6 違和感満載

 学校に着くと既に昼休みを迎えていた。

 そんな中、登校してきた俺にすれ違う生徒達から尽く視線が向けられている。


 昨日、教室で南条さんから告白なんてされてしまったわけだから無理もない話だ。南条さんの影響力の高さに感心してしまう。


 だって、俺自身はまったくもって目立つ存在でもなかったのに、たった一日で時の人にでもなってしまったかような感覚だし。


 それよりも、向けられている視線に違和感を感じる。


 どうしてこいつら、俺を見て笑ってんの? どうしてこいつら、俺を見て可哀想な奴でも見つけたかのような顔してんの?


 昨日向けられた驚きの視線、はたまた、男連中からの嫉妬、怒り、羨望といった視線とはまるで違う、嘲笑、憐憫れんびんといった類の視線。


 わ、わけわかんねぇ……何なのこいつら。


 そんな疑問を感じつつ、職員室の扉を開いて中に入る。向かう先は担任教師、本間恵美子ほんま えみこの元。


「お、おっはようございまぁす……」

「――はいっ?! あっ……あらぁ風見くん、おはようじゃありません。もうお昼ですよ? この場合、こんにちはでしょ?」


 恐る恐る本間先生に声を掛けると、何故か驚かれたと思ったら気まずそうな表情をされ、その後に挨拶に関する指摘を受けた。

 無断で遅刻しているわけだからその件で怒られると思っていたのに、そうならなくて逆に戸惑ってしまう。


「こ、こんにちは……本間先生。寝坊しましたごめんなさい」

「寝坊? 妹さんからは、今日からしばらく休むって聞いてたけど……」

「はい?」


 え、何勝手にそんな話にしてくれてんの美咲さん。というか本気で休ませるつもりだったん? 何故に?


「あら? もう大丈夫って事?」

「いや、そもそも体調不良じゃないんで。だから休まないですけど?」


 そんなごく当たり前な説明をすると、本間先生の目が何故かうるうるし始めた。


「偉いっ」

「……は?」


 もしかして本間先生の目には俺って仮病使うような生徒に映っていたのだろうか? 遅刻したにも関わらず褒められてしまった。


「偉いわ風見くん! 先生はいつだって君の味方だからねっ……!」

「え、ちょっと待って何言ってるん――」

「辛い事もあるのが人生よ! これからも何度だって辛い思いをするかもしれない。けど、今回みたいに挫けず頑張ってね。先生も応援してるからっ!」


 本間先生が俺の肩に手を乗せてきたと思ったら、今度は何故か励まされた。けど、何か遅刻したのは全く怒ってないっぽいし、励ましの理由を聞くのも面倒だしもう良いや。


「そ、それじゃ……失礼しました」


 そう言い残して本間先生の机から離れていく。

 職員室を出る時に一瞬だけ本間先生の方に振り返ってみたら、これも励ましているつもりなのかガッツポーズをされた。


 マジで意味わかんねぇ。


 そんな感想を抱きつつ、最後に軽く本間先生に会釈をしてから職員室を出て、教室に向かった。



◇◇◇



 変だ……何かがおかしい。

 美咲や本間先生の事も含めて、変な違和感満載だ。


 自分の席で俺は一人、箸を片手に首をかしげていた。


 結局、職員室から教室までの道のりも、登校してきた時と同様の視線をすれ違う生徒達から向けられた。


 それだけじゃない。


 てっきり、クラスメイトの女子達が野次馬感満載で昨日のデートについて聞いてきたり、男子達から殺意混じりの暴言を浴びせられまくると思ってたんだけど、教室に入ってからもそれが無い。


 これでは、ある意味ちょっと拍子抜けだ。


 というか、この雰囲気……別の意味で弁当が食べにくいからやめてほしい。

 一人自分の席でポツンと弁当を食べるのは嫌いじゃないが、視線が気になるから聞きたい事があるならそうしてもらった方が圧倒的に楽で良い。


 答えてやるからよ。それでいて覚悟しろ男ども、煽り倒してやるからよ。

 だから早く聞いてきてくれ、弁当食べにくくてしょうがないから……!


「お、おう……風見。き、昨日はすまんかったな……」

「はい……?」


 気になるけど極力気にしないように弁当をつついていた俺に、クラスメイトの和田俊哉わだ しゅんやが気まずそうながらも話しかけてきた。というか、謝ってきた。


 意味が分からな過ぎて理解がまったく追いつかない。


「お、俺もすまんかった……!」

「わ、わたしもごめんね……!」


 その後も続々とクラスメイト達が謝ってくる。


 一体何だと言うんだ。この『赤信号、みんなで渡れば怖くない』感は。


「……えっと、何が?」


 思い当たるとしたら……昨日の帰りのホームルーム終了後、冷やかしの声やら怒声やらを飛ばしてきた事しか思いつかないが、俺としては別に気にしてなんかいなかったし、何ならむしろ気分が良かったくらいだ。


 その旨を伝える為に、本当にその件で謝ってきているのかを確かめる必要があると思う。


「フ、フラれたなんて知らなかったんだ……だからその、あんなメッセージ送っちまったからさ。きっと風見、落ち込んでたろうに……だから、返信無かったんだよな?」

「……はい?」


 和田が謝ってきた理由を説明してくる。


 そんな事を言われても、フラれた覚えなんて無いんだけど?!


 勝手な情報が一人歩きしているようだ。南条さんが相手だから、俺をおとしめたい奴がいるのかもしれない。というか、絶対いるだろ。


「で、でもぉ……魔法天使ライラちゃんが好きなんて知ったら、大抵の高校生の女の子は冷めちゃうってっ! それも、初デートなのにそれを観るって言われたら余計に……でも、落ち込まないで? きっといつか分かってくれる人が現れるから」

「へ……?」


 クラスメイトの八住眞子はちずみ まこが、ライラちゃん好きを包み隠してきた俺にとって耳を疑う発言をしてきた。


 おい、ちょっと待て。どうして俺がライラちゃん好きだと知ってるんだ。しかも、最後にフォロー入れて隠したつもりかもしれないけど、ディスってるの丸わかりだからね?


「悪い。俺たち昨日、二人を追跡してたんだ……そしたら二人がライラちゃんが上映されるスクリーンに入っていくのを見て、それで風見がライラちゃん好きだと知って……でも安心してくれ! この事はクラスメイトだけの秘密にするってみんなで決めたから!」


 すかさず和田が事の真相を話してくれた。


「一つ良いか? 何か勝手に勘違いしてるみたいだけど、俺は別にライラちゃんが好きなわけではない。それから、南条さんも別にライラちゃんが好きなわけじゃない。――間違えてライラちゃんのチケット買っちゃっただけなんだ!」


 もちろん、嘘だけど。

 

「そ、そうだったのか……いや、俺達てっきり風見が提案したのかと……勝手に決めつけちまったみたいで、すまん」


 分かってくれたならそれで良いさ。ま、実は俺も南条さんもライラちゃん好きなんだけどね。


「でも、フラれたのは本当なんだよな? フラれたのがショックで学校に来たくなかったんだよな……?! それでも風見はこうして学校に来てくれて……本当にごめん……!」


 ……そうかそうか、そうですか。分かった、分かりましたよ全部。

 こいつら、勝手に尾行しておいて、それでいて俺がライラちゃんを観る提案をしたのだと勘違いして、それで呆れられてフラれたって決めつけてやがったんだな?


 残念ながら、何から何まで違います。唯一当たっていたのは、ライラちゃんが好きって事だけだ。この場では絶対に認めないけどな。

 というか、お前ら俺をアホかなんかだと思ってんの? いくら俺でも初デートで変身美少女アニメ好きさらけ出したりしねぇよ?


「もう一ついいか? 今、ライラちゃんを観たのは間違えて買っちゃったからって言ったよね? つまり俺、別にフラれてないんだけど?」


 ライラちゃん好きを否定するのよりもよっぽど重要な事。これを忘れるわけにはいかない。


「え、でもそういう噂が――」

「違うよ和田くん。ウチらは、フラれたんじゃなくて最初から告白なんてしてないって聞いたけど?」

「――ファッ?!」


 和田が噂とか何とか言いかけたところでそんな声が聞こえてきて、衝撃的過ぎて思わず変な声が出てしまった。


 そんなわけがないじゃないか。だって、お前らだって見てたじゃん? 俺が昨日、ここで告白されるのをさ。


「ボ、ボクも……南条さんと同じクラスの友達からそう聞いたよ」

「あぁー、そういや俺も、朝から廊下で南条さんとこの執事見習いの野郎とメイド見習いちゃんが必死こいて言い回ってんの見たぜ? 『椿お嬢様にそのような事実はございません』って」

「あっ、それなら私も昨日のアレについて友達と廊下で話してた時に葛西さんから言われたよ」


 ……どうして次から次へと俺にとって不都合な証言が出てくるんだ。まさか本当に――いやいや、そんなまさかね。

 だって俺、昨日この場で告白されてるし、何かの間違いだ、きっと……。

 

「……好き勝手言いやがって。昨日この場で告白されたわ! みんな見てたじゃん!」


 そう言って強がってみたものの、別の意味で心拍数は上昇していた。


「確かに、告白だっ! って思ったのは嘘じゃないんだけど、ちょっと落ち着いて……」

「そうだ落ち着け風見……言い分は分かったからよ」


 俺が声を荒げると、八住と和田がそれぞれ俺をなだめようとしてきたが、落ち着いてなんていられるわけがない。

 気が気でない自分がいる。落ち着きを取り戻すには身に覚えのない誤解を晴らす他にない。


 そう思って勢い良く立ち上がり、そのまま教室を出る。

 早歩きで向かう先、それは南条さんが所属するクラスの二年八組。


 昨日とは別物の緊張感を感じつつ、先程と同様の心地悪い視線を全身に浴びながら廊下を突き進んだ。

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