13 変えた椿が伝える気持ち

「ほらほらぁ! 手加減してあげてるんだから抜かしてみせてよぉ!」

「ちっきしょう……何なんだお前」


 ゲーセンにて、現在レースゲーム中。

 太鼓やらホッケーやら、その他諸々ありとあらゆる対戦可能なゲームにて、ここまで全戦全敗。


 琴音はあまりにも下手すぎる俺の為に手加減してくれているらしいが、俺にとってはどこが手を抜いてくれてるのかさっぱりだ。


 自分のゲーセンスキルの低さに泣きそう……。


「はい、またあたしの勝ちぃ~!」


 結局、今回も後少しのところで抜かしきれずに先に琴音がゴールしてしまう。


「……もう一回」


 もう一息なのだ。ここまで来たら、何とか一回だけでも一矢報いたい。意地でも一回負かしてやりたい。


「んん? 意地になってるのかなぁ? まぁいいけどぉ、その代わりあんたがお金払ってよね」

「分かった。良いだろう」


 財布を取り出し、百円玉を二枚――百円玉が無いや……。


「ちょっと両替してくる」

「じゃ、そこのベンチで待ってるから」


 さてと、両替機はっと……お、あったあった。


 千円札を入金し、画面を確認する。


 ……あ、違うわこれ、メダルゲームの貸出機じゃねぇか。あっぶねぇ……危うく貸出ボタン押すとこだったわ。


 おっと、今度こそ見つけ――、


「は……?」


 見つけた両替機のすぐ側のトイレに、何か見覚えがある人物が入っていくのが見えた気がする。


 黒いマリンキャップを被ってサングラスを掛けてた今の子、南条さんじゃね……?


 確証は無いが、あの特徴的な金色の髪に南条さんと同じくらいの身長、それから体型。加えて、醸し出されていたお嬢様感が、今の子は南条さんなのではないかと思わせてくる。


 ……でもまあ、そんなわけないか。こんな所にあの子がいるわけが――って、はああぁ?!


 トイレの近くのベンチに座るあの男。あいつはどっからどう見ても瀬波良治。


 じゃあ、今の子はやっぱり――あ、瀬波と目が合っちゃった……。


 なんだろうか? この、まるで時間が止まったかのような間は。


「――あっ、風見隼人……!」


 止まった時を動かすかのように、瀬波が俺に向かって声を荒げた。


 しかも、何かめっちゃ怒ってる気がするんだけど……え、俺また何かやらかしました?

 あ、まさかストーカーしてるとでも思われたか?! いや、ただの偶然なんですけど……。


 瀬波は立ち上がると、物凄い剣幕で俺を睨んでくる。

 一歩、一歩と距離を詰められ、今にも飛びかかって噛み付いてきそうな気迫だ。


「やべ、とりあえず逃げよ……」


 ジャンプして百八十度反転し、走り出す……!


「――あっ、逃げるな……!」


 店内は走っちゃいけません。そんなのは知ってます。でも今だけ特別ルールでオッケーです。


 そんな、店に大迷惑なルールを勝手に作り、琴音の元まで走っていく。


「……え、何? 危ないから走っちゃダメ――」

「勝負はお預けだ。とりあえず引き分けって事にしといてやる。ほら、逃げるぞ」

「はあ?! 逃げるって、ちょっとあんた……!」


 強引に琴音の手を掴んで外に向かって走り出す。


 そのまま外の人混みに紛れて走るのを止め、徒歩に変える。

 周囲を確認しても追手の姿はなく安堵する。


「はぁ……はぁ……はぁ……ちょっとぉ、急に何?!」

「あぁ……すまん。実は、ゲーセンにて南条さんを目撃した」

「へぇ、お嬢様でもゲーセンなんて来るのね。……で? それでどうしてあたし達が逃げなきゃなわけ?」

「何か、執事見習い君こと瀬波良治が俺をめっちゃ睨みながら近づいてきたから、つい」

「あんた、彼に何かしたの?」


 してません。それどころか、会話のキャッチボールすらした過去はありません。


 否定の意味を込めて首を横に数回振る。


「そう。じゃ、戻るわよ」

「え……嫌だけど」


 何が楽しくて、俺に対して怒り狂ってる奴がいる場所に戻らなきゃならないのだ。


「いいから行くわよ。あんた、全敗のくせにしれっと引き分けって事にしようとしてたけど、そうはいかないわよ」

「バレてました?」

「いや、普通に気付くから。バカなの? 次も勝って完全敗北にしてあげるわ」


 そう宣言して琴音は俺の腕を掴み引っ張ってくる。


「――いたたっ! ちょっと、引っ張るな!」

「あんたもさっき引っ張ってきたでしょうが。さあ、つべこべ言わず行くのよ」


 言われるがままにゲーセンの近くまで連れてかれる。


「はぁ、また来ちゃったよ……頼むからいなくなっててくれ」

「ちょっと待った」

「はぁ?」


 ゲーセンの中に入ろうとした時、琴音にまたもや腕を引っ張られて今度は入り口近くの物陰に連れていかれる。


「どしたの?」

「しーっ、バレたくないなら小声にしなさい」

「バレる?」


 まさかと思って入り口の方に目を向けると、南条さんと瀬波がいた。


「せっかくの気分転換を台無しにしてしまい申し訳ございません……」

「いいの、連れてきたのは私だから。それに、気分転換は一人で映画観た時点で終わってたし」


 気分転換したにしては、やけに落ち込んでいるように見える。


 一体どうしたのだろうか?


 とはいえ、もはや俺が気にしたところで意味が無い事。

 さっさと中に入りたいし、帰りそうな雰囲気だから早く去ってもらいたい。


「……でも、これだけは言わせて。隼人くんは何も悪くない。悪いのは、全部椿だから」


 ……え、南条、さん……?


 気にしても仕方ないと思ったとはいえ、いきなり出てきた俺の名前と、それに加えて自分を責めて俺を擁護している姿に胸を突かれてしまった。


「椿お嬢様に非などあるはずがありません。全てはあの男の誤解が招いた結果です」


 南条さんに非が無いのは同意だけど、全て俺の責任だと?

 俺のクラスなんてみんな勘違いしてたんだし、何なら明らかにそれっぽい雰囲気も作ってきたわけだから、あいつらにだって少なからず責任はあると俺は思う。


「この野郎……」

「あれ、彼とやり合いたくなっちゃった? 止めはしないけど」

「そこは止めてくれるかなぁ? ちゃんと学校行こうと思った矢先に停学とかシャレにならんから」


 そもそもやり合おうとも思ってなかったし、瀬波の言い方全般にイラッとしただけだから。


「……だから、違うから。椿に非が無いなら、こんな事にはなってないから」

「ですから……そのような事は――」

「隼人くんっ、来週から学校に来てくださるのですねっ」


 突如、南条さんが知るわけもない話を口に出した。


 え……何で知ってるの? どこ情報? 琴音にしか言った覚え無いんだけど……。


「た、確かに風見隼人は星名琴音とそのような話をしていましたが……それがどうなさいましたか?」


 はい? お前と遭遇したのってゲーセンだよね?

 ゲーセンではそんな話をした覚えは無いんだけど……まさか、ハンバーガー屋にもいたのか?!


 だって琴音とその話したのってそこしか無い――あっ、それでゲーセンでも遭遇って、もしかしなくても跡をつけられてた……?


「今日は跡をつけてしまい、申し訳なかったです。そのくせ勝手に色々と傷付いてしまいましたが、それでも椿は、隼人くんが学校に来てくださるって知れたのが本当に、本当に嬉しかったですっ……!」

「……椿お嬢様?」


 予想的中。自分の名探偵っぷりに感動しそうに、ならない……。


 この場合、探偵役は南条さんと言うべきか、何ならその他の会話も筒抜けの可能性が高すぎて冷や汗が出てくる。しかも何か、傷付いたらしいし。


 と言っても、聞かれちゃまずい会話をした覚えも無ければ、南条さんが傷付くような会話をした覚えも無いけど……。


 それより、南条さんは俺が学校に来るのを望んでくれているらしい。

 きっと、南条さんが自分を責めているのは俺が学校に行かなくなったからだと思う。


 南条さんが悪いわけじゃないって事を彼女に証明してあげるには少し遅すぎるかもしれないけど、少しでも気が楽になってくれるなら喜んで登校致しましょう、お嬢様――。


 今ここで口には出せないが、そんな考えを念にして南条さんの背に送ってみた。


「じゃあ、そろそろ帰るわよ。駅前に迎えを呼んで頂戴」

「は、はい……! 承知しました……!」


 瀬波が誰かに電話を掛け始め、南条さんは一人で駅の方に向かって歩いていく。


「お嬢様、多分途中であたし達に気付いたわよ。彼のあんた批判に嫌気が差したのか、一瞬こっち側に目線を流してきた時に」


 琴音は去りゆく南条さんの背を眺めつつ、俺にとって衝撃の発言をしてきた。


「マジすかそれ……全然気付かんかったわ」

「やっぱあんたってバカなの? その後お嬢様、すぐに彼の言葉を切って、あんたに話しかけてたじゃない」

「俺に……あっ!」


 思い返してみれば、琴音の言うタイミング、南条さんが瀬波の言葉を遮った時から口調が変わっていた気がする。

 その口調は南条さんが俺と接する時のもので、瀬波に対しては使っていなかった口調。


 言われてみれば確かに、南条さんは俺に話しかけてくれていたのかもしれない。


 そう考えるとどうしてか、直接面と向かって話したわけでもないのに、そもそも俺はそれに対して言葉を返してあげられていないのに、少しだけ胸の高鳴りを感じてしまった。

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