10 再び映画館へ

 きらめく蒼い瞳にツーサイドアップの長い金色の髪。頭上に浮かぶ天使の輪に背から生える白い翼。それに加えて美乳に白い肌。


『覚悟なさい、月下の小悪魔ユーナ! 魔法天使ライラちゃん、授業サボって参上よっ!』


「あはっ、これだわ、これこれ!」


 俺はどうして忘れてたのだろうか。


 やっぱライラちゃんこそが至高の存在だったんだわぁ~!

 ごめんよライラちゃん……もう二度と他の女の子にうつつを抜かしたりしないから許しておくれ。


「ハッ……きしょっ!」


 おぉ、そこだ! 行け、良しっ!


「……どうしてこんな兄に育ってしまったのだろうか。ごめんねお兄ちゃん、美咲の育て方が悪かったみたいだよ……」


 トドメの……ゴッド・フラムッ! 決まったぁ!


『大先輩、魔法女神アルネ様の言葉をお借りして――迷える仔羊よ、さぁ、お行きなさい。愛するガールフレンドの元へ』

『ありがとう、ライラちゃん!』


 ちゃんちゃん! ふぅ……本日の日課終了でございます。さてと、もう一眠りすっか。


『みんなぁ! 今日のライラちゃん、楽しんでくれたかなぁ?! 長かった戦いもあと少し、最後まで応援してねっ!』


「――ん?!」


 次回予告も終わり、さぁ部屋に戻ろうかと思った矢先、観た事がない映像が流れた。


『そんなわけで、ここで重大発表~! なんとなんと、八月に終わりを迎えるライラジオ最終回、公開収録決定!』


「――なんですと?!」


『抽選で百名様をご招待しちゃうよ! 収録後には魔法天使ライラちゃん役――あたしのことねっ! 仏織姫歌ふつおり ひめかのサイン会も開催しちゃいます! 応募方法は、下記ホームページから確認してねぇ! じゃあ、みんなに会えるのを楽しみにしてるから、沢山の応募、よろしくお願いしますっ! それじゃ、また来週~!』


「お、おい……見たか今の?!」

「これが、昨日までまるで死の淵にでもいるかのように落ち込んでた男の姿なのか。心配していた私って、一体何なのだろう。はははははっ」


 乾き切った笑いが聞こえてきた。いや、それはもはや笑いなどという可愛いものではないのかもしれない。

 その証拠に、美咲の目はゴミを見るかのように俺を射ている。


「まあ、何にせよいつもの調子に戻って良かったよ」

「えっと、ほとんど美咲のおかげだから……」

「そりゃね。昨日私が外に連れ出さなかったら、どうせ今頃部屋に篭ってただろうし」


 ごもっともでございます。今日こうしてライラちゃんを観れたのも、全部美咲殿のおかげでありますありがとう。


「それにしても、公開収録ねぇ……行くの?」

「どうせ当たらんだろ。応募はするけど」

「ま、そだね。そういえば、仏織姫歌って顔出しはしてないんじゃなかったっけ? 公開収録って事は、来た人には顔が知られるってわけだよね?」

「言われてみりゃ確かにそうだな。どんな人なんだろ。やっぱライラちゃんみたいな天使なのかね?」


 それとも、多くの男のそんな幻想を破壊しにくるのか。わざわざ公開収録までして、来た人にはその姿を晒してくれるわけだから、そんな悲劇はないと信じたい。


「天使、ねぇ……そういえばお兄ちゃん言ってたよね? 南条椿先輩は天使だって。じゃ、南条椿先輩なんじゃない?」

「は? んなわけねぇだろ……」

「そうかなぁ? 案外一致してるじゃん、ライラちゃんと南条椿先輩って。蒼い目に金色の髪、それからスタイル。輪っかと翼さえ取れば、まんま南条椿先輩じゃん」


 ……だから何だよ。


 確かに、言われてみれば似ている要素はあるかもしれないけど、それでも三次元の南条さんと二次元のライラちゃんを一致させようとするのは流石に暴論ではないか?


 あくまで南条さんは南条さんであって、ライラちゃんはライラちゃんなのだ。


 それに今話してるのって、南条さん=ライラちゃんか、じゃなくて、南条さん=仏織姫歌かって事じゃないの?


 それは絶対無いだろ……というか、そもそも仏織姫歌がこんな身近にいるわけがない。


「……何でそんなに真剣に考えてんの? 冗談に決まってんじゃん。普通に考えれば分かるでしょそんなの」

「ちょうど今、普通に考えた結果、絶対違うという結論に至ったとこなんだけど」

「そういうわけでお兄ちゃん、元気になったわけだし運動がてら太陽でも浴びてきたら?」


 何がそういうわけなのか全然分かんないけど、運動するのは嫌だ。


 けど、ライラジオ公開収録決定という素晴らしいサプライズにより、当選すると決まったわけでもないのにライラちゃん熱が最高潮に達してしまっている自分がいる。


 そんなわけで、今から寝ようと思ってたのにやりたい事ができてしまった。


「運動は却下だけど、ちょっと今からライラちゃんの映画観に行ってくるわ。美咲も行く?」

「いや、行かないけど……この前観たんじゃないの?」

「観たけど、南条さんに全意識を持ってかれててこれっぽっちも内容頭に入ってこなかった。んじゃ、行かないなら一人で行ってくるわ」

「しょーもな……はいはい、いってらっしゃい」


 美咲の呆れたような見送りを背に受け、映画館に向かった。



◇◇◇



 映画館の券売機にてチケットを購入し、指定の劇場内に入っていく。


 場所はこの前と同じ席。


 別に、そこにしたかったとかじゃない。

 土曜日に加え、公開からまだ二週目ともあって単純に席がほぼ埋まってしまっていて、空いている席がその席を含め数ヶ所しかなかったのだ。


 だから、まぁこの席で良いかと思い購入したわけだ。


 ライラちゃんは子供向けアニメだから親子連れが非常に多い。

 だから、ポツリと空いていたその席よりも前方の隣同士で確保できる席から埋まったのだろう。


 今回は両隣は完全に他人だし、心ゆくまで映画に没頭できそうだ。


 購入した席に近付くと、通路横の席にはまだ誰も座っていないのが目に入った。


 映画館ってさ、出入りの際に既に座ってる人の前を通過するのって狭いしちょっと抵抗あるんだよね、邪魔だって思われてそうで。良かった、まだ誰も座ってなくて。


 と、安堵しつつ席に座る。


「おや? あの時の騒々しかった少年ではありませんか」

「……は?」


 何か、逆側の隣の席に座る人に話しかけられたと思ったら、あの時注意してきた中年おっさんだった。


 はて、どうしてまたいるのかな? あれれ? 映画通じゃなかったの?

 いや、映画館にまたいるわけだからそうとも考えられるんだけどさ。


「やはりそうみたいですね。いやぁ、わたくし実はライラちゃんの大ファンでして!」


 やっぱりそうだったんかぁーい……。


 俺の目に狂いはなかったようだ。間違いなく俺と同系統の種族だわこのおっさん。


「少年もまた来るくらいですから、そうなのですよね?」

「え、あ、はい。そ、そですね……」


 まあ、いくら何でも三度目の遭遇はないだろう。どうせ二度と会わない他人だし、認めてしまっても特に問題はないはずだ。


「ライラちゃんは良いですよねぇ。……そういえば少年、前回は世にも珍しい程に可愛らしい少女をお連れではありませんでしたか? あの少女は今、どこに?」


 その風貌とその言葉のチョイスで聞かれるとマジで怖いからやめてくれませんかね?!


「どこにいるのかと聞かれましても……知りませんね、居場所なんて」

「あれま、彼女ではないのですか?」

「あ、はい、違ったみたいです……残念ながら」


 南条さんを自分の彼女だと勘違いしていた痛々しい男、それがこの俺だ。

 そして今、それに気付いた事により否定しなきゃならないのが結構切ない。


「これはこれは、失礼しました。わたくしてっきりそうだと思ってましたので」

「いえ、こちらこそ誤解を招きすいませんでした」


 何で俺は、見ず知らずの人に自分のプライベートに関して謝っているのだろうか。

 けど、何故か勝手に口が動いてしまったのだから取り消したくてももう遅い。


「ですが少年!」

「はい……?」

「それではわたくし達、お仲間ですね! わたくしも現在フリーでして。というか、年齢イコールでして!」


 いや、ちょっと待ってほしい。勝手に仲間に含められても困るし、そもそもこんなに馴れ馴れしく話しかけてくるのもやめてほしい。

 もしかして、本気で仲間だと思われているのだろうか。


 そうだとしたらごめんなさい、ボクにそんなつもりはありません。

 というか、どうしてそんな誇らしげなの? 単純にモテないだけだよね?


「ですが、大丈夫ですよ少年」

「な、何がです……?」


 一体何を言い出すのだろうか、背筋に少し寒気が走る。


「いつか必ず、自分を愛してくれる異性が現れますから!」


 説得力ねぇ言葉だな……!


 このおっさん、何の根拠があってこんな発言してるのだろうか。


 見た目から判断して俺より二回り以上歳いってるのは間違いないのに、年齢=彼女無しの人にそんな事言われても全然信用できねえよ。


「ア、アドバイスどうも……」

「おっと、予告が始まりましたね。お静かにお願いしますよ」


 俺は今、特にうるさくしてなかったしちゃんと小声で話していた。

 どちらかといえばこのおっさんの方が声は大きかったというのに、どうしてそんなお願いをされなければならないのか。


 まずは自分で気を付けてほしいものだ。


 はぁ、疲れた……予告見よ。


 しばらく予告をボーッと眺めていると、通路横の隣の席に人が座ってきた。


 女の人みたいだなぁ――、


「――っ?!」


 その人物の顔を見て、無意識に唾を飲み込んでしまった。


 え、何でこの人がここにいるの……?

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