26 ラブコメはまだ――続いている/ラブコメはもう――終わっている
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ファミレスを出ると、既に迎えが来ていた。
本当に名残惜しすぎるけど、今日はここまでのようだ。
「じゃあね、南条さん」
「またうちに遊びに来てくださいね」
隼人くんと美咲ちゃんがそれぞれ声を掛けてくれた。
琴音ちゃんも笑って手を振ってくれている。
「皆さま、今日は本当にありがとうございました。では、また明日」
そう告げて車に乗り込む。
また明日なんて言える関係にまでなる事ができた。
それも全部、隼人くんのおかげ。また更に好きが加速しちゃう。
今日、四月三十日は隼人くんとのお友達記念日ねっ!
「また下品にニヤけてますね、椿お嬢様……気持ち悪いです」
「――はっ?! ……って、何よ、悪い?」
助手席に座る朱音がバックミラー越しに私をジトっと見ているのが目に映る。
「そのお顔の方がお似合いなんで構いませんよ」
「お似合いって……日頃から私をどんな目で見てるのか気になるけど……今日はありがとね、朱音」
「……何の事ですか?」
「決まってるじゃない。朱音がこうなるようにしてくれたんでしょ?」
前々日、朱音は車で帰らず出掛けると言っていた。その時に隼人くんと何かしらの話をしたんだと私は思っている。
でなきゃ昨日はいきなり、明日の夕方には晴れる、なんて言い出さなかったと思うし、今日の帰り際にキレ気味だったのは多分隼人くんが学校に来てなかったからだと思う。
「違いますよ、風見さんが決めた事ですからね。私はただ、その時には狂犬クソ野郎が邪魔になるから何とかしてって言われてただけなんで」
そっか、全部隼人くんが自分で決めてくれた事なのね。なら、尚更嬉しいわ。
……良治、まさか隼人くんに迷惑かけてないでしょうね?
いや、隼人くんがそう言うって事は間違いなく迷惑かけてるに決まってる。
思い出せば、今日もあの時隼人くんに噛み付いてたわ……。
「はぁ……ちゃんとやめるよう言わないと。それで、その良治はどこにいるのかしら? てっきりいつものようにここにいるもんだと思ってたけど」
「良治なら楓お嬢様に捕まって、今頃一緒にエロゲーやってるはずです」
「あっ、そなの……聞かなきゃよかったわ。今日はビデオの方じゃないのね」
「何でも、先日発売の期待の新作とやらが届いたようでして」
「へぇ……」
まったく……楓お姉様はいつからあんな歩く18禁になってしまったのか。
いつでもどこでも下ネタ連発……もうこの際屋敷とか街中とかなら好きなだけ言ってくれて構わないから、学校でだけは本当にやめてほしいわ……。
椿まで下ネタ言いまくる人間だって思われたらどうしてくれるのかしら……。
「それにしても、椿お嬢様ってやっぱり風見さん大好き人間だったんですね」
「――なっ?! そそそれはっ……そうよ悪い?!」
認めてしまった。
でも、朱音相手に隠し通せるとは思えないし、それに隼人くん大好き人間か聞かれて否定するのは椿には無理な事。
嘘でも好きじゃないなんて絶対に言えない。
「いえー、別にぃ、最近の様子から見て確信してましたしぃ、何ならいつから好きなのかも何となく推測できるって言うかぁ~。小四の十一月二十日でしたっけ?」
朱音が茶化すように言ってくるけど、圧倒的に違う部分が一つある。
それは椿にとってめっちゃくちゃ重要な部分だ。
「小五の十一月二十日よ。間違えないでちょうだい」
「一年間違えただけじゃないですか……」
「ふんっ……とにかく絶対誰にも言わないでよね」
「はいはい、大丈夫ですよ。私って口軽いですけど、本当に大切な事は絶対言いませんから。お父さんも、絶対黙っててね」
「分かってる。断じて他のお嬢様方、特に楓お嬢様には告げ口したりなど致しませんからご安心ください、椿お嬢様」
……わーすーれーてーたぁ、この二人、親子揃って口が軽いんだったわぁ……。
どうしてこういう日に限って朱音父が迎えなのよ……。
はぁ……まぁ、楓お姉様にさえバレなきゃ他の家族にバレたって別にいいけど。
何にしても、今日は本当によかった。
今日まで、何も出来なかったとばかり思い込んでた。
でも、隼人くんはこんな私にも出来ていた事があったという事実を教えてくれた。
ずっと、椿なんかって思ってた。
でも、椿だからって言ってくれた。
大雨だった椿の心に、一瞬で光が差し込んだ。
そのおかげで、自分に少し自信を持てた。
本当に嬉しくて、涙が出ちゃうくらい感激で胸がいっぱいになっちゃって。
私はあの日から続く一歩を、踏み出せたんだ。
「ふぅ……本当に椿は幸せ者ね」
生まれながらに家は大金持ちで、一見何不自由なく生活、それどころか必要以上に与えられて当然のように豪勢な人生を歩んできたであろう私。
客観的に見ればそれは本当に幸せな人生そのものなのかもしれない。
でも、小学生の頃の私にとってはそれが時に悪夢となったりもした。
そんな時、椿は隼人くんと運命の出逢いを果たした。
まぁ、椿が一方的に運命を感じてるだけだし、あの様子から隼人くんが覚えてくれてるはずがないんだけど。
約五年半前の十一月二十日――その日は椿の誕生日。
その日が生まれて初めて本当の意味で幸せを感じた日だったのかもしれない。
そして今日もまた、隼人くんは椿を幸せな気持ちにしてくれた。
だから、やっぱり椿は幸せ者なんだ。
隼人くんの事が、初めて会ったあの日からずっとずっと好きで好きで――大好きで。
なのに、もう二度と会えないものだと思ってた。
でもそれは違って――。
一年生の時の初めての定期試験。
身の程知らずな私は、試験結果の学年順位は中間くらいかなと思ってその辺りにあるはずの自分の名前を探してたのだけど、それよりもっと下の方にあった。
でも、そう思い込んで中間辺りを探した事が椿に奇跡をもたらした。
見つけてしまったのだ、隼人くんの名前を。
あの『風見隼人くん』かどうかを確認する為に二年三組の教室前まで飛んでいった。
すぐに分かった、椿がずっと大好きだった隼人くんだって――。
それから一年近く影からコソコソ見てるだけの日々を過ごしてしまったけど、遂に隼人くんと関わる事ができた。
今の椿が持ち合わせる全ての勇気を出して二年三組足を運んだあの日――。
隼人くんも含めて、学園中の人達を勘違いさせてしまった私の罪により、思い描く未来への扉は閉ざされたかに思われた。
でも、まだ僅かに開いている。
そう信じて、次こそその隙間をこじ開けてみせる。
私のラブコメは終わってなんかいない。
隼人くんに恋したあの日から始まった椿にとってのラブコメはまだ――続いている。
「絶対に振り向かせてみせますよ――隼人くん」
□□□
「おい、愚兄」
「え、どして急にそんな辛辣なの?」
帰り道、琴音と別れた瞬間に、美咲が本日日本全国のお兄ちゃんの中で一番頑張ったであろう俺を睨んできた。
「手に入れた関係、絶対無駄にすんなよ?」
「しないけど……これまた急に何?」
「勘違い……確かに勘違いだった事もあるのかもしれない。昔のあれは完璧に勘違いだし、今回の椿先輩に告白されたってのも勘違いだった。だけど――」
美咲は一度立ち止まり、それに合わせて俺も足を止める。
「――今回だけは全部が全部勘違いじゃない。少なくとも、私はそう思ってる」
美咲の珍しく真剣な表情が俺を捉えてくる。
「あぁ、分かってるよ。たった一つだけ、勘違いじゃなかったって、今日気づいたよ」
「ふーん、まぁいくらお兄ちゃんでもそこまで鈍感じゃないか」
そう言って美咲は再び歩き始め、それに合わせて俺も足を動かす。
「まあな。あの時は人生が変わっただなんて調子乗ってたけど、本当に変わってたよ。だって、南条さんと友達とかそれだけでスペシャルな人生って言えるだろ?」
「……まぁ、それもそうだけどやっぱ愚兄。変身美少女アニメ見過ぎた弊害。これだから年齢イコールは……」
俺が考える勘違いじゃなかった事は、美咲の考えるそれとは違っていたようで、ジトっと睨まれてしまった。
「……お前だって年齢イコールだろが。で、違ったか? じゃあ何?」
「おっしえっませーん! 自分で気づいてこそだよ。まぁ、私がそう思ってるだけで、実は違ってたら間違いなく悲惨な事になるから言わないってのもあるけど……」
悲惨な事になる可能性があるなら聞きたくない……。
自分で気づけと言われても、その可能性があるなら気づかなくても別にいい。
だって、それこそまた何かしらの勘違いをする羽目になるって事だし、俺はもうどんな勘違いだってしないと心に決めているから。
「……お兄ちゃん、私も勘違いしてたみたいだよ。私にとってはお兄ちゃんが他人じゃないからこそ椿先輩を小悪魔だなんて言っちゃったけど、間違えてたわ。耳にした情報だけで判断はやっぱダメだね」
美咲は最後舌をペロッと出してそう言った。
「褒めて遣わすぞよ、愚兄改めお兄ちゃん。おかげで琴音先輩だけじゃなく椿先輩とも知り合いになれたし、これで私のスクールカーストもうなぎ登りってわけよ!」
「偶然名字が一緒なだけって事にしてやがったくせに、すっげぇ手のひら返しだな……」
あれが本当だったって知った時、それなりに悲しくなったんだからな?
「それよりお兄ちゃん、椿先輩と琴音先輩、ぶっちゃけどっちがタイプよ?」
「そんなの南条――」
何気なく聞かれた質問に自然に答えてしまいそうになったが、一体俺は何を考えているのか。
正直、タイプなのは余裕で南条さん一択だ。
可愛さでライラちゃんを凌ぐ存在なんて俺の中ではあの子しかいない。
けど、未だにそれを口に出したりして美咲に冷やかされでもしたら、また南条さんを意識してしまう可能性だって少なからずあるはずだ。
せっかく友達になれたのに、そうなってしまっては今の関係を壊してしまうかもしれない。
もう二度とあの笑顔を失わせるわけにはいかないから、それだけは絶対に避ける必要があるのだ。
「続きはよしてぇ。はよ言い切っちゃえよ、じゃないと愚兄に逆戻りの刑に処すよ?」
「あぁ、それでいいよ。愚兄なんて所詮は美咲の中でだけの認識だしな」
「はぁ?」
美咲は首を傾げているが、俺はこれ以上その質問に答えるつもりはない。
あのひと時をラブコメと呼んでもいいのなら、それは既に存在しない時間だ。
俺にとってのラブコメはもう――終わっている。
「今の関係を、失うわけにはいかないから――」
一度立ち止まり、無意識にそう呟き、薄暗い夜道をゆっくりと歩き始めた。
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