4 浮かれすぎたお嬢様
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正直、三組にお邪魔して隼人くんの前に立った時は物凄く緊張しちゃったけど、意を決してお誘いしてホントに良かったわぁ……!
なんて思いつつ、車の後部座席に乗り込んでホッと胸を撫で下ろす。
「で、
「いいえ。待つのが面倒との事で、楓お嬢様は先にお戻りになられました」
「ふーん」
楓お姉様には同学年に南条家の使用人の御子息がいないから、付き人がいない。
これが正直羨ましい。私だって、願わくばこの二人とは主人と付き人という関係などにはなりたくなんかなかった。だから本当は、付き人なんていらない。
まぁ、そんなのは今はどうでも良いか。
と、今日の振り返りを再開する。
私ってば、映画館までの道のりで隼人くんがせっかく色々話しかけてくださったというのに、会話が終わっちゃう返事ばかりしちゃって……。
でもでも、御手洗いで気合いを入れ直してからは上手くいったと思う。
ライラちゃんが好きだから観たいと伝えたら、隼人くんの反応も良かったし。
教えてはくださらなかったけど、やっぱり隼人くんもライラちゃんが好きだったのね。予想通りの共通の趣味で嬉しい。
椿も、この歳にもなってライラちゃんが好きだなんて他の人に知られるのは恥ずかしいし、それは多分隼人くんだって同じ。
だから、これは二人だけの秘密。隼人くんと椿だけの、秘密っ……! なんて素敵な響きなのかしらぁ!
『いや、払うよ?! むしろ俺が二人分払いますよ?』
魔法天使ライラちゃんの前々作の主人公、魔法女神アルネちゃんが言ってたわ。デートの時は男が全額払うものだと。
キャーッ! 隼人くん、デートだと思ってくださってたのかしら?
もうホントに、払っていただいちゃおうかな? とか思っちゃったりもしたけど、流石に椿が払っていただくわけにはいかないわ。
い、一応お嬢様? なわけで、お金いっぱい持ってるし……。
はぁ、お嬢様としてじゃなくて、普通の女の子に生まれたかった。
『ただ一緒にいたいなぁと……!』
いいえ、そう言っていただけたのだから、お嬢様でも普通の女の子でもどちらでも構わないわ。
あの瞬間は、もう死ぬんじゃないかってくらいドキドキしちゃった……。
それだけじゃないわ。隣に座る隼人くんが気になり過ぎてライラちゃんの映画も内容全然頭に入ってこないくらいドキドキしちゃったし。
頭を撫でてくれた時なんかそれ以上に死にかけちゃった。隼人くんったら、椿心をあんなにも理解してくれてるなんて、あーんもう……大好きっ。
でもやっぱり死ねないわ。
隼人くんのハートをゲットして、それで彼女になってからはあーんなことやこーんなことをして、そして遂にお嫁さんに……! それでまた、あーんなことやこーんなことをして。
……そうね、子供は十人くらいは欲しいかしら? 幸せな家庭を築くのよ!
これは椿の今後の人生計画であり、これ以外の未来は存在しない。つまりは、全てが確定事項。
……それはさておき、ホント余計な事してくれたわね、良治に朱音。
せっかく隼人くんが屋敷まで送ってくれるって言ってくださったのに……椿のお家、知っておいてほしかったのに……!
でもまぁ、今回だけは許してあげるわ。
『あ、あのさ……また今度出掛けた時こそは、一緒に帰ろっか?』
って、隼人くんが言ってくださったんですもん。
つまり、最後の最後に邪魔が入っちゃったけど、今日を通じて感触自体は悪くはなかった、はずよ……!
隼人くんさえ良ければ明日でも良いくらいだわ。
でも、今日はこの二人が補習だったから上手くいったけど、明日以降はマークを外すのは
どうか、どうかお願いしますわ隼人くん。明日の放課後、椿を
「――様! 聞いてますか?! 椿お嬢様!」
真横から聞こえて来た大声が、余韻に浸り続けていた至福の時間を止めてしまう。
「……何かしら?」
「お嬢様と呼ぶには似つかわしくなく、はしたなくニヤついてるなぁと思っていたら、やっぱ聞いてなかったんですね……これじゃ最初から言い直しじゃないですか。もっとお嬢様としての自覚をお持ちいただかないと困ります」
私はお嬢様であり、一人の女の子。ついニヤけてしまう事だってあるし、お嬢様だからという理由だけでそれを禁じられる言われなんてない。
学校ではちゃんとした立ち振る舞いを心がけているのだから、こういう時くらい気を抜かせてほしいものだ。
「学校ではちゃんとしてるんだから別に良いでしょ。で、大事なお話って何なのかしら?」
「それがですね……補習が終わってさぁお屋敷に、と思って廊下を歩いていれば、椿お嬢様が先程一緒にいらした風見隼人さんに告白したという噂があちらこちらから聞こえてくるので、驚きましたよ?」
「――えっ?!」
そのような覚えは全くないから、耳を疑ってしまった。
もしホントに告白をしたのなら、忘れているはずなんてない。
忘れているなら、それはフラれたショックで記憶喪失になってしまったとかそういった理由があるはず。
けど、今の私はショックどころか真逆、物凄く舞い上がっているくらいだ。だからその可能性はない、と信じたい……。
そもそも、できるものなら椿は隼人くんに愛の告白がしたい。
でも、流石に告白なんてそんなのいきなりする程の勇気なんて無いから、いつか来てほしいその日の為に――今日、今の椿が持ち合わせる全ての勇気を振り絞って一歩踏み出したばかりなのだ。
「それだけではありません。椿お嬢様と風見隼人さんが彼氏彼女の関係にあるとの噂も広まっています」
「――ホントに?!」
「どうしてそんなにテンションがお高いのですか……それで、それらの噂は事実なのですか?」
願わくば、事実が良かった。でも、そうじゃない。
「ううん、違う……」
否定しなきゃいけないのが辛くて、胸の奥が苦しい。
「では、どうして彼といたのです?」
「それは……隼人くんとお友達になりたくて、だからお願いしたの。これから私と付き合ってくださいって。一緒にお出掛けすれば、お友達にくらいはなれるかもと思って……」
そう、私にとってまず必要だったのは隼人くんとの縁を再び作る事。それにはライラちゃんの映画が最適だと思ったのだ。
椿も好き。彼も恐らく好き。交友関係を築くには充分過ぎる、ナイスタイミングの上映。それに加えて良治と朱音は補習。
今日を逃すわけにはいかなかったのだ。
「……捉え方によっては、してるじゃないですか。告白」
「そ、そなの……?」
私、好きって伝える事なんてできてないんだけど……。
「むしろ、椿お嬢様がそんな発言したら誰も彼もそう捉えてしまうでしょうね。映画に誘うなら、『私と』じゃなくて、『私に』にした方が良かったかと……まぁ、はい、分かりました。椿お嬢様の言い分としては、告白したつもりではないって事で良いんですね?」
「う、うん……そうだけど」
「だってさ、良治。ちゃんと聞いてた?」
朱音が助手席に座る良治に声を掛ける。
「もちろんだ。お任せください、椿お嬢様。相手側にも迷惑が掛かってしまいますし、椿お嬢様の名誉を保ちつつできる限り早く、明日中に全校生徒に真実が伝わるように致します」
「――相手側?!」
私にとって一番肝心なのは隼人くんに不快な思いをさせない事。
正直、椿は隼人くんの彼女だと思われるのとか大歓迎だし、隼人くんに告白をしたと思われたままでも構わない。
でも、隼人くんはそうじゃないかもしれない。もしかしたら、身に覚えのない噂が流れていて不愉快な思いをさせてしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けなければならない。
――早く連絡しなきゃっ!
スマホを取り出し画面を見つめる。
「あっ……」
……連絡先、聞くの忘れてた。
「ん? どうしました?」
「な、何でもないわ……」
今日は私なりに結構上手くいけてた気がして浮かれ過ぎてしまっていた。
そのせいで連絡先を聞くなんて如何にもな重要ミッションを思い付きもしなかった。
――あぁもうっ! 椿のバカッ、バカッ、バカァッー!
「……明日は朝一で謝りに行かなきゃね」
「それはダメです」
「どうしてよ?!」
私の意思を真正面から否定してくる良治に、思わず声を荒げてしまった。
「渦中の人物が自ら行動するのは、かえって逆効果です。余計な誤解を生みかねません。明日は終日、教室で大人しくしていてください」
「うぐっ……」
余計な誤解とはどういったものなのか。
全く想像できないけど、私が今日誤解を招いたのもまた事実。
また新しい誤解を招くような事でもあれば、更に隼人くんに迷惑を掛けてしまうかもしれない。
ここは、大人しくしておくしかないのだろうか。
でもやっぱり自分の口からちゃんと説明して、謝りたい。
私の中に、そんな二つの想いが揺れていた。
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