16 敗者復活した気分
一体全体、みんなどうしたというのだろうか。
勿論、表向き嘲笑されずにいつも通り接してもらえそうなのは有り難い。
けど、俺が教室に来るまでの過程でそこにクラスメイトもいたのかは定かではないが、大多数の生徒から嘲笑されているのは仮に耳を塞いでいたとしても目で気付いてしまう程には理解させられたのだ。
それにも関わらず、まぁ内心では嘲笑っているのかもしれないけど、表向きでは何故かクラスメイトだけはその様子を見せない。
その理由をずっと考えていたのだが、たった今、一時間目の現代文の終わりを告げるチャイムが鳴っても分からずにいる。
「よっ、風見!」
ひとまず現代文の教材を片付けていると、この声は和田だろうか、頭上から声を掛けられた。
「『よっ、風見!』じゃなくて、え……どうなってんのこれ?」
「ん? 何がだ?」
「もっとバカにしたように笑われると思ってたんだけど」
弄られる、とかではなくてガチなやつで。
「そんな事しねえよ。少なくともこのクラスの連中だけは、表向きには、な」
「やっぱ裏では笑ってやがんだな」
「かもな。でも、表だけでも普段通りなら、少しは過ごしやすいだろ?」
まぁ、それは素直にそうなのだけど……わざわざ表では隠してくる理由が分からない。
それも、クラス一丸となっているように感じられる。
「とは言っても、裏であーだこーだ笑ってる連中もこのクラスではそんなにいないと思うぞ」
「どうしてそんなの分かるんだ?」
「元々、うちのクラスでは風見に対してそういった目を向けるのは止めようって話で進んでたんだ。まぁ、それでも少数派で反対する、というより若干不満そうな雰囲気な男子もいたんだけど……」
では何故、そういった少数派の男子達も表向き俺にそういった目を向けてこないのだろうか。
それは上手く纏まったからなのだろうけど、そう簡単に納得するとも思えない。
「……南条椿、あのお嬢様があれ以来何度もこのクラスに足を運んできてな」
「……は?」
「それで、毎回同じ事を言って頭を下げてくるわけよ。風見は何も悪くないから、心無い言葉とか、酷い扱いをやめてくれって」
「嘘、だろ……」
まさか南条さんがそこまでしてくれているなんて思いもしなかったが、先程の葛西の発言と照らし合わせれば疑う余地なんて何もない。
俺がいつ戻ってきてもいいように、多少なりとも過ごしやすいように配慮してくれるなんて、やっぱり良い子だなと思うし何なら女神だし、感謝以外何も感じられない。
「まぁ、そんなわけで究極美少女の南条椿にそんな事頼まれりゃ、うちのクラスの男子なんて豚みたいにブヒブヒ鳴いて納得するわけよ。女子も女子で、憧れを抱く存在だから何一つ文句も出ないし、それどころか称賛の嵐だよ」
「男子に関しては表現が微妙だけど、その光景は何となく想像できるわ」
俺自身が土曜の早朝テレビに向かって鳴いているあれだよな。
とは言っても、美少女ビッグ5に対するそんな光景だったらあれ以前にも何度も見てるし、想像は簡単だ。今更それには驚いたりはしない。
「でも、どうやらうちのクラスと八組に限って、の話みたいだけどな。八組は置いといて、元々うちのクラスは纏まりかけてたからすんなりいったけど、他学年と他クラスは形こそ頷いても、やっぱり無理だったみたいだわ」
「そっか。でも有難い話だよ、本当に」
うちのクラスだけでなく、他クラスにも同様の行動をしていたなんて……そこまで南条さんがしてくれる理由は見当も付かないが、そうまでしてもらったのだから、これからは多少の嘲笑程度で根をあげるわけにもいかない。
少しの間我慢してれば、いずれは慣れてくるはずだ。
「それより……何か静かじゃね?」
「ん? あぁそういや――あ、あれは……! おい、見てみろ風見」
「あぁ、何?」
和田が指差す方向、教室の前方に目を向けると、室内が静かになった理由が分かった。
美少女ビッグ5兼、俺の友達、星名琴音が二年三組の教室にやって来ているからだ。
美少女ビッグ5が一人も所属していない飢えた俺のクラスの男子の視線は当然、琴音に釘付け。女子も女子で、星名琴音が来ているという事実に真新しさでも感じているのか、そこそこ注目している状態だ。
そんな中を一歩、また一歩と俺に向かって近づいてくる。
……休み時間毎に来るとは言ってたけど、本当に来るとは思ってなかったぞ。
「こ、これはこれで……結構やりにくいものね。約束通り来てあげたわよ、隼人」
「お、おう……そだね、琴音」
琴音は苦笑いを浮かべているし、多分俺もそうだと思う。
「「「――はあああぁっ?!」」」
ですよねぇ……絶対こうなると思ってました。
教室内に奇声やら悲鳴やらが飛び交う。
俺は構わないけど、琴音は違うかもしれないと思うと少し申し訳ない。
「――お、おいっ! 風見、これは一体どういう……」
「どうと聞かれましても、友達って言えば納得してもらえるでしょうか……?」
俺がそう言うと再び教室内が静まり返った。
「ふっざけんな風見テメェ!」
「星名さんを呼び捨てって、テメェ何様のつもりだ?!」
「いっぺん自分の顔面、鏡で見てこいや!」
でも静まったのは一瞬で、暴風の如く俺への罵倒が吹き荒れた。
主に、いや、完全に男連中だけから。
「落ち着けみんな……! 風見は友達だって言ってるだろ?!」
そんな暴風を止める為に和田が一声上げると、ひとまず罵倒は収まったが、依然として男連中からの怒り狂った視線だけは俺に集中している。
これこれっ! お前ら、こういった視線なら俺、全然構わないからな。勝った気になれるし。
マジで敗者から復活した気分だわ。
「ほ、星名さん、俺とも是非……!」
「お、俺だって……!」
「今日のお昼、一緒にどうですか?!」
こいつら……気持ちは分からんでもないが、いくらなんでもがっつき過ぎではなかろうか。
それに多分、琴音は迷惑だって思ってるぞ。その証拠に、明らかに目が引いている。
「あ、あははぁ……隼人、休み時間の度にここ来るの、やっぱやめるわ。んじゃあねぇ……」
琴音はそう告げてきて、いそいそと教室の出口に向かって歩き出す。
「風見テメェ! 星名さん帰っちゃったじゃねぇか……!」
「呼び戻してきやがれ……!」
「俺達の星名さんだぞ?! どう責任取ってくれんだよ……?!」
いや、知らんがな……俺のせいじゃなくてお前らのせいだから。
……とはいえ、今の件も相まって一層いつも通り……いや、いつも通りは違うけど嘲笑とはかけ離れた感じになった気がする。
そう考えると琴音が今、この教室に来てくれたのは良かったのかもしれないな。
そんな事を思いつつ、自クラスに戻る為にこの教室を出ようとする琴音の背を眺めていると、扉の向こうに一瞬、ふわりと金色の影が揺れるのが目に入った。
あんな特徴的な髪をした人物なんてこの学園には一人しかいない。
別に金髪が南条さんしかいないというわけではないけど、理想通りの綺麗な金色といった意味では南条さんしか存在しない。
もしかして、俺に何か用でもあるのだろうか。
偶々通りかかっただけかもしれなのにそんな勝手な期待を胸に抱え、気付けば教室の出口に向かって歩き始めていた。
この場所でなら校内の別の場所と比較して、南条さんに話しかけたとしてもみんなある程度の空気は読んでくれるはず。
南条さんが土曜日にそうしてきたように、俺にだって彼女に伝えたい事の一つや二つくらいあるから――扉に近づくにつれてその気持ちに反して震える足を強引に動かし、教室の外、廊下に出た。
だが、廊下に出ると同時に二時間目の開始のチャイムが鳴り、当然南条さんの姿も既になかった。
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