25 ご注文はメロンソーダですか?
「美咲ちゃんのオススメしてくれたハンバーグ、凄い美味しいわねぇ」
「ふふんっ! 私のオススメですから、当然です!」
予定通りのファミレスにて、我が妹が南条さんの感想を聞いて鼻を鳴らしてドヤ顔をかましている。
正直、南条さんにファミレスの料理なんて似合わないと思ってたのだが、どうしてか南条さんの目の前にあるハンバーグだけは普段とは比べ物にならないくらい高級感あふれる神々しさを放っている。
ただのファミレスのハンバーグのくせに生意気な……!
なんて思いつつ、自分の目の前の汚く切り崩されたハンバーグに目を移すと軽く絶望してしまう。
そう、実は……というか当然ハンバーグは普段と同じなのだ。
単純に、ハンバーグが南条さんの手によって神々しさを得ているだけなのだ。
自分の食べ方が汚いとか思った事なんて無かったんだけど、こうもレベルの差を見せつけられるとそう思わざるを得なくてショックだ……。
「ん? 隼人じゃん。それに美咲も」
「はい……? ……って、なんだ琴音か」
何という偶然か、たった今琴音がファミレスにやってきて声をかけられた。
「琴音先輩! こんばんは」
「はぁ……疲れた」
琴音はため息を吐きつつ、しれっと空いている美咲の隣に座る。
このテーブル、南条さんもいるわけだが、大丈夫なのだろうか。
琴音は南条さんには声をかけなかったし、南条さんも完全に視線をハンバーグにしか向けていないから、かなり不安だ。
「あ、隼人、タブレット取って」
「え、ああ、はいはい……」
言われるままに注文用のタブレットを琴音に渡す。
「うーん、今日はこれにしよっと。はい、これ戻して」
琴音からタブレットを受け取り、元の位置に戻す。
「いやぁ、今日はマジ疲れたわぁ」
「……学校サボって何すりゃ疲れんだよ」
「サボりじゃないし。用事あって休んだだけだし」
「そうだよお兄ちゃん。琴音先輩が仮病なんて使うわけないでしょ」
「へぇ、そうかい……」
……何だこの空気感は。完全に南条さんだけ蚊帳の外じゃねぇかよ。
どうにかして二人の間を取り持たねば……。
そう思った瞬間、隣から鉄の音が聞こえた。
恐らく、南条さんがフォークを鉄板に置いたから鳴ったのだろう。
早く何とかしてあげなきゃ――、
「えっと……そうだ南――」
「ほ、ほほ星名さん……!」
とりあえず空気感リセットの為に南条さんをドリンクバーのコーナーにでも連れて行こうと思ったのだが、それを言う前に南条さんが琴音に話しかけた。
めっちゃ緊張してそうだが……自分で何とかするつもりなんだと思うし、ひとまず見届けよう。
「えっと、その……」
南条さんは恥ずかしそうに人差し指をツンツンさせている。
……緊張なら分かるんだけど、この状況で何が恥ずかしいんだろうか。
が、しかし、その仕草自体はクソ可愛い。
「……ドリンクバー、一緒に取りに行かない?」
「え、嫌だけど。あたし今日は珍しくドリンクバー頼んでないし」
「あっ……」
南条さんは琴音の返事を聞いてしゅんとした表情で俯いてしまう。
「――だっはっ! クッソが……あぁもう!」
高速でタブレットに手を伸ばし、ドリンクバーを一つ追加。
「琴音の分も今追加したから、南条さんと一緒に――」
「はぁ? 何勝手に追加してんのよ。あんたがお金払ってくれるわけ?」
「分かった……もうそれでいいから取って来なよ……」
「毎度ありぃ~! じゃあ行こっかお嬢様」
態度豹変、最初からこのつもりだったんじゃないかと疑いそうになってしまう。
「えっ、あぁ、うん……!」
「あ、そうだ、隼人の分もついでに取ってくるわ。お嬢様が」
「隼人くん、何がいいですか?」
「えっと、じゃあメロンソーダで」
そう告げてコップを南条さんに渡す。
「美咲の分はあたしが取ってくるよ」
「そんな……琴音先輩をパシらせるわけには……」
「いいからいいから、はい、コップ」
琴音が美咲の方に手を伸ばす。
「ええっと、じゃあ……お願いします」
琴音の半ば強引なやり口に折れたのか、美咲は少し申し訳なさげにコップを渡す。
「じゃあ行くわよお嬢様」
「その呼び方やめてほしいんだけど……」
そんな会話をしながら、二人はドリンクバーコーナーに向かった。
「はぁ……疲れた」
南条さんが勇気を出して琴音を誘ったにも関わらず微妙な空気が流れてしまったが、何とか間を取り持つ事はできた。
気を遣った分、疲労がドッと押し寄せる。
「お兄ちゃんも大変だね」
「美咲も分かってくれましたか……」
「まぁ、あんな究極美少女二人を
「誑かしてねーし」
人聞きが悪いな。その言い方じゃ俺がヤリチン獅堂くんみたいだから撤回してほしい。俺、ただの童貞だぞ?
「それより美咲、お前何飲みたいか言ってなかったけど大丈夫か? コーヒーとか持ってこられても飲めねぇだろ?」
「バカだなぁ、お兄ちゃんは。琴音先輩が持ってきてくれるってのに飲めないものなんてあるわけないっしょ」
「それが盛大なフラグだったらマジで笑うわ」
しばらく待つと、二人が戻ってくるのが見えた。
やたら楽しそうにニコニコしている南条さんと、これまたやたら楽しそうにニヤニヤしている琴音。
後者の奴のせいで、物凄く嫌な予感がしてしまう。
「お待たせしました隼人くん。ご注文のメロンソーダです」
「ありがと……って、これのどこがメロンソーダじゃ!」
予感的中、緑の影も感じられない茶色に濁った少しドロついた液体……。
「ふっふっふっ、隼人くん知らないんですか? さっき琴音ちゃんから聞いたんですけど、別の飲み物を混ぜてメロンソーダを生み出すレシピがあるんですよ?」
なんてドヤ顔で説明してくるけど、自分だって知らなかったんじゃん。つか、そもそもそんなレシピ存在しねーよ。
南条さんに小学生並みの余計な入れ知恵をしやがった琴音は、どう見ても普通のオレンジジュースを美味しそうに飲んでやがる。
その横では、美咲が絶望の表情を浮かべて肩を震わせている。
そして俺の横、南条さんの目の前にも濁った液体が置かれている。
「えっと……南条さんのそれは何?」
「オレンジジュースです」
「ちゃんと目の前の奴が飲んでる液体と比較しようね……?! 入れ知恵してきた奴が普通のオレンジジュース入れてる段階でおかしいって思わないかな?!」
「もしかして……椿が作ったメロンソーダじゃ、嫌ですか……?」
「うぐっ……」
別に南条さんが作ってくれた飲み物が飲みたくないというわけではない。
ただ、これはメロンソーダ一致率ゼロパーセント、某テニス漫画に出てくる特製ドリンク並みの威力を誇っている可能性すらあり得る一品だ。
ああぁーっ! 飲みたくねぇ……。
「心を込めて作ったので、飲んでほしかったのですが……」
「――あぁもうっ! 分かったよ飲むから……!」
勢いだけで押し切れ俺っ!
と、心の準備なんてせずに一気に飲み干してやった。
「――おえっ、まっずっ……! 口直し口直し……」
と、ハンバーグを口に運ぶ。
「おぉ、やるねぇ隼人。そんな液体一気飲みするなんて」
「……うるせぇ、お前の差し金だろうが」
「がーん……」
「え?」
隣を見ると南条さんがこの世の終わりかのような表情をして肩を落としていた。
「あのぉ……南条さん? とりあえず自分のそれも飲んでみたら?」
そうすれば、全て納得できるはず。
自分の生み出した飲み物がクソまずい事を。
「……はい、分かりました」
と、南条さんはオレンジジュース(偽)を口に含んだ。
「――おぇっ! え、何よこれ?! 琴音ちゃん騙したわね?! ……つまり隼人くんが飲んだあれも……ごめんなさい隼人くん、琴音ちゃんに騙されたんです……!」
「あぁうん……分かってるから謝んなくていいよ」
まぁ、どう見てもヤバい色してる段階で気づいてほしかったけどな。
「いやぁ、つばきちも純粋よねぇ。こんなので騙される人なんて初めて見たわ」
つばきち……南条さんも琴音の呼び方が変わっていたから、多分ドリンクバー取りに行ってる間にお互い呼び方を変えたんだろうけど、全然可愛くないあだ名だな。
椿っちならまだ可愛かったんだけどな。
「……よくもやってくれたわね」
「まぁまぁ……落ち着いてください椿先輩」
美咲が不快感を露わにする南条さんを宥める。
「なぁ美咲、しれっと飲まずに誤魔化そうとしてね?」
「ソ、ソンナコトナイヨ……?」
「言ってなかったけ? 『琴音先輩が持ってきてくれるってのに飲めないものなんてあるわけないっしょ』って」
「シラナイヨ? ワタシイッテナイ」
美咲は目を逸らして口笛を吹き出す。
そんな美咲に俺達三人の視線が集中する。
「……分かりました。飲めばいいんでしょ、飲めば……」
そう言って美咲はコップに口を付けぐびぐびと喉を鳴らす。
……ちょっと可哀想な事をしちゃったかな。
「……あれ? 普通にめっちゃ美味しいんだけど」
「「はい……?」」
「ふふんっ」
南条さんと顔を見合わせてしまう。
すると、琴音が得意げに鼻を鳴らしたのが聞こえた。
「このあたしが美咲にそんな意地悪するわけないっしょ? それはあたしが研究に研究を重ねた末に手に入れた究極のレシピから作り上げた一番美味しいミックスジュースよ」
と、琴音は自身の過去の研究成果を自慢げに語り出す。
「あっ、ちなみにつばきちのやつは下から七番目の不味さで、隼人のは下から三番目よ。どう? 一番不味いのじゃないだけ優しいでしょ?」
「どっち道めっちゃくちゃ不味いわよ……!」
「そうだそうだ、どうせ不味いんだし下から何番目とか大差ねぇんだよ……!」
優しさ
「あっそう、じゃああたしの最低傑作、飲んでみる?」
反射的に首を全力で横に振った。
何で最低傑作になるんだよ……素直に最高傑作にしてくれよな。
「だから、不味いのは飲みたくないんだよ……」
「椿にお任せくださいっ! 今からとびっきり美味しいドリンクを作ってみせますからっ!」
そう言って南条さんは俺のコップを掴んで席を立った。
「――え、ちょい待て……! おい、ちょっと……?!」
南条さんは俺の呼び止めを聞かずにノリノリでドリンクバーコーナーに小走りしていった。
「マ、ジ、か……」
風呂の沸かし方も知らなかったくらいだし、このパターンはお嬢様故に絶対家事なんて全くできないやつだ。
つまり料理もできない。
そんな子がドリンクの調合を行うとか恐怖以外の何ものでもないんだが……。
「あはっ、よかったわね隼人。上手くいったみたいじゃない」
「え? ああ、ホントにな」
「あたし、何も考えずにここ座っちゃったわけだけど、最初どう接すればいいか分かんなくて……しかもせっかく話しかけてくれたのも素っ気なくあしらっちゃって」
琴音はポツリとここに来た時の心境を語り始める。
「まぁ、でも助かったわ。あんたのフォローのおかげね」
「たまにはやればできるじゃん、お兄ちゃん。特に今日は大活躍だね。普通に奇跡だから、もう一生そんな時は来ないだろうけど」
「おい、褒めてくれてるなら前半までで止めといてくれないかな? 自分でも奇跡だって分かってんだからよ」
美少女ビッグ5、五人いれどそのうちの二人以上と交流のある男子なんてほとんどいないだろう。
しかも俺に限っては、交流難易度高い順に上位二人で間違いないと思うし、本当に奇跡もいいとこだ。
ついでに南条楓先輩とも微妙に交流を果たしたし、三人と接点持ちとなると俺のみの可能性すらある。
美男子ビッグ5を抑えて、海櫻学園に風見隼人一強時代の到来だな。
「お待たせしました」
「げっ……」
そうだった……この後地獄のゲロマズドリンクタイムに突入するのをすっかり忘れていた。
……って、あれ?
「普通のメロンソーダ……?」
「ご注文はメロンソーダでしたよね? やっぱりまだミックスするのは自信が無いので、ちゃんと訓練してからにします」
「おぉ、そっかそっか……それはホント助かるわ」
ついでにそのまま訓練する意思も失ってくれれば尚良しだったけど、美味しいものを出そうとしてくれているわけだから許しましょう。
そう思ってメロンソーダを口に含む。
「――ゲホッ! コホンッコホンッ……!」
めっちゃむせた……。
「――大丈夫ですか?!」
そんな呼びかけと共に背中をさすってくれるけどさ……、
「ねぇ、南条さん……これは何ですの?」
違う、絶対メロンソーダじゃねぇ。
見た目は完全にメロンソーダだが、味が全くしない。
「メ、メロンソーダですよ……?」
南条さんは目を泳がせてそう答えてくる。何か細工したって顔に書いてありますけど?
「炭酸水めっちゃ入れたでしょ?」
「ええっと……まぁ、いっぱい入れましたよ。炭酸強い方が美味しいのかなぁと思いまして」
「あはっ、つばきちにしてやられたねぇ」
「笑ってんじゃねぇ……ある意味琴音のドリンクの方がマシまであったぞ?!」
だってこれ、気合で一気飲みできるそれとは別次元のものだもん。
「そ、そんなに不味かったですか……?」
「いや、琴音のドリンクほどの強烈な味がするわけじゃなくて、ただの炭酸水としか思えないから飲めない」
世の中には炭酸水を飲めない人は多かろう。俺もその一人だ。
俺がそう言うと、南条さんがノートとペンを取り出した。
「……何してんの?」
「また同じ失敗を繰り返さない為のメモです」
「ねぇねぇつばきち、ちょっとそれ見せてよ」
「それは無理。誰かに見られたら恥ずか死ぬから、ごめんね」
南条さんは苦笑いを浮かべ、興味津々の琴音に謝りながらノートを仕舞った。
「でも、隼人くんだけには将来見せてあげますね」
「あぁ、うん……ありがとう?」
「じゃあ、行きますよ隼人くん!」
そう張り切って南条さんが立ち上がり、俺に手を差し出してくる。
「行くってどこに?」
「決まってるじゃないですか。新しいメロンソーダを入れにです! さあ、早く!」
まぁ、この色付き炭酸水飲めないしな。
しょうがない、新しいメロンソーダ入れに行きますか。
そう思って立ち上がり、南条さんと一緒にドリンクバーコーナーに向かった。
「炭酸飲めませんけど、椿もメロンソーダにします」
「どして……? 飲めないなら絶対やめといた方がいいと思うけど」
「ふふっ、隼人くんと一緒がいいからチャレンジです。あっ、コップ貸してください」
言われるままにコップを渡す。
楽しげに笑う南条さんを見ていると、改めて今日という日の意味を実感する。
またこの笑顔が見られるようになって嬉しく思うと同時に、もう二度と失わせるわけにはいかないと密かに決意し――、
「できました、ご注文のメロンソーダですよ! 今回こそはミスってません!」
「分かってるよ、見てたから。ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
満面の笑みの南条さんを見つめていた。
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