21 晴れやかな嬉し泣き
雨が上がり、光すらも地を照らし始めた。
天まで俺の味方をしてくれていると思わずにはいられない奇跡的な現象の中心――俺の目の前に南条さんがいる。
久々のこの距離での対面に自然と心音が大きくなってしまう。
「すぅーはぁ……」
緊張を沈める為に一度深呼吸をしてみたものの、無理だった。
だけど、言わなければ何も始まらない。
「南条さん、今日は大事な話というか、伝えたい気持ちがあるんだ」
「えっ……? 椿に……伝えたい気持ち……?」
意を決してそう告げると、南条さんは一歩分距離を縮めてきた。
手を差し出せば届く距離。
だからこそ、もうやる事は一つしかない。
「南条――」
「風見隼人ォッ……! そんなびしょ濡れの状態で椿お嬢様に近づくな! 何が伝えたい気持ちだ、また椿お嬢様に迷惑をかけるつもりか?! そもそも、今日は欠席してるのではなかったのか?!」
クッソが……せっかく言おうとしたのに邪魔しやがって。南条さんしか目に入ってなかったけど、お前もいたのかよ……あ、それに葛西もいる。
何か目をパチクリさせてるけど、どうしたんだろうか。
……そういえば、元々は二年八組の教室まで俺が行くって話をしておいたから、そうじゃないこの状況に戸惑ってしまっているのかも。
というか、周囲の他の生徒もめっちゃこっち見て笑ってるし……まぁ、それは狙い通りだったわけだから構わないけど。
見てろよお前ら、すぐに俺を嘲笑できないようにしてやるからな。
「今日という今日は――」
「あっ、ちょっと……良治は逮捕……!」
俺に何か言おうとしていた狂犬を葛西が確保してくれた。俺の頼みは覚えてくれていたみたいだ。
「なっ?! おい朱音、何をする……! ん? 何だこれは? おい、何だこの手錠は?! 外せ……!」
「あぁ、それ? この前はヘアゴムで失敗したから、昨日おもちゃの手錠を買ってきた。じゃ、そういうわけで椿お嬢様、私はこの犯罪者をパトカーに連行してきますので」
葛西は南条さんにそう告げて瀬波のブレザーの襟を掴み、南条さんの傘を拾って畳んで、それを持ったまま校門に向かって瀬波を引きずり歩いた。
「離せ、おい……! 朱音ぇ~っ!」
相変わらずの警察ごっこに気が抜けてしまいそうになったが、これで邪魔者はいなくなり、全ての舞台が整った。仕切り直しだ。
「――あの、隼人くんっ! 私に……椿なんかに、伝えたい気持ちを抱いてくださっているのですか……?」
冒頭こそ勢いがあったが、不安でも感じてしまったのか、南条さんの声は段々と自信なさげに小さくなった。
「なんかじゃなくて、南条さんだからだよ」
「えっ、椿、だから……?」
「あの日、どうして教室まで訪ねて来たかって理由だってもう分かってるし、俺が学校にいつ来ても大丈夫なように一生懸命全クラスを回ってくれたのだって知ってる。土曜日だって、俺に話しかけてくれてたのにも気付いてるし、言ってた事が本心だって分かってるから……! 南条さんだから、伝えたい気持ちがあるんだよ――」
南条さんの不安が無くなるように、上手く言えただろうか?
南条さんは、自分だからこそ俺から伝えたい気持ちを向けられたと思ってくれただろうか?
鎮まる気配のない胸の鼓動を他所に、南条さんにだけ意識を向ける。
「……ありがとうございます、隼人くん。聞かせていただけますか? さっき伝えようとしてくださった、言葉を――」
南条さんもまた、俺の顔にだけ目を向けてくれ、言葉としての伝えたい気持ちを求めてくれた。
後は言うだけ。緊張なんて無理矢理無視してたのに、言うだけとなった途端に無視できないほどの緊張が押し寄せ、いくらなんでも速すぎだろと言いたくなるくらいに心臓がうるさい。
瀬波に妨害される前は勢い任せで行けそうだったのに、今はそうじゃない。
南条さんだから、なんて理由を説明した分だけ気恥ずかしさを感じてしまう。
けど、そんな言い訳はどうでもいいから、今伝えなくてはいけないんだ。
「南条椿さんっ……! 俺と友達になってくださいっ!」
練習なんてしなくてもよかったのかもしれない。
伝えたい相手が目の前にいるから、思いの外真っ直ぐにその言葉が出てくれた。
下げた頭と差し出した右手。
周囲の音は全く聞こえず、自身の心音及び南条さんの息遣いと鼻をすする音のみが耳に入る。
――泣かせてしまったのか? 俺はまた、間違えてしまったのか……?
そう思うと怖くて顔を上げられず、手を取ってもらえるかどうかを待つ時間がやけに長く感じてしまう。
「うぅ……隼人ぐん。ごめん……ごめんね、あんな酷い事しちゃって、本当にごめんね……」
そんな南条さんの声が聞こえた瞬間、右手が温もりで包まれ、そこに水滴か何かが落ちるのを感じた。
顔を上げると右手は南条さんの両手で包まれており、正面にある南条さんの顔――その蒼い瞳からは涙が溢れていた。
南条さんが悪いなんて思ってなかったし、それは今でも同じくだ。
でも今の俺は、この謝罪の意味を理解している。
だからこそちゃんと受け取ってあげなければならない。
俺が悪いから謝らなくていいなんて、言うわけにはいかないのだ。
「もういいよ、俺はもう大丈夫。こうやって手を取ってもらえた、それだけで充分だから。それから、俺も色々と迷惑とか心配かけてごめん。そういうわけで、お互い様って事でどうかな?」
俺は自分が悪かったと思っていて、南条さんも自分自身が悪かったと思っている。
だったら、お互いの罪を認め合い、許しあえばいいのだと俺は思う。
「椿に謝ってくるなんて……優しすぎるよ、隼人くんは……でも、ありがとう。椿も、もう大丈夫ですっ。だって、隼人くんが目の前にいてくれるから――」
俺が南条さんを許し、南条さんもまた俺を許した。
これでお互いの罪は相殺され、俺達はきっとこれから良き関係を築いていけるだろう。
「今日は一つだけ、そう思ってたのに一気に何個も――椿は幸せ者ですね」
何について言っているのかは分からないが、俺と友達になる事に幸せを感じてくれているのかもしれない。
そう思ってしまったからか、身体中が熱くなってくる。
「本当に、本当に嬉しいです。椿とお友達になりたいと思ってくださり、ありがとうございます。こんな椿ですが、一生よろしくお願いしますね、隼人くんっ!」
笑った顔、照れた顔、怒った顔、落ち込んだ顔、拗ねた顔、したり顔――俺は彼女の色んな表情を知っていた。
でも、こんなにも沢山の表情を知っていても知らない表情だって当然あった。
それは、泣き顔――今の彼女の表情だ。
頬を伝う涙が止めどなく流れ、彼女の顔をくしゃくしゃに汚している。
けど、それでも美しく思えてしまうほどに彼女の表情は晴れやかで――。
間違いなく正真正銘の嬉し泣き。
だから俺も嬉しくて、身体だけではなく心まで熱くなっている気がするんだ。
「こちらこそよろしく、南条さん」
そう言った瞬間、いよいよ本当に気が緩んだのか、微妙に寒気を感じて身震いしてしまった。
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