18 あの言葉の本当の意味

 葛西に連れられやってきた場所は喫茶店。


 バカな葛西はニヤッと笑いながら『着きました、拘置場です』なんて言ってたけどスルーしておいた。


 けどなんか、『私そこそこお金持ってるんで奢りますよ、無理やり連れてきたんで。残念ながらカツ丼はありませんけどね』とか言ってくれたから、土曜の散財により金に余裕もないわけだし遠慮なく奢られてやった。


「さて、まずは改めまして……お久しぶりです、風見隼人さん。私――」

「は? 何が久しぶりだ?」

「……いえ、ちょっと間違えました。こちらの話なんでお気になさらずに……コホンッ、私、椿お嬢様の付き人やってます、葛西朱音と申します」


 それも今更自己紹介なんてしてこなくても知っている。正直、前置きはいらないからさっさと本題に入ってもらいたい。


「で、真面目な話とは」


 俺がそう尋ねると葛西はストローに口を付けコーヒーを吸い上げ喉を鳴らし、やがてストローから口を離しキリッとした表情で俺を見てから両肘を机について手を組んだ。


「……単刀直入に聞きますが、椿お嬢様の事、どうお思いですか?」

「……は?」


 一体どういった意味合いで聞いてきているのか、それを考えるとどうしてか少しだけ胸の鼓動が速くなるのを感じてしまう。


「もう少し簡単に聞くと、椿お嬢様の事はお好きですか? 当然、恋愛的な意味で」

「お、おいおい……まさかあんな騒動起こした事への報復か何か?」


 南条さんが指示したとは全く思わないが、付き人たる葛西が独断で行動してきている可能性は大いにあり得る。

 何せこの質問は、塞がりかけている心の穴を的確にえぐりにきているから。


「違います。私としては、あの件に関しては椿お嬢様に問題があったと、それ以上に付き人たる私達に問題があったと思ってますから」


 葛西は表情一つ崩さずにそう言った。


「だったらどうしてそんな質問……って、勝手に勘違いしたのは俺なんだから南条さんは何も悪くないけど? それにお前らに関しては何の関係も無くね?」

「あくまで私の見解ですから。風見さんがそうお思いならそれはそれで構いません」

「じゃあ、何でこんな質問を……」

「その理由は、答えてくれたら話します」


 そう言う葛西は未だに表情一つ崩さない。


 仮に、この質問に答えたら理由を教えてくれるのだろうか、例えそれがどんな答えだとしても――。


 本心を答えるか、それとも嘘で誤魔化すか、ただの勘だけど後者の方がその可能性は高いと思う。


 けど、一度死んだ気持ちを誤魔化してまで知りたくなんかない。


 何より、俺がここで誤魔化した発言をしたとして、葛西が海櫻生の誰かに口走ったりでもしたら、南条さんにはまた更に迷惑をかけてしまうのは疑いようのない話だろう。


 そうなればいつまで経ってもほとぼりは冷めてくれないかもしれない。


 もう、これ以上南条さんには迷惑はかけられない――だから本心を言う以外の選択肢は俺にはない。


「好き……だった。もちろん今でも、本当に良い子だとは思ってる。でも、それだけだ――」


 俺が正直に話すのを聞いて、葛西は僅かに眉を動かした。


「……今のは嘘じゃねえよ。何と言うか、全く同じってわけじゃないけど昔ちょっと似たような事があってな……あの気持ちを持ち続けるのが怖かった。だから、捨てた――」


 もっと言えば、二次元のライラちゃんに逆戻りしたと言う方が正しいのかもしれない。

 でも今はそれ自体は関係がないから、南条さんについてのみ包み隠さず素直に答える。


「……まったく、おバカな椿。いや、私も悪いか――」


 葛西が何かを呟いたけど、バカって言葉だけは聞こえた。


「悪かったな、バカで。でも、お前もかなり、いや、めっちゃアホだからな?」


 なんて葛西に言い返しつつ奢ってもらったアイスココアを口に含む。


「私、風見さんにバカなんて言ってませんけど? それに、私がアホとはどういう意味か詳しく問い質したいですが……今は話を進めましょう」


 どう考えても俺にバカって言ってた気がするが、俺が葛西に対してアホって言ったのを流してくれるなら、俺も聞こえなかった事にしてあげよう。


「で、何でこんな質問してきたか教えてくれんの? まあ、無理に教えろとは言わないけど」


 俺の心を抉りにきたわけじゃないならどうして? という疑問を持っただけだし、冷静に考えたら俺にはそれを知る意味とか無い気がする。


「ちゃんとお答えしますよ。というより、答えてくれなくても話しましたよ。今の質問は元々は聞く予定じゃなかったので――」

「はあ?! 答えた意味……!」

「まぁ、落ち着いてください……答えてもらえたおかげでより一層私自身の罪の大きさを痛感しました」

「全然何言ってんのか分かんないんだけど……」


 あの件での葛西の罪とか言われても、関係ないんだから何もピンとこない。


「椿お嬢様の名誉だけを考え過ぎて、やり方を間違えてしまったんですよ、私達は……ですから、この度は本当にごめんなさいでした」


 そう言って葛西は深々と頭を下げてきた。


「ああ、そういう事……そういや南条さんが言ってたわ、噂を否定して回ったのってお前らだっけな」

「はい、ただ何とかすると、椿お嬢様にはそれだけ伝えて学園を駆け回ったのは他ならぬこの私と瀬波良治です。それが大きな間違いでした……どういった方法で対処するか、一度でもいいから椿お嬢様の意見を聞くべきだったと反省しております」


 と、葛西は言葉通りに反省していそうな表情でそう言ってくるが……、


「いやいや、どっち道勘違いだったって分かった瞬間に絶望するんだからどんな対処法だったとしても結果は同じだから……」

「そうかもしれませんが、風見さんに向けられている視線は違ったものにできたかもしれません」


 ……言われてみればそうなのかもと思えてきた。

 

「……やってくれたなテメェら……でもまぁ、南条さんが俺の為に全クラス回ってくれたみたいで嬉しかったし、そのおかげでうちのクラスは大丈夫だったから葛西は許してやるよ」


 瀬波は謝ってきてねぇから許さねぇけどな。

「ありがとうございます」


 と、葛西は再び深々と頭を下げてきた。アホなはずの葛西がこうも真面目な顔して感謝してくると調子が狂いそうになる。


「……それで、これで話は終わりでいいのか? だったらもう帰るけど」

「あ、いや、実はまだありまして……」

「へぇ、何だよ?」

「コホンッ……実は私の方から風見さんにお願いがありまして、逮捕したんです」


 おい、まさかまだ警察ごっこ続いてたのか?

 ツッコむのも面倒だからもう何も言わないけど。


「風見さん、椿お嬢様に映画に誘われたのって、どうしてだと思います?」

「どうしてって……あれ、何で?」


 よくよく考えてみれば、俺を誘ってきた理由があるはず。


 俺はあの時告白されたとばかり思っていたから、その流れで映画館に行ったものだとばかり思っていた。

 でも南条さんは告白してきたわけではなくて、それであの一件があってめちゃくちゃ落ち込んで、そんな理由なんて今まで考えもしなかった。


 今になって気付いた。なんて遅すぎる気付きだろうか、南条さんには何かしらの目的があったに違いない。


「学校で広まってた噂を映画からの帰りの車の中で伝えたら、椿お嬢様は否定しました。だから私、尋ねたんですよね、どうして風見さんと一緒にいたのかって。そしたら何と答えたと思います? 風見さん、あなたとお友達になりたかったからと、そう答えたんです」

「は?! 南条さんが、そんな事を……」


 知らされたのは俺にとっては驚愕の事実だった。

 葛西の言葉が嘘ではないのなら、南条さんにそう思ってもらえたのは素直に嬉しい。嬉しいけど――、


「どうして俺なんかと友達になりたいと思ってくれたんだろ……」

「さあ? 風見さんって、見た感じこれといって仲のいい友達いなさそうですし、同じ波長でも感じたんじゃないですか?」

「同じ波長?」


 俺と南条さんって、偶然ライラちゃん好きという趣味が一致していた程度でその他に共通点なんて――まさか、俺のライラちゃん好きが元々バレてたのか?!


 いや、でも学校でそんな片鱗を見せた過去は俺にはない。多分大丈夫……だよね?


「椿お嬢様も、慕われ過ぎて逆に友達いませんから……あっ、勘違いしないでくださいね、風見さんは別に生徒から慕われてませんからね」

「……確かに、言われてみれば南条さんがお前ら以外と行動してるの目撃した事無いわ。つか、一言余計だな、おい……」


 数多くの生徒から慕われているが故に、勝手に交友関係が広いと思い込んでいたが、逆に考えれば行き過ぎた慕われにより交友関係は浅いとも考えられる。


 興味を抱いていなかったせいで気にも留めてなかったが、南条さんと一緒にいるのは決まって同じ人間、葛西と瀬波だけだ。

 だからこそ葛西が言う、南条さんに友達がいないっていうのも納得できた。


 いや、いないというより少ないの方が正しいか……南条さんと映画館に行った時に葛西は友達って言ってた気がするし。


「あっ、すいません、今は一人いましたね。星名さんと仲がよろしいようで、何よりです。……ですが、聞いてください」

「何?」

「……良治から聞いたんですけど、風見さんと星名さんって土曜に一緒に遊んでおられましたよね?」


 あの狂犬野郎、余計な事を……別に葛西に知られたから困るってわけでもないけど、人のプライベートをべらべら話すんじゃねぇ。


「……だから?」

「つまり、椿お嬢様もそれを知ってますよね?」

「でしょうね」


 まあ、南条さん自ら跡を付けていたって言ってたくらいだし、知らないわけがない。


「あの日の椿お嬢様、気分転換に行ったはずなのに帰ってきたらゾンビみたいな顔をしてまして!」

「いや、それって今は全然関係なくね? 話めっちゃ脱線したわ……!」

「別に脱線してないですよ。だってそれって、自分だって風見さんと友達になりたいのに、そうなれなかった、それだけじゃなくあんな事になってしまったのを物凄く悔いてるんだと私は思います。……とはいえ、風見さんが翌週――今日ですね、学校に来ると知れて喜んでたのは唯一の救いですけど」


 そう言う葛西の話は、確かに脱線などしていなかった。

 だからあの時、気分転換をしたにしては落ち込んでいたというわけか。


 それから、別に全く疑ってなんかなかったが、南条さんがあの時言ってた事は嘘なんかじゃなくて本心だったみたいだ。

 こんな話をしてる最中だというのに、それ自体は少し心嬉しくなってしまう。


「それで、結局頼みって何?」


 前置きはかなり長かったが、もう何となく察しはついているし、俺もそれに応える――というよりも、俺がそうしたいと言ったほうが正しいか。


『風見隼人くんっ……! これから私と付き合ってくださいっ!』


 今でも忘れない、あの時の表情と声。


 あの言葉の本当の意味を知ったから――俺自身も本当の意味で彼女に向き合えそうだ。


 過去と違って、今回は拒まれているわけではない。その事実が何よりも大きい。


「風見さん、椿とお友達になってあげてください……!」


 予想通りの頼み事、葛西はそう言って頭を下げてきた。


「……葛西って、南条さん呼び捨てにしてたっけ?」

「――あっ、こ、これはつい、その……聞かなかった事にしてください……」

「あ、うん……いいけど別に」


 仮にも付き人なのだから体裁とか気にしてるんだろうし、忘れるのは難しそうだけど黙っておいてあげよう。


「……で、どうですか?」


 葛西は恐る恐ると言った具合に俺を見てくる。


「もちろん良いけど」

「ありがとうございますっ! では、この私がタイミングを用意しますので、その時はよろしくお願いします」

「あ、いや、それは俺のタイミングでいいかな? どうせなら、俺を嘲笑ってる連中もギャフンと言わせたいし」


 奴らを黙らせる事はできないが、俺に対する視線の種類だけは変えられる気がしている。


 まぁ、仮に南条さんが友達になってくれなかったら今の視線がより強烈なものになるんだろうけど、その心配は必要ないと信じている。


 だからこそ、葛西にタイミングを用意されるわけにはいかない。


「はい、それは構いませんが。詳しく聞かせてもらえます?」

「えっとな――」


 思い付いている俺のタイミングを葛西に伝える。


「確かに、それなら周囲の人を見返せそうですね。相手が椿お嬢様だから、恨みは買うでしょうけど」

「コソコソ友達やったってつまんねーだろ。それに俺、あの怒り狂った視線は結構気に入ってるから。勝った気になれるし」

「M気質をお持ちなんですか? 言っときますけど、椿お嬢様はSですよ。相性ピッタリですね」

「嘘つけ! 南条さんがSなわけがないだろ。それと、もし俺がMなら不登校に片足突っ込んだりしてねぇよ」


 どうすればあの天使がSに見えようか、それだけは信じられない。もちろん、ホントにSでも全然構わんがね。


「まぁ、風見さんに関しては確かにそうかもですね。でも、椿お嬢様のSは言い過ぎでしたけど、怒ると結構怖いですよ。特に一つ上の姉、楓お嬢様に対しては暴言も日常茶飯事ですから」

「ただの姉妹喧嘩だろ。てかそれ、言ってよかったわけ?」

「……黙っておいてください」


 葛西は口が軽いのだろうか、秘密とかそういったものを絶対こいつだけには知られたくないと思った。

 主に、変身美少女アニメ好きな事とか、口が裂けてもこいつの前では絶対言えない。


「はいはい……それでなんだけど、その時は狂犬クソ野郎の排除を所望する」


 俺が南条さんと接触しようとしたら、確実に奴は妨害してくるだろう。


 良く言えば付き人の鏡なのかもしれないが、悪く言えば俺にとってはただの邪魔。

 妨害されでもしたら、南条さんと話すどころではなくなってしまう。


 故に瀬波の排除は絶対条件だ。


「良治ですね? 了解しました、邪魔できないように息の根を止めときます」

「頼んだ」


 これで瀬波に関する不安もなくなった。というか、狂犬クソ野郎で通じたのがちょっと面白い。


「んじゃ、話も終わったし今日は帰るわ」

「そうですね、帰るとしましょうか」


 喫茶店を出て、家に向かって歩き始める。


「ん? 葛西は車で帰るんじゃねぇの?」

「いつもならそうですけど、今日はこうしてここまで来てしまったのでわざわざ迎えを呼ぶわけにはいきません。私、ただの見習いなんで」

「ふーん」


 詳しい事は分からないし、とやかく言うのはやめておこう。そもそも、毎日送迎がある事自体が特殊なんだし。


「……風見さん、今日の追いかけっこは楽しかったです。まぁ、ぶっちゃけいつでも捕まえれましたがね」


 葛西は不意にそう言ってきて微笑した。


「楽しかったのは結構だけど、リアリティ追求し過ぎだろ……」

「遊ぶのは久しぶりだったんで、どうせなら本気出そうかと思いまして」


 そう、俺は勝手に葛西の警察ごっこに巻き込まれていたのだ。

 しかもスリル満点、裏路地ではゴミ箱を倒すわビール瓶のケースを蹴ったりしてしまったわけだし、本物の警察に見つかってたら説教されてもおかしくない危うさ。


「まったく、とんでもない遊びに付き合わされたもんだわ……」

「また今度やります?」

「やらねぇよ! やるならもっと他の遊びにしてくれや」


 何が楽しくてまたこんな危険な遊びをやらねばならんのだ。

 そもそも俺には遊んでたつもりがまず無いし、それだけは断固拒否する。


「他の遊びならいいんですか?」

「危なくないやつならな。リアル警察が介入してくる可能性が無い遊びなら別にいいぞ」


 今日ここまでの過程で、葛西は瀬波と違って俺に噛み付く狂犬ではないと判断した。

 わけのわからん言いがかりをつけてくるわけでもないし、もはや出会でくわしたら逃げる対象ではない。

 つまり、苦手というわけではないから別に遊ぶのは全然構わない。


 何だったら、今の俺の状況を鑑みるに普通に接してくれるだけ印象は良い方だ。


「じゃあ、何か危険で面白そうな遊び考えときますんでその時はよろしくです。では、私はこっちなんで」

「――危険じゃないやつな?! ……はぁ、じゃあな。車に気をつけて帰れよ」

「はい、今日はどうもありがとうございました。風見さんも、どうか帰り道こそは警察から逃げ切ってみせてくださいね。では、失礼します」


 そう言って葛西は南条邸に向かっていった。


 どうして俺が警察に追われる前提で話を進めているのか甚だ疑問だが、アホの考える事だから仕方ないのかもしれない。


 明日は祝日だから休みだ。次に学校に行った時にはちゃんと逃げ切ったと報告してやろう。


 そんな事を考えてる時点で、俺も葛西と同類のアホなのかもしれないなと思いつつ、帰路についた。

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