第二章 実は続いているかもしれないラブコメ

1 実は続いているかもしれないラブコメ

 とある公園の砂場の中心で、一人の少女が複数の小学生に囲まれている。


 黒髪の少女は身体を震わせ怯えていて、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。


 すると、小学生達は罵詈雑言ばりぞうごんと共に少女を突き飛ばし、砂を投げたり蹴飛ばしたりし始めた。


 どうやら少女は虐められてしまっているようだ。


 砂だらけになった少女は、次第に鼻水垂らして泣き始める。


 どうやら偶々通りかかってしまった俺の出番らしい。


『そこまでだ、キミたちっ! 魔法勇者ハヤトくん、散歩がてらただいま参上っ!』


 シーンと静まり返る公園。


 ここに人はいるのに、まるで誰もいないかのように秋風に吹かれた空き缶が転がり始める。


『何だこいつ、気持ちわりーっ!』

『バーカバーカッ!』

『ライラちゃんのマネかよ!』

『つかこいつ、どう見ても高校生じゃん! 恥ずかしくねーのかよ!』

『こんな奴に関わったら絶対ヤバイからさっさと帰ろうぜ!』


 俺に向かってそう吐き捨てて、小学生達は帰っていった。


 ……あれ? 何で俺、こんな恥ずかしい登場の仕方してんの?

 確かに小学生の頃までは魔法女神アルネちゃんに憧れて、学校とかでも平気な顔して真似してたけどさ……高校生にもなって何やってんの、俺。


『あの……ありがとう』


 黒髪の少女が砂混じりの涙を流してお礼を言ってくる。


 まぁ、形はどうあれこの子を助けられたなら別にいっか。

 今の登場を他の誰かに知られるわけでもあるまいし。


『どういたしまして』


 そう言って身体中に付着した砂を手で払ってあげると、少女がいきなり抱きついてきた。


『――ごわがっだよぉ……ひっくっ……』

『おいおい、もう泣くなよ……あ、そうだこれやるよ』


 ポケットから取り出したのは魔法女神アルネちゃんのキーホルダー。


『これは……?』

『魔法女神アルネちゃんって言ってな、今やってるライラちゃんの大先輩だ』

『魔法女神アルネちゃん……これ持ってればもう虐められなくて済む……?』

『まあな、これでキミも魔法女神に変身できるぞ。変身すればさっきの奴らみたいにみんなびびって逃げてくから、ちゃんと毎日持ち歩けよ?』


 まぁ、実際変身なんかできないけど、気持ちだけでも強く持てるようになるはずだ。


 小学校高学年? くらいのこの子なら、女の子なわけだしアルネちゃんのマネしてても恥ずかしくないっしょ、多分。


『うん、大切にするね!』


 そう言って少女は晴れやかに微笑んだ。


『こっちです……! あっ、✳︎✳︎✳︎大丈夫……?!』


 少女の友人だろうか、女の子が中高生くらいの女の人を連れて公園の入り口から少女に向かってそう叫んだ。


 お役御免ってところかな、帰りますか。


 そう思って出口に向かって歩き始める。


『――待って! あなたのお名前は……?』


 するとすぐに、少女が俺を呼び止めてきた。


『俺の名前? 隼人、風見隼人だよ』

『隼人くん……私は✳︎✳︎✳︎! 今日は本当にありがとう。またいつか、逢えるといいな……』


 そう言って少女は頬を赤らめた。


『そうだな、またいつか……同じ街に住んでるんだろうし、きっと逢えるさ。じゃあな、✳︎✳︎✳︎』


 最後に少女にそう告げて、出口に向かって歩き出す。


 対角線上から走ってくる少女の友達らしき女の子とすれ違う。

 チラッと俺に目を流してきたが、今はそれどころじゃないのだろう。そのまま少女の元に駆けていく。


 出口まで来ると、中高生くらいの女の人と目が合った。


『キミがあの子を守ってくれたのかなぁ? 本当にありがとねぇ』


 何だかおっとりとした話し方だ。

 ロングに伸びた青髪が風に揺られ、俺に優しく微笑みかけてくる。


『いえ、俺がもうちょっと早くここに来られれば、あの子もあんな目に遭わずに済んだのになって思ったくらいですよ。それじゃ、さよなら』


 と、軽く会釈してから家に向かって歩き始める。

 この公園から家までは徒歩だとまぁ遠い。


 ……何で俺、こんな所にいるんだ?


 そもそもどうやって来たんだっけ……散歩……なんて登場時の口上で言ったけど、そんなのしてた覚えはないんだよなぁ。


 それにあのキーホルダーって――、


「――俺が持ってるはずねぇだろうがっ!」

「――きゃっ?!」


 途端に切り替わった風景、目に映るのは自室の天井。


「なんだ夢かよ……それにしても、名前なんだっけ……」


 夢に出てきたあの子の名前が思い出せない。


 いや、思い出せないというより夢の中でも聞こえちゃいなかった。

 聞こえてなかったにも関わらず自分でもあの子の名前を呼んだというのに、何と呼んだか思い出せない。


 夢の中で無意識に呼んだ名前――記憶を辿っても思い出せない、あの日少女が名乗ってくれた名前。


 そんな事もあったっけなぁ、と懐かしくなる夢。


 登場人物である俺本人こそ今の姿で登場してしまったが、小学五年の秋の終わり頃にあった過去の出来事とかなり似ていた。


 というよりも、名前も忘れてしまったし顔もあんまり覚えてないけど、今の夢のあの黒髪の少女はあの日のあの子で間違いない。


「ちゃんと元気でやって――はい……?」


 独り言を呟きながら寝返りを打つと、俺の顔の正面に顔が現れた。


「おはようございます、隼人くん。あっ、でももうすぐお昼だからこんにちはかしら……? 寝てるはずなのに急におっきな声出すからちょっとびっくりしちゃいましたよ」


 今や俺の中で日本一可愛い子だと評判の、南条椿の顔だ。


「――ひゃぐわっ?!」


 ここはまだ夢の中なのだろうか、それとも幻覚でも見ているのか、いるはずのない子が俺の部屋にいる事に本気で驚き、反射的に身体を仰け反ってしまった。


「何でいるの?!」


 びっくりしちゃったは俺のセリフだよ?!


「暇だったので来ちゃいました」

「いやいや、来るなら先に連絡ぐらいしてよね」

「ちゃんとしましたよ? ですが返信が無かったので美咲ちゃんにも確認したんです。そしたら、ほら」


 そう言って南条さんはスマホの画面を見せてきた。


〈私は今日は朝から両親と出掛けるんで無理ですけど、お兄ちゃんは行かないんで暇ですよ。十一時までにうちに来てくれれば、お兄ちゃんが起きるのを待たなくても家に入れてあげられますよ〉


 ……え、何? 出掛けてんの?

 俺、行くも行かないもそもそも誘われてなくね? 

 家族からハブられるとかそこそこ悲しいんですけど……。


「で、南条さんはいつ来たの? てか何でこの部屋にいんの?」

「二十分前くらいに来ました。そしたら美咲ちゃんにこの部屋に連れてこられまして」


 ……あの野郎、勝手な真似を。

 おかげで本気でびっくりしちまったじゃねぇか。

 まぁ、起きてリビング行って南条さんがいるパターンでもびっくりするけどな。


「そのおかげで隼人くんの寝顔をバッチリ堪能できました!」

「さらっと怖い事言うのやめてもらえますかね?!」


 自分の寝顔とか知らないし、ブサイクヅラかましてなかったか心配になってきたんですけど……。


「夢を見てたのですよね? すっごくカッコいい寝顔をしてましたよ。ちょっと懐かしさを感じちゃいました」

「……へ? カッコイイ? 俺が……?」

「はいっ、隼人くんがです」


 ……何それめっちゃ嬉しいんですけど。

 ここってやっぱまだ夢の中なの? 例え寝顔だとしてもカッコイイとか言われたの人生初かもしれん。いや、初だ。


 ……え、もしかして俺のラブコメって実は続いてたりすんの?


 ……って、んなわけねぇだろ。

 もう勘違いするわけにはいかないんだから、無意味な期待はするものじゃない。


「まぁ、ありがと……んじゃ着替えるから先に下行ってて」

「分かりました」


 そう言って南条さんは部屋を出ていく。


 ゴロゴロしてるだけで何事もなく過ぎ去ったゴールデンウィーク、その最終日くらい友達と過ごすのもアリなのかな。


 そう思いつつ妙に軽い身体をベッドから降ろした。

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