5 余韻に浸りすぎて寝坊
「……さっきからキモいんだけど」
夕食を終え、風呂を上がってソファーで
「え、何が?」
「ブサイクヅラでニヤニヤしちゃって……どーせ、南条椿先輩の事でも考えてたんでしょ? 浮かれすぎてて気持ち悪い」
「――何故それを?!」
正解なのだが、どうして美咲にその事がわかってしまうのか不思議でならず、思わず立ち上がり反射的に聞き返してしまった。
「はぁ? まさかホントだったの? 告白されたって噂」
噂ではなく事実。
なるほど、美咲も同じ高校に通う一年生だ。あれだけの公開告白だったわけだし、知ってるのも当然というわけか。
にしても、相当な勇気が必要だったはずだ。そう考えると、南条さんマジすげぇな……。
「ホントだけど」
「マジで信じられないんだけど……あの南条椿先輩がねぇ。物好きな人もいたもんだね」
「どういう意味だそれ……」
俺を好きになるのはおかしいとでも言いたいのか? 確かに俺はイケメンでもないし、それに加えて運動ができるわけでもないけど……そんな理不尽、あって良いわけがないだろうが。
「で、どうだったわけ? デート、してきたんでしょ?」
美咲はお察しとでも言いたげな顔でジトッと俺を睨んでくる。
答えるまで逃さないとでも言われている気分だけど、別に隠したいわけでもない。
「してきたけど」
「どこに行ったの?」
「映画館」
「何を観たの?」
「[劇場版 魔法天使ライラちゃん 小悪魔大戦]――って、しれっと誘導すんなや……!」
誘導する方もする方なんだけど、答える俺もどうかしてる。それも初デートで観た映画が子供向け変身美少女モノアニメの一つなのだから、余計にそう思う。
「……まさかお兄ちゃん、そんな子供染みた、というよりヲタク染みた自分の趣味を押し付け――」
「待ってくれ、違うんだ……!」
魔法天使ライラちゃんが好きなのは認めよう。けど、今日映画館に行ったのも、ライラちゃんの映画を観たのも、俺からではなく南条さんからの提案だ。
「何が違うの……?」
「うぐっ……」
けど、ここでそれを言うわけにもいかない。
『この事は、二人だけの秘密ですよ……?』
あんな事を言われてしまったら、例え妹であろうとも答えるわけにはいかないからな。
「いや、違わない。……良いか? この事は絶対学校で口外するんじゃないぞ?」
「しませーん。兄がそんなの好きだってバレたらこっちだって恥ずかしいし。……それより、うわぁ、マジかぁ」
美咲は気持ち体を俺から逸らして目を細めた。
言いたい事は何となく分かる。小学生ならまだしも、高校生にもなってライラちゃん好きというヲタッキーな趣味を押し付けたと思って引いているのだろう。
事実とは違うが、南条さんがライラちゃん好きだとバレなければ特に問題なんてない。
「ライラちゃん好き全開にしといて、余裕そうなのも不気味過ぎ。絶対ドン引かれてるに違いないのに……」
例え知られていたとしても南条さんにならドン引きされるとは思わないが、そもそも俺は南条さんにライラちゃんが好きだとは一言も言っていないから、ドン引きのされようもないのだ。
まあ、そんな事は美咲の知るところじゃないんだけど。
「というか、さっきからスマホがブーブー鳴りまくってるんだけど、南条椿先輩からじゃないの?」
「――あっ! ……そういえば俺、南条さんの連絡先知らねぇや」
スマホが震えまくっているのには気付いていた。
画面が光る度に映るのはクラスメイトの名前だけ。
どうせ今日の件でネタにしたい女子やら文句を言いたい男子からのメッセージだろうと思って無視し続けていたのだ。
けど、美咲に言われた事で気付いた。南条さんの連絡先を聞き忘れてんじゃねえか……!
「はぁ? 聞くタイミングなんていくらでもあったでしょ? 帰り道とかさぁ」
「あ、いや、映画館を出たとこで南条さんの家の執事が迎えに来てて。相変わらずのカッケェ車だったわ。そんなわけで、帰りは一緒じゃない」
「流石、日本有数の富豪の娘」
そんな事は俺でなくとも誰もが知るところ。朝は高級車で登校、帰りはそれで下校。海櫻学園の生徒なら、誰もが何度も目にしてきた光景だ。
「とりあえず、ちゃんと明日聞くように。分かった?」
「分かってるよそんな事。じゃあ、おやすみ」
「え……はや。おや、すみ……?」
まだ寝るには早いのは分かってる。ただ一人で部屋に篭って明日の作戦を練りたいだけ。どうやって連絡先を聞き出すかという作戦を……!
それだけじゃない。映画館に着いてからはそれなりにちゃんと喋れた気もするが、それより前はぶっちゃけ緊張で足はガクガク、声も震え、上手く喋れた気がしない。
また次会った時にあんな感じに逆戻りしてしまっていたら、いつ愛想尽かされてもおかしくはないと思う。
会話の内容とかを
いや、そんなの普通に聞けば良いだろとか、慣れだろと言われれば確かにそうかもしれないが、何せ俺は彼女いない歴=年齢だった男だ。そう簡単にいくわけがないから、今からの時間が必要なのだ。
自室のベッドに横になり、明日はどう行動しようかと考える——はずだったのだけど、気付けば南条さんの顔ばかり思い浮かべてしまっている。
目を閉じれば、南条さんがニッコリと笑いかけてくれる。脳裏に深く刻み込まれた南条さんの笑顔。
「――好きだぁー! 椿ぃーっ!」
無意識に枕を抱きしめ、名前を叫んでじたばたしてしまう。
「――あっ!」
俺の部屋の扉の隙間から、こちらを見ている目に気付いてしまった。
「ハッ……」
『さん』付けで呼んでたくせに、誰も見てないのを良い事に呼び捨てですか? とでも言いたいのか、俺が気付いたのを見ると美咲は鼻で笑ってきた。
「な、何してんの……? 覗き見しないでくれる?」
「そっちこそ、寝るんじゃなかったの?」
おやすみとは言ったけど、寝るなんて一言も言っていない。というよりも、ノックもせずに扉を開けるな。どうするんだ? 俺がゴソゴソしてたら。
「良いから……自分の部屋行けよ!」
そう言いながら立ち上がり、扉の前まで行って強引に扉を閉める。
これでやっとゆっくり作戦を練れる。
なんて思ったものの、その後も結局日付が変わっても尚、余韻に浸ったり、妄想にふけり続けたのだった。
◇◇◇
「んんっ、ふわぁ~ぁ」
良く寝た。さてと、学校行く支度でもすっか……。
なんて事をぼんやりと考えつつ時計に目を向ける。
「あっ……」
もう既に、昼前だった……。
「やっべ……」
その現実は頭を覚醒させるのには充分すぎる働きをしてくれ、大慌てで身支度を始める。
何が良く寝ただ? 寝過ぎだバカッ。それ以前に夜更かしのし過ぎだ。
作戦を練るつもりだったにも関わらず、そんなものは一切考えずにひたすら余韻に浸り続けた挙句、南条さんとあーんなことやこーんなことをして、いずれ童貞卒業! なんてしょうもない妄想を繰り広げていた昨夜の自分にお説教をかましたい。
身支度を終え、家を出る。
でも、そもそも既に遅刻だし、走るのは疲れるから昼休みに合わせて普通に歩いていこう。
歩きながらスマホを開くと、美咲からメッセージが入っていた。
〈今日は絶対に学校に来ちゃダメ。大人しくそのままサボっちゃって。それから、明日からもしばらく休んで良いよ〉
……なんだこれ? そんな事言われても、もう家を出ちゃったし。
というか何? 明日からも休んで良いって、いつの間にそんなに俺に甘くなったの?
いや、そんなの母さんが許さないし、南条さんに会いたいから絶対行くんだけどさ……。
あ、分かった。フリだな? 休んで良いとか言っといて、いざホントに休むと絶対怒るんだろ? そうに決まってる。
そう思ってスマホをそっと閉じ、真っ直ぐに学校に向かった。
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