14 あたしの名前は星名琴音

「ほら、ボーッとしてないで入るわよ。ゲーセン」

「ん? ああ、はいはい」


 すっかり忘れていたが、この後もうひと勝負する事になっている。ゲーセンに向かって歩き出す琴音の背を追い、入り口の前までやってくる。


「――あっ、風見隼人……!」

「「――ひっ!」」


 俺の名前を呼ぶ大声が背後から聞こえてきた。

 心底驚いて振り返ると、瀬波が先程と同様に物凄い剣幕で俺を睨みつけていた。

 というか、琴音までびっくりしてた気がする。


「風見隼人、まだいたのか……!」

「いやいや、さっきもそうだけどいきなり怒鳴ってくんなや。マジで心臓止まり掛けたわ。つーか、『まだいたのか……!』はこっちのセリフな?」


 この時、初めて俺と瀬波は会話のキャッチボールをしたのだった。ある意味感動ものである。別に全く嬉しくはないけど。


「貴様……そのような事を言える立場にあると思っているのか?」

「まぁ、キミくらいには……ささっ、何があったか知らないけど、落ち着いて、落ち着いて」

「あんたそれ、逆に煽ってるわよ。やっぱやり合いたいの?」

「え、いや、何か狂犬みたいだったから噛みつかれたら面倒だなぁと思って、なだめてあげようかと」

「――だからっ、それが煽ってるって言ってんのよ……!」


 えぇ……じゃあどうすればいいの? この狂犬。


 南条さん……こいつが俺に対して失礼のないようにちゃんとしつけとくって言ってたよね? 相変わらず中々に失礼なんだけど?


 まあ、まだ躾けの時間が足りてないだけかもしれないけど、だったらせめて飼い主なんだから首輪くらいちゃんと付けておいてほしいんですが……。


 お屋敷の中でなら番犬を放し飼いしてても全然普通だと思うけど、ここは公衆の場なんだからお願いしますよ……とりあえず学校だったら許すからさ。嘲笑されるより、こいつみたいにぶつかってくる方が気分的に楽だから。


「風見隼人……貴様、この僕に喧嘩を売っているようだな」

「あ、今それうちの店では売ってないんでお引き取り願います。喧嘩をお求めでしたら他をあたってください」


 丁度ここで、反対側の歩道に高校生くらいの柄の悪い連中が目に入った。手っ取り早くそれを利用させてもらおう。


「あっ、見てください! あちらのお店なんてどうですか? オラついたヤンキーみたいなのが三名ほどいますよ? わざと肩でもぶつければ売ってくれるんじゃないですか? 是非お試しください」

「あんたって奴は……」


 琴音は当然俺に呆れているみたいだが、今この狂犬から逃れるにはこれしか方法が思いつかないから仕方がないではないか。

 喧嘩を求めてるなら別のお店で買ってもらえばいいだけの話。うちでは売ってない代わりに、売ってそうな店を紹介してあげているだけ良心的と言えるはずだ。


 ……これが俺の圧倒的屁理屈!


「チッ……今は貴様のような頭の悪いやからの相手をしている暇はない。覚えおけ、風見隼人……!」


 一体俺は、何を覚えておけばいいのだろうか。頭の悪い輩である俺にはさっぱり分かりません。

 そもそも、そちらから絡んできておいて俺の相手をしている暇はないとは、何が言いたかったのだろうか。結局、お前も大概頭の悪い輩じゃねえか。


 というわけで、とりあえず瀬波はそう吐き捨てて走り去ってくれた。


「……さ、今度こそ行くわよ」


 琴音は呆れ顔で去りゆく瀬波を眺めながらそう言った後、ゲーセンの中に入っていた。



◇◇◇



「あと少し……もうちょっと……あと少し……! ――しゃあおらっ! 勝ったぁ!」


 あれから苦節十戦。羽ばたいていった野口、二枚。


 結局一度目の再戦では勝てず、そこからムキになった挙げ句の果てに掴んだ勝利。

 苦労した分だけ喜びも大きく、思わず雄叫びをあげてしまった。


 ……良かった、今月はこの間の映画以外は出費抑えといて。

 じゃなかったら、小遣い日の翌日からいきなり金欠一歩手前に突入だったわ……。


「はぁ……やっと勝ってくれたか。手加減し過ぎて疲れちゃったわよ」

「何言ってんの? 手なんか抜いてないくせに、負け惜しみ?」

「そんなわけないでしょ! 実際負けてやったんだから。……ふふっ、あははっ!」


 琴音は手加減したと言い張った後、何かツボに入った事でもあったのか突然笑い出した。


「どしたの?」

「別にぃ。さってと、そろそろ帰ろっかなぁ」

「んじゃ、俺もかーえろ」


 レースゲーム機から降り、そのままゲーセンを出て家に向かって歩き始める。


「……何で付いてくんの?」

「は? バカなの? あたしの家もこっちだからに決まってるでしょ」


 言われてみれば確かにそれしかないかもしれない。

 琴音の言うように本当に俺ってバカなのだろうかと自分を疑ってしまいそうになるが、そんな事ないと信じたい。


「あ、そういや琴音に頼みがあるんだったわ」

「もしかして、あんたがライラちゃん好きだってのを誰にも言うなとか?」

「何故分かった?!」


 琴音はエスパーか何かなのだろうか、言う前から俺の頼みの内容を当てられてしまった。けど、それならそれで話は早そうだ。


「何となくだけど? まあ、小学生向けの変身美少女アニメだから、高校生のあんたが周囲に知られたくないのは理解できるわ。何より、あんた男だし……」

「では、内緒にしてもらえるって話でよろしいでしょうか?」


 この流れだったらいけるはずだと思い、念押しの意味も込めて聞いてみる。


「別にいいわよ~。そもそもあたし、あんた以外学校に友達とかいないから話す相手もいないし」

「え、俺だけ? あ、いや、いつも一人でいるとは耳にしてたけど……」


 頼みを聞いてもらえたのはいいのだが、理由が切なくて少し反応に困ってしまう。


「入学したばっかの時はいたんだけどねぇ。あたしってちょいちょい休むし早退もするからさぁ、気付いたらいなくなってた。もう慣れたけど、最初はちょっとキツかったのよねぇ……」

「あのぉ……何でお休みに?」

「それは教えない。だから」


 まあ、何かしらの事情があるんだろうし、無理に教えてくれとも言えない。

 いつか教えてくれるかもしれないし、この場で問い詰めるのはやめておこう。


「なぁ、女友達は知らんけど、男友達ならすぐに作り直せたと思うぞ? 自分が海櫻学園で何て言われてるか知ってる?」

「美少女何ちゃらでしょ? 知ってるわよそれくらい。そのせいで学校行く度に変な男連中が下心満載で声掛けてくるから、勘弁してほしいわ。ボディーガードが二人もいるお嬢様が羨ましいものね」


 覚え方は大雑把だけど、一応自分が学園でどんな存在として認識されているのかは理解しているらしい。


 それから、ボディーガードが欲しいなら是非とも瀬波を南条さんから購入してほしい。

 あいつがボディーガードなら、下心しかない男共もあの狂犬っぷりに度肝を抜かされて近寄らなくなるだろうから。


 何より、南条さんと違って琴音なら奴にちゃんと首輪を付けて飼い慣らしてくれそうだ。琴音と俺は友達なのだから、俺に被害をもたらすバカに制裁を下さないわけがないからな。


 あくまで、許されるのは琴音の友達ではない下心満載の男共に噛みつく事だ。


 なんて、そんな想像を膨らませてみたけど全然現実的ではない。


 だから南条さん、早急に瀬波の躾けの完了、お願いしますよ……せめて学校以外の場所で噛み付いてくるのだけは何とかしてくれ。


 結局のところ、琴音としてはいくら声を掛けられようとも、下心しかない男子と友達になんてなれないってわけか。

 俺の勝手な認識では海櫻学園のほとんどの男子がそれに違いないから、男友達すらできないのも理解できてしまう。

 ……あれ、俺は?


 別に琴音に対して下心なんて無いけど、それを俺の口から言った覚えなんてこれっぽっちもない。

 つまりは琴音自身でこいつは安全だと判断してくれたという事だろうか。


 無害だと思われるのは悪い気はしないし、そうだったら嬉しいけど――、


「まあでも、友達なら大丈夫よ。もうちょっとしたら休んだり早退しないでちゃんと毎日学校行けるようになると思うから、そのうちまたできるっしょ、多分。それに、あんたもいるわけだし」

「な、なぁ……琴音、どうして俺と友達になろうと思ったの?」


 その答えが知りたくて、聞いてみた。


「ん? あんたと? そうねぇ……ふふっ、あははっ!」


 琴音は考える素振りを見せた後に、一度笑ってから歩く足を止めた。それを見て俺も立ち止まる。


「それは、あんたが――魔法天使ライラちゃんが好きだから。ただ、それだけよっ!」


 たったそれだけの理由で俺と友達になってくれたというのか?


 けど、それでは俺に下心が無いかどうかなんて判断は出来ないはずだ。


 まさか、小学生向け変身美少女アニメが好きなくらいだからそういった事に関心が無いとでも思われているのだろうか。

 そんな事はない。俺だって普通の健全な男子高校生だ。

 興味もあるし、何ならつい最近、妄想に妄想を重ねたくらいだ。


 だから、そんな理由だけで俺に下心が存在しないと判断してほしくない。


「あのさ、お前――」


 俺が言いかけたところで、琴音は唐突に自分の名前を口にした。


「それは知って――」

「この世界で一番ライラちゃんを愛する普通の女子高生よ! 隼人、ライラちゃんを好きになってくれて――あたしと友達になってくれて――本当にありがとうっ!」


 ああ、そうか――そうだったのか。


 どうやらまた、俺は勘違いをしていたみたいだ。

 最初から俺の下心の有無なんて琴音にとっては関係なかったんだ。


 自分も俺と同じくライラちゃんが好きだから、友達になってもいい――きっと、そう思ってくれたんだ。


「そっか、こちらこそありがとな、琴音。俺と――友達になってくれて」


 俺には彼女の想いに応えない選択肢なんてなくて、だから一言だけ、精一杯の感謝を伝える。


「ふふっ、あはっ」


 そんな俺の感謝の言葉に、琴音は優しく微笑んでくれ――そして再び、帰り道を歩き始めた。

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