11 逃亡失敗

 いかに気付かれないように乗り切るか、俺にとってはそれが最重要任務だった。


 その答えは簡単だった。下手に動いて挙動不審だと思われて気付かれたらアウトだから、その逆なら大丈夫。

 そう考えて俺が取った行動はただ一つ、普通にリラックスしてライラちゃんを鑑賞する事。


 その甲斐あってきっちりライラちゃんを堪能できたわぁ~! 来てよかった!


 特に今回の映画でのライラちゃんのお気に入りのセリフは『今は辛くても、きっと大丈夫だから。キミにも、運命の人は必ずいるから。だから強く生きようね』だ。


 なんて今の俺にピッタリのセリフなのだろう。

 そのセリフの瞬間は思わず感動の涙が流れちゃったよ。

 ありがとうライラちゃん。よし、来週からちゃんと学校行こ。


 なんて呑気に余韻に浸っているとエンディングが終わり、暗かった劇場内が明るくなった。

 しまった……これじゃバレてしまう……!


 いや、映画が終わったら明かりが付くのは普通なのだが、今日だけは故障とかで付かないでほしかった。


 ……どうしよ。


 一応、この人が俺の存在を知らない可能性は大いにあり得る。だが、先日の一件で一躍時の人? になってしまったのが圧倒的不安要素でもある。


 あ、それにこの人とあの日階段ですれ違っちゃったんだったわ……。

 ちょいちょい学校を休むし早退もするって聞いてたけど、あの日は学校に来てたわけだから例の件が耳に入っていないはずがない。


 というか、できれば違っててほしいけど、俺の感覚ではこの人も俺を嘲笑っているように感じてしまったのだ。


 やはり、絶対に隣に座ってるのをバレるわけにはいかない。


 その人物は映画が終わったにも関わらず席を立とうとしてくれない。

 俺は俺で、俺という存在を認識させない為に先に立ち上がるわけにもいかないし、我慢比べのような感覚だ。


「少年、帰らないのですか?」

「え、いや、帰りたいけど……」


 やーめーてぇ……今だけは話しかけないでください……。


「んん? よくわかりませんが、お先に失礼しますね」


 分かったから、帰るならどうぞご自由に……とりあえず、中年おっさんは劇場から出ていった。


 気付かれてないよね……?


 顔を動かさず、眼球だけを最大限に右に動かして隣の様子を探ってみると、少女はただ真っ直ぐに視線をスクリーンに向けているように見えた。


 な、なんだ……? 感動しすぎて放心状態なの? 

 というか、わざわざ一人で観に来てるくらいだから、ライラちゃん好きだったのね。


 その後も次々に来客が出ていく。

 このままではこの子と二人きりになってしまいそうだ。そうなってしまっては俺の存在に気付かれてしまうのはほぼ確定。


 それだけは絶対に避けたい。


 だって、ライラちゃん好きってバレたくないし。


 せっかく精神的に少し回復して、来週辺りから学校に行こうかなぁ? なんて思ってたのに……もしこの子が、俺が一人でライラちゃん観に来てた、なんて海櫻学園の誰かに言ったらどうなる?


 ただでさえ南条さんの件で嘲笑されるってのに……加えてライラちゃん好きとか更に嘲笑されるだろうし、そうなったら俺、また不登校に片足突っ込んじゃう。


 あぁ、どんどん人がぁ……仕方ない、こうなったら……。


 意を決して立ち上がり、だが決して慌てずに何食わぬ顔で他の来客の中に混ざっていく。


 まるで逃亡者にでもなった気分だったけど、そのまま劇場からの脱出に成功。


 上手くいった、のか……?


「ちょっとあんた、あたしから逃げたでしょ?」

「――はい?!」


 背後から誰かに声を掛けられ、ビックリしすぎて思わず反応してしまった。


 冷や汗垂らしつつ恐る恐る後ろに振り返ると、いた……。


 長い赤髪にツーサイドアップ。俺より頭一つ分くらい低い背に、膨らみ掛けの小さな胸。

 確かにビッグ5と呼ばれるだけはある可愛らしい童顔のくせに、少しばかり気が強そうなつり目の持ち主――星名琴音が。


「やっぱ逃げたのね。どうしてよ? ライラちゃん好きがバレたくなかったとか?」


 見ぬかれていたという現実に、焦りに焦って顔をブンブンと横に振ってしまう。


「へぇ、違うの。じゃあ、ライラちゃん好きじゃないんだ?」


 これまた、顔を横にブンブンと――あっ……やっちまった。


 好きじゃないの逆は、好き。バ、レ、た……。


 俺が顔を横に振るのを見てから、星名琴音はニンマリと笑みを作った。


 何なの、その良い事思い付いちゃったみたいな顔は……非常に怖いんですが。


「じゃ、一緒にゲーセン行こっか! あ、でもその前にお腹が空いたかも」

「え……何でそうなるので?」

「ダメなわけ?」


 星名琴音の全身から放たれる圧が凄い。

 これは、来なきゃバラす的な感じですかね……?


「いえ、ダメじゃありません。行きましょう……!」

「んじゃ、とりあえずその辺のハンバーガー屋行くわよ。付いて来なさい」


 どうしてこうなってしまったのやら、歩き出す星名琴音の背を追いかけた。


 

□□□



 今、スクリーンではライラちゃんの映画のエンディングが流れている。


 はぁ、今日は観に来て良かったわぁ。

 本当はもう一回隼人くんと来たかったけど、それじゃまたドキドキしちゃって映画に集中出来ないかもしれないから、今回は妥協してあげるわ。


 特に今回の映画でのライラちゃんのお気に入りのセリフは『今は辛くても、きっと大丈夫だから。キミにも、運命の人は必ずいるから。だから強く生きようね』よ。


 なんて今の椿にぴったりのセリフなのかしらぁ。

 そのセリフの瞬間は思わず感動の涙が出ちゃったわぁ。

 私も来週から、ちゃんと隼人と向き合いたい。だって椿にとっての運命の人は絶対に隼人くんしかいないもの。


 なんて呑気に余韻に浸っていると、エンディングが終わって暗かった劇場内が明るくなった。


 さて、帰ろうかしら。


 そう思って立ち上がり、人の流れに乗って劇場の出口に歩いていく。


 あ、そういえば良治と待ち合わせをしているんだったわ。

 でも、もう今日の目的は果たしちゃったのよねぇ。

 これ以上何がしたいってわけでもないし、やっぱこのまま帰宅にしようかしら。

 いや、でも屋敷に戻ると楓お姉様がいるわね……やっぱもうちょっと気分転換して行こ。


 はぁ、欲を言えばホントはこの前の席が良かったんだけどなぁ――、


「――えっ?」


 前回座った座席の方に目を向けると隼人くんがいて、心臓が跳ねてしまった。


 どんな話でも構わないから今すぐに言葉を交わしたい。


「隼人――」


 そんな自己中心的な衝動に駆られて一歩足を踏み出した時、前回私が座っていた座席に星名琴音さんが座っているのが目に映ってしまった。


 どうして二人が一緒にいるのか、単純にお友達だからという理由なのか。そもそも一緒に来たわけではないかもしれない。

 

 でも、もし違ったとしたらそれはお友達か、その他のもう一つの理由かになってしまう。


 お友達なら問題なんてない。

 けど、もう一つの理由だったらと考えると怖くなり、後ろによろけて、そのまま勝手に足が出口に向かって動いてしまう。


 徒歩、早歩き、そうやっていつの間にか速度を上げて、気付けば走っていて、私は御手洗いに駆け込んでいた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ひどく乱れた自分の顔が鏡に写る。


 落ち着きなさい、椿。まだ、そうと決まったわけじゃないわ。深呼吸よ、深呼吸。


「すぅー、はぁー」


 大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


「よし、大丈夫よ、椿。大丈夫だから、落ち着いて、冷静に」


 必死になって鏡に写る自分を励まして御手洗いから足を踏み出すと、隼人くんと星名さんが会話しているのが目に入った。


 そのまま星名さんが歩き始め、その後ろを隼人くんが付いていき、私は二人の跡をつけるように歩き始める。


 あぁ……やっぱり二人で来てたんだ……。


「お待たせ致しました。椿お嬢様」

「――えっ? あ、あぁ……うん。それじゃ、付いてきて」


 映画館の外に出ると、待っていた良治に声を掛けられた。

 申し訳ないけど、気分転換とは目的は変わってしまった。これだけは、ちゃんと自分の目で確かめなければならない。


 そう言い聞かせて、良治を連れて二人の跡をつけていく。


 こんなのは言い訳だって、本当は分かってる。


 本当は自分の口から聞くのが怖いだけだって、分かってる。


 それでも私は跡をつけ、ハンバーガーショップの前にやってきてしまった。


 持ってきていた帽子とサングラスを身に付け、店内に足を踏み入れた。


 

□□□

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