5 二人は再びすれ違う

「隼人くん……ここにいますか?」


 そんな呼び掛けと同時に部屋の扉がノックされた。


「い、いるけど……」

「入っても、いいですか……?」


 やけに声が沈んでる。もしかしたらさっきまでの事を反省しているのかもしれない。


「いいよ」


 だったら、この際だから南条さんとはお互いの考える友達の距離感というものを一回確認してみようと思い、入室を許可する。


「失礼します」

「んじゃ、ちょっとそこ座って」


 そう言って南条さんを座らせて、対面に腰を下ろす。


 ……こう改まって向かい合うと、妙な緊張感が。


「コホンッ……俺から大事な話があります」

「は、はいっ」


 え、ついさっきまで反省の色が見えた気がしたのに何でちょっと顔赤くなってんの……?

 ま、まあそれは置いといて……とりあえず切り出さねば。


「南条さん、俺はこれからもずっとキミとは友達でいたいんだ」

「えっ……いえ、その、椿は……何でもありません。ごめんなさい……」


 南条さんは少し物悲しげな表情で俯いてしまった。


「あっ……いや、南条さんを悲しませたくて言ったわけじゃ……」

「分かってますよ、隼人くんは椿に優しいですから」


 そう言ってくれるものの、実際はそうではない。

 だって俺は今から彼女に、もしかしたら拒んでいると受け取られるかもしれない発言をするのだから。


「あのさ南条さん……」

「……はい」

「正直に言うと、今日みたいな物理的接触というかスキンシップはやめてほしいんだよね。ちょっと過剰過ぎると言いますか、色々と困るから」


 王様ゲームが発端となっていて、三人で用意した――というか葛西が用意したであろうお題が主な原因であるのは俺も理解している。


 他の女子ならぶっちゃけ何とも思わない可能性は高い。


 でも、南条さんに関してはそれとは違う。


 胸が当たるくらいくっ付かれたり、膝枕での直の太ももとか、俺には理性の制御がキツ過ぎる。


 一度はっきりと好意を抱いてしまったのは疑う余地もなく、それでいて今でも一番可愛いと思ってる。

 それに時折ドキッとさせられてしまうし、俺にとって他の女子ではあり得ない現象だ。


 これって謂わば好意に近いものだと言っても過言ではないが、もう一度その一線を超えてしまうのだけは何としても回避する必要がある。


 南条さんは他の男子と違って俺だけが特別だと言っていた。

 そんな事言われたら勘違いしそうになってしまうが、あの発言の真意は俺が唯一の男友達だというのを言いたかったのだろう。


 それは俺だって同じなんだ。

 琴音然り、南条さんは俺にとって特別な存在――友達だから。


 ちゃんと伝わってくれているといいんだけど――、


「……ごめんなさい。友達の距離感というものをほとんど知らなかったので……やり方を間違えちゃってたみたいです……」


 苦笑いこそ浮かべているが、その瞳からはポタッと滴が床に落ちた。

 どうやら上手く伝わらなかったみたいだ。


「えっと……泣かせるつもりで言ったんじゃなくて……」

「それも分かってます。ちゃんと、分かってますから……」


 そうは言われても、消え入りそうな掠れた声だから不安が募る。


「でも、隼人くんが嫌がる行動をしてしまったと思うと……胸が苦しくて……また椿は同じ事を繰り返してしまって……」

「そういう意味じゃなくて――」

「でも、嫌だったからやめてほしいって伝えてくださったのですよね……? だから、その……ごめんなさい。私が……椿がまた……ごめんなさい……!」

「――ちょっ、南条さん……?! 待って、そうじゃなくって……!」


 部屋を駆け出す南条さんを呼び止めたが、階段を駆け下りる音だけが聞こえてくる。


 やめてほしいと言っておきながら変かもしれないが、別に嫌というわけではなかった。


 ただ、このままだと友達という関係を壊してしまいそうで怖かった。


 あんな極限まで最悪な状況からここまで持ち直せたのに、俺があの子を好きになってしまったらまた似たような事を引き起こしてしまうかもしれない。それが怖かった。


 だからやめてほしいと伝えたんだけど、俺はまた間違えたっていうのか……?


 そうだ……俺は間違えたんだ。

 あの笑顔を失わせないとか決意しておきながら、俺はあの子に悲しい涙を流させてしまったのだ。


 まずは、もう一度ちゃんと話し合わなければ。


 そう思って階段を駆け下りる。


「何ですか? さっきからドタドタうるさいですね。二人で追いかけっことかヒューヒュー! ですよ。私も混ぜてくださいよぉ」

「追いかけっことかしてねぇし……南条さんはリビングにいるの?」

「え、いませんけど……?」

「は?」


 まさかと思い、急いで玄関に向かうと鍵が開いていた。


「椿お嬢様の靴がない。……もしかして、何か修羅場ったんですか?」

「修羅場っていうか、今日みたいな過剰なスキンシップはやめてと伝えたんだけど……」

「……なるほど、全て良かれと思ってやってしまいましたが、風見さんにとっては違ったみたいですね。……大変申し訳ございませんでした」

「お前が素直に謝ってくると何か変な感じ……って、今はそれどころじゃなくて、南条さんを探さないと……」


 まだそんなに遠くまでは行っていないと思うから、二手に分かれて探せば多分見つけられるはず。


「風見さんはこのまま家で待機しててください」

「はあ? 俺も探すけど」

「椿お嬢様の行く当てなんてお屋敷ぐらいしかありませんから、私が一旦帰り道を辿りながら探してみます。万が一お屋敷に戻っていないのだとしたら、恐らくここに戻ってくるでしょう。その時には誰かしらこの家に居なくては困りますので」


 俺には南条さんの行く当てが屋敷だけかどうかは知るよしもないが、ここに戻ってくるのだとしたら確かに誰かしら居なくてはまずい。


「じゃあ俺が探してくるから葛西がここに残って」

「いやいや、家主じゃない私が一人残るとかちょっと問題アリでしょ。それに、お屋敷まで戻ってしまっていたら風見さんは中に入れませんよ? めちゃくちゃ警備厳重ですので」

「……そういや、何度か南条邸付近を通った事があるけど、そんな感じだった気もするわ。仕方ない、俺がここに残るしかないか……その代わり、発見したらちゃんと連絡寄越せよ」


 それは最低限の必須事項だ。それから――、


「あと、できればもう一回連れてきて」

「了解です。風見さんも椿お嬢様が戻ってきたら連絡してください。それでは、行って参ります」


 葛西が家を出ていくのを見届け、ソワソワしつつリビングにいくと、テーブルの上に置いてある物に目が止まる。


「これは……南条さんのスマホ?」


 置きっぱなしにして出ていってしまったのか。


 それほどまでに衝動的行動だったのかと、そんな行動をさせてしまった俺の言動にやるせなさを感じてしまった。


 次は嫌だったわけではないと伝わるように、もっとやんわりとした言い方をしなくてはと言葉を考えながら、気を落ち着かせる為にソファーに腰を下ろしてその時を待つ。


 でも結局、気分は落ち着かないまま時は流れ続けた――。

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