6 薄っぺらい

 遅い……一体あれから何時間経ったと思ってるんだ。

 うちから南条邸まで多少距離はあるといっても、徒歩でも一時間はかからないはずだし、いくらなんでも遅すぎる。


 いつまで経っても葛西から連絡は入らず、只々焦りが募っていく。


 こっちから連絡してみるか……。


 痺れを切らしてスマホを開くと、ある事に気付いた。


 ……葛西の連絡先とか知らねぇ。


 つまり葛西も俺の連絡先を知らないはず。どおりで連絡が来ないわけだ。


「ちっきしょう……!」


 ドンッと床を蹴った瞬間、テーブルの上の南条さんのスマホが鳴った。


 悪いと思いつつ画面に目を向けると、南条楓先輩からの着信だった。


 ごめんなさい南条さん。


 一度心の中で詫びてから電話に出る。


『もっしー椿ぃ! 一体今どこにいるのかなぁ?』

「あ、あの……俺は南条さんじゃなくて――」

『男の声?! 誰だか知らないけど傷心椿を慰めてくれちゃってる感じですか?! はぁ……あの子が他の男にそんな事頼むとはねぇ……マジショック』

「えっと、だからそのですね――」

『お姉ちゃん、クソ生意気でもムカつくぐらい可愛い可愛い妹の未来だけは守ってあげたいんだよねぇ。ビッチ化とか以ての外、処女奪いやがったら滅ぼす。身体に触れても消滅させる。それは全部椿が本当に大切な人に許すもんなんだよ……分かったかオラッ』


 普段学校で傍から見てきたおちゃらけた感じからは想像もつかない、真剣そのものの姿が電話越しでも伝わってくる。それも、強烈な怒りが込められて。


『返事しろや……そこで待ってろよヤリチン野郎。探し出して破壊してやるからよ』

「――ちょちょちょっ! 破壊しないでください……! ヤリチンじゃありません! 正真正銘童貞ですから……!」

『はぁ? それはテメェのツラ見てから楓が判断すんだよ。どの道、童貞だろうが椿に手出ししやがった時点で破壊だけどな』


 楓先輩の判断基準は分からないが、友達であるだけでも手を出したと判断されるなら、俺も破壊対象となってしまう。

 だが、以前一度だけ接した時には、俺が南条さんと関わるのを快く思っていないとは見受けられなかった。


 だとしたら、今話している相手が俺だと理解してもらえれば破壊されるのは免れるかもしれない。


「な、南条楓先輩! 俺は風見隼人という者なんですけど、そこを何とか破壊だけは勘弁していただけませんかね……?」

『はぁ? 勘弁してやるわけ――ん? もう一回名前言ってくれる?』

「か、風見隼人です! 先日は傘に入れていただきありがとうございました」


 許してもらえそうな雰囲気を感じ、俺が確実に風見隼人である証拠を提示する。まあ、南条楓先輩がこれを忘れてたら通用しないが。


『ああ、なんだキミか! めんごめんご、やっぱ今の無しで』


 た、助かったぁー! 覚えててくれたみたいだ。


 などと安心している場合ではない。


「ありがとうございます。それで、南条さんの事なんですけど――」

『椿はそこにいるんだよね? なら何でもないから!』

「いえ、それがですね……ちょっと色々ありましてうちを飛び出してしまいまして……このスマホは南条さんがうちに忘れてった物で……」

『はぁ?! 朱音からちょっと聞いたから何となく把握してたけど、キミが椿のスマホで出るからてっきりそこに戻ってるもんだとばかり思ってたよ。あっ、スマホって言えば朱音もキミの家に荷物と一緒に忘れたらしい』

「そ、そうだったんですね……」


 考えてみれば今この時まで南条さんのスマホに、彼女を探しに行った葛西から連絡が入らないわけがない。

 葛西もここに忘れているから連絡手段がなかったというわけか……。


「お兄ちゃん、たっだいまぁ! って、あれ……? お取り込み中か」


 出掛けていた俺の家族が帰ってきた。

 非常に有難いタイミングだ。


『……ん? 女の声……?』

「妹が丁度今帰ってきたんです。そういうわけで先輩、俺は今から南条さんを探しに行きますんで、そろそろ切りますね」

『――あぁ待った待った! 今うちの使用人が散り散りに探してるんだけど、街中に人数割いてるっぽいから、キミは住宅街中心にお願いできるかな?』

「分かりました」

『じゃあ、椿のスマホはキミが持ってて。見つかったらそれに連絡するから、逆に見つけたらそれで連絡して。あっ、椿を見つけたら思いっきり罵声浴びせてやっていいからね』

「罵声は浴びせませんけど……了解です。それじゃ、切りますね」


 と、電話を切って南条さんのスマホをポケットに仕舞う。


「椿先輩を探すって、何かあったの?」

「何かあったからちょっと探してくる。南条さんがうちに戻ってくるかもしれないから、そうなったら連絡してくれ」

「え……あ、うん……?」


 状況が理解できていない美咲はきょとんとしているが、一から説明している時間はない。


 もう陽が沈み始めている。

 夜になってしまったら見つけるのに更に苦労するだろう。

 それに、ナンパ男に声をかけられている恐れもある。


 だから早く見つけてあげないと――。



 ◇◇◇



 俺の責任でもあるのだが、本当にどこに行ってしまったのか……。


 楓先輩からの連絡は未だに無く、住宅街を中心に捜索し続けた末にこんな所までやってきてしまった。


 この街一の豪邸――正しくは日本有数の豪邸、南条さんの住むお屋敷が目の前にそびえ立つ。


 ここで待っていれば帰ってこないかな? とか、あるいはもう既に帰ってきてたりしないのかな? などと、淡い期待が頭を過ぎる。


「ったく……どこ行っちゃったのかな、うちの末っ子は……ちょっと失敗したくらいでまーた拗ねちゃってさ」

「椿ちゃんもそういうお年頃なのよぉ。逆にこれまで反抗期すらなかったのが奇跡なんじゃない」

「それは葵お姉様に対してだけじゃん。楓には年がら年中反抗期――あれ? キミここまで来ちゃったの? 椿いた?」


 屋敷の門から楓先輩と、何処となく楓先輩に似ている青髪の女の人が出てきた。

 警備員らしき人達が二人に敬礼している。


「いえ……残念ながらまだ見つかってません」

「そっかそっか、まぁあんま気にしないでよ。どうせ今回も椿が全部悪いんだし」

「いや、前回も今回もお互い様ですよ。それに、気にします。俺が誤解させる言い方をしたから……ちゃんと伝えきれなかったから、それは俺が悪いんで」

「ふむふむ……でも、傷を舐め合うばかりが正解じゃないよ。たまには本気で怒ってやらないと、あの子は一生キミの全てを肯定し続ける」


 それを言われた途端、ゾッと背中に寒気が走った。


「隼人くんの全てが正しいです! なんて盲目的な事を言われ続けたら、超キモくない? 仮にキミが間違った事をしてしまっても、そのせいでそれに気づけなくなるかもしれないわけだし」


 楓先輩の言う通り、そうだとしたらちょっと気持ち悪いかも……。


 しかも、思い返すとそれは事実として起こっている。


 どれだけ記憶を辿っても、何をするにもいちいち褒められてばかりで、一度たりとも否定された覚えがない。


 そして俺も、南条さんを肯定してばかりで、今日あの時南条さんがいなくなる原因となった発言をするまで多分否定した事なんてなかった。


 これって本当に――、


「キミと椿って友達らしいけどさ、それってなーんか薄っぺらくない?」

「あっ……」


 ――友達と呼べるのか。


 そんな疑問に対する答えを楓先輩が口にした。


 薄っぺらい。


 まさしくその通りだと、その正体が肯定しかされない虚しさだと今気づいた。


 友達というものがどうあるべきかなんて俺が偉そうに言えたもんじゃないし、他人の交友関係及びそれがどういった関係かなんて興味もない。


 だけど、自分自身は友達とどうありたいか。


 そんなの決まってる。

 褒められるだけじゃなくて、ダメな時は駄目と、そう言ってほしい。


「楓的にはそこ止まりでいられたら困るって言うかぁ、あの子の未来の為にも少しずつでいいから二人で先に進んでほしいって言うかぁ」

「ちょっと楓ちゃん……この坊やに何を押し付けようとしてるのかしら? ……ごめんなさいねぇ、さっきからうちの楓ちゃんが難しい話しちゃって」

「……いえ、全然大丈夫です。そのおかげで何となくやるべき事が分かりましたから。その為に今は――」


 ――こんな所で立ち止まっている場合じゃない。


 と、この場所よりも更に奥へ、まだ探していないエリアに向かって走り始めた。

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