第7話
そういえば、一度、何かを作ってきたとか言って勧められたこともあったな。見るのも不快ですぐに席を立ったからなんだったのかわからないが。
王太子に何か食べさせようとするなど、本当にあり得ない。平民が手に入れられる材料で作られたものなど、口に出来るはずがないではないか。小麦一つとっても、王宮で食べるものと平民が食べるものでは質が違う。
うーん。確か、真実の愛が云々かんぬんとも言っていた気がする。
聞きたくなくてもあれだけ隣で喋られると耳に入ってしまうよな。なんだっけ? 私は政略結婚だからおかわいそう、とか聞こえた気がするな。
はっ。平民に憐れまれるとは、母上が聞いたら卒倒するな。
平民の言う「真実の愛」がどんなものかは知らないが、彼女の言う「真実の愛」は平民の愛なのだろう。
平民の愛とは、おそらく、愛する相手と幸せな家庭を築き、自分達の暮らしと子供や孫を守ることが出来ればそれでいいのだ。
だが、私が得るべき「真実の愛」はそんなものではない。
私が守るべきはこの国の法と民と王家の血。すべてだ。
小さな家と数人の家族を守れるだけの平民の「愛」など、私にはなんの役にも立たない。
私とユージェニーは政略結婚で、平民の「愛」からすると、確かに私達は愛し合っているとはいえないのだろう。
だが、ユージェニーは未来の王妃となるために、幼い頃より誰より努力して勉学を修め、将来の国母となるために食べるものひとつにも気を遣い身を慎んでいる。どんな時も泣き言を言わず、隙を見せず、完璧な姿で私の隣に立つ。
それこそが私への「真実の愛」に他ならない。
ユージェニーほど王太子妃にふさわしい者はこの国にいない。
すなわち、この国で一番私を愛しているのはユージェニーということだ。
誰よりふさわしくある。それこそが私達、王侯貴族の証す「真実の愛」だ。
そういえば、平民の間では「王子と平民の娘が恋に落ちて結ばれる」という内容の劇や小説も好まれるようだな。
そんなものはあくまで創作だ。まさか本気にする者はいないだろうが。
そうだな。
まさに、劇なのだ。
私達、王侯貴族は舞台に立ち劇を演じる役者だ。
そして、観客は平民だ。
観客は舞台には上がれない。もちろん、観客は大事だ。観客のいない劇など、なんの意味もないからな。
だが、我々はその舞台で演じるために血を吐くような努力をしているのだ。ただ舞台の上に憧れただけの観客が、舞台に上がることなど出来はしない。
私達は観客を満足させるためにきらびやかな舞台を演じるが、舞台を邪魔する観客をつまみ出す権利も持っている。
そういうことだ。
それだけの話だ。
さて、今日は静かでゆっくり本が読めたな。
明日からもずっと静かならいいな。
私が席を立つと、読書の邪魔にならないように控えていたケインがすっと脇に立つ。
「殿下。ジュリアンからの報告です。ユージェニー様はまだ教室に残っておられるそうです」
「そうか。なら、帰る前に声をかけておこう。というか、ジュリアンの奴、勝手にユージェニーに話しかけていないだろうな?」
「ジュリアンですから。お急ぎください」
まったく。
「私の従兄弟だから許しているが、もしも他の男だったら今頃秘密裏に消されているぞ?」
私がそう言って笑うと、ケインは「当然です」と頷いた。
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