7 告白されたと浮かれていたけど、勘違いだった件
二年八組の教室の前まで来ると、開いている扉から中の様子が見えた。
教室の中央辺りの席に複雑そうな表情の南条さんがいた。そんな彼女を挟むように、澄ました顔をしている執事見習い、瀬波良治と心配そうに南条さんを見つめているメイド見習い、葛西朱音が左右に座っている。
いざ、教室内に! とはいかず、震える足が動かない。
ここまで来ておいて、予感がしてしまっている。さっきまでクラスメイトが言っていた事は現実なのではないか、と――。
「隼人くん……?!」
「――っ?!」
目が合ってしまった。南条さんが席を立ち、こちらに向かって歩いてくる。その後ろを、瀬波と葛西の二人も付き従うように歩いてくる。
一歩、また一歩と近づく距離に胸のざわめきが激しくなる中、遂に南条さんが目の前までやってきた。
「風見隼人……貴様、何のつもりだ? 速やかにここを立ち去――」
「やめなさい……!」
「しかし……」
「……お願いだから二人は下がってて。今だけは邪魔しないで」
南条さんが瀬波を叱責し、そのまま葛西共々下がらせる。
「あ、あの……隼人くん、ごめんなさい。今度からは失礼のないよう、ちゃんと言い聞かせておきますので……」
南条さんは苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに言ってきた。
今度からは、ということはこれからもある――そういう解釈で良いのか?
だとしたら、わけのわからない誤解も全て違ってたという話になるし、今すぐに落ち着ける気がする。
自分を急かしてしまっているのが分かる。
周囲の視線は俺達に集まっている。本来なら、場所を変えた方が良いのかもしれない。
でも、早く落ち着きたいから。
早く、幸せな気持ちを取り戻したいから――、
「ああ、うん、今のは別に気にしてないから大丈夫。それより昨日の事なんだけど――」
「その節はご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした……! 私、昨日は周囲の皆様に誤解を招く誘い方をしてしまっていたみたいで……」
……は?
俺の期待を裏切る言葉が南条さんの口から告げられた。
「違っていたら本当に嬉しいのですが、きっと困らせてしまいましたよね……? 椿と彼氏彼女の関係だ、なんて隼人くんにとって身に覚えのない話になってて不快な思いをさせてしまってはいないか心配だったんです……。あの二人が学園中を駆け回ってそれが誤った情報だと伝えてくれたみたいですからほとんどの生徒は理解してくれたと思いますけど、それでも一部の生徒が隼人くんの所に真実を確認しに行ってしまってるかもと……」
だから……は?
身に覚えのある話だったからこそ、当の本人である俺が誰よりも理解なんかしたくなくて、それなのに手足の先から冷え始めてしまっているのを感じてしまう。
「その件でここまで来てくださったのですよね……? 本来なら椿の方から出向かなければいけないというのに……ここまで来てくださってありがとうございます」
「あの、えっと……?」
違う、そうじゃない。そんな事実を聞きたくてここまで来たんじゃない。
受け入れ難い現実に、何を言ったら良いのか分からなくなってしまう。
「この度は椿の招いた誤解で大変ご迷惑をおかけしてしまい、本当に、ごめんなさい……!」
「そうじゃなくて……!」
続きの言葉が出てこない。これが本物の絶句というやつなのか、生まれて初めての感覚かもしれない。
目の前が真っ暗になりそうな絶望感が押し寄せてくる。
「……隼人、くん……?」
南条さんが震えた声で俺の名前を呼んでくるのが聞こえた。
「……そっか……俺は、勘違い、してたのか……」
無意識にそう呟いてしまった途端、全身が冷え切って目の前が真っ暗ではなく真っ白になった。
立ち眩みに似た感覚……いや、それよりも深いところに沈んでしまいそうな別次元のもの。
冗談抜きに吐き気が襲ってきてしまう。
「――あっ……いや、あのっ……違う、違うんです隼人くん……! 聞いてください……! 私は隼人くんの事――」
「もう良いよ、違うのは分かったから。これ以上は無理、吐くから。じゃ、そういう事で……」
今すぐにこの場を離れたかった。
もう、流れようとする涙は止められそうになかったから――薄っすらと白い視界の中を逃げるように走り出す。
「ま、待ってください、隼人くん……!」
「――これ以上はいけません椿お嬢様!」
後方から南条さんの叫び声と、メイド見習いが南条さんを制止する声が聞こえる。それでも、振り返らずに走り続ける。
ぼやけながらも視界に入り込んでくる、すれ違う海櫻生達、そのみんながみんな俺を嘲笑っているかのように感じてしまう。
教室に入ってもそれは同じ。視界自体はようやく普通に戻ったが、もうこんな場所になんか居たくない。
鞄を手に取り教室を出て、無我夢中で階段を駆け下りる。
たった今、階段で美少女ビッグ5の一角、
その他生徒と同様に彼女もまた、俺を見て心の中で馬鹿にするように笑っていたことだろう。
下駄箱から靴を放り投げ、力無く靴の元に向かい、無気力にそれを履く。
「お兄、ちゃん……?」
背後から、聞き慣れた声がした。
「美咲か……お前の言う通り、今日は家で大人しくしとくんだったわ。それなのに来ちまって、悪かったな……」
振り返らずにそれだけ告げ、家に向かって走り出す。高校生にもなって、妹に泣いてる姿なんて見られたくなかったから――。
『風見隼人くんっ……! これから私と付き合ってくださいっ!』
あぁ、そうだ……そうじゃないか。
南条さんは俺に、好きだなんて一言も言ってなかったじゃないか……!
それを俺もクラスメイトもみんな勝手に、告白されたと思い込んで、都合の良いように捉えていたんだ。
我ながら、何とも哀れな結末か。
俺のラブコメはたった一日で幕を閉じた。いや、始まってすらいなかったと言う方が正しいか……。
告白されたと浮かれていたけど、勘違いだった件――。
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