿と琴音と友達になってみろやって心の中で何度も叫んだ。
所詮は心の中で叫んだ声だから聞こえてないはずなんだけど、それがいけなかったのかもしれない……。
「なぁなぁ風見神様、そんな事言わないで裏技教えてくださいよぉ」
「俺達も南条さんや星名さんと友達になりたいんすよぉ」
「そうですよ風見神様、普通に友達になっただけって言われても難しくて良くわかんないっすよぉ」
気がついたらこいつら、俺の事を崇めるようになっていたのだ。
原因は恐らく、椿と琴音が休み時間の度に俺の所に来ているからだ。
それを見て、俺達もっ! とか思っちゃったパターンなのだろう。
うちのクラスに訪れる椿や琴音に果敢に話しかける様から考えても、それで間違いないはずだ。
だが、琴音にはシカトされ、椿も椿で一応愛想笑い程度に反応こそすれどすぐに俺と話始めちゃうから、こいつらとしては打つ手無しといった感じなんだと思う。
そこでこいつらが目を付けたのが他ならぬ俺だ。
まるで神でも見ているかのような目で俺を見て、救いを求めてきやがる。
……あぁ、マジで鬱陶しい。手のひら返し過ぎなんだよ、バカどもが。
「隼人くん、お昼ご一緒しませんか?!」
来てしまった……椿が。
男どもの目がギラついててちょっと気持ち悪い。
そのまま椿が教室内に入ってきて、俺のところまでやってくる。
「昼を一緒に食べるのは良いんだけど、場所変えない?」
「「「えぇーっ?!」」」
俺は椿に言ったんだけど?! なんでテメェらが反応すんの?!
「良いですよ」
「じゃあとりあえずここを出よう……」
弁当を持って椿と廊下に行くと、赤髪の女の子と目が合った。
「琴音ちゃん、丁度良いとこに。今から隼人くんとお昼食べるんだけど、一緒にどう?」
「あたしもそのつもりで来たのよ。で、どこ行こうとしてるわけ?」
「極力人が少ない場所」
と言っても、思いつく場所なんて何もない。
何故なら、この方教室と食堂以外で昼飯を食った経験がないから。
「それなら屋上ね。あそこは人が全然いない上にベンチまであるわよ。ぼっち飯のエリートであるあたしが言うんだから間違いないわっ!」
場所の提案は有難いんだけど、その代わりめちゃくちゃ理由が切なかった……。
「……んじゃ行きますか」
と、屋上に向けて出発。
流石は教室外なだけあって、俺への視線が強烈だ。
そのうち殺されるんじゃないかってくらいに男子生徒からの怒りが俺に集中している。
「あんた、相変わらずめっちゃ恨み買ってるわねぇ! まぁ、美少女なんちゃらを二人も独占してんだから当然と言えば当然だけど」
「自分で言うなし……」
「隼人くんを睨むなんて許せないわ……ちょっとあなた達――」
「――ちょ、良いからっ……! むしろウェルカムだって言ったよね?」
この視線こそが俺にとっての勝利の証。
俺はまだまだこいつらのおかげで感じられる優越感に浸っていたいのだ。
何なら、教室内より遥かに過ごしやすいとさえ言える。
「……あんた、もしかしてMなの?」
「違う、断じてMなんかじゃないっ!」
「椿は隼人くんがMでも構いませんよ。椿がそれ以上のMになれば良いわけですから」
約一名、意味不明な発言をしてやがるけど聞かなかった事にしておこう。
第一、否定しましたよね? Mじゃないって。何聞いてたんだこのバカは。
……こんな低レベルな会話をしているうちに屋上に到着。
「本当に誰もいないのね。教室でしか食べた事なかったから知らなかったわ」
「ふんっ、リア充の嫌味どうもでーす」
椿の感想に琴音がヘソを曲げてしまった。
「何言ってるの? 椿は隼人くんに友達になっていただくまで友達がいなかったから、全然リア充じゃないわよ?」
椿はそう言いながらベンチに座った。
「なんだ、つばきちも同士だったのね……」
琴音がそのまま椿の隣に座ったから、俺は琴音の隣に座る。
さてと、腹減ったしさっさと食おうっと。
そう思って弁当箱を開いた時、ついでに屋上の扉も開きやがった。
「どうもぉ、こんちわでぇす」
「風見神様、僕らもご一緒してもよろしいですか?」
「断るっ!」
クラスの奴らが跡を付けてきやがったぁ……。
「そんな事言わずに……僕らは地べたで構いませんのでっ!」
そう言って男子八名、俺達が腰かけるベンチを囲むように地べたに座ってきた。
「……え、またいつもと同じこの展開? 鬱陶しいんだけど」
と、横に座る琴音がポツリと呟いた。
だよね、やっぱ俺だけじゃなく琴音も鬱陶しいって感じてるよね。マジごめん……。
「僕、風見隼人神様のご友人をやらせていただいています――」
なんて事実と異なる発言をしながら、いつもと同じように一人一人自己紹介を始めやがる。
どこが事実と異なるかというと、『ご友人』という部分だ。
いつから俺達って友達だったんだと疑問しか出てこない。
「あらぁ……そうなのぉ」
琴音はフルシカトだけど、椿は一応反応してあげてる。
ホント、優しい子だなぁ……。
こいつらの目にも女神にしか映ってないんだろうなぁ……。
「はぁ……ホントクッソ鬱陶しいなお前ら……」
俺はともかく、この二人に迷惑過ぎだから対処法をちゃんと考えねば……。
「そういえば、獅堂の野郎が風見神様にマジギレしてるらしいですぜ」
「風見神様に喧嘩売るとか、身の程を知れって感じっすよ」
「うげっ……そういやいたな、そんな奴。お前ら、その情報だけはナイスだぞ」
こいつらのおかげで誰よりも鬱陶しい存在を思い出した。
元々は俺の中での鬱陶しいランキングは瀬波が圧倒的一位だったが、それもたった数日の事でしかなく瀬波を軽々超えてきた奴、それが獅堂徹だ。
舎弟二匹を連れていたから、俺と喧嘩しようとしてきたら俺はこいつらをドヤ顔で召喚してやろう。
瀬波一人来ただけで逃げていった奴らだ。こいつらを召喚すれば当然逃げてくれるはずだよね。
なんだ、意外と大した脅威じゃねぇな……。
「誰? その獅堂って人は」
そう言って椿が首を傾げた。
「南条さん、奴を知らないんすか? 女癖の悪さで有名ですぜ。なのに美男子ビッグ5とか言われてる……チクショーッ!」
それに対して俺のクラスメイトの一人がそう答えた。
「ふっ、そんなものに興味はないから知らなかったわ。琴音ちゃんは知ってた?」
「あたしはあれに何回も絡まれた事あるからね。当然全部シカトだけど」
おっほっ……獅堂の野郎、椿と琴音は俺が喰うとか調子乗ってたけど、興味すら抱いてもらえてねぇ。
しかも椿なんて鼻で笑ってましたけど?
残念だったね、獅堂くん……。
「そうだったの……厄介そうな人ね。こうなったら……隼人くん、グラウンドの中心であのセリフを叫びませんか?! そうすれば絶対誰もが身の程を知るはずです!」
「叫ばねえよ! ホントどうしてそんなバカなの?! 逆に暴動が起こるわ……!」
「いえいえ、こればっかりはバカじゃありませんよ。確実に全男子生徒が隼人くんを崇めます。この人達みたいに」
なんて言いながら、バカ(椿)がバカ共(俺のクラスメイト)に目を向ける。
「絶対そうはならないし、そもそも崇められたくねえから……」
だってひたすら鬱陶しいもん。
「そうですか……なら仕方ありませんね。今回は実行は見送りましょうか」
見送りじゃなくて、一生実行なんかしないから……マジでアホすぎ。
「――やっと見つけたぞ風見隼人! 貴様、抜け駆けは許さんぞっ……!」
「――ごほっ……ごほっ!」
屋上の扉が激しく開いての瀬波登場。
それに加えて俺に怒鳴り散らしてくるから、丁度食べてた米が喉に突っかかってむせてしまった。
「椿お嬢様、ご無事ですかっ?!」
「え、無事って……見れば分かるでしょ?」
「貴様ら、椿お嬢様から離れろっ!」
椿の言葉の意味を理解し間違えたのか、瀬波が俺のクラスメイトの男子達にお怒りだ。
「そういうのはやめなさいって何度も言ってるでしょ?! ホント良い加減にしてくれるかしら? 特に、隼人くんにだけは絶対やめて」
なるほど、椿は瀬波の躾けを怠っていたわけではなかったというわけか。
物覚えが悪いダメ犬めっ……!
噛みつくのは獅堂みたいな奴らだけにしやがれってんだよ。
まぁ、俺的にはここにいる男子達は邪魔だから、こいつらにも噛みついてくれて構わんけどな。
「風見隼人は僕の長年の宿敵です。故にそれに関しましてはまだ熟考中です」
「おい瀬波……テメェも大概バカだよな。ご主人様が俺に噛みつくなって言ってんだぞ? 熟考も何も即答で分かりましたって言うのが正解だろうが」
「貴様だけにはバカと言われる覚えはない」
「あっそ……で、長年の宿敵とは? テメェと俺って知り合ったの最近だよな? 何あたかも大昔からいがみ合ってたみたいな言い方してくれてんの? やっぱバカじゃん」
「ふん、それは貴様の記憶が抜け落ちてるだけだ」
……え? その言い方、まさかホントに俺達って昔からの知り合いなの?
「……ねぇ良治? それ、本当なの? 隼人くんと昔知り合いだったの?」
「風見隼人の存在を知ったのはこの春ですが、それでも僕達は長年の宿敵です」
「それのどこが長年の宿敵なのよ……」
バカな椿でも簡単に気付けるほど、それはどう考えても長年の宿敵とは言わない。
どうやら瀬波がバカランキング第一位だったようだ。
「――あっ、やっと見つけた……! 何勝手に脱走してくれてんの? 椿お嬢様の邪魔しちゃダメでしょ?」
葛西が屋上にやってきて瀬波の腕を掴もうとしたが、瀬波がそれを
「ふぅ……仕方がない。風見隼人、貴様が椿お嬢様と接するのは許してやろう。だが勝負は僕が勝つ、覚悟しておけっ!」
「いや、別に良治の許可とか必要ないから。むしろ良治が隼人くんに接触しようとするのを椿の許可制にしようかしら……それで、永久に許可しないと」
そうしていただけるとホントに有難いです!
椿様、是非ともよろしくお願いします!
「流石は風見神様、このお二方とご友人であられるだけでなく、瀬波封じの特権も持っているなんてっ!」
何やねん、瀬波封じって……。
瀬波ってもしかして椿に言い寄ろうとする男共を
こいつらの言い方的にそんな気がしてならない。
まぁ、椿もロクでもない連中に言い寄られても困るだろうし、その行動は正解なのかもな。
「風見隼人、貴様いつからクラスメイトの神になったのだ?」
「知らんわっ……つかテメェ、いつまでここにいんだよ。しれっと粘ってんじゃねーぞ!」
「バレたか……」
いや、マジで粘ってやがったんかーい……。
「ほら、良い加減戻るよ」
そう言って葛西が瀬波の腕を掴んだ。
「仕方あるまい。おい、風見隼人、椿お嬢様に変な輩が寄り付かんように細心の注意を払いたまえよ」
「はいはい……じゃ、お前らも良い加減鬱陶しすぎだから瀬波達と一緒に戻ってくれや」
去りゆく瀬波の背を指差して、クラスメイト達にそう指示する。
「そうですね、流石に度が過ぎると風見神様のご
意味不明な理由を言い残していきやがったが、ひとまずクラスメイト達も教室に戻ってくれた。
「隼人神様が椿を魔の手から守ってくださる……キャーッ! ホント素敵……グフッ、ウフフッ」
「……ねぇ隼人」
「ん? どうした?」
「さっきからつばきちがブツブツ念仏唱えてるんだけど……キモいから何とかしてくんない?」
「――えっ?! 念仏って何の事――って、キモいって何よ……椿はキモくなんかありませんよーだ!」
琴音にキモいと言われたのが不服らしく、椿は顔を真っ赤にして子供っぽく言い返した。
「ハッ……いやいや超キモかったから。何唱えてたんだか知らないけどニヤニヤしながらブツブツと、妄想癖でもお持ちですかぁ?」
「正解、椿は妄想癖持ちだ」
たまに自分の世界に入り込んでニヤニヤしてたりするのを何度か見てきたから、俺の中では確信となっている。
「ねぇねぇ隼人くん? それって人の事言えないですよね?」
「つまり?」
「楓お姉様に聞いたから知ってるんですよ? 隼人くんが椿で……だから、あれを、その……想像して……きゃっ」
椿は真っ赤になった顔を両手で包み隠した。
「いや、違うから……! 今あっち系の妄想してるよね?! それ、絶対楓先輩の口から出まかせだからっ……!」
あの人が何を吹き込みやがったかは知らないが、間違いなくエロい話だ。
気まずくなったらどうしてくれんだ、あのお下品女……!
「……は? 違ったの?」
何故か急に不機嫌になった椿が目を細めてそう言った。
「え、まぁはい……楓先輩にそんな話をした覚えはないけど……」
「へぇ、あっそ……あっのバ楓がっ……!」
椿はそっぽを向いてしまった。
ホント、イライラしてるのも全く隠さなくなったよな……こんな姿を知れたのもあの日があったからかと感慨深くなる。
「なーんか、あんたらいつの間にかより一層仲良さげになったわよね。つばきちを名前で呼んでるし、つばきちも何かたまに隼人にキレるし」
「ゴールデンウィークにちょっと色々あってな」
「うえーん、私だけ仲間外れー!」
琴音が出てない涙を拭くそぶりを見せる。
「あら? 仲間外れって……誘ってあげたじゃない。そしたら東京にいるって言ったのは琴音ちゃんでしょ?」
「おぉ、そういや旅行のお土産は?」
「無いけどそんなの。いつも通りただ東京行っただけだし」
「ま、まぁ確かに電車で片道二時間ちょいだし、行けない事もないと思うけど……いつも通りとは?」
そんなに頻繁に東京行ってるとか、羨ましいんですけど。
「ねぇねぇ琴音ちゃん、そんなに東京行ってるの?! 何で何で?!」
「あ、いやそれは……」
「俺もめっちゃ気になるわ。何で何で?!」
「何でと言われても……」
「「ねぇ、何で?!」」
偶然椿と声が合わさった。
「――あぁもうっ! 秘密よ秘密!」
琴音は立ち上がり、俺達を見てそう言った。
「えぇ、良いじゃない教えてくれても」
「そうだそうだ、教えてくれよ」
「だから、秘密だって言ってんでしょうが! これだけはぜーったい教えないわよ!」
その後も昼休みが終わるまで詮索し続けた俺と椿だったが、琴音は結局教えてくれなかった。
尚、その時は全然気づかなかったが、午後の授業中に気づいてしまった。
自分が相当鬱陶しかった事に……。
だからもう、その事を
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